〜エピソード13〜

 

 

 

 

 

ネスが緊張しつつドアをノックすると、中から「入れ」と低い声が返ってくる。

その声に彼は生唾を飲み込んだ後、ゆっくりとドアノブを回し、ドアを開く。

するとその視界に、ソファーに腰掛けながら腕組みをして笑みを浮かべているトンチキの姿が入った。

「よお、坊や……おっと、ネスだったな。本当にポーラを一人で助け出すとは……全く、とんでもない坊やだぜ」

「え、あ……はい」

曖昧な返事をしつつ、ネスは後ろに立つポーラを庇うようにトンチキと向かい合う。すると、そんな彼の様子を見て、トンチキが盛大な笑い声を上げた。

「ガハハッ! そんな警戒するなって! 別にその娘を寄越せなんて言うつもりはねえよ」

「……はい」

「まっ、気を許せないのも無理はないか。その娘の誘拐に、俺が関与しているのは間違いないからな。……と、話が逸れちまった。ネス、お前に話ってのは他でもない」

「何でしょう?」

「こいつをやる。受け取れ」

言いながらトンチキはソファの後ろに手を伸ばすと、大きな黒いトランクを手に取る。そして、それを無造作にネスへと投げつけた。

咄嗟にネスがそのトランクを受け止めると、ズシリとした重みが伝わってき、その重さに戸惑いながら彼はトンチキに訊ねた。

「ととっ! 何ですか、これ?」

「札束だ。しめて一万ドル」

「い、一万ドル!?」

思わずネスは叫び、同時にトランクを落としてしまう。すると落下した衝撃でトランクが開き、中から分厚い札束がいくつも姿を見せた。

それを見たポーラが、眼を丸くして口を両手で押さえながら呟く。

「凄い。本物の札束……」

「うわあ、初めて見た……じゃない! け、結構です! こんな大金、貰えません!」

「なら、そこらの溝にでも捨てろ」

「そ、そんな勿体ない!……っていうか、なんでこんなお金を、僕に……?」

「お前を子分にした時に渡そうと用意した金だ。お前が仲間になれば、色々と役立ちそうだったからな。……だが、どうせ断る気だろ?」

「……はい。悪いんですけど、僕にはやらなきゃいけない事があるんです」

ネスがそう答えると、トンチキは大きく頷いた。

「だろうな、そう言うだろうと思ってたぜ。しかし、せっかく用意した金だ。お前にやる以外に俺は使い道を考えてねえ。良い事でも悪い事でも自由に使ってくれ」

「い、良いんですか? 本当に?」

「ああ。第一、返そうとしても無理だ。俺は一度誰かにくれてやったものを突き返されるのが大嫌いでね。だから、諦めて持っていけ」

飄々としつつも、決して有無を言わせぬ強い口調でそう言われ、ネスとポーラをどちらともなく顔を見合わせる。

「ポーラ、どうする?」

「ううん……貰っておくしかないんじゃない? トンチキさんも、ああ言ってるんだし」

「そう……だね」

納得半分、諦め半分な気持ちでネスは頷くと、散らばっていた札束をトランクへと戻し、それをしっかりと両手で持ちながらトンチキに言った。

「じゃあ、トンチキさん。この一万ドル、ありがたく頂きます」

「よし、それでこそだ。……さてと、俺はちょっとばかし出かけてくるぜ。とんでもないお宝の情報が入ってきたんでな」

「とんでもないお宝?」

「ああ。オネットでライヤー・ホーランドとかって小悪党が掘り出した“マニマニの悪魔”とやらだ」

「っ!……それってまさか、あの黄金像の事じゃ……」

「ん? 何か知ってるのか?」

「あ、いや、その……」

サングラス越しにでも分かる程に眼の色が変わったトンチキに、ネスはあの像の事を話すか否かで悩む。

けれども、少なからずトンチキの人柄を知った今、話しても構わないという気持ちになり、ネスは例の黄金像について、自分が知っている事を話した。

「ほう……つまり、今はライヤ―・ホーランドの所にも、カーペインターの所にも無く、お前の知り合いのポーキーが持ってるって事か」

「その可能性は高いと思います。あるいは、あいつがまた誰かに売りつけるなりしたか……ともかく、ホーランドさんに会っても仕方がないと思います。お金をあげれば、情報くらいはくれるでしょうけど」

