〜エピソード10〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――次の日。

昨晩の夕食と同じく、全てが真っ青の朝食を無理やり食べ終えたネスは、男性に促されて外に出る。

「さあ、カーペインター様に会って、洗礼を受けてきなさい。そうすれば君も晴れて、ハッピーハッピー教の一員だ」

「う……は、はい。……あれ?」

込み上げてくる吐き気を堪えながら、ネスがふと周囲を見渡すと、村の彼方此方に全身青ずくめの人影があった。皆、一様に村の真ん中にある一際大きな建物へと歩いて行っている。

「何かあるのかな?」

「おっと、いけない。私としたことが、今日は朝の集会があるのを忘れてしまっていたよ」

「朝の集会?」

男性に振り返りながら、ネスは訊ねた。

「なんですか、それ?」

「数日に一度の朝、カーペインター様がいらっしゃる教団本部で、カーペインター様のお話を聴く会の事だよ。これはとても重要な会だから、残念だけど今君がいっても相手してもらえないだろう。すまないが、しばらくどこかで時間をつぶしてきたまえ。そうだな、一時間もすれば教団本部に行っても大丈夫だろう」

「はあ、わかりました」

ネスは曖昧に頷くと、とりあえず言われたとおり時間をつぶそうと町の中を歩き回る。

しかし、ここハッピーハッピー村には彼が興味を抱くようなものは何も無く、その上村自体が小さいのですぐに一周してしまった。

「あ〜あ、本当に何なんだろうな、この村。ドラッグストアも『全品、お祈り済み』とか訳の分からないこと書いてるし、村の人もハッピーハッピー教の事しか話さないし……これじゃポーラの居場所なんかわかないや。どうしよう」

ドラッグストアの壁に背を預けながら、ネスは両手を頭にしつつ空を見上げる。

村の何処かが妙というよりも、村の全てが妙だ。これはやはりカーペインターという人物に会って、色々と話を聞かないと何も分からないのかもしれない。

「はあ、大人しく一時間待ってようかな。……ん?」

溜息をついたネスがふと視線を向けた先に、小さな洞窟の入り口があった。興味をひかれた彼はその洞窟に近づき、そっと中を覗き込む。

中は丁度彼がこの村にやってくる時に通ってきた洞窟とよく似ていた。結構な頻度で人の出入りがあるらしく、所々に足跡がある。

「何処に通じてるんだろう? 気になるな、行ってみよう」

そう呟くと、ネスは躊躇なく洞窟へ足を踏み入れていった。

――――そんな彼の後ろ姿を眺めていた人物の存在を、当然ながら彼は知る由も無く。

 

 

 

 

 

 

 

ネスが入った洞窟は、構造だけでなく大きさも村への通路である洞窟と殆ど同じだった。

やや駆け足だった為、すぐに洞窟を通り抜けた彼の眼に、一件の小屋が飛び込んでくる。思わず息を呑んだ彼は、不意に“ある事”を思い出して耳を澄ませた。

「……水の音だ。小さいけれど、確かに聞こえる。ということは……!」

早鐘を打つ心臓に突き動かされるように、ネスは急いで小屋の正面へと走る。それから中の様子を覗こうとしたのだが、小屋には何故か窓が一つも無かった。

だが、それが逆にネスにある確信を抱かせる。彼は恐る恐るドアに近づき、ドアノブに手を掛ける。そして小さく動かしてみると、どうやら鍵はかかっていないようだ。

すると彼は意を決してドアノブを回し、小屋の中へと足を踏み入れる。中は薄暗く、天井から吊るされたランプの灯が頼りなげに揺れているだけだった。

暫くして眼が慣れてきたので見渡してみると、部屋はかなり妙な造りをしていた。部屋半分には粗末なテーブルと椅子が置かれているだけで、残りの半分を仕切るように鉄格子が張られている。

