第六章〜告白〜

 

 

 

 

 

 

(……本当に、どうなってるんだ?こうも平穏だと、かえって不気味さが増すよ)

モニカと別れてから、早一時間。

両手に携えた『スーパーノヴァ』と『シグマガジェット』を握り締めながら、ボクは敵がいないか細心の注意を払いつつ奥へと進んでいた。

しかし、そんなボクの緊張を嘲笑うかの様に、洞窟内には相変わらずモンスター一匹出て来ない。

ボクの推測だと、此処にレザルナがいると仮定した場合は今の様な状況――即ち戦力が分断している状況で、モンスターが大群で襲い掛かってきたり、

或いは何らかの罠が仕掛けられていると見ていた。だが、どうやらその推測は間違いであったと見るべきかもしれない。

ここまで何も無いとなると、罠がどうこう以前に『本当に何も無いのではないか?』という考えが嫌でも強くなってくる。

となればボクの推測……そして仮定が間違っていたという事だ。――問題は、『どの部分』が間違っているかであるが……。

(此処にレザルナはいない……のか?いや、人工的に造られたこの洞窟……それにセイカさんの『マジックトレーサー』も反応を示してたんだから、

その可能性は低いと見るのが道理だ。すると考えられるのは……そもそもレザルナは、ボク達に妨害を加える気は無いという事か?)

全く有り得ない話、と言う訳でもなかった。実際レザルナからしてみれば、ボク達が『時間統一』を阻止しようとしている等とは……そして、自分の

居場所を特定できる事等は、知る由も無い筈なのだから。

尤も、絶大な魔力の持ち主である以上、既に何らかの方法でこちらの行動を把握している線も十分ある訳だが。

(仮にそうだとしたら、やはりこれは何らかの罠か……又は、ボク達なんか妨害するまでもないという心理の表れかもしれない。……ま、どの道、

 進むしかないって事だし、考え事はこれくらいにしておこう)

そこまで考えた時、ボクはやや広い空洞へと足を踏み入れていた。瞬間、背筋に戦慄が奔るのを感じ、反射的に身構える。

「っ!?……何だ?……この感じ……まさか、レザルナが…………?」

呟きながらボクは、注意深く空洞の隅々に視線を飛ばす。しかし、どこにもレザルナの姿は無かった。

それどころか、やはり此処でも気配の類は感じられない。凹凸も無く綺麗な岩の天井が、ボクを包んでいるだけだ。

けれども、先刻感じた戦慄は気のせい等ではない。そう思えてならなかった。

(……とりあえず、もう少し進んでみるか)

思う事は色々有れど、ここ立ち止まっていても仕方がない。先を見るに、まだこの洞窟には奥がある様だったし、行けるだけ行ってみるべきだろう。

ボクはそう考え、歩を前へと進めた。……しかし、ものの数歩と行かぬ内に、その歩みを止める事になった。

前方の暗闇から微かにではあるけれど、誰かの足音が聞こえてきたからだ。

(!……誰だ?)

一瞬レザルナかと判断したボクだったが、仮にそうだったとしたら余りにも正直過ぎる。

いくらなんでもこんな一本道な場所で、敵の前に姿を現す様な真似をするとは考えられなかった。

――けど、だとしたら一体、誰だ……?

疑問に囚われながらもボクの神経は、徐々にハッキリとしていく足音に集中する。

「……っ……」

背中に嫌な汗が伝い、喉元が渇いていく。同時に胸苦しさを覚え始めたボクは、ゆっくりと『スーパーノヴァ』の銃口を正面に向けた。

(この感じ……よく分からないけど、敵なのは確かみたいだ。なら、相手が姿を見せた瞬間を狙って……)

考えている間にも、足音は刻々と近づいてくる。緊張で震えそうになる銃口を必死に押さえつけ、ボクは物音を立てずに足音の主が現れるのを待つ。

そして、微かに人影が瞬間、ボクは素早くトリガーを引く……のよりも早く、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ユリス!!」

