第七章〜月を目指して〜

 

 

 

 

 

――――ジュラクモールを後にしたボクとモニカは、どちらともなくセイカさんの家に向うことを切り出した。

あれ以降『マジックトレーサー』が反応する場所も無く、レザルナの行方が全く分からなくなってしまったからだ。

途方に暮れたボク達が出した結論は、製作者に相談するのが一番だという物だった。そう思って、急いで此処に駆けつけたのだが……。

「……考えられないわ、こんな事」

何やら大掛かりな設備の上に『マジックトレーサー』を置き、色々と調べていたセイカさんの言葉に、ボクは疑問の声を上げた。

「どうしたんですか?」

「……えっと……」

尋ねたものの、セイカさんは言葉を濁し、沈痛な表情で考え込む仕草を見せる。

「セイカさん。レザルナの居場所、分からないんですか?」

モニカが聞くと、セイカさんは重々しく口を開く。

「いえ、モニカ様。その、そういう訳ではないのですが……」

「こんな時に目上扱いはいいです。それより、分かったのでしたら教えて下さい」

少々じれったそうにそう言ったモニカに、セイカさんは「では……」と咳払いをした後、言葉を続けた。

「貴方達が見たレザルナの幻は、レザルナが魔法で生み出した物。つまり、レザルナの魔力そのものと言っても差し支えないわ。

 だからその幻の魔力を追跡してみて、レザルナの現在地を特定する事は出来たの。……ただ……」

「ただ?」

「……信じられないでしょうけれど……『月』なのよ、そこは」

「「つ、月!?」」

ボク達は揃って驚愕の声を上げる。それは余りにも、予想だにしない事だった。

「月って……あの空に浮かんでる?」

「ええ、間違いないわ。どうやら彼女の目的は、かなり進んでいる様ね。月の至る所から大きな魔力が発生してるみたいなの。

これが反応を示さなくなったのも無理ないわ。……そんな遠くまで探索範囲を広げてなかったから」

「……っ……」

突きつけられた現実をどう受け止めていいか分からず、ボクは口を閉ざす。

月――それはとても近くにあるもので、同時にとても遠くにあるものだ。

空を見上げればすぐに見つける事は出来るけれども、そこにどうやったら行けるかなんて、想像もつかない。

ボク達の暮らすこの大地と、どれだけの距離があるのか検討もつかないのだ。セイカさんが困惑するのも当然だろう。

「一体どうやって、レザルナは月に?……そもそも、何の為に?」

「……ゴメンなさい、私には分からないわ。方法も、目的も……」

独り言の様に呟いたボクの疑問に、セイカさんが申し訳なさそうに首を振る。……と、その時、唐突にモニカが口を開いた。

「……魔力」

「えっ?」

反射的にモニカの方へと振り向いたボクに気づいているのかいないのか、彼女は俯き加減でとつとつと言葉を紡ぐ。

「月って、何だか神秘的な雰囲気があるでしょ?あれって月が強大な魔力が秘めている影響だって、何時だったか母上から聞かされた事があるわ。

レザルナが月に向った目的は恐らく……その魔力を使って『時間統一』を一気に進めるつもりじゃないかな?」

「!……それじゃ……!!」

モニカの言葉に、ボクは大きな焦燥を覚える。もし彼女の言葉通りだとしたら、一刻も早くレザルナの後を追わなければ手遅れになる。

しかし、そうと分かっていても追う手段が無い。無意識に歯噛みをしつつ、ボクは米神を指で押さえて考え込んだ。

(っ、せめてレザルナが使った手段が分かれば、何か手がかりになるかもしれないんだけど……)

焦る気持ちを懸命に抑えながら知恵を絞るボクど同じ様に、モニカとセイカさんも険しい表情を浮かべる。

――――息苦しいまでに重たい空気の中、気まずい沈黙だけが漂い時が流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、モニカ?」