――まるで牢屋だな……となると、やっぱり……。

益々確信を深めつつ、ネスは鉄格子へと近づき慎重に中を覗き込んだ。その次の瞬間、彼は息を呑む。

――――大きなクマの縫いぐるみを抱くようにして眠っている、鮮やかな金の髪に真っ赤なリボンを付け、ピンクのワンピースをきた少女。

夢で見た朧気な姿と、眼前の少女は酷く似通っていた。だからネスは、思わず声を出していた。

「ポーラ?」

「……ん……」

彼の声に反応して、少女は小さな声と共に僅かに身じろぎする。

「ポーラだよね?」

再びネスが問いかけると、今度は明らかな反応があった。少女は弾かれたように顔を上げ、驚愕によって見開かれた両眼でネスを見つめた。

「……誰?」

――――鈴が鳴るような、透き通った可愛らしい声。

それは、夢で聞いた声と全く同じだった。ここに至り、完全に確信したネスは、静かに少女を見つめ返しながら口を開く。

「僕はネス。……君に呼ばれてきたんだよ、ポーラ」

「っ!……ネス……貴方がネスね?」

「うん」

彼が頷くと、少女は途端に表情を崩した。「ああっ」と泣いているようで笑っているような声を出し、可愛らしい微笑を浮かべる。

「嘘みたい。本当に夢で見た男の子そっくり。……やっぱり私の能力は、確かみたいね」

「能力って、超能力の事?」

「ええ、そうよ。……あ、ごめんなさい。私ったら、一人で喋ってて貴方の質問に答えてなかったわ。そう、私がポーラ。貴方と運命を共にする者」

「え? なんで、それを……?」

ブンブーンから教えてもらった自分しか知らない筈の“地球を救う三人の少年と一人少女”の事。だがポーラの口ぶりからして、彼女はハッキリ認識しているようだ。

訳が分からずに眼を瞬かせるネスに、ポーラは軽く眼を伏せながら頷いてみせる。

「信じてもらえるかどうか分からないけど、私、ある程度の予知が出来るの。ここ最近、ずっと夢で見続けていたわ。牢屋に閉じ込められている私。そんな私の前に現れる、赤い野球帽を被った男の子。……そして、ここに連れてこられてから、もっと未来の事も夢に出てきたわ。何かとてつもなく巨大で邪悪な存在。それに立ち向かう、四人の子供。その内の一人が、私……ケホッケホッ!」

「ポーラ?」

急に咳き込んだポーラに、ネスは反射的に彼女の顔を覗きこむ。

「具合悪いの?」

「ケホ……大丈夫、心配しないで。ちょっとした風邪だから。そんなに気にするようなものじゃないわ」

そう言ってポーラは微笑んでみせるが、よく見てみると彼女の顔色はあまり良くなかった。考えてみれば、こんな所に監禁されていたのだから、心身共に衰弱するのが自然だろう。風邪をひくのも無理はない。

「傷とか体力じゃないから、あんまり意味ないかな?……でもまあ、やらないよりはマシか。ポーラ、少しジッとしてて」

「え?」

キョトンとした表情を浮かべたポーラに左手を突き出し、精神集中をして“ライフアップ”を試みる。

しかし、その最中、ふと違和感を覚えた彼は、閉じていた眼を開けて自分の左手を見た。

――……あれ?