「冗談。泥棒が金で何かを得るなんざ笑い話にもなりゃしねえ。……しかし、今の話が本当なら相当ヤバい代物のようだな。面白くなってきたぜ」

トンチキは盛大に口角を吊り上げると、ゆっくりと玄関へと歩き出す。それに対して、ネスとポーラが思わず道を開けると、トンチキは二人を一瞥しながら言った。

「良い情報をありがとよ。お前らがこれからどうするかは聞かねえが、まあ仲良くやる事だ。おっと、だからってあんまり仲良くし過ぎて、ベッドの中まで一緒になったりするなよ?」

「は、はあっ!?」

「ち、ちょっと!? なな、何言ってるんですか!?」

顔を真っ赤にしてネスとポーラは怒鳴る。けれども、トンチキは毛程も気にしていない様子で笑い声を上げた。

「ガハハハッ! そんな初心な様子じゃ、その心配はいらねえかな。じゃあな、ご両人。縁が会ったらまた会おうや!」

そう言い残してトンチキは出ていき、後に残されたネスとポーラは、主のいなくなった家の中で、暫し呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

バスステーションから出たネスは、浮かない表情で溜息をつく。

その溜息が聞こえたのか、近くのベンチで休んでいたポーラが立ち上がり、彼に近寄りながら訊ねた。

「ネス、どうだったの?」

「ダメ。バスは一本も運行してないよ。町の人が言ってた通りだな」

そう言うと、ネスはもう一度溜息をついた。

ヌスット広場を後にした二人が、隣町のスリークに行く算段を立てながら町を歩いていると、道行く人にある事を聞かされた。

なんでも、今現在隣町へと続くバスは運行を取りやめているらしい。しかも、その理由が通り道であるトンネルに幽霊が出没するからというのである。

そんな理由で果たしてバスが運行中止になるものかと疑問に思い、二人はこうしてバスステーションへ確認しにきた。そして町の人の話が、本当だったと知ったのであった。

「そう……じゃあ、本当にトンネルに幽霊が出るのね?」

「みたいだよ。何人かは実際に見たって人がいた。ああ、でも、別に運転手さんが幽霊を怖がってるからバスが運行してないってわけじゃないんだって」

「え? どういう意味?」

ポーラが小首を傾げた。

「良く分かんないんだけど……出口を抜けても、何故かこのツーソンに戻ってきちゃうんだって。多分、幽霊の仕業だろうって言ってたけど」

「ツーソンに戻ってきちゃう?……想像がつかないわね。でも、その話が本当なら、仮に歩いてスリークに行こうとしてもダメって事かしら?」

「うん、ステーションの人もそう言ってた。スリークへ行くのは暫く諦めた方がいいって」

「でも、そんなわけにもいかないんでしょ?」

疑問というより確認を求めるポーラの問いかけに、ネスは力強く頷く。

「勿論。……なんだけど、方法が全然思い浮かばないんだね。だからとりあえず、もう少しこのツーソンを見て回ろうかなって思うんだ。気分転換も兼ねて。ポーラ、ちょっと案内してくれない」