「っ!?」

予想だにしなかった声に、ボクは慌てて銃口を明後日の方に向ける。

しかし焦って指が縺れてしまい、誤ってトリガーを引いてしまった『スーパーノヴァ』から光線が発射された。

光線は近くの天井へと突き刺さり、派手な音を立てて岩盤が崩れ落ちてくる。

その様子を見ていた声の主――モニカは、呆れた表情をボクに向けた。

「何してるの、ユリス?……ひょっとして、私をレザルナと間違えた?」

「え?あ、いや、そういう訳じゃ……ハハハハ……」

乾いた笑い声を上げつつ、ボクは気恥ずかしそうに頬を掻いた。

全く、どうにかしているとしか言い様がない。よりにもよって、モニカを敵と勘違いする等とは。

間一髪で気がついたから良かったものの、もし気づいていなかったら取り返しのつかない所だった。

極度の恐怖と、それを回避できた安堵感から軽く嘆息したボクは、ボンヤリと考える。

(少し、気を張り詰めすぎてたのかな?……でも、確かに敵の気配だと思ったんだけど……)

何か釈然としない気持ちが晴れないが、勘違いと片付ける他にないだろう。

そう思ったボクは『スーパーノヴァ』をホルスターに仕舞うと、モニカと状況を確認しあった。

「君がボクの進行方向からやってきたって事は、あっちとこっちは繋がった一本の通路だったって事か」

「みたいね。つまるところ、どっちにいっても大した違いはなかったわけよ。……で、どう、ユリス?レザルナは?」

「いや、会ってないよ。モニカは……って、聞くまでもないか。会ってたら、そんな風に無傷な訳ないもんね」

「あら、分からないわよ?実はレザルナが思ったよりも凄く弱くて、私があっさり倒しちゃった……って可能性もあるでしょ?」

「……そうだったの?」

九割方有り得ない事であったが、残りの一割を期待してボクはモニカに尋ねる。

しかし彼女は小さく舌を出すと、予想通りの言葉を口にした。

「な〜んてね、冗談よ。残念だけど、そんな相手じゃない事くらい分かってるわ。……だけど、二人共出会わなかったとすると、

ここにレザルナは居ないって事になるわね、やっぱり」

「うん。そうだよ……な」

腑に落ちない表情のモニカに、ボクは同じ様な表情で頷き返すと、顔を俯かせて考えに浸る。――――どうにも、妙な気分だった。

こうなると、本当にレザルナはこの洞窟にはいない……つまり、ここはハズレだったって事になる。

別にそれ自体は何の不思議も無い。ボク達がここにレザルナと踏んだのは、『彼女がいる可能性が高い』とされている

『異常な魔力が発生している場所』を『マジックトレーサー』で感知してやってきたからだ。

それはあくまでも『高確率』であっただけで、『絶対』ではなかった事。そう思えば、ここにレザルナがいない事には納得がいく。

――しかし、だとしたら……。

(『マジックトレーサー』が感知した『異常な魔力』は、一体何なんだ?)

そう、その疑問にぶち当たるのだ。

例えここにレザルナがいなかったとしても、『マジックトレーサー』が異常な魔力を感知したという事実は揺るがない。

――ならば一体、その異常な魔力の発生源は何なのか?そして、それはこの洞窟内の何処にあるのか?

「ねえ、モニ……っ!?」

モニカの意見を聞こうと思い、顔を上げたボクは思わず絶句する。

そして目先の光景に数回眼を瞬かせると、全身がカッと熱くなるのを感じながら後退った。

「モ、モニカ!?」

「……そんなに嫌だった?」

「い、嫌とかじゃなくて!!」

余りの事に、口が上手く回らない。頭が混乱して、落ち着く事が出来ない。

―――それこそ触合う程近くにあった、可憐な唇。

もう少し身を退くのが遅かったら、確実にそれはボクのと重なっていただろう。

それを想像しただけで心臓が狂った様に脈打ち、呼吸も乱れてきだした。

(い、一体どういうつもりなんだ!?モニカは……!?)