いつもの仄かな光ではなく、微弱ながら黄金に輝く光。その光がポーラを包み込み、ややあって消滅すると、彼女の顔色はすっかり良くなっていた。

「!……咳が止まった……それに体調も良く……そうか、“ヒーリング”ね」

「“ヒーリング”? “ライフアップ”とは違うの?」

「ええ、そうよ。……ねえネス、貴方は超能力について、まだあまり知らないの?」

「う、うん。ブン……いや、ある人に教えられて、少しは理解してるつもりだけど、詳しくはまだ……」

「そうなの。だったら私は結構知ってるし、色々と教えてあげられるわ。その為にも、まずはここから出ないと……けれど……」

言いつつポーラは気まずそうに牢屋の扉――厳重な錠が掛けられている扉を見やる。

「この扉の鍵は、カーペインターが隠し持ってるの。彼から鍵を取ってこないと…」

「カーペインター? それなら話が早いや。あいつの居場所は分かってるからね。ちょっと待ってて! すぐに鍵を取って……」

「待って、ネス!」

「な、何?」

すぐさま小屋を飛び出そうとしたネスだったが、ポーラに呼び止められて彼女の方へと振り返った。

するとポーラは、ワンピースのポケットからバッヂの様な物を取り出す。そして、鉄格子の隙間から手を伸ばして、ネスの手に握らせた。

「これは?」

「“フランクリンバッヂ”よ。ここで捕まっている時に聞いた話なんだけど、カーペインターは雷を操れるらしいの。だけど、これがあれば平気。きっと貴方を守ってくれるわ」

「あ、ありがとう、ポーラ。それじゃ、行ってくるよ。辛いだろうけど、もう少しだけ我慢しててね。絶対に、鍵をここから出してあげるから!」

左胸にフランクリンバッヂ”を付けながら、ネスは元気良くそう言った。するとその途端、ポーラの両眼にジワリと涙が滲む。

彼はギョッとして、何かマズイ事を言ったのかとオロオロしつつ、彼女に訊ねた。

「ポ、ポーラ? ど、どうしたの? 僕、なんか悪い事を言った?」

「っ……ううん、違うの。これは悲しいからじゃなくて……嬉しくて」

「え?」

袖で涙を拭いながら、ポーラは涙声ながらも何処か喜びを含んだ言葉を紡ぐ。

「貴方が……私の思っていた通りの人だったから。だから私、凄く嬉しくて……大丈夫、こっちの心配はいらないわ。私、いつまでだって待ってられる。貴方の……ネスの力、信じてるから」

そこまで言ったポーラが、ふと顔を上げた。涙で頬を濡らし、微笑を浮かべた彼女の顔を見た瞬間、ネスは今までに経験した事の無い感覚に襲われた。

何故か分からないが胸が苦しくなり、彼は反射的に胸元のシャツを握りしめると、彼女にその意味を問われないように、口早に言う。

「わ、分かった。じ、じゃあ、行ってくるね!」

言い終わらぬ内に身を翻し、ネスは正体不明の苦しさを抱えたまま小屋を飛び出した。けれども、その足は小屋を出た瞬間に止まってしまう。

――――漠然と邂逅を予想していた人物と、予期せぬタイミングで邂逅したからである。

 

 

 

 

 

 

 

「っ!」

「よう、ネス。元気だったか?」

前髪で眼を隠したまま、太った少年が唇の両端を吊り上げる。背後に全身真っ青の格好をした連中を侍らせ、悠然と佇むその様は、恰幅の良さも相まって何処か大物の気配すら感じさせる。

だが、見間違える筈もない。ネスは彼の事をよく知っていた。不本意ではあるが、おそらく彼を知る人間の中で一番と言い切って構わない程に。

「ポーキー……」

「野球帽にバットのチビがやってきたって聞いたから、もしやと思ったけど……何だって、このポーキー様の邪魔をしに来たんだよ、ネス?」

「……別に君の邪魔なんかしてないよ。僕はただ、ポーラを助けに来ただけだ」

「それが邪魔だって言ってんだよ。お前は何にも分かってないだろうから、特別に教えてやるけど、ハッピーハッピー教の生贄にあのポーラを捧げれば、すげえ幸せになれるんだぜ。カーペインター様が仰ってたんだ。どうだ、ネス? お前も仲間になれよ。親友のよしみで、俺様がカーペインター様に口添えしてやるからよ。お前なら、俺様の次くらいに偉いポジションを用意してやってもいいぞ」

「ポーキー……自分が何を言ってるのか、分かってるの?」

堪えても抑えきれそうにない怒りによって、自然と声が震える。それでもネスは、まだ僅かにポーキーの事を信じていた。

――――いくら我儘な悪戯小僧でも、人の命を粗末に扱ったりはしない奴だ、と。

だが、無残にもその思いは打ち砕かれた。ポーキーはさも不思議そうに「ああ?」と言った後、何かに気付いたようにネスを指差しながら下品な笑い声を上げた。

「ギャハハ! そうか、お前……あの子に惚れたんだろう? お前、ああいうのがタイプだったんだな! 要するにあれか? 『俺の女に手を出すな!』ってか? 仕方ねえな、分かったよ。生贄にしちまうまでは、お前の自由にしたらいいさ。あいつ、変な力を持ってるみたいだけど、所詮は女子だし力は大したことねえ。俺でも簡単に捕まえられたしな。お前だったら、そりゃあもう簡単に……」

「ポーキー!!」

絶叫と共に、ネスは怒りに任せて“ドラグーン”を放っていた。七色の光が束となり、ポーキーの足元へと伸びると、次の瞬間に爆発を起こして地面を抉る。

するとポーキーは、情けない悲鳴と共によろめき、尻餅をつく。そんな彼を睨みつけながら、ネスは叫んだ。

「ポーラを攫ったってだけなら、大目に見てもいい。だけど、彼女に何かをしていたのなら……勿論、これから先も何かをしようというのなら、僕は絶対に君を許さない!!」

「……っ……」

ネスの気迫に臆したのか、ポーキーは震えながら口をパクパクさせる。けれども暫くして落ち着きを取り戻すと、苛立たし気に立ち上がりながら吐き捨てるように言った。

「ちっ、また変な魔法を覚えやがって。しかも、すっかりナイト気取りかよ。親友よりも女が大事ってか? 面白くねえ。まあいい……やれ!!」

そのポーキーの言葉を合図に、今まで微動だにしなかった青ずくめの連中が、一斉にネスへと襲い掛かる。その隙に脱兎の如く逃げ出したポーキーの後ろ姿に向けて、ネスは叫んだ。

「まて、ポーキー!」

「ハッピーハッピー教の敵、ハッピーハッピー教の敵」

「カーペインター様の敵、カーペインター様の敵」

「っ……ああもうっ!!」

――こんなの相手にしてる場合じゃないのに!!