どれくらい時間が過ぎたのか。

ある考えが浮かんだボクは、隣の彼女に声を掛けた。

「何、ユリス?」

「あのさ、その……君、魔法を使えるだろ?それで何とか……」

「ゴメン。魔法が使えると言っても、私はこの腕輪の力で魔法弾を撃っているのに過ぎないの。物語に出て来る様な魔法使いとは根本から違うわ。

そもそも、そんな長距離を移動できる魔法が実際に有るかどうかも……」

言い終わらぬ内にモニカがボクの言葉を遮って俯く。それを見て、ボクも無意識に「そうか……」と呟いた。

――――レザルナは、魔法で月へ渡ったのではないか?

これが、ボクが苦し紛れに搾り出した考えだ。

だから魔法を使う事の出来るモニカなら或いはと思ったんだけど……どうやら浅はかだったらしい。

しかし、落胆した様子のボクら二人とは対照的に、突然セイカさんがハッとした様に小さく声を上げた。

「っ!そうか……その手が有ったわね」

「「……え?」」

思わず揃って聞き返したボク達に、セイカさんは明らかに希望を見出した表情で一人頷く。そして、僅かに弾んだ声で言った。

「どうやら道は開けたみたいよ、二人共」

「それは、どういう……?」

ボクが尋ねると、セイカさんはボクを見返しつつ軽く頷く。

「貴方の考えが的を射ていたという事。十中八九レザルナは魔法で月へと渡ったんでしょう。並みの魔法ではない……それこそ賢者、或いはそれ以上

 の存在しか知らない強力な魔法でね」

「ち、ちょっと待ってください、セイカさん!私はそんな……」

モニカが慌てた口調で両手を振ってみせる。珍しくセイカさんの言わんとしている事を察したらしい。

「ええ、勿論モニカ様がそんな魔法を心得ているとは思っていません。だけど、モニカ様の魔力を使えば……」

「手は有るって事ですか?」

「その通りよ、ユリス。……少し待ってて」

言うなりセイカさんは席を立ち、奥の部屋へと姿を消す。

後に残されたボクとモニカは、どちらともなく顔を合わせた。

「何なんだろう、一体?」

「さあ、私に聞かれても……けど、手が有るなら何よりね。とにかく月に行けなきゃ、何も始まらないんだから」

「……そうだね」

そうボクが言い終えると、会話が途切れる。途端、さっきとは違う意味で気まずい空気が辺りを漂い始めた。

(……っ……お、落ち着かないな、何となく……)

心の中で呟いた瞬間、モニカと視線がぶつかった。すると彼女は、恥ずかしそうに眼を逸らす。――……どうやら、モニカも同じ気持ちらしい。

こうして二人だけになると、どうしても『あの光景』が頭に浮かんできてしまうのだ。

今、冷静になって思い返すと、恥ずかしくて顔から火が出そうになる『あの光景』が。

――――間近で交わった視線……重なった唇……。

「うっ……」

「ユ、ユリス……な、何急に顔赤くしてるのよ?」

「い、いや別に……」

上擦った声でモニカが怒った様に言うが、その本人も赤い顔をしているのだから滑稽だ。

尤も、そんな彼女にまともな反論が出来ないボクだって十分滑稽だけど。

(は、早く戻ってきてくれないかな、セイカさん……)

