〜エピソード9〜

 

 

 

 

 

 

 

「うわあ、一瞬で消えちゃった。アップルキッドって凄いんだなあ」

つい先程まで鋼鉄で出来たタコの置物があった空間を眺めながら、ネスは感嘆する。そんな彼の傍には、ライトの様な物を持ったタコ型の機械があった。

――――アップルキッドの発明品、“タコ消しマシン”である。

ポーラ救出の為、勇んでグレートフルデッドにやってきたはいいものの、すぐにとてつもなく頑丈なタコの置物に行く手を塞がれた。

バットによる打撃は勿論の事、“ドラグーン”でさえ傷一つ付かず、途方に暮れていたネスだったが、その時にアップルキッドからの電話が入ったのだ。

促されるままにヌスット広場に戻り、彼からこの“タコ消しマシン”を受け取ると、再びネスはここグレートフルデッドにやってきたのである。

そして今、ネスはアップルキッドの発明品の出来栄えを目の当たりにしたところであった。

「でも凄い偶然だよな、タコに困ってる時にこんな発明品が貰えるなんて……」

そんな独り言を呟きながら、ネスは“タコ消しマシン”の後部にあるボタンを押す。すると瞬く間に“タコ消しマシン”は小さくなっていき、やがて掌に収まる程のサイズになる。

彼はそれをポケットにしまうと、大きく深呼吸した後ゆっくりと歩を進めだした。

 

 

 

 

 

 

グレートフルデッドは、トンチキの言った通りの場所だった。

彼が言っていた『得体のしれないバケモン』を、ネスはこの渓谷にやってきから嫌という程に眼にしていた。

――あれはギーグが作ったのかなあ?