「構わないわよ。もしかしたら、どこかで情報を得られるかもしれないしね」

「OK。じゃあ、行こう!」

「きゃっ!?」

「あっ……ゴ、ゴメン!」

無意識にポーラの手をとった瞬間、彼女は短い悲鳴を上げる。それに慌てて手を引っ込めたネスは、バツが悪そうに頬を掻いた。

「べ、別に手を繋ぐ必要なんかないよね。い、行こう」

「え、ええ」

ポーラも落ち着かない様子で視線を彷徨わせながら返事をし、それから二人はどちらともなく歩き出す。

しかし、どうにも気持ちが落ち着かない。気まずい沈黙の中、時折チラリと互いの顔を見やり、ふと視線がぶつかれば慌てて眼を逸らす。その繰り返しが続いた。

――ああ、もう……トンチキさんが変なこと言うから……。

一体全体、何をどう思ってあんな突拍子もない事を言ったのか。悪態をついても仕方がないと分かってはいても、ネスは苛立ちを感じずにはいられない。

けれども、そんな事よりもまずはこの状況を改善するのが先だ。このままずっと、この気まずい雰囲気でいるのは、正直耐えられそうにない。

だが、考えても考えても打開策は見つけられない。徐々に重たくなってくる心と頭に、ネスは思わず額に手を当てて嘆息した。

――マズイ……この状況、本当にどうにかしないと……。

「あっ!」

「えっ? どうしたの、ポーラ?」

突然、声を上げて立ち止まったポーラに、ネスが慌てて顔を上げて彼女の方に振り向く。しかし、ポーラが返事をするよりも先に、聞き慣れぬ声が彼の耳に聞こえてきた。

「あれまあ、これはとんだスクープに遭遇したもんや。なあ、兄弟?」

「全くだ。大評判のポーラちゃんのデートに遭遇してしまったんだからな」

大人の男性二人のなにやら勘違いしている会話が聞こえ、ネスはそちらの方へと視線を向ける。

すると黒いスーツに黒い帽子、そして黒いサングラスを掛けた二人組が、こちらに歩いてきているのが見えた。

風貌だけを見るならばトンチキと似たような感じだが、あちらと違って威圧感はなく、代わりに妙な愛嬌を感じる二人である。

「ポーラ、知り合い?」

「あ、いえ別に知り合いって訳じゃ……って、ネス、“トンズラブラザーズ”知らないの?」

「ああ、あのバンド? 名前だけなら、知ってるよ」

納得して、ネスは頷く。“トンズラブラザーズ”といえば、そこそこ有名なブルースバンドだ。彼自身はそこまで興味もないが、確か母親がかなり熱心なファンだった気がする。

そんな母親に雑誌やテレビを見せられた記憶を思い出しながら、ネスは二人組に対して言った。

「え〜と、ラッキーさんにナイスさん……ですか?」

「おお、なんやチビスケ。わしらの事、知っとんのかいな。なんて名や?」

恰幅の良い方の男性――ラッキーが嬉しそうに訊ねてきた。

「ネスです」

「ネス、か。どうみてもプレイボーイには見えないが……どうやってポーラちゃんを口説いたんだ?」

「そ、そんなんじゃありません!」

長身の方の男性――ナイスの質問に、ネスは少々顔を赤くしながら返事をする。ただでさえ、今はポーラと気まずい雰囲気だというのに、余計な事を言わないで欲しいものだ。

けれども、そんな事情を彼らが知っている筈もない。ラッキーとナイスは盛大に笑いながら、ネスの肩を叩いた。

「ハッハッハッ! そないに照れるなって! 男は自分の女の前じゃ、堂々としとかな!」

「だ、だから違いますって!」

「カッカッカ! 初心なチビスケだぜ。仕方ない、そんな君にこいつをプレゼントしよう。ほれ!」

言いながらナイスがネスに差し出したのは、一枚のチケット。半ば押し付けられるような形でそれを受け取ったネスは、ナイスに訊ねる。

「これは?」

「“トンズラブラザーズ”のプラチナチケットだ。そいつがあればライブは勿論、バックステージにも出入りOKって代物だ」

「えっ!? 本当ですか!?」

急にポーラが眼を輝かせながら叫ぶ。そんな彼女に、ナイスは頷いてみせた。

「本当さ。丁度もうすぐライブが始まる時間だ。カップルで是非来てくれ。カオス劇場で待ってるぜ!」

「はい! 必ず行きます!」

「ち、ちょっとポーラ……?」

変な方向に話が進んでいる事に、ネスは戸惑いつつポーラに声を掛ける。しかし彼女は彼の声などてんで耳に入ってないようで、去っていくラッキーとナイスに手を振っている。

そして彼らが見えなくなると、満面の笑みでこちらに振り向いた。

「凄いわ、ネス! トンブラのチケットなんて、滅多に手に入らないのよ! ささ、早く行きましょ行きましょ!!」

「わわっ!? ポ、ポーラ! そ、そんなに引っ張らないでよ!」

今までに見せた事のない強引な様子で先を急ぐポーラに、ネスは引き摺られるようについていく。

「ポ、ポーラ! き、君“トンズラブラザーズ”のファンなの?」

「ええ! あ、ネス。これからは貴方もトンブラって呼んで。それが通の呼び方よ。……それより急ぎましょう。ライブが始まっちゃう!」

口早にネスの質問に答えると、ポーラが彼の手を引っ張りながらカオス劇場へと走る。ネスは必死でそんな彼女についていきつつ思う。

――これは相当なファンなんだな。だけどポーラ、気にしてないのかな? このままトンズラ……いやトンブラに会ったら間違いなく、僕らカップルって事になっちゃうんだけど……。

そこまで考えて、ネスは顔と胸が熱くなっていくのを感じる。それをポーラに気取られまいと頭を振りながら、彼は思った。

――まっ、良いか。こんなに楽しそうなんだし、水を差しちゃ悪いよな。からかわれた時の事は……その時に考えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に素晴らしかったです! 私、感動しました!」

