〜エピソード11〜

 

 

 

 

 

 

 

「“PKファイアーα”!!」

そう叫んだポーラの指先から炎が奔り、全長2メートルはあろうモグラへと向かう。その炎はモグラの顔面に直撃し、掛けてあったサングラスを勢いよく吹き飛ばした。

「ネス、今よ!!」

「分かった!」

ポーラの合図にネスは頷き、素早く精神集中を始める。すると彼の両の掌が眩い光で包み込まれた。

これまで一度も実践していない新たなPSI。だが、不思議と失敗する気はなかった。ネスは唇を強く噛みしめ、露わになった裸眼でこちらを睨みつけながらも、フラフラとよろめいているモグラを見据える。

「“PKフラッシュα”!!」

ネスが叫ぶと同時に、彼の手にあった眩い光が瞬く間に周囲へと広がっていき、薄暗い洞窟を照らし出した。

その強烈な光を直視してしまったモグラは、苦し気な鳴き声を出しながらのた打ち回る。だが、その我武者羅な動きは、ネスとポーラの接近を阻むものだった。

手あたり次第に自分の周りの壁や地面を殴りつけ、引っ掻き回し、身体をぶつけているモグラを見ながら、ネスはポーラに訊ねる。

「ポーラ、どうしよう? これじゃ、迂闊に攻撃できないよ」

「困ったわね。貴方の“PKフラッシュ”で完全に動きを止められると踏んでたんだけど……っ、そうだわ、ネス。“パラライシス”をやってみて」

「え?……あ、うん!」

ポーラの助言に従い、ネスは突き出した左腕に精神力を込め、次いでその左腕をモグラへと振り払った。

「“パラライスα”!!」

次の瞬間、ネスの振り払われた左腕の軌跡に、赤と緑が交差した禍々しい光が生まれ、緩やかなスピードでモグラへと伸びていく。

そしてモグラにその光が突き刺さると、奴はか細い悲鳴を上げた後、激しく痙攣し始めた。その様子を見て成功と判断したネスは、素早くバットを構えながらポーラを促す。

「いくよ、ポーラ!!」

「ええ!」

フライパンを構えながら、彼女も力強く応える。そして二人は顔を見合わせ、互いに頷き合った後、地面を蹴ってモグラへと突撃していった。

「やああっっ!!」

「ええいっっ!」

ネスが右からバットで、ポーラが左からフライパンで、痙攣しているモグラを殴りつける。すると次の瞬間、モグラが今までに発した事の無かった大音量で絶叫した。

その鳴き声に、二人は思わず後ずさりしながら耳を塞ぐ。そんな彼らの前でモグラは痙攣したまま暫く叫び続けていたが、やがて身体を転がせて洞窟の出口の中に消えていき、見えなくなってしまった。

「お、終わったの?」

「だと思うけど……」

ポーラの問いかけにネスが答え終わらない内に、出口の中から普通サイズのモグラがひょっこりと顔を出す。

そしてネスとポーラの方を見やると、驚いた様子でその場に穴を掘り、アッという間に地面の中へと逃げていった。

「今のって、さっきの?」

「うん、きっとそうだよ。……ありがとう、ポーラ。君に教えてもらった事が役に立ったよ」

言いながらネスは、ポーラに笑顔を向ける。すると彼女もまた笑顔で「どういたしまして」と返してくれた。

 

 

 

 

 

カーペインターから鍵を受け取り、無事にポーラを救出したネスは一晩休んだ後、二番目の『お前だけの場所』を目指した。

場所はハッピーハッピー村の奥にある、誰も入った事が無いという洞窟の奥。そこに『リリパットステップ』と呼ばれる場所があるとの事だった。

カーペインターの洗脳から解かれ、正気に戻った村人からその事を聞かされたネスは、直観で『お前だけの場所』と判断し、ポーラと共に急ぎその洞窟へと向かったのだった。

洞窟の中ではやはりというべきか、モグラやらクマやらコウモリやらが次々と襲ってきたが、こちらは何といってもポーラという新たな戦力があった。

彼女はネスよりも遥かにPSIの扱いが上手く、ある時は氷、或いは炎、更には雷までも操り、次々と動物達を追っ払っていった。

因みに彼女によるとPSIの中でも敵にダメージを与えるものを“psychokinesis(サイコキネシス)”、略して“PK”と呼ぶらしい。

その他にも、ポーラはネスにPSIについての手解きをし、彼が使うPSIについても詳しく教えてくれた。

「PSIは力の入れ具合によって、同じものでも効果が異なってくるわ。例えば貴方の“催眠術”なら、力の入れ具合によって眠らせる相手の数が増減するといった感じね」

「成程。それだったら、今までも無意識にやってたな。でも、イマイチ加減が分かんないんだ」

「まあそれは、経験を積んで感覚を掴むのが一番ね。あるいは私みたいに力の入れ具合に名前をつけるって手もあるけど」

「名前?」

「ええ。私は一番軽いものを“α”、その次が“β”……ここからはまだ使ったことないけど、“γ”、“Ω”と区別してるの。そうやって区別する事で、力の入れ具合を調節しやすいかなって」