慎重に周囲に注意を配りながら、ネスは心の中でそう呟く。

――――渓谷内を高速で飛び交う、小型UFO。そして、フヨフヨと動き回る奇妙なロボット。

これまで戦ってきたとは明らかに違う、“誰かに作られた”それらを、ネスはもう数体も倒してきている。

勿論、最初に目の当たりにした時は酷く驚いた。UFOやロボットを直接見た事など無かったし、それらがビームを発射して攻撃してきた時は心臓が凍る思いだった。

しかし意外にも強度は低いらしく、バットによる打撃で簡単に破壊出来ると分かってからは、特に臆する理由もなく戦ってきた。

それでも戦うばかりではこちらの体力は消耗する一方なので、なるべく気付かれないように身を隠しながら、ネスはこのグレートフルデッドを進んでいるのである。

「あんなのが飛び回ってたんじゃ、普通の人はおちおち歩けないよな……」

ネスは小さな声でそんな事をボヤキつつ、ややうつむき加減になりながら歩き続ける。

幸い、先程まで沢山飛んでいたUFOもロボットも姿を見せず、渓谷内には風が吹き抜ける音や水が流れる音しか聞こえなかった。

しかし、普段なら心地よい静けさの中で、ネスは嫌な気持ちが拭えずにいた。

――……なんだろう? 誰か……何かにずっと尾けられてる気が……。

暫く前から感じているのだが、どうも後ろからジッと見つめられてる気がしてならない。

勿論、何度も振り返ってみたのだが、そこに例のUFOやロボットはおろか、動物の姿さえ見受けられない。

しかし、それを確認して前方へと視線を戻すと、再び何かの視線を背中に感じるのだ。

段々と気味悪くなっていったネスは、やがて足を止めてその場に立ち尽くす。そして、やや間を置いた後、歩き出す仕草を見せつつ勢いよく後ろへと振り返った。

もし誰かが尾行しているのなら、このフェイントで焙り出せるかもしれない。彼はそう考えたのだ。

けれども、その期待は叶わなかった。彼の視界には、ありふれた自然――木々や石達の姿があるだけだった。

「やっぱり気のせいなのかな?」

右手の人差し指で頬を掻きつつ、ネスは溜息をつくと再び進行方向へと身を返す。だが、その時になって違和感の正体に気付いた。

ネスはもう一度、後ろへと振り返る。眼に映るのは、やはり木々や石達だ。けれども、彼はその中の一つ――緑葉を茂らせた一本の木を注視する。

――……おかしい。この木……さっきからずっと見ている気がする。

木の形状など逐一記憶している訳ではないが、それでもこの木は嫌にハッキリと覚えている。

まるで、ずっと自分の後ろについてきているようだ。そう思ったネスは、ゆっくりとその木に歩み寄る。

――――何がどう怪しいのか分からないが、とにかく確かめたい。単なる自分の思い過ごしで、ただの木だったのならば、それで構わない。

そんな事を考えながら木へと辿り着いたネスは、恐る恐る右手を木へと伸ばす。

しかし、その右手が木の表面に触れる寸前で、信じられないものが彼の眼に飛び込んできた。

「うわあっ!?」

ネスは思わず悲鳴を上げて後方へと飛び退く。そんな彼を、大きな二つの眼が――彼が触れようとしていた木の表面に突如として浮かび上がった二つの眼が見つめていた。

「な、なんだこの木は!? モ、モンスター!?」

激しく動揺しながらも、ネスはバットを構える。と、彼がそうしている間に、眼を持つ木から更に鼻や口までが出現する。

最早、この木が普通の木でない事は明白だった。十中八九、ギーグの影響を受けたモンスターであろう。

ニタニタと不気味な笑みを浮かべてこちらを見ているモンスターに対して、そう判断したネスは恐怖を振り払うと力一杯バットを振り上げた。

だが、ネスがバットによる打撃を浴びせようとした瞬間、木のモンスターが大きく口を開ける。その途端、彼は全身の力が抜けていく感覚に陥った。

「うっ!? これは……ぐあっ!!」

その隙を見逃さず、モンスターがネスに向けて突進する。直撃を受け、後方へと派手に吹っ飛ばされた彼は、苦痛で歪んだ顔で顔のある木を睨みつけた。

「こ、こいつ! 変な真似を……っ!?」

ネスが起き上がろうとした瞬間、彼は頭に凄まじい不快感を覚える。まるで、頭の中で大量の蟲が蠢いているような感覚だった。

それが眼前のモンスターの仕業という事に、疑いの余地は無い。このままではまともに戦えないと思ったネスは、すぐさまある決断を下した。

――……“ドラグーン”で終わらせる!

今の状況では、短期決戦を狙うのが一番だろう。そして、それを成すにはバットを用いた打撃戦ではなく、PSIを使った方が良い筈だ。

ネスはバッドコンディションの中、必死で精神を集中し“ドラグーン”を放つ姿勢に入る。すると、そんな彼に脅威を感じたのか、木のモンスターが再びその巨体を震わせて突進してきた。

けれども、奴が突進攻撃を仕掛けるよりも僅かな差でネスの精神集中が完了する方が早かった。彼は両手を突き出して、あらん限りの声で叫ぶ。

「“ドラグーン”!!」

その絶叫と共に、ネスの両手から七色の光が放たれ、それらは光線となって木のモンスターに突き刺さる。次いで小規模の爆発が起こると、奴は派手に宙を舞った後に地面へと叩きつけられた。