そう毒づいたネスは、青ペンキを染み込ませた刷毛を振り回す連中を掻い潜り、ポーキーの後を追おうとする。

しかし連中は巧みに陣形を組み、彼を包囲するように立ち塞がるので、中々掻い潜る隙を見つけられない。

「邪魔だよ!!」

遂に痺れを切らしたネスは、再び“ドラグーン”を放った。

青ずくめの連中は七色の光線を浴び、次いで起こった爆発によって宙を舞う。やがて連中が地面へと激突したのを見届けると、ネスは急いでハッピーハッピー村へと続く洞窟へと入った。

他に道が無い以上、ポーキーは此処を通って村へと逃げたと考えるのが筋だ。そして彼の足の速さからして、すぐに追いつける筈だとネスは踏んでいた。

けれども、洞窟を抜けて村へと戻ってみても、ポーキーの姿は何処にも見当たらない。肩で息をしながら、ネスは思わず額を叩いた。

「くそっ! 逃げ足の速い!…………気にしててもしかたない。ともかく、カーペインターに会わないと」

乱暴に首を横に振り、気持ちを切り替えたネスは、村の中心にある一際大きい建物を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く、曲者!!」

ネスの顔を見るなり、カウンターに座っていた中年男性が叫んだ。しかし、その叫びには悲鳴が混じっていて、彼がネスを見る眼にもハッキリと恐怖の色が滲んでいる。

「……と、叫んだみたけれど、どうしていいやら分からない! あ、あんなに沢山いた信者達は何をやっていたんだ!?」

「おじさん」

ガタガタと震えながら一人喋り続ける男性に、ネスは落ち着いた声で話しかけた。先程、大暴れしたばかりにもかかわらず、自分でも不思議になるくらい冷静に。

「カーペインターは上?」

「あ、ああ……ああ……」

「ありがとう」

乱暴だった青ずくめの信者達とは違い、彼はとても戦う力があるようには見えない。放っておいても、特に問題はないだろう。

そう判断したネスは、キッと上階へと続く階段を睨みつけると、勢いよく階段を上り始める。

身体が温まっていた為か、一段飛ばしで悠々と駆け上がり二階へと到着すると、青い衣装に青く染めた髪の初老男性がパチパチと心のこもっていない拍手でネスを出迎えた。

「よく来てくれたね、ネス」

「あなたがカーペインター?」

ネスが訊ねると、男性は「そうとも」と言いながらゆっくりとこちらに歩を進める。と、その時、丁度カーペインターの後ろに隠れて見えなかった“ある物”が、ネスの眼に飛び込んできた。

――!?……あれって……!

ハッとしつつ、ネスは妖しく輝く金色の像を凝視する。

間違いない。オネットでライヤ―・ホーランドが見せてくれた、あの黄金像そのものだった。予想だにしていなかった出来事にネスは困惑するが、生憎と今は黄金像に気を取られている場合ではなさそうだった。

「その様子だと、我がハッピーハッピー教の信者達の洗礼を受けたようだね……いや、違うか。洗礼を拒んだからこそ、此処に君がやってきたのか」

いつの間にか眼前にまでやってきたカーペインターのその言葉に、ネスは慌てて我に返る。そして奴の言葉が意味する事を察し、徐に頬に手をやると、そこには青いインクが付着していた。