「へえ、それは良いな。じゃあ僕もこれからそうしてみようかな。特に“ドラグーン”は疲れやすいから、上手く力を調節できるようにしたいし」

「あの七色の光を放つPSIね。確かにあれは貴方の切り札みたいだし、しっかり強弱をつけれるようにしておいた方がいいと思うわ。……それはそうとネス、少し思ったんだけど」

「何?」

「私の見立てだと、貴方はまだまだ色々なPSIを使えると思うわ。多分だけど、光を使うPSIの才能があるんじゃないかしら。だからね、少し練習してみない? きっと今後の役に立つと思うの」

「うん、分かった。お願いするよ、ポーラ」

周囲に動物の気配のない場所で休憩中になされたそんな会話の後、簡単なネスのPSI練習が行われた。

その練習の中でネスが習得したのが、“PKフラッシュ”と“パラライシス”である。

“PKフラッシュ”は眩い光を放ち、対象を目くらましにするPSI。またポーラによれば、より力を強めれば、様々な特殊効果を対象に与える力を秘めているらしい。

もう一つの“パラライシス”は、対象の筋肉や神経を麻痺させる光を放ち、動きを止めるPSI。命中率に些か難があるものの、決まれば確実に動きを封じられる強力なものだった。

新たなる力に新たなる仲間。これらで大幅にパワーアップしたネスは、それ程苦労することもなく『リリパットステップ』へと進む事が出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

巨大モグラが塞いでいた洞窟の出口を抜けると、その先の地面に無数の小さな足跡が散乱しているのが眼に入った。

「これは……」

「成程、だから『リリパットステップ』ってわけね」

「え?……ああ、だから小さ足跡って事か」

納得したネスは、『ジャイアントステップ』の時と同じように、足跡へと歩を進める。すると予想通り、眼前が白くなる感覚に陥った。

「っ……」

「ネス? どうしたの?」

「……大丈夫」

すぐ近くにいる筈のポーラの声が、何故か酷く遠くに感じる。そんな中、彼のネスの耳に“あの音楽”が流れてきた。

とても短いけれど、とても美しい旋律。その音楽に聴き入っていた彼は、ふと赤い帽子を被った赤子の幻を見る。

――!?……あの子は……。

朧気に見えるその幼い顔に懐かしさを感じたネスだったが、次の瞬間に視界が開け、彼は我に返った。

「……あ……」

「ねえ、ネス? 本当に大丈夫なの?」

「うわっ!? だだ、大丈夫だよ。そんなに心配しないで」

いつの間にか覗き込むように顔を近づけていたポーラに、ネスは慌てて距離を取る。

そして少しばかり熱を感じる顔を隠すように彼女に背を向けると、芝居がかった咳払いの後に口を開いた。

「さて、これで二つ目だな。じゃあポーラ、とりあえず君の家に戻ろう。君が無事だったって事、報告しなきゃ。小父さん、すっごく心配してたよ」

「クス、その様子が眼に浮かぶわ。パパってば心配性だから。少しでも早く安心させてあげないと。それに、説得もしなきゃね。貴方と旅に出る事についての」

「そうだね。……でも、大丈夫かなあ? 君、誘拐されたばっかりだろ? 『当分家にいなさい』とか言われるんじゃ……」

「っ……頑張ってみるわ」

ネスの言葉が的確だったのか、ポーラは苦い表情を浮かべながら自信無さ気に呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ハッピーハッピー村からツーソンへの帰路は、行きよりも遥かに楽なものだった。