「やった!……ん?」

勝利を確信し、小さくガッツポーズをしたネスだったが、ふとモンスターの様子がおかしい事に気付く。

微動だにしないものの、全身を白い光が纏っている。微かではあるが確かな眩さを持っているその光を見て、ネスは逡巡した。

「まだ戦う力が残っている……のかな?」

仮にそうだとしたら、下手に放置するのは危険だ。そう思い、彼は恐る恐る木のモンスターへと近づいていく。

先程まで開いていた眼も口も閉じられ、奴は纏っている光を除けば普通の木となんら変わらないものになっていた。

そんなモンスターに、自分の考えすぎかと思いながらも近づいて行ったネスだったが、後り数歩の距離まで接近した刹那、突然モンスターが眼を見開いた。

「っ!?」

ネスは反射的にバットを構え、攻撃に備える。だが、モンスターが繰り出してきた攻撃は、彼にとって予想外の事だった。

モンスターが纏っている光が瞬く間に強くなり、奴の全身は白い閃光に包まれる。そして次の瞬間、耳を劈く程の爆音と凄まじい爆発がネスを襲った。

「うあっ……」

咄嗟にネスは逃げようとするが、当然ながら爆発のスピードの方が圧倒的に速い。

もう逃げきれないと思ったネスは眼を瞑り、同時にせめて少しでもダメージを軽減しようと、両手を交差させて前へと突き出した。

その時だった。ネスは不意に、交差させた両手に力が籠るのを感じる。次いで、その籠められた力が両手から放たれたような感覚を覚え、思わず眼を開けた。

――……えっ?

するとネスの眼に映ったのは、交差させた両手の先に出現している薄い蒼の壁だった。その壁に爆風が衝突し、やがてゆっくりと霧散していく。

そして周囲に静寂が戻った。先程まで木のモンスターが倒れていた場所には、黒ずんだ穴が出来ており、ネスはそれを前にして立ち尽くしていた。

「今のは……今のもPSIなのか?」

徐に彼は、自身の両手を眺める。爆発のよる熱までは防げなかったらしく、二つの掌にはいくつかの火傷が出来ていた。無論、あの爆発の規模を考えれば、極めて軽傷である事に疑いの余地は無い。

「…………後でちゃんと練習しとかないとな」

――――次々と目覚めていく、PSIという名の自分の力。

その力に戸惑い、喜び、恐怖。様々な感情を抱きつつ、ネスはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

陽が傾き、夕闇が迫る時刻になった頃、ネスはようやくグレートフルデッドを抜けようとしていた。

あの後も何度もUFOやロボット、そしてモンスターと戦い、その度に傷つき、精神力も手持ちの食料も尽き掛ける寸前の状態だった。

渓谷の奥にあった洞窟内を歩く彼の足取りは重く、一歩進む度に荒い息が漏れる。

それでも歩き続ける気力が沸いてくるのは、出口の方から微かではあるが人の声が聞こえてくるからだ。それも一人ではない、数人が話し合う声が聞こえてくる。

きっとこの先に何らかの集落があるのだろう。そこでなら、休む場所も食べ物を手に入る可能性は高い。

「っ……もう“ライフアップ”も使えないしな。とにかく、少しでもいいから眠りたいよ……」

傷だらけの腕で額の汗を拭いながら、ネスは崩れ落ちそうになる身体を懸命に動かして前へと進む。

徐々にではあるが、確実に近づいてくる出口。その先に見える景色は、きっと今の自分にとっては天国だろうとネスは思っていた。

だが、どうにか洞窟を抜け、ハッキリと外の世界を見据えた彼は、あまりにも異様な光景に変な声を出してしまった。

「うえっ? な、なんだよ、これ?」

顔を顰めながら、ネスは周囲を見渡す。

どうやら、ここは小さな村らしい。見たところ道路は整備されておらず、車も走っていない。オネットよりも、更に田舎という印象を受ける。

しかし、何より眼を引くのは村全体が“青い”という事だ。家は勿論のこと、立てている柵や看板、木々や道端に生えている草まで全部青一色である。正直、気色悪いと評するしかない。