言葉を発する事もままならず、胸に手を当ててどうにか気持ちを静めようとするボクを、モニカはただジッと見つめている。

二つの赤い瞳は涙で潤んでいて、いつもの勝気な輝きは無い。

決しては強くは無いものの、眼を逸らそうにも逸らせない何かがその眼差しから感じられ、ボクはその場に立ち尽くすしかなかった。

そんなボクに一歩、また一歩と近づきながら、モニカは鈴の鳴る様な声で言う。

「ねえ、ユリス……もう、分かってるでしょ?」

「え?……あ……モ、モニ……」

「……ね?だから、さ……」

戸惑うボクの両袖を掴みつつ、彼女はこちらを見上げてくる。再び間近に迫ったその美しい瞳に、もうボクは何も考えられなくなった。

「モニカ……」

思わずそう呟くと、彼女は静かに瞳を閉じる。同時に少しだけ突き出された唇に、全神経が集中する。

緊張で震える両手でぎこちなく彼女の肩を抱き、ボクはゆっくりと顔を近づけていった。

「ユリス……」

モニカが喋ると同時に、彼女の息が顔に掛かる。それはボク達の距離が、零になろうとしている事を示していた。

「……モニカ」

そして零になる直前に、ボクはもう一度彼女の名を呼ぶ。すると、彼女の唇が小さく動いた。

「ユリス……早く……」

―――――……ハヤク…………。

(っ!?)

いきなり頭に響いた声に、ボクはハッとして我に返る。

(今の声!?……一体……!?)

レイブラント城や、この洞窟に入る際に聞こえた妙な声。その声とモニカの声が重なって聞こえたのに、とてつもない違和感をボクは覚えた。

そして刹那、激しい悪寒と戦慄が駆け巡る。

「っ!!」

――――次の瞬間、無意識にボクの右腕は腰のホルスターへと伸びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洞窟内に、『スーパーノヴァ』の銃撃音が鳴り響いた。それに続く様に、ボクの眼前にあったモニカの身体が、ゆっくりと後ろに倒れていく。

しかし、彼女が地面に激突する事は無かった。モニカは……いや、『モニカの形をした何か』は、瞬く間に無数の小さな粒となり、ボクの前から消える。

それを見届けた後、ボクは無言で『スーパーノヴァ』をホルスターにしまうと、苦々しく吐き捨てた。

「っ……くそっ!!」

――もう少し気づくのが遅れていたら、ボクは一体どうなっていたのだろう……?

答えを聞きたくも無い疑問を、ボクは心の中で呟く。……正直言って、かなり危ない所だった。

気づいたら、と言ったものの、実の所そこまで確信めいた物があった訳じゃない。

ただ、あの時不意に感じた違和感。それが自分をこうする様に駆り立てたのだ。

(結果的には良かったけど、もし間違いだったら……っ、やめた。そんなの考えても仕方ないだけだ。それより……)

未だに緊張と恐怖で鼓動の静まらない心臓に手を当てて、ボクは思う。

(あれは一体、何なんだ?……幻にしては、しっかりと感触があったし)

〔よく気がついたわね……もう少し遅ければ、全て終わっていたものを……〕

「っ!?」

ボクはハッとして、反射的に『スーパーノヴァ』をホルスターから抜く。

耳を通さず、直接頭にとどく様な声。――間違いない、これは……!!

「レザルナ!!」

洞窟内に、ボクの叫びが木霊する。それが聞こえなくなった頃、不意に天井の一部分が歪み始めた。

一瞬『時空のひずみ』かと思ったが、その予想はすぐに裏切られる。

やがて歪みはゆっくりと人の形を取り、ボクの知っている人物となる。

銀髪を靡かせ、こちらを見下ろす女性――それは間違いなく、レザルナその人だった。

「やっぱり、ここにいたのか!という事は、さっきの性質の悪い冗談も、お前の仕業か!!」

〔性質の悪い冗談?……何を言っているの?〕

「……え?」

レザルナの口調がルナ研で最後に聞いた柔らかいものであった事も手伝い、僅かに警戒心を解いたボクは銃口を下げて奴の顔を見返す。

そんなボクに、レザルナは問いかけてきた。

〔まさか、さっきのは私が貴方の動揺を誘う為の罠だとでも言いたいの?〕

「と、当然だ!!よく分からないけど、あれもお前の魔法なんだろう!?」

〔……そうね。確かに、あれは私の魔法よ。けれども……別に精神的な攻撃をするのが目的だった訳じゃないわ。単に、貴方の望みを具現化しただけ〕

「っ……どういう、意味だ?」

奴の言葉にドクンと心臓が高まったのを気づかれない様に、ボクは殊更低い声でレザルナに尋ねる。

すると奴はそんなボクを見て、呆れとも取れる微笑を浮かべた。

〔どうやら、私の言葉の意味を良く理解している様ね。本当、子供は分かりやすくて可愛いわね……〕

「な、何を……!」

〔ここに来るまでに幾度か聞いたでしょう?自分自身への問いかけを〕

「問いかけ?……っ!」

――――ソレラヲジブンダケノモノニシテミタイ……ソウオモッタコトハ……?