どういうわけか、来る時には沢山いたUFOやロボットの数も疎らで、モンスターもネスとポーラの姿を見ると一目散に逃げていく。

その上、ハッピーハッピー村の住人が近道となる橋を修理してくれていたおかげで、時間を大幅に短縮する事が出来た。体力的にも精神的にも楽な道。ネスはそう感じていた。

けれども、そうであるが故にポーラの異変に気付くのが遅れてしまった。彼がそれに気づいたのは、グレートフルデッドからツーソンへと続く洞窟に辿り着いた時だった。

「さてと、此処を抜けたらやっとツーソンだ」

「ええ、そうね……ようやく帰ってきたんだわ……」

「?……ポーラ?」

酷く疲れている感じがするポーラの声に、ネスは彼女に振り向く。

「どうしたの? なんだか元気ないみたいだけど?」

「そ、そんな事ないわ。ただ、ちょっと疲れただけ……あっ……」

「危ない!」

不意に身体をよろめかせ、その場に崩れそうになったポーラの身体を、ネスは慌てて支える。

「大丈夫、ポーラ? こんなに疲れてるんだったら、言ってくれれば良かったのに」

「へ、平気よ。これくらい……本当に……」

あくまで平静を装いながらポーラはそう言うが、開かれた口からは乱れた呼吸が漏れ、足も微かにだが震え続けている。

よくよく考えてみれば、監禁状態で衰弱していた上、一晩の休息を挟んだとはいえ洞窟で戦い続け、更にそこから渓谷を歩いてきたのだ。疲労が溜まるのも不思議ではない。

ましてや、ポーラは女の子だ。体力的に、男のネスよりも劣るのは自明の理である。迂闊にもその事を失念していたネスは、ポーラに気付かれぬように唇を噛んだ。

――……何やってんだ、僕は。ポーラの事、全然考えてなかった。

心の中で悔いたネスは、ポーラに背を向けてその場にしゃがみこむ。そして、背中越しに彼女へと顔を向けながら言った。

「はい」

「……ネス?」

「おんぶ。君の家まで運んであげるよ」

「ええっ!?」

ネスの申し出に、ポーラは驚いて素っ頓狂な声を出す。

「い、いいわよ! そんな事してくれなくても……自分で歩けるわ」

「遠慮なんかしなくていいよ。疲れてるんだろ? 大丈夫。いつもトレー……あ、いや、妹をおんぶしてるし、君ぐらいどうって事ないよ」

「で、でも……」

「それに、疲れてフラフラ状態の君なんか連れて行ったら、君の小父さんに何を言われるか分かんないよ。だからさ、ほら」

「う、うん。ありがとう。じゃあ……」

ようやく納得しくれたポーラは、おずおずとネスの背中に身を預けた。すると心地よい温かさと柔らかさ、そして仄かな香りが感じられる。

同じ女の子でも、彼女はトレーシーとは全然違う。その事を強く感じつつ、ネスは奇妙な緊張感と共に腰を上げた。

「じゃあ、行こうか」

「あ、あの、ネス?」

「うん?」

「その……重くない? 苦しくない?」

「ちっとも」

ネスは即答した。

実際、ポーラは全然重くなかった。それにトレーシーと違って暴れたりもせずにジっとしていてくれている。これなら苦しくもなんともなかった。

「本当?」

「うん、本当だよ。なんだったら走ってみせようか? きっと余裕で出来るから」

「や、やめて! そんな事してくれなくていいわ!」

殆ど悲鳴に近い声で叫んだポーラに、ネスは思わず噴き出した。

「心配性だなあ、ポーラは。小父さんの事、言えないんじゃない?」

「な、なんでもいいから無茶しないで! 貴方に負担を掛けたくないの!」

「はいはい」

――別に負担になんかならないんだけどなあ……。

そう思いつつも、こちらの事を気遣ってくれるポーラの優しさを、ネスは素直に嬉しく思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ! ポーラお姉ちゃん!!」