「なんか、とんでもない所に来ちゃったな。……なんていう所なんだ?」

言いようのない不安を覚えつつ、ネスは村の入り口に立ててある看板を見る。するとそこには『ようこそハッピーハッピー村へ』と書かれていた。

「ハッピーハッピー村? なんか怪しい……」

「すみません、旅のお方」

「わっ!?」

不意に声を掛けられたネスは、反射的に身を竦ませる。慌てて声の方へと振り向くと、金髪の女性がにこやかな様子で立っていた。

「ハッピーハッピー村へようこそ。この村では、世界を穢れないものにするために寄付を求めています」

「き、寄付? えっと、つまり募金ですか?」

「はい、そうです。……いくらでもいいからしなさい」

明らかな命令口調でありながらも、穏やかな声でそう言う女性に、ネスは本能的に恐怖と違和感を覚える。

なるべく関わり合いにならない方が良いと判断した彼は、急いで財布の中から1ドルを取り出し、女性に手渡した。

「……はい」

「ありがとうございます。貴方は良い事をしました。これは記念の絵葉書です。お受け取りください。ブルーブルー」

「ブ、ブルーブルー?」

何やら妖しい感じのする風景が描かれた絵葉書を渡されたネスは、女性の語尾に疑問を感じて首を傾げる。すると彼女が説明をしてくれた。

「ハッピーハッピー村の全てであるハッピーハッピー教の合言葉です。それは即ち、幸せの合言葉。貴方も幸せになりたいなら、常にブルーブルーとお祈りすると良いですよ。ブルーブルー」

「し、失礼します!」

本能的に何か良からぬ事を感じ取ったネスは、別れの挨拶を述べると急いで女性から離れ、村の中へと入る。

すると、村の彼方此方から「ブルーブルー」という声が聞こえてきた。ハッとして周囲を見渡してみると、村の住人全員が口々に「ブルーブルー」と繰り返している。

皆、笑顔を浮かべ幸せそうな感じがするが、彼は言いようのない恐怖を覚えて冷や汗を流した。

――な、なんなんだよ、ここ? 絶対変だって……。

声を掛けるのも憚られ、ネスはすれ違う人々と眼を合わせぬように村の奥へと歩いていく。

何処を見ても真っ青の景色が広がり、すぐそこにまで迫っている夜の闇と相まって、果てしなく不気味な雰囲気が漂っていた。正直、あまり歩き回りたくはない。

「どこかホテル……は無理だな。簡易宿でもな……わわっ!?」

宿泊できそうな建物を探していたネスは、不意に全身真っ青な牛を見つけて思わず立ち止まる。

一瞬、新種の牛かと思ったが、近づいてよく見てみると単にペンキで塗られているだけらしい。完全に動物虐待だと彼は思ったのだが、不思議と牛は嫌そうな素振りを見せてはいない。

むしろ、村の人々と同じく幸福なオーラを放っているようで、ネスは益々不信感を強めた。

「村の人達の様子といい、この牛といい……まるで何かに操られているような気がするな」

「滅多な事を言うもんじゃないよ」

「うわっ!?」

またしても突然に声を掛けられ、ネスは軽く飛び上がってしまう。

一拍置いて声の方へと振り向くと、恰幅の良い中年男性が笑いながら立っていた。

「この牛は私の牛なんだが、ハッピーハッピー教が分かる素晴らしい牛なんだ。“何かに操られている”なんて罰当たりな事を言わないでもらいたいな」

「は、はい。ごめんなさい」

ネスが頭を下げると、男性は納得した様子で頷く。

「ふむ、素直な少年だな。時に君。その出で立ちからして旅人と見たが、随分と疲れているみたいだね?」

「え、ええ。グレートフルデッドを抜けてきたものですから」

「ほお。今、あそこは妙なバケモノがうろついてると聞いたが……そんな危険を冒してまで、ハッピーハッピー教へ入団する為にやってきたとは、中々見所のある少年だ」

「えっ!? い、いや、僕はただ、ポーラって女の子を……」

何やら勘違いをしている男性の誤解を解こうとネスは弁明するが、男性は全く聞いていない様子で一人何度も頷いてみせる。

そして不意にネスが持っている絵葉書に眼を止め、歓声の声を上げた。

「おお! それはハッピーハッピー村への寄付の証! いやあ、気に入った! 君ならきっとカーぺインター様も喜んで信者にしてくれるだろう。本当なら今すぐにでも教団本部に案内したいところだが、生憎もう夜だ。今日は私の家に泊まっていきなさい。ハッピーハッピー教の事もしっかり教えてあげよう。ささ、遠慮はいらない。こっちだよ」

「え、あ、あの、ちょっと!!」

完全にこちらの意思を無視して家に連れて行こうとする男性に、ネスは声を荒げて抗議するものの、全く効き目が無い。

そして彼自身も、身体を休めたいという欲求から本気で抵抗する気にもなれず、結局男性の家へと案内される事になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……味は悪くなかったけど……ブルーのステーキって……うっ……」