またしても無言の世界が広がりだし、ボクは手持ち無沙汰でセイカさんが入って行ったドアを眺める。

けれども、そのドアが開く気配は微塵も感じられない。

仕方なくそこから視線を逸らすと、またモニカと眼が合ってしまった。

「あ……」

「っ…………ねえ、ユリス?」

一瞬驚いた顔をした後、彼女は両手を組んで忙しなく動かしながら、か細い声を出す。

「な、何?」

「……する?」

「えっ?」

モニカにしては珍しい、主語の無い言葉。

それが何を意味するのか…………この状況から導き出される答えは一つしかなかった。

「……」

ボクは無言でモニカの頬に手を伸ばす。瞬間、ビクリと竦んだ彼女だったが、すぐに不安そうに瞳を閉じた。

「……返事くらいしてよ」

「それはお互い様。……終わったら、ね」

モニカの不満げな声を小さく笑いながら受け流すと、ボクはゆっくりと彼女に顔を近づける。

……が、今まさに二人の距離がゼロになろうとした刹那、突然玄関のドアが盛大な音を立てて開いた。

「たっだいま〜〜!!……って、あ……れ?」

笑顔で帰宅の挨拶をしたユイヤが、ボク達を見てあんぐりとを口を開け硬直する。

そして、それはボク達も同じだった。

「「…………」」

今のボクとモニカの状態――誰がどう見ても恥ずかしい状態であるボク達を、ユイヤは眼を点にして眺めている。

やがて、その顔がドンドン赤くなっていくのに、ボクとモニカはようやく我に返った。

どちらともなく凄い勢いで距離を取り、火どころか炎が出そうなくらい熱さを全身に感じつつ、殊更明るい声でユイヤに挨拶を返す。

「お、お、お、お帰りユイヤ!い、い、居ないと思ったら出かけてたんだね!!」

「ここ、こ、こんにちはユイヤ!ユユ、ユリスから話は聞いてるわ!とっても賢いんですってね!!」

「え、えっと…………」

刺激が強すぎたのか、ユイヤはいつもの元気さを微塵も見せる事無く、戸惑った表情でボク達を交互に眺めた。

それが余計に恥ずかしさを募らせる。居ても立ってもいられなくなったボクが自棄気味に口を開きかけた時、天の助けが舞い降りた。

「二人共、お待たせ!……あらユイヤ、お帰りなさい。……?……どうしたの?」

ドアを開け、息を弾ませながら顔を見せたセイカさんが、ボク達三人を見て怪訝そうに首を傾げる。

当然、それに正直に答えられる筈もなく、ボク達は揃って同じ言葉を口にした。

「「「いえ……何でも……」」」

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ入って」

促されるがまま、ボク達は先程セイカさんがいた部屋へと通される。

そこにただ立っている事さえも窮屈に感じられる程に、大小様々な機械が置かれていた。

更に床には、恐らく研究に使うであろう資料の束や工具等が散乱している。

何処と無く親近感を覚えるその光景に、ボクは自然と言葉を漏らした。

「いかにも研究者の部屋って感じだな。ま、ボクの部屋も近いもんがあるけどね」

「あら、ユリスの部屋って今でもこんなんなの?確か片付けろ片付けろって、ルネに口喧しく言われてなかった?」

「う、い、良いだろ別に。それにモニカだって、ボクの家の宛がわれた部屋、酷かったじゃないか。服なんて脱ぎっぱなしだし」

「な……し、失礼ね!いくら私でもここまで散らかし……あ、ご、ゴメンなさい、セイカさん」

「いえ、良いんですよ、本当の事ですし。……さ、二人共、これですよ」

言いながらセイカさんが指差した物に、ボクとモニカは揃って注目する。

――――転送装置……という奴だろうか?