ネスはそれを指先で拭うと、カーペインターを真っ直ぐに見据えながら口を開く。

「あんなのが洗礼なんて、とても思えないな。こっちの話も聞かずに、暴れたりペンキを塗りたくってきたり……どう考えたってあんなので幸せになんかなれるもんか!」

「フッフッフ。今は無理でもいずれそうなるさ。ポーラの力と、君の力があればね。どうかね、ネス? 私の右腕になってくれないか?」

「誰が! そんなことより、早くポーラが入ってる牢屋の鍵を渡して!!」

力強くネスが拒否の意を示すと、カーペインターは芝居がかった溜息と共に首を横に振った。

「やれやれ、やはりか。そう言うだろうとは思ってたよ。私とて、お前を本気で部下にしようだなどとは思っていない。……死ね!!」

突然カーぺインターが叫んだかと思うと、奴が突き出した右手の掌が光った。完全に不意を突かれたネスは、全く反応できずにその光を呆然と見つめる。

そして、その光の正体が雷だと分かった時には、既に彼の左胸に雷が直撃していた。

「うわっ!?……えっ?」

「なっ!?……ぐあああっっ!!」

反射的に悲鳴を上げながら眼を閉じたネスだったが、その直後に今度はカーペインターが悲鳴を上げた。

驚いた彼が眼を開けると、そこには全身に火傷を負ったカーペインターが倒れている。一体何が起こったのか分からず、暫くポカンと口を開けていたネスだったが、やがてある事を思い出し、自身の左胸を見た。

「そっか、“フランクリンバッヂ“の効果か」

傷も汚れも無く、艶を放っているバッヂを見つつ、ネスは呟く。

このバッヂのおかげで、アッサリと事は片付いた。それについて安堵すると共に、もしこのバッヂが無かった場合の事を考えて、彼は無意識に苦笑した。

「これがなかったら、すごい強敵だったんだろうな。……ありがとう、ポーラ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが鍵だ。さあ、持っていきなさい」

火傷した手で渡された鍵を、ネスは静かに受け取る。そして、既に何度もした言葉を口にした。

「あの、やっぱり治したほうが……」

「構わないでくれ。これは罰だよ。正気では無かったとはいえ、私はとんでもない事をしてしまったのだから……」

声を詰まらせたカーぺインターは、片手で顔を覆いながら俯く。そんな彼からは、先程までの自信に満ちた様子は欠片も感じられなかった。

――これが、この人の本当の姿なんだな。

ネスはそう思った。

――――自分が放った雷を受け、倒れていたカーペインターが気を取り戻すと、彼は夢から覚めたように周囲を見渡し、そして全てを語ってくれた。

数日前、金色の人形を拾った時から、自分でも分からない言動を取るようになった事。ハッピーハッピー教は自分の本心ではないという事。ただ平凡に暮らしたかっただけだったという事。

それをどこまで信じていいのかは分からなかったが、ハッピーハッピー教を解散し、ポーラを解放してもらえればそれでいい。

ネスがその事を伝えると、カーペインターはあっさりとポーラがいる牢屋の鍵を渡してくれた。少なくとも、彼にもう敵意は無い。ネスはそう判断していた。

「ところでカーペインターさん。あの黄金像って、何処で拾ったんですか? 僕、あれと良く似たのをオネットで見た事があるんですけど」

「え? ああ……何処だったかな? 記憶が曖昧なんだよ。確か……誰かが捨てていくのを見たような……ダメだ、思い出せない」

苦しそうにカーペインターは被りを振る。

「すまないな、ネス君。なんの力にもなれなくて」

「いえ、そんな。ただ、その……あれはもう、捨ててしまった方が良いと思いますよ。上手く言えないんですけど、なんとなく……」

ネスがたどたどしく、そう言った時だった。突然、黄金像が激しく光り出し、驚いたネスとカーペインターは反射的に像へと振り返る。

しかし、黄金像は益々輝きを増していき、遂に眩しさに耐えきれなくなった二人は両腕で眼を覆った。その直後、不意にネスの頭の中に、聞き慣れた不快な声が響き渡った。

『あっかんべー! 今に見てろよ、ネス!!』

「!?……ポーキー!?」

叫ぶと同時にネスは眼を開け、そして絶句する。先程まで確かにあった筈の黄金像が、影も形もなくなっていたからだ。

「ど、どういう事だ? あ、あの像は一体……?」

「……くっ!」

困惑し、立ち尽くしているカーペインターを尻目に、ネスは大急ぎで階段を駆け下りる。

そして正気に戻ったらしく呆然としている信者達の間を掻い潜って外へと飛び出すと、周囲に忙しなく視線を飛ばした。

「さっきの声は間違いなく、あいつの……何処だ!?」

必死にポーキーを探すが、あの太った姿は何処にも見当たらない。やがてネスは落胆の溜息をつき、帽子の鍔を押し下げて俯いた。

「今は放っておこう。まずは彼女を……ポーラを助けてあげないと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

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