「いやあ、嬉しいのう。こんな可愛い子に褒められるなんて」

「オレ達の曲の良さが分かるなんて、大したお嬢ちゃんだよ」

「君の事を次の曲の歌詞にしてもいいかもね。ぼく、良いアイデアが出そうだよ」

ライブが終わった後の楽屋で、ポーラはトンブラのメンバーとの会話に華を咲かせていた。

トンブラ達も可愛い女の子には優しいのか、はしゃいでいるポーラに対して丁寧に応対している。

そんな光景を、少し離れた位置にある椅子に座って眺めていたネスは、未だ耳鳴りのする耳を押さえながら苦笑した。

――僕には良さが全然分かんなかったけど……ああ、耳が痛い。

「カッカッカ! わしらの曲はヘビーやったやろ?」

肩を叩きながらそう訊ねてきたナイスに、ネスは曖昧に頷きながら答える。

「ええ、まあ……とにかく派手だなあ、とは」

「カッカッカ! まだまだ素人の意見やな。まっ、わしらはこれからもずっとこの劇場にいるさかい、何度も足を運んで聴きまくって慣れてくれ。そうりゃ、きっとわしらの曲の良さが分かるってもんや」

「えっ? ずっと? 音楽家って、あっちこっち町を行き来して活動するものじゃないんですか?」

ネスが首を傾げながらそう言った瞬間、ナイスは眉を顰めながら気まずそうに唸り声を出す。

そんな彼に代わって、隣に立っていたラッキーがどこか引き攣った笑いと共に口を開いた。

「ハッハッハッ! まあ、本当はわしらもそうしたいんやけどな。そうもいかない訳ってのがあるんや」

「訳って?」

「いや、実はな……此処の支配人のドックフードに騙されて、とんでもない借金を作ってしまったんや。その借金を返さない限り、この町からは出られないって訳や」

「あ〜……そういう事ですか」

“借金”という単語に、ネスはふと我が家の事を思い出す。

――僕の家も似たようなものだからなあ……ちょっと他人事には思えないな。どのくらいの借金なんだろう?

そんな事を考えていると、どうにも気になってしまい、ネスは恐る恐るラッキーに訊いてみた。

「あの、借金ってどのくらいの額なんですか?」

「ん? え〜っと、なんぼやったかなあ?……兄弟、覚えてるか?」

「カッカッカ! なんや忘れたのか? 一万ドルや、一万ドル!」

ナイスの言葉に、思わずネスはずっと持ったままでいたトランクに眼を向ける。

「一万ドルか……」

「どうしたんや?」

「あ、いえ……」

――どうしよう? 丁度持ってるし、払ってあげようかな?……だけど僕達もこれからお金は必要になるし……いや、でも……。

暫し悩んだネスだったが、やがてありきたりな答えを出す。難しい事は考えず、困っている人が眼の前にいたら、助けてあげるのが一番だろう。

そう判断した彼は、無意識に帽子を被り直すと、早口でラッキーとナイスに言った。

「すいません。ちょっと僕、用事がありますんで」

言い終えると返事も聞かずに、彼はバックステージを飛び出し、ステージを駆け抜け、ロビーに出る。そしてオーナールームの扉の前に立っていた警備員に声を掛け、ドックフードとの面会を求めた。

すると割と簡単に警備員は許可してくれ、扉の鍵を開ける。ネスは手短に警備員に礼を言うと、緊張しつつオーナールームへと入った。

「失礼します」

「なんだ、あんた? 俺に何か用か?」

尊大な態度でそう言うドッグフードに、ネスは反射的に心理的嫌悪感を抱いたが、それを抑えつつ口を開く。

「あの、トンズラブラザーズの借金についてなんですけど……」

「なんだ、またその話か。どうせあんた、トンズラブラザーズのファンだろ? 言っとくが、借金はきちんとした手続きの上での正式なもんだからな。騙してタダ働きさせてるなんて、人聞きの悪いデマを流されてこっちは迷惑してるんだ。大方あんたもそのデマを真に受けて文句を言いに来たんだろ? さあ、帰った帰った。俺は忙しいんだ」

「いえ、違います。僕はその、彼らの借金を立て替えてあげようと思ってきたんです」

ネスがそう言うと、ドッグフードは数度眼を瞬かせた後、心底可笑しそうに盛大に笑いだした。

「アハハハッ! 子供ならもう少し子供らしいジョークを言うもんだぞ? あいつらの借金はな、全部で一万ドルなんだよ、一万ドル。あんたみたいな子供が百年、二百年と働いたって稼げる額じゃ……」