数人の人間が乗れる程度の台座と、それを囲む様に備え付けられた機械とが多くの配線で繋がっている。

暫くの間、呆然とそれを見つめていたボクは、何の気なしにセイカさんの方に振り向くと口を開いた。

「セイカさん。これは……?」

「魔導跳躍装置『ジクジャム』……これを使えば、貴方達を月へと送る事が出来るわ」

「……魔導跳躍装置?」

聞きなれない単語に、モニカが眼を瞬かせる。するセイカさんは、軽く頷いた後に解説を始めた。

「はい。つまり魔力をエネルギーとして、途方も無い程に離れた距離を行き来する装置なんです。元々は、未知なる星と星とを繋ぐ架け橋と

 なるべく開発された物だったんですが、様々な問題が積み重なり陽の目を見る事無く凍結されてしまいました。……これはそのプロトタイプです」

「は、はあ……」

何やら混乱した表情で、モニカは曖昧な相槌をする。――……ま、こういうのには疎いから、無理もないだろうけどね。

そんな彼女を余所に、興味と疑問を持ったボクはセイカさんに質問した。

「セイカさん、一つ良いですか?」

「何、ユリス?」

「えっと……その開発秘話からして、この『ジクジャム』に膨大なエネルギーが必要だって事には見当がつきます。ですけど、何故わざわざ

 魔力をエネルギー源とする必要があったんですか?時間移動が出来る『イクシオン』から鑑みて、科学力だけでも……」

ボクがそこまで言った途端、セイカさんは呆気に取られた顔で息を呑む。

「……驚いたわ、そこに関心がいくなんて。ユリス、貴方ひょっとして……」

「一応、こういう分野は専門だと自負しています。それでセイカさん、さっきの質問ですけど……」

「ええ、貴方の言う事も尤もよ」

そう前置きすると、セイカさんは不意に遠くを見る様な眼になって語りだした。

「それがさっき私が言った『積み重なった問題』の一つでもあるの。時代が違うとはいえ『同じ場所』を行き来するのであれば、其処にある様々な

 物体を頼りに移動する事が出来る。だから科学力だけでも大丈夫だったの。でも、全く知りもしない『未知の場所』へ移動する時には……その方法は

 使えないから」

「え?……え?え?」

ますます混乱した様子で、モニカは両手で頭を抱える。

そんな彼女とは対照的に、ある程度合点がいったボクは自身の考えを口にした。

「……つまり、『道標』が有るか無いかの違い、ですか?」

「っ!……ええ、そうよ。流石ね」

「ど、どういう事?」

サッパリ分かっていないらしいモニカが、頭上に大量の?マークを浮かべてボクに尋ねる。

多分彼女には理解できない話だと思うけれど、やはり無下に拒む訳にもいかず、ボクは出来る限り噛み砕いて説明してみた。

「ええっと、要するに……時間移動には『道標』があるって事だよ。例えば、そこらにある石ころとか……とにかく何でも良いから、

 そういうのを細かく調べていけば『道標』になる。……ですよね、セイカさん?」

「まさしく。具体的に言えば、物体にある多くの成分を解析すれば時代が特定できるという事よ。

ユリスが例に挙げた様に、自然界には長い年月を跨いで存在している物が沢山あるから。それらを『マテリシス』と呼ばれる解析装置で……」

「も、もういいです、セイカさん!!じ、十分理解できましたから!!」

「あっ……そ、そうね。こんな事を長々と話している時じゃなかったわ」

明らかに嘘と分かる言葉と共に、モニカが両手を振ってセイカさんの話を止めた。

正直ボクとしてはもう少し聞いたみたい事でもあったが、生憎と今は時間が無い。

結果的に言えば、モニカの行動が正しいだろう。そう思ったボクは、本題に入った。

「それでセイカさん。この『ジクジャム』は、すぐにでも使えるんですか?」

「ええ、それは大丈夫。プロトタイプと言えども、稼動には問題ないわ。……エネルギーさえあればね」

そう言いつつ真顔になりながら、セイカさんはモニカを見やる。

するとモニカもセイカさんの意図を汲んだらしく、顔を引き締めて口を開いた。

「そのエネルギーに、私の魔力を使うんですね?」

「はい、そうです。ただ、モニカ様。それに関して……一つだけ話しておかなければならない事があります」

「話しておかなければならない事?」

反芻したモニカに、セイカさんは「言いにくいんですが……」と零した後、言葉を続ける。

「実を言うと、この『ジクジャム』に必要なエネルギー……即ち魔力がどれだけ必要なのか、正確な量は私にも分かりかねます。

 モニカ様がかなりの魔力の持ち主だというのは、私達庶民の間にも流れてくる武勇伝から察してはいますが……それでも恐らくは、

 ほぼ全ての魔力を使わないといけないでしょう」

「…………そうなったら、私はどうなるんですか?」

微かに震える声で、モニカが尋ねる。

「別に、魔力そのものが消えてしまう事はありません。……ですが極度に消耗した魔力が回復するまでの間、魔法を使う事は出来なくなるでしょう。

そして、それがどれだけの時間なのか…………残念ながら分かりません」

「っ、そんな!」

思わずボクは叫ぶ。

――それではモニカから魔力が無くなるのと、何も変わらないじゃないか!