思い出すだけで吐き気が込み上げてくる夕食のメニューを回想しつつ、ネスはベッドへと倒れこんだ。勿論、このベッドも真っ青である。

ベッドだけではない。床も壁も天井も、そして家具一式も全て青色だ。これもハッピーハッピー教の教えだと、男性は言っていた。

「世の中を全てブルーにすれば、幸せになる。それ以外は幸せにあらず、か」

ようやく気分が落ち着いたネスは、夕食の席で男性に教わったハッピーハッピー教の事を振り返る。

ハッピーハッピー教とは、カーぺインターという男が開いたものらしい。なんでもカーぺインターは神と交信できるらしく、様々なお告げを村の人々に与えているのだそうだ。

青色を信仰するのも、そのお告げによるものらしく、この村全体が真っ青になったのも人々の手によるものとの事である。それからというもの、村の人々は一人残らず幸せになったという話だ。

これだけだと、確かに素晴らしい話に聞こえる。しかしネスは、ハッピーハッピー教がまともなものとはどうしても思えなかった。

この村の雰囲気もそうだが、トンチキが言っていた事が、ずっと心に引っかかっているからである。

――小屋を貸して欲しいと頼みに来た奴らがいたんだ。デブの子供が一人と全身青ずくめの集団という、妙ちきりんな連中だったぜ。

――『教団の姫神にする』だの『これで世界はハッピーになる』ってな。俺がなんの事かと訊ねると、あっけらかんと言ったよ。『ポーラスター幼稚園のポーラを攫った』ってな。

「全身青ずくめ……教団……ハッピー……やっぱり、この村の人達なのかな?」

だとすれば、この村の何処かにポーラがいる可能性は極めて高い。そして、それは同時にハッピーハッピー教が危険なものだという事を示している。

どんな教えであれ、少女を誘拐するなんて真似が許される訳がない。まして、そんな事で幸せになれる訳がない。ネスは強くそう思った。

「……とにかく明日は、ポーラの事とカーペインターの事だな。しっかり調べないと」

明日の予定を呟きながら、ネスが何の気なしに右手を動かすと、置いていたリュックにかなりの勢いで当たってしまう。

その途端、何か硬いものにぶつかった感触がして、彼は慌てて身を起こした。

「いっけない。せっかくのプレゼントなのに」

ネスはバッグを開けると、中からヨーヨー――オネットの隠れ家メンバーからの贈り物を取り出す。さっき手をぶつけてしまったのは、これだ。

不安に駆られつつチェックしてみるが、どこも壊れた様子は無い。彼は安堵の溜息をつくと、ふと思い立って慣れた手つきでヨーヨーを回し始めた。

「よっ!……とっ!……うん、久しぶりだけど、腕は鈍ってないな」

ヨーヨートリックの中でも有名な“ループ・ザ・ループ”を行いながら、ネスは笑みを浮かべる。

昔からヨーヨーは得意だったが、中でもこの技は彼の十八番だった。マスターした時、友達からも羨望の眼差しで見つめられた快感は、今でもハッキリと覚えている。

――だけど、マスターするのは大変だったな。主にポーキーが原因だけど。あいつ、昔っから僕がヨーヨーやってると、何故かやってきたし。

不意に過去の記憶が蘇り、ネスは綺麗にヨーヨーを手元に収めると、それをジッと見つめながら回想した。

 

 

 

 

 

 

 