「えっ?……あっ、本当だ!」

「やったあ!! ポーラが帰ってきた!!」

ポーラスター幼稚園に辿り着いた途端、遊んでいた園児達がネスに背負われているポーラに気付き、歓喜の声と共に近づいてきた。

そんな園児達を見て、ポーラは軽く微笑んだ後、ネスに降ろしてくれるように眼で頼む。

彼はそれを了承すると、そっとポーラを降ろした。それと殆ど同時に、園児達が彼女を囲む。

「ポーラお姉ちゃん! ポーラお姉ちゃん!!」

「怪我してない? 大丈夫?」

「大丈夫よ。私は元気だから」

「本当? 誘拐犯に酷い事されなかった?」

「ええ」

「あっ、私、先生呼んでくる!!」

ポーラに次々と質問攻めをしていた園児達の内の一人が、大急ぎで幼稚園の中へと入っていった。

その間にも他の園児達は、ひっきりなしにポーラに話しかけ、彼女はそれに苦も無く対応している。

完全に蚊帳の外になってしまったネスは、その光景をボンヤリと見つめていた。

――凄いな。あんなに一斉に話しかけられたら、僕だったら絶対オロオロするのに。

そんな事を心の中で呟きながら、ポーラと園児達を眺めていたネスだったが、突然響いた派手にドアが開く音に、思わず身を竦ませた。

「ポーラーーーー!!!」

以前、ホテルの前で見かけた男性――ポーラの父親が、あの時と同じように涙をまき散らしながら大声で叫びつつ、こちらに走ってくる。

その尋常ならざる様子に、園児達も反射的にポーラから離れて道を開けた。しかし、当のポーラは苦笑を浮かべはするものの、驚いた様子は見せない。

恐らく、こういった事は今回が初めてではないのだろう。特に抵抗もせずに父親の力強い抱擁を受け入れると、少しばかり決まり悪そうに口を開いた。

「ただいま、パパ」

「うう、ポーラ!……良かった! 本当に良かった!」

「ごめんなさい、心配かけて。でも私はこのとおり、大丈夫よ」

「ううっ! ううっ! ポーラ!! ポーラ!!」

「パ、パパ……ち、ちょっと痛いわ……」

尚も力強く抱きしめられたポーラが苦しそうに呟くが、それでも彼女の父親は抱擁をやめようとはしない。

本当に心配で堪らなかったのであろう。この分では、当分の間、他の事に眼を向けたりしなさそうだ。

――まあ、久しぶりの親子対面って事になるんだし、仕方ないか。

心の中でそう呟いた瞬間、ネスは胸に小さな痛みを感じた。同時に、ふと家族の顔が脳裏に浮かび、彼はそれを打ち消すように小さく頭を振る。

そして、可能な限り明るい表情を作ると、ポーラに声を掛けた。

「ポーラ」

「ネ、ネス。ごめんなさい、もうちょっと待ってて。もう少ししたら、パパも落ち着くだろうし、そしたら貴方の事……」

「それは明日にしよう。今日はゆっくり家で休んでて。色々、積もる話もあるでしょ? せっかく無事に帰ってきたんだし、一日ぐらい家族水入らずで過ごしなよ」

「え? で、でも、それじゃネス、貴方は……?」

「僕はホテルに泊まるから。明日の朝、また迎えに来るかよ。それじゃあ」

「あっ、ネ、ネス!」

引き留めようとするポーラに、ネスは小さく手を振ると踵を返し、ホテルへと向かった。胸に僅ながらの疼きを感じつつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の静寂の中、ネスの泊まったホテルの部屋では、電話のダイヤルを回す音が鳴り響いていた。

従業員に頼んで、特別に設置してもらった電話。その電話のダイヤルを、彼は無言で回している。

だが、最後のダイヤルを回そうというところで手を止め、受話器を置いてしまう。そして暫くして、再びダイヤルを回し始め、また最後まで回さずに受話器を置く。

幾度となくそれが繰り返され、やがて十回を超えようかという頃になって、ネスは大きな溜息をついた。

「……何やってんだか、僕は」

自嘲気味に呟きながら、部屋の壁に掛けられた時計を見やる。午後九時という実に微妙な時間だった。

「まあ、起きてはいるんだろうけど……」

不安を感じつつも、ネスはまたダイヤルを回し始める。すると例によって悶々とした気持ちが膨れあがっていくが、今回はそれをどうにか抑え、彼はやっと最後までダイヤルを回し終えた。