堪らず抗議の声を上げようとしたボクだったが、それよりも早く冷静なモニカの声が聞こえた。

「だったら問題ないです。今すぐにでも、お願いします」

「モニカ!?」

驚いて振り返ったボクに、彼女は無表情で首を振る。そして、訥々と話し出した。

「心配しないで、ユリス。私は元々魔法使いって訳じゃないし、剣さえ使えれば十分戦えるわ。それに、もう二度と使えなくなる訳でもない。

 ……悲しむ必要なんか無いわ」

「モニカ……」

言葉から不安は拭いきれていなかったが、そう言う彼女の眼からは強い決意が感じられた。

この様子では、例えボクが何を言った所で聞き入れはしないだろう。……そういう女の子なんだ、モニカは。

だからボクは、これ見よがしに大袈裟な溜息をついた後、からかう様に口を開いた。

「ふうっ……分かったよ、モニカ。君はそういう女の子だもんね」

「……どういう意味?」

瞬間、モニカは鋭い眼とドスの利いた声をこちらに向ける。

思わずその迫力に押されて後退ったボクだったが、そんなボクを庇う様にセイカさんがモニカを促した。

「そ、それじゃあモニカ様。貴方の魔力を『ジクジャム』に取り込む為の準備がありますから、今日はゆっくりとして下さい。

 明日には出来るでしょうから、今日は此処に泊まった方が良いでしょう。お城への連絡は、後で私がしておきます」

「え、あ……はい、分かりました。お世話になります」

「いえいえ。窮屈な家ですが、どうぞ一晩だけご辛抱下さい。それでユリス、貴方には私の手伝いをしてもらうわ。構わないわね?」

「え?手伝い……ですか?」

突然の事に、ボクは戸惑いの表情をする。

確かに機械関係には詳しいが、流石にこんな百年後の機械にまで精通している訳ではない。

更には、魔法が絡む機械だ。――ボクなんかが役に立つのだろうか?

と、そんな事を考えているのが見て取れたのだろう。セイカさんは微笑を浮かべつつ、励ます様に言った。

「大丈夫よ、ユリス。きっと貴方なら出来るわ。アッサリとこの『ジクジャム』の事を見抜いたんですもの。だから、お願い」

「……分かりました。ボクに何処まで出来るか分かりませんが、精一杯頑張ります」

暫し間を置いた後、ボクは力強く頷いた。

セイカさんから励まされただけではない、モニカの事も考えたからだ。

彼女だけに負担を掛けるのは嫌だったから。自分に出来る事が少しでもあるのなら、それに全力を尽くしたいと思ったからだ。

「決まりね。それでは早速取り掛かりましょう。……あ、モニカ様。申し訳ないですけど、暫くユイヤの相手をしていてもらえますか?」

「はい、分かりました。それじゃユリス……頑張ってね!」

「うん!」

 

 

 

 

 

 