――――ケレド…………モシ、ゴカイデハナカッタトシタラ……?

あの無機質な声が蘇り、ボクは思わず息を呑む。それは、レザルナの言葉に対する返答を意味していた。

満足げな表情を浮かべたレザルナは、畳み掛ける様に口を開く。

〔どうやら覚えがあるみたいね。せっかくだから教えてあげるわ。あれも私の魔法よ。対象者に心の声を聞かせ、それに対する本心を具現化する魔法。

 貴方みたいに本心を押し殺しがちな人には、少々刺激が強かったかしらね〕

「本……心?」

揶揄するレザルナの言葉に怒りを覚えるよりも先に、ボクは奴に釣りこまれてしまった。

思い出してはいけないと叫ぶ理性を押しのけ、本能が先刻の光景を思い出させる。

――あれが……ボクの……?

「ち、違……」

〔やはり否定するのね。強情と言うか、臆病と言うか……そんなだからこそ、私の魔法も完璧に効かなかった訳か〕

「っ!!」

その言葉に激昂したボクは、素早く『スーパーノヴァ』の銃身をレザルナに向け直し、苛立ちも露にトリガーを引く。

しかし、確かに一条の光がその身を貫いたにも拘らず平然としている奴を見て、短く舌打ちした。

「チッ、幻か……!」

〔理解が早いわね。……それにしても、ムキになって怒る、か。模範的な行動ね、突かれたくない本音を突かれた時の〕

「……っ……レザルナ……」

腹の底から怒声を叫びたくなる衝動を必死に抑えつつ、ボクは奴を睨み付ける。

「お前の目的は……『時間統一』とかいう物なのか?」

そう言った瞬間、レザルナは一瞬瞳孔を見開き、明らかに動揺の色を見せた。

だが、すぐさまそれを消し去ると、先程と変わらぬ不快に感じる笑みでボクに尋ね返す。

〔何処で誰に聞いたのか分からないけれど……そうだ、と言ったら?〕

「……成程。お前の魂胆は読めたよ」

軽く鼻で笑った後、ボクはキッとレザルナを見据え、今までのお返しとばかりに揶揄する様に口を開いた。

「大方、『時間統一』が成された世界なら、モニカと何の遠慮も無く一緒に居られる……だから邪魔をするな、とでも言いたいんだろ?」

〔……〕

ボクの言葉に、レザルナは何も答えない。

しかし、絶対の確信があったボクは、奴に構わず言葉を続けた。

「残念だけど、ボクはそこまで愚かじゃないさ。ボク個人の身勝手な願いの為に、世界を好き勝手に変えようとしている奴を見逃すつもりなんか

 更々ない。お前が一体どんな目的で『時間統一』を目論んでいるか知らないけど、つまらない揺さ振りを掛ける気なら無意味だよ。

 ボクはお前を止めてせる。……そう、あのグリフォンの様に、どんな悲しき事情があったとしても!!」

〔…………〕

猛々しく叫んだボクを、レザルナはただ静かに見つめていた。

その顔には先程までの笑みはなく不気味なくらいに無表情で、何を考えているのか全く読み取れない。

ボクも以降は何も喋らず、銃口を奴に突きつけたまま暫く沈黙が続く。

やがて重苦しい空気が辺りを支配し、少々息苦しささえ覚え始めた頃、ようやくレザルナが口を開いた。

〔……似ているわ〕

「……何?」

〔悲しいくらい、あの人と……ガレオと似ているわ〕

「ガレオ?」

それは誰だ?と、ボクが尋ねるよりも先に、レザルナが軽く右手を振りかざす。

すると次の瞬間、奴とボクの間の空間が歪み始め、もう何度も見た『時空のひずみ』が出現した。

「これは!?……ボクを別の時代に飛ばす気か!!」

〔別にそんなつもりは無いわ。ただ、そのままずっと此処に留まるというなら、そうなってしまうでしょうけど〕

「くっ!」

ゼルマイト鉱山の時と同じく身体を引っ張られる感覚に襲われ、ボクは慌てて身を退く。

そんなボクに、レザルナは淡々とした口調で言った。