「大丈夫です。もう持ってきてますから」

言いつつネスは、持っていたトランクをドッグフードの眼前で開いてみせる。

するとドッグフードは、トランクの中にギッシリと詰まっている札束を前にして弾かれた様に立ち上がり、やにわに札束に手を伸ばした。

「ま、ま、まさかな。どうせ玩具の札……ほ、本物!?……た、た、確かに一万ドルある……」

動揺を露わにしながら札束を数え終えたドッグフードは、顔中に浮かんでいた汗をハンカチで拭うと、未だ半信半疑な様子を見せながらも、ネスに対して言った。

「どこからこんな大金を持ってきたかは知らないが……そんな事は別にどうでもいい。トンズラブラザーズはもう自由の身だ。金さえ貰えば文句は無い。……おい!」

ドッグフードがドアの方向に向けて怒鳴ると、先程の警備員が顔を出した。

「なんでしょう?」

「トンズラブラザーズに伝えろ。お前らは自由だとな」

「え?……あ、分かりました」

「あ、僕も行きます」

ドッグフードの命を受けてバックステージへと向かった警備員に続いて、ネスもトンブラの元へと走っていった。

 

 

 

 

 

 

「なんてこったい! こんなチビスケのおかげで地獄から天国だ!」

「ブラボー! この町を出られる!」

「イ、  イタタ……あ、あの、嬉しいのは分かりますけど、そんなに強く叩かないでください」

カオス劇場の前で、ネスはラッキーとナイスから荒っぽく両肩を叩かれていた。

勿論、それが感謝の意を示した行為である事は分かるのだが、それにしたって力を入れ過ぎている。かなり強い痛みに顔を顰めながら、ネスは少し怒気を込めて言った。

「ち、ちょっと、もうやめてください! 痛いですってば!」

「おっと、悪い悪い、いやあ、あんまり嬉しくてな、つい力が入ってしもうた」

「夢にまで見た自由の身だからな。本当、ありがとよ!」

そう言うラッキーとナイスの声は、僅かにだが震えている。そして後ろにいた他のメンバーの方に駆け寄ると、揃って手を叩きながら大騒ぎし始めた。余程、借金がチャラになった事が嬉しいようである。

――まあ、これだけ喜んでくれたのなら、一万ドルを使って良かったかな。

トンブラの面々を眺めながら、そんな思いを抱いたネスに、ポーラが近寄ってきた。

「随分と思い切った事をしたわね。一万ドルなんて大金、みんな使っちゃうなんて。本当に良かったの?」

「構わないさ。どうせ、タダで貰ったお金だしね。人助けになったのなら、それで良いんじゃない?」

「クス、そうね。……ありがとう、ネス」

「?……どうしてポーラがお礼を言うの?」

「単純な理由よ。私がトンブラのファンだから」

言いつつポーラは軽くウインクしてみせる。その姿にネスは無意識に胸が高まるのを感じたが、それを彼女に気付かれぬようにと、殊更大きな声を出した。

「さ、さあ! そろそろ僕らの本来の目的に戻ろうよ! スリークに行く方法を探さなきゃ!」

「お? なんや、スリークに行きたいんか? それやったら、わしらに任せとけ!」

ドンと胸を叩きながら言ったラッキーに、ネスとポーラは驚いて振り返った。

「ラッキーさん、どういう事です?」

「わしらのトラベリング・バスに乗せたるって事や! スリークなんか、あっという間に到着するよってからに」

「あ、あの、お気持ちは嬉しいんですけど……今、スリークへと続くトンネルには……」

「知っとるで。幽霊がおるんやろ?」

説明しようとしたポーラの言葉を遮り、ラッキーは気障に人差し指を細かく振る。

「だけど心配無用や。スリークに着くまで、わしらがガンガンに演奏するからな! 幽霊なんぞ、ビビッて逃げるに決まっとるわ!」

「えっ!? それってつまり……」

「車内ライブって事ですよね!? ほ、本当に良いんですか!?」

思わず顔を引き攣らせたネスの隣で、ポーラが眼を輝かせる。そんな彼女に、ラッキーが大きく頷いた。

「そういう事や! さっきのライブに負けないくらいのヘビーなステージにするで! なあ、兄弟達!」

「カッカッカ! 任せとけって!」

「恩人二人に向けての特別ステージなんて、洒落とるのう!」

「ぼくもまだまだ演奏できるよ」

「トラベリング・バスの中なら、おれも少しは目立てるかな……」

ナイスを初めとするメンバーの面々は、揃って了承の言葉を口にする。それを確認したラッキーが、ネスとポーラの肩を掴んだ。

「決まりやな! さっ、バスに乗りなはれ!」

「はい! ありがとうございます! 良かったわね、ネス!」

「う、うん……そうだね」

心底嬉しそうなポーラの笑顔に、ネスは乾いた笑いを返す事しか出来なかった。

――また、あの演奏を聞くのか……僕の耳、大丈夫かな……?

無意識に自分の耳を抑えながら、彼はポーラに引かれるようにトンブラのバスへと乗り込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

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