無機質な呼び出し音が鳴り響き、ネスは緊張に身体を強張らせて相手方が電話に出るのを待つ。

時間が時間なのである程度は待たなければならないと考えていたのだが、予想に反してすぐに電話は繋がった。

「はい」

「あっ、え、えっと……ママ?」

日数にすればそれ程でもないにもかかわらず、随分と久しぶりに聞く感じのする母親の声に、ネスは少々上擦った声を出してしまった。

その直後、弾んだ調子の母親の声が、受話器から聞こえてきた。

「まあ、ネスじゃない。やっと電話くれたのね。で、どうしたの?」

「い、いや、そ、その……」

事前に念入りに考えていた台詞は、綺麗に消し飛んでしまった。しどろもどろになりつつ、ネスは必死に言葉を探す。

「た、大した用じゃないんだけど……えっと……」

「あら、もしかしてママが恋しくなった?」

「なっ!?……そ、そんなわけ……」

図星を突かれ、ネスは更に動揺する。実際の所、電話を掛けたの理由はそれだったのだが、だからといって素直に肯定するのも格好が悪かった。

どうにか上手く誤魔化せる言葉を彼は探すが、それが見つかるよりも先に母親の笑い声が耳に入ってくる。

「ウフフ、まあそういう事にしといてあげるわ。それより、どう? 冒険の旅は? 無理してない?」

「う、うん、平気だよ。そっちは?」

「こっちは平穏そのものよ。変わった事といえば、トレーシーがアルバイトを始めたぐらいかしら?」

「トレーシーがアルバイト? なんでまた?」

「決まってるじゃない。あなたの力になりたいからよ」

「え? 僕の力に?」

母親の言っている事の意味が分からず、ネスは思わず眉を顰める。

「どういう事?」

「それは本人から聞いた方がいいわ。といっても、今日はもう寝ちゃってるから、またの機会になるけど」

「そっか、分かったよ。じゃあ、ママ。そろそろ切るから。ゴメンね、こんな時間に電話して」

「ネス」

「うえっ?」

突然口調の変わった母親に、ネスは一瞬たじろいだ。

「な、何? ママ?」

「ネス。貴方は今、貴方の家に電話を掛けてるのよ?」

「……え?」

「時間なんて気にしなくていいの。貴方からの電話なら、何時だって大丈夫だから。だから……これからはもう少しマメに電話してきて」

「っ……うん、分かった」

自分が母親に心配をかけ、且つ寂しがらせていた事に、ネスはようやく気付く。

同時に、自宅への電話を躊躇っていた自分が何だか滑稽に思え、彼は知れず苦笑を漏らした。

「ゴメン、ママ。これからは折を見て電話するようにするよ。トレーシーの事も気になるし」

「うんうん、そうして頂戴。ママもトレーシーも、勿論チビも待ってるから」

「うん!」

わだかまりが解け、清々しい気分になったネスは力強く返事をする。

そんな彼の心持ちが伝わったのだろう。母親はいつもの優し気な口調に戻り、嬉しそうに笑った。

「ウフフ、元気出たみたいね。これでおあいこかしら」

「え? あ……うん、かもね。じゃあママ! 今度こそ切るから。また電話するよ。おやすみなさい」

「あっ、待って、ネス」

「うん?」

今度はどこかワクワクした感じの声になった母親に、ネスは首を傾げる。

「何?」

「突然でなんだけど……ガールフレンドが出来なかった?」

「ふ、ふえっ!?」

突拍子もない質問に、ネスの口から変な叫びが漏れた。

同時にポーラの姿が脳裏を霞め、それが更に彼の声を上擦らせる。

「な、な、何だよ、いきなり!?」

「あら。その反応からして、ビンゴかしら?」

「ちち、違うよ! 僕とポ……いや、別にまだそんなんじゃ……」

「ふ〜ん、“まだ”ねえ……」

「っ!? だだ、だから!」

ひたすらにネスは焦った。

今の状態では何を言っても墓穴を掘る気しかしないが、だからといって黙っている訳にもいかない。

混乱する頭で必死に言葉を探す彼に、母親は心底楽しそうに笑いながら言った。

「まあ報告はゆっくりでいいわ。そのポから始めるガールフレンドさんに、よろしく言っといて頂戴。それじゃあね、ネス。バーイ♪」

「う、あ……うん」

ギクシャクしながらネスが頷くと、程無くして電話が切れる。

その途端、全身から力が抜けていくのを感じ、彼はフラフラとベッドに倒れこんだ。

「……何なんだよ、本当に」

昼間に感じていた胸のわだかまりは消えたが、代わりにモヤモヤした気持ちに今は苛まされている。

「どうして僕、“まだ”なんて言ったんだろう?」

――――心の何処かで、自分はポーラとそうなる事を望んでいるのだろうか?

嫌が応にもそんな疑問が浮かび、居た堪れなくなったネスは我武者羅に両手を振り回しつつ、部屋の外に聞こえない程度の大声を出した。

「あーーっ!! 違う違う! そんなんじゃないって! 僕とポーラは……その……仲間……そう仲間なんだから!」

強引にそう自分に言い聞かせると、ネスはシーツに包まり強く眼を閉じる。すると、すぐに眠気がやってきた。

戦いは勿論だが、それ以外にも今日は色々あったのだから、当然だろう。ボンヤリとそう思った直後、彼はゆっくりと眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

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