〔早く此処を出る事ね。それからあの娘と話し、そして知りなさい。自分がどれだけ独り善がりな考えで行動をしているかを……〕

言い終えると、奴はこちらに背を向ける。すぐさま逃げるのだと判断したボクは、『時空のひずみ』に強く抵抗しつつ叫んだ。

「待て!逃げる気か!?」

〔逃げる?……私は幻よ、『最初から』居やしないわ。さあ、行くなら早くしなさい。ここも、もう長くは無いわ〕

「っ、レザルナ!!……くそ!」

哀れむ様な口調と共に、レザルナ――レザルナの幻は一瞬の内に消えうせる。それと同時に、『時空のひずみ』も徐々に大きさを増していく。

周りの小石や崩れかけていた天井の岩が吸い込まれていくのを見て、ボクは歯痒い思いを抱えながら来た道を引き返した。

別の道を進んでいるモニカの事が気懸かりではあったけど、走る自分のすぐ後ろにある物全てが消えていく今の状況では、どうする事もできない。

(モニカ……!どうか、無事でいてくれ!!)

胸の内で祈りつつ、ボクはひたすら洞窟の入り口を目指して走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「!……出口だ!」

ようやく見えた一条の光に、ボクはすっかり上がった息に苦しみつつも安堵の表情を浮かべた。

痛みを伴った疲労を纏う両足にも、自然と力が入ってくる。

相変わらず自分の背後には『時空のひずみ』による吸引が迫っているが、ここまで来ればもう大丈夫だ。

そう思ったボクは、残った力を振り絞り、全速力で洞窟の出口へと走る。

「はあっ!……はあっ!……はあっ!…………よし!!」

やっとの思いで洞窟を抜け出すと、荒い息をつき、何気なく後方に振り返る。

その途端、ボクは眼に飛び込んできた光景に、思わず息を呑んだ。

「っ!これは……!」

――――洞窟内の全てを飲み込んだらしい、自分の身の丈の何倍……いや何十倍もある『時空のひずみ』

これほどまでに巨大なひずみを作り出す事の出来るレザルナの力に、ボクは僅かな恐怖を抱いた。

呆然と立ちすくむボクの前で、『時空のひずみ』は更に膨張を続ける。

しかし、やがてピタリと動きを止めたかと思うと、今度は逆に凄まじい勢いで縮小し始めた。

そしてそのまま小さな点となり、その場から消滅する。

後に残された目の前の空間――つい先程まで洞窟があった空間をボンヤリと見つめながら、ボクは呟いた。

「これが……レザルナの力」

言いながらボクはある事に気づき、そして疑問を覚える。

恐らくレザルナがその気になれば、ボクをこの洞窟の様に消し去る事だって容易に出来ただろう。

なのに、奴はそれをしなかった。――何故……?

(ボクなんか、敵でもないって事なのか?それにモニカも……っ!)

そこまで考えて、ボクはモニカの事を思い出す。――まさかとは思うが、あの洞窟と一緒に……?

「モニカ!!」

最悪の可能性を頭から振り払いながら、ボクは自分でも分かるぐらいに悲痛な叫びを上げる。

……と、その叫びに反応するかの如く、背中越しで何かが動く音が聞こえた。

「あ……モニカ!」

「……」

ハッとしてボクが振り返ると、木々に身を隠す様にモニカが立っていた。何やら険しい表情をしているが、見た分には負傷している所も無い。

モニカの無事を確認したボクは、気が抜けた様に溜息をつくと彼女に歩み寄った。

「ふう……よかったよ、モニカ。あのひずみに飲み込まれてたら、どうしようかと……」

――――ボクがそこまで言った瞬間、不意にモニカが動き、同時に何かが風を斬る音がした。

「……えっ?」

反射的に身を引いたボクの頬から、真っ赤な液体が飛び散り、次いで鋭い痛みが奔る。

(どういう……事……?)