「おお〜〜!! すげえじゃんかネス! すげえすげえ!!」

「っとと!……ポーキー、あんまり騒がないでよ。これ集中力いるんだから」

大声で騒ぎ立てるポーキーに文句を言いながら、ネスは失敗したヨーヨーを手元に戻す。

せっかく人気の無い所で“ループ・ザ・ループ”の練習をしていたというのに、よりにもよって一番厄介なのに見つかってしまった。これでは、とても練習どころではない。

――あ〜あ、今日こそ記録更新したかったのに。

心の中で悪態をつきながら、彼は気晴らしにマスターしている簡単なトリックを行う。

すると、それを見たポーキーが、まともや両手を叩きながら大声を上げた。

「ひゃ〜〜!! お前、本当ヨーヨー上手いよなあ! 親友として鼻が高いぜ!!」

「はは、ありがとう」

――本当、いつ親友になったんだか……。

呆れ混じりにそう思いながらも、普段みたいにイタズラされたり我儘を言われたりするよりは遥かにマシだと、ネスに立て続けにトリックをポーキーに披露する。

最初の内は相変わらず騒いでいたポーキーも、次第に口をポカンと開けて、無言でネスのヨーヨー捌きに見つめるようになった。

そんなポーキーの様子に気づいたネスは無性にくすぐったくなり、不意にヨーヨーを操る手を止めた。

「そういやポーキーは、ヨーヨーやらないの?」

胸に込み上げてくる気恥ずかしさを誤魔化すようにそう言うと、ポーキーは一瞬身を竦ませた後、気まずそうに顔を背けた。

「やりたいけど……俺、持ってないし」

「ああ、そうなんだ。なら……」

ネスは指からヨーヨーの紐を外すと、ポーキーに差し出した。

「これ使いなよ。ちょっと古い奴けど、まだちゃんと使えるから」

「えっ? い、いいのか?」

珍しく殊勝な態度で訊ねてきた彼に、ネスは頷いてみせる。

「僕、もう一個持ってるから」

「っ……サ、サンキュー!……あ、俺、ハラ減ったからそろそろ帰るな! また明日!!」

やにわにヨーヨーを受け取ると、ポーキーはこれまた珍しく速いスピードで走り去っていく。

そんな隣人の後ろ姿を、ネスは視界から消えるまで静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……思えば、僕がポーキーに何かプレゼントしたのって、あれが最初で最後だよな」

回想を終えたネスは、ヨーヨーの側面に描かれている地球のロゴマークを眺めながら呟く。

このロゴマークはあるヨーヨーブランドのもので、彼のお気に入りだった。故に、他にどんな高性能なヨーヨーが出たとしても、彼はこのブランドのヨーヨーを買い続けている。

勿論、かつてポーキーに渡したヨーヨーも、この地球のロゴが描かれたものだ。

「すごく喜んでたけど、あいつもこのロゴが好きだったのかな?……だけど不思議だよなあ。なんであの時の僕、ポーキーにプレゼントする気になったんだろう?」

普段だったら絶対にしないであろう事を、あの時の自分はした。その理由は、今となっても依然として分からない。

――――羨望の念を向けられた事による照れ隠し? それとも気を良くしたが故の好意? また単なる気まぐれ? あるいは……。

「っ……ああ、もういいやっ! どうせ、もう捨ててるだろうし」

考えるのが億劫になったネスは、大きく伸びをした後、改めてベッドに寝転がる。

あの日以来、ポーキーがヨーヨーで遊んでいるのを、ネスは見た事がなかった。だが、どこか予想していた事でもあったので、特に怒りを覚える事もなかった。

結局ポーキーは我儘でイタズラし放題のままで、自分達の関係も変化していない。ただの隣人同士。少なくとも、ネスはそう思っていた。

「でも……ちょっと引っかかるな」

真っ青な天井を見上げつつ、ネスは再度トンチキの言葉を思い返す。

――小屋を貸して欲しいと頼みに来た奴らがいたんだ。デブの子供が一人と全身青ずくめの集団という、妙ちきりんな連中だったぜ。

「まさかとは思うけど……ポーキーなのか?」

トンチキに言われた時も一瞬考えたが、どういうわけか今も尚その可能性が否定しきれない。

それは理屈ではなく、もっと直観的な何か。徐々に不安が自分の中で広がっていくのを、ネスは感じた。

「まさか……まさかだよね」

振り払うかのようにそ呟くと、ネスは静かに眼を閉じ、やがて眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

inserted by FC2 system