『ジクジャム』の準備は、その日夜遅くまで行われた。

幸いな事にボクにも手伝える事は意外と多く、専門分野であるからか苦に感じる事もなく作業に没頭する事が出来た。

尤も、メインとも言えるエネルギー装置の方はサッパリだったから、ボクがやっているのは全体的な微調整なんだけど。

「ユリス、そこの配線をこっちに。それから、その出力は向こうと均等になる様に」

「はい」

セイカさんの指示をテキパキとこなしながら、ボクは軽い溜息を共に口を開く。

「この調子なら、ちゃんと明日には出来そうですね」

「ええ。貴方が手伝ってくれたから、予定よりもずっと早く終わりそうよ。本当、その歳でここまで出来るなんて驚きだわ」

「は、はは……」

随分と持ち上げられて、ボクは照れを隠し切れずにはにかむ。

しかし、次に聞こえたセイカさんの言葉に、すぐにそれも消え失せ、口を噤むしかなかった。

「それにしてもユリス、貴方って一体どこの子なの?貴方ぐらいの歳でここまでの技術と知識を持っているのなら、それなりに名が知れていて

 も良いと思うんだけど……」

「……っ……」

――……言えない……言える訳が無い。過去の時代から来た、等とは決して……。

「?……ユリス?」

「え?……あ、いや、その………そ、そうだセイカさん」

不思議そうにボクの顔を覗き込んできたセイカさんに耐えられず、ボクは咄嗟に思いついた事を口にする。

「何?」

「いえ、少し聞きたい事がありまして……ガレオって名前に覚えありませんか?」

「っ!?」

瞬間、セイカさんが息を呑んだ。

それは、『ガレオ』なる人物を知っている証拠。そう確信したボクは、思い切って詰め寄った。

「知ってるんですね?……セイカさん」

「……貴方、何処でその名前を?」

「レザルナが……いえ、正確にはレザルナの幻影がですが、そいつがボクに言ったんです。その人と似ているって」

「!……そう…………そうだったのね……」

一人納得した様に、セイカさんは呟く。その表情はとても悲しいものだったが、何故か一瞬だけ嬉しそうにも見えた。

不思議に思ったボクは尋ねようとしたが、それよりも早くセイカさんが言った。

「分かったわ、レザルナが『時間統一』を目指す目的が。そして……彼女の正体も」

「えっ?ど、どういう事ですか!?」

驚いて声を上げたボクをじっと見つめながら、セイカさんはゆっくりと言葉を続ける。

「レザルナは恐らく……ガレオの妻よ。そして彼にもう一度会うべく、今回の事を起こした……」

「なっ!?……って、ち、ちょっと待ってください!そもそも、ガレオって人は……」

「ガレオは私の幼馴染であり、時間移動について先駆けて研究をしていた男性。そして、時間移動技術の第一被験者ともなった研究者よ」

そう話し続けるセイカさんの眼線は、いつしか中空へと向っていた。――……まるで、思い起こされた過去の記憶によって感傷に浸る様に。

「……もう何年も前の話よ。ガレオは完成したばかりの名も無き時間移動装置で過去へと渡ったわ。

そして一時間後、無事に過去の証拠品を手に帰ってきた。私を含めた誰もが大成功と喜んだわ。だけど……」

やるせない表情と共に、セイカさんが眼を閉じる。それに対して、ボクは聞きにくいと感じつつも促す様に口を開いた。

「何か、トラブルがあったんですか?」

「ええ。……本来その装置は一時間しか時間移動出来ない様に設計されていたの。

だから、ガレオが過去に行って戻ってきたのが一時間だという事に皆が成功だと思った。でも、実際にはそうじゃなかったのよ。彼が……」

唇を噛み締め、セイカさんは低く唸る。

「彼が時間移動していた時間は、一時間じゃなかった。一年という長い時間が、彼には流れていたのよ。恐らくは、装置の不完全が原因。

 そして、その為に彼は…………大きな罪を犯してしまった」

「大きな罪?」

「そう。違う時間を生きる者と、恋に落ちるという大罪を」

「っ!!」

心臓が口から飛び出るかと思った。全身から嫌な汗が滲み出し、胸元を締め付けられた様な息苦しさがボクを襲う。