激しい怒りの表情を隠そうともせず、モニカは『アトラミリアの剣』の切っ先をボクに突きつけていた。

まるで理解できない、目の前の現実。彼女の剣から滴り落ちる自分の血を呆然と見つめながら、ボクは呟いた。

「モ……ニカ?……何……を……?」

「それ以上……喋らないで!」

震えた声で、モニカはそう言う。その瞳には薄っすらとではあるが、ジワリと涙が滲んでいた。

「もう……もう騙されない!斬られたくなかったら……今すぐ私の前から消えなさい!!」

「な、何を?……モニカ、一体どうし……」

「黙れええっっ!!」

「っ!?」

我武者羅に振るわれた剣筋を、ボクは寸での所で回避する。

一切の手加減が無い、本気の斬撃。何もかもが理解できず、言葉を失ったボクの耳に、モニカの悲痛な叫びが木霊した。

「私の願いの具現化?……ふざけないでよ!……私は……私はそんなに愚かじゃない!!自分の身勝手な望みの為に、世界が滅茶苦茶にされるのを

 見過す様な真似なんかしない!!そんな……そんな幻で揺さぶっても無駄よ!!」

「っ!」

全身から殺気を発しているモニカを前にして、ボクは自分でも怖いくらいに素早く事を悟る。――恐らくは彼女もボクと同じ様に……。

「お、落ち着いて、モニカ!ボクはレザルナの魔法で造られた幻なんかじゃ……」

「黙れと言ってるでしょ!!」

慌てて宥めようとしたけれども、彼女は完全に錯乱状態に陥っていた。

再び奔った剣閃に、ボクは肝を冷やしつつも後方に身を退いてそれを避ける。

正直、もう言葉が通じる状態ではないと分かっていたけれども、だからといって実力行使で落ち着かせる事なんか到底出来ない。

二つの瞳から零れ流れ落ちる涙を拭おうともせず剣を振るうモニカの姿は、余りにも悲しく痛々しものであったから。

「うあああああっ……!!」

「!……くっ!!」

怒号とも悲鳴とも言えぬ叫びと共に、彼女が『アトラミリアの剣』を振り翳す。

ボクは咄嗟に『シグマガジェット』の銃身でその斬撃を受け止め、一瞬驚いて動きを止めたモニカの手を掴み、剣を振り落とさせた。

「モニカ!……っ、頼むから落ち着いて!!」

「は、離せ!!……離して!!……触らないで!!」

「モニカ!!」

嫌々と暴れるモニカにボクは叫ぶと、強引に彼女の指先を先程斬りつけられた頬の傷に持ってこさせる。

「っ!!」

「…………幻が、血を流すと思うかい?……君が会ったボク……ボクの幻は、血を流したかい?」

「あ……」

「ね?……だから落ち着いて?……ボクは、本当のボクだから」

ボクがそう言うと、強張っていたモニカの顔が元の穏やかなものへと戻り、鋭くなっていた眼つきも柔らかいものへと戻る。

それを見て、ボクは知れずホッと安堵の息をついた。ようやく彼女に分かってもらえたのだと思って。

しかし次の瞬間、モニカは再び表情を硬くして、小さく口を開いて低い声を出した。

「………いで」

「えっ……?」

「……だったら……尚更、私に触らないで!!」

その言葉を聞き、一瞬呆然としたボクの手を乱暴に払いのけながら、モニカは叫ぶ。

「その手で私に触らないで!その眼で私を見ないで!!その声で私に話しかけないで!!!

私は……私は君なんか居なくても、別になんとも無いんだから!!」

「……っ……」

「君なんか……ユリスなんか居なくたって、悲しくもなんともない!!君はただの仲間なんだもの!!それ以外の何でも無いんだから!!」

「っ!!」

――――脈絡のない彼女の言葉。

突然のそれに驚くよりも早く、ボクは彼女の気持ちに気づいてしまった。

こんな時、自分の聡明さに感謝するべきなのか憎悪するべきなのか分からない。

ただ一つだけ、ハッキリとしている事があった。――それは…………。

(きっと……誤魔化したり隠したりするべきじゃなかったんだろうな)

そう、出来るならば……否、きっと出来た筈だったんだ。ずっと胸に秘めていた想いを告げる事は。

けれども罪悪感や後ろめたさに苛まされて、その事を避けてきたんだ。ボクも……きっとモニカも。

結果として、こんな風に彼女を苦しめる事になってしまった。この頬の傷は、その罪への罰の証だ。

――だから……もう……。

「きゃっ!?……ちょ……んっ、んんっ!」

ボクは無造作にモニカの腕を掴むと、自身の胸へと引き寄せる。そして、彼女が戸惑いの声を上げるよりも先に、静かに唇を重ねた。

彼女の流した涙が唇にも伝わっていたらしく、口付けた先から微かなしょっぱさを感じる。

それすらも愛しく感じたボクは、身を捩って逃れようとするモニカを抱きしめつつ、その行為に没頭した。

「ん……」

不意に彼女の抵抗が止む。それから彼女の全身から力が抜け切ったのを察したボクは、名残惜しくも唇を離した。

そして、少しばかり熱のこもった瞳でボクを見つめるモニカに、上擦りそうになる声を必死に制止しながら言う。

「随分と、遠回りしてたんだ。こんな……単純な事を誤魔化すのに」

「何……を……?」

「君もあの洞窟の中で、レザルナの幻に会ったんだろう?そして何が起こったのか……さっきの君の様子から、大体は分かるよ。

 ボクも……同じだったんだから」

「えっ……?」

「君の幻にも会った。そしてレザルナに指摘された……本心を殺している事を。ボクはそれに対して、理性や使命感で反論したけれど、

 それは正しい事じゃなかった。ううん、全部がって訳じゃないけれど……少なくとも、君に誤魔化し続けるべきじゃなかったんだ」

「……ユリス」

震える声でボクの名を呼んだモニカは、とても綺麗で可愛い表情だった。

――……どうしてこの表情を、あんな風に歪ませる事をしてしまったのだろう?

やるせない自嘲と自責の念を抱きつつも、ボクは彼女を抱きしめる両腕に力を込めながら口を開く。

「ちょっと順番が逆だけど…………モニカ」

「何?」

ボクの勝手な思い込みかもしれないけれど、彼女は期待に満ちた様な瞳でこちらを見つめる。

だからなのだろうか?緊張で言えないのではないかと思っていた言葉は、案外すんなりと口から出た。

「ずっと、好きだったんだ。あの冒険が終わった時から……三年前から、ずっと」

「っ!……バ……カ……言わないでいてくれたら……諦められたかも知れないのに……」

涙を零しながら、モニカはそう言う。けれど、そんな言葉とは裏腹に、表情はとても嬉しそうだった。思い込みなんかじゃなく、本当に。

「はは……その割にはすごく嬉しそうだけど?」

「う、煩いわね!だって……ううん、もういいわ。ねえ、ユリス……?」

「何だい?」

「君……本当にユリスだよね?レザルナの幻なんかじゃ……無いよね?」

「…………」

その問いに答える代わりに、ボクはもう一度彼女に口付ける。モニカも今度は抵抗する事もなく、ただ身を委ねてきてくれた。

「……で、モニ……カ?」

「ん?」

再び唇を離した後、ボクは急に湧き上がってきた弱気と共に口を開く。

「その……返事、欲しいんだけど?」

「……勝手にキスしておいて、今更それ?」

「う、い、いや、今のは!……その……」

全くその通りなモニカの問いに、ボクは言葉に詰まってしまう。けれどそれも束の間、今度は彼女から唇を押し付けられた。

「っ!?」

「……ユリス……」

ほんの一瞬の口付けの後、モニカは仄かに頬を染めて照れ笑いを浮かべながら言う。

「私も好きだったんだよ?……三年前から」

 

 

 

 

――――ああ…………本当に、どうしてこんな遠回りをしてしまったんだろう?

    お互い、全く同じ想いだったと言うのに。

 

 

 

 

それは恐らく、ボクとモニカの両方が抱いた気持ち。だけど、それを悔いるのも、もう必要ない。

今……こうして想いを伝え合う事が出来たのだから。

 

 

 

 


  

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