ガレオという人が犯した罪――それはボクにとって、決して遠い物ではなかった。

同時にボクは悟る。先刻セイカさんが言っていた言葉が正しい事を。

「つまり、ガレオさんは……その一年の間に……」

「ええ。彼は私にだけ話してくれたわ。どれだけ経っても元の時代に戻る事が出来ず、孤独と不安に押しつぶされそうになっていた時、

 一人の女性が手を差し伸べてくれたって。そして、その人の好意で生活が出来る様にしてもらえた……と。

その後、二人が深い関係になったのも……不思議じゃない話だわ。だからこそ辛かったんでしょうね、その人を置いて帰ってきてしまった事が。

ガレオはその後間もなく……病に倒れたわ」

「そうだったんですか。じゃあ……その女性が?」

「レザルナ……だと思うわ。そうだとすれば、彼女が『時間統一』を成そうとする理由も大方見当がつく。恐らくは……」

「……ガレオさんと同じ時間で生きる為……ですか」

先回りしたボクの言葉に、セイカさんは静かに頷いた。

「…………ええ」

『時間統一』――それは『過去』に『現在』、そして『未来』といった概念を失くす事。

即ち、全ての存在が時間の止まった世界に滞留する事だと、前に母さんが言っていたのを思い出した。

その事の意味はレザルナの幻で揺さ振りを掛けられた時から薄々感づいてはいたが、セイカさんの話を聞いた今、より確信めいた物になる。

――――『誰も二つの時代に存在することなんて許されない』

ボクを傷つけ、そして恐らくはレザルナも傷ついた,残酷且つ真実な言葉。

それが今回の事件にも繋がっている事は、何の証拠が無いながらも、最早ボクには確実と思えてならなかった。

「ユリス……一つだけ、お願いして良いかしら?」

「……何ですか?」

沈痛な面持ちで言ってきたセイカさんに、ボクは胸の内の動揺を押し殺して言葉を返す。

するとセイカさんは、酷く弱々しい声で懇願してきた。

「彼女の……レザルナのやろうとしている『時間統一』は、世の摂理からして決して許される事じゃない。それは私にも十分理解出来ている。

 だから、彼女を許せなんて言わない。だけど……だけど、せめて……!」

「せめて……?」

「……彼の、ガレオの事だけは伝えて欲しいの。あの人は決して、貴方を蔑ろにしたんじゃないって事だけは……!」

「…………分かりました」

ボクは小さく、けどしっかりと頷く。実の所、セイカさんに言われるまでもなく、ボクはそうするつもりだった。

レザルナが悪人であろうと……いや、もうボクにはそうとも思えなかったが、ともかくそれだけは伝えなければならないと思った。

――……そうじゃなきゃ、ガレオさんも悲しいだろうから。

「ありがとう、ユリス。……本当にゴメンなさいね。貴方にこんな事を頼むなんて、酷だとは思うんだけど……」

「え?」

「あ……い、いえ何でもないわ!さあ、作業を再開しましょう。随分長話してしまったみたいだから」

「は、はい。……?」

明らかに不自然な態度を見せたセイカさんに、ボクは作業を進めながらも怪訝そうに見つめる。

(一体、どういう意味だろう?酷だと思うって…………っ!?)

その瞬間、ボクはセイカさんとの遣り取りの発端となった自分の言葉を思い出す。

――ガレオって名前に覚えありませんか?…………ボクに言ったんです。その人と似ているって。

(ボクがそう言った瞬間、セイカさんは不思議な表情をした。そして、さっきの妙な言葉……まさか……)

「どうしたの、ユリス?手が止まってるわよ」

「へ?あ……す、すいません」

慌てて作業に戻りながら、ボクは考える。――……ひょっとして、セイカさんはボクの正体に気がついてるんじゃないだろうか?

仮にそうだとすれば、セイカさんの不自然な言動にも説明がつく。

だけど、今ここで尋ねた所ではぐらかされるのがオチだろう。そう判断したボクは、黙って作業に没頭する事にした。

――――あまりにもやるせない……複雑な気持ちを抱えながら。

 

 

 

 

 


  

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