〜エピソード18〜

 

 

 

――――ホテルの一室。

すっかり慣れた調子で、ネスは左手に精神力を込める。程無くして淡い光がネスの左手を包み、彼はそのままジェフの額に手を翳した。

すると、瞬く間にそこにあった傷が塞がっていく。時間にすれば、ほんの数秒の出来事。“ライフアップ”を終えたネスは、眼を瞑っていたジェフに声を掛けた。

「終わったよ」

「そ、そうか?……うわ、本当に傷が癒えてる。痛くも痒くもない……これが超能力なのか」

「“ライフアップ”って言うんだ。後、軽い風邪とかなら“ヒーリング”っていうのが効くんだよ」

「へえ、便利なもんだな。まるで漫画やゲームに出て来る魔法みたいじゃないか。他にはどんなのがあるんだ?」

「う〜ん、まあ色々あるんだけど……僕も使えるようになったのは最近だから、実はまだ良く分かってないんだよね。そういう事は、ポーラの方が詳しいよ」

ネスがそういうと、ジェフは徐に部屋の隅にあるドア――バスルームの方へと眼を向ける。

「彼女は君よりも、超能力を使い慣れてるってことか?」

「そうみたい。小さい頃から、色々と出来たって言ってたし。ツーソン……あ、ポーラの住んでる町ね。そこじゃ有名人なんだって」

「へえ。まあ確かに、炎やら氷やら雷やら操れれば、有名にもなるか。初めて見た時はビックリしたぜ」

ジェフの言う“初めて”とは、つい先程まで行われていた、此処スリークでの戦闘を指している。

ネスとポーラが無事に退院した後、二人は改めてジェフに冒険の目的を説明した。そして、とりあえず最初に目的地としていた墓地の奥に、三人で向かう事にしたのである。

だが、その予定は早くも崩れ去る事になる。なぜなら、町の至る所に、ゾンビを始めとするバケモノ達が我が物顔で闊歩していたからだ。

数日前――ネスとポーラが初めてこの町を訪れた時も、町中に全く居なかったというわけではないが、今現在は最早奴らの住処といっていいぐらいの状況になっている。

どうやら連中のボス――“ゲップー”による侵略がかなり早く進んでいるらしい。住民達もすっかり怯えているようで、疎らだった人影もほぼゼロだ。

当然、ネス達はそんなスリークの状況を放っておく事など出来なかった。いや、そもそもそれ以前に、このままでは墓場に行く事はおろか、町中を歩く事さえ難しい。

それで仕方なく彼らは予定を変更し、害虫駆除ならぬバケモノ駆除を行う事にしたのである。

だが、バケモノ達は倒しても倒しても一向にその数を減らす事はなく、それどころか更に数を増やしていっているような気さえした。

そんな不毛な戦闘を数時間続けた後、やむなく三人は一時撤退する事にした。そして今、こうしてホテルで休息及び、今後の行動を考えているのである。

「しかしまあ、あれだな」

椅子にだらしなく腰掛けながら、ジェフは疲れきった表情で天井を仰いだ。

「ゴーストタウンどころか、これじゃホラータウンだろ。このままテーマパークにしたら、それなりに客がつくんじゃないか?」

「……リアル過ぎて、だれもお客がこないよ」

「違いない」

そこでジェフは大きく嘆息し、ズレかけていた眼鏡を直す。そして軽く頭を振り「それで?」とネスの顔を見る。

「これからどうする? 今の所、目的地になりそうなのは墓地の奥だけなんだろ? いっそ強行突破で行ってみるかい?」

その言葉に、ネスは大きく首を横に振りながらベッドに腰を下ろした。

「無茶だよ、それは。あの辺りは本当に沢山のバケモノがいるんだ。強行突破は難しいよ。それに、やっぱりこの町の状況を放っておけない。このままじゃ、そう遠くない内に、本当にジェフが言ったようにホラータウンになってしまうかもしれないし」

「まっ、そうなる可能性は高いだろうな。けど、だからってずっと、さっきみたいな消耗戦をしてても埒が明かないぜ。何か作戦を立てないとな」

「うん、分かってる。せめて……」

ネスは何の気なしに部屋のカーテンを捲り、窓の外を見た。すると相変わらず、そこにはゾンビを始めとするバケモノ達がウヨウヨしていた。

「あいつらの動きを少しの間だけでも止められたら良いんだけど……ジェフ、何かそういう物を作れない?」

「おいおい、無茶言わないでくれ。まあ一匹くらいなら、丁度出来たばかりの奴でなんとかなるかもしれないけど、流石にあの数全部の動きを封じるなんて芸当、そうそう出来るもんじゃないよ」

「そっか。う〜ん、困ったなあ……何か良い方法は…………」

髪の毛を乱雑に掻き回しながら、ネスが弱々しく呟いた時だった。突然電話の音が鳴り響き、ネスとジェフは揃って声を上げながら飛び上がった。

「な、なんで電話の音が!? ここに電話は無いだろ?」

「わわわ……い、いや、持ってるんだよ。え、えっと……」

慌ててネスは背中のリュックを開け、中から受信電話を取り出す。と、それを見たジェフが眼を丸くして口を開いた。

「なんだ、それ?」

「受信電話。前にある人から貰ったんだ。……とと、えっとこのボタンを押して……」

たどたどしくボタンを押したネスが電話に耳を傾けると、興奮気味のアップルキッドの声が飛び込んできた。

「もしもし、アップルキッドです! ネスさん、お元気ですか?」

「あ、うん。まあ、元気……かな? どうしたんですか? また何か作ったんですか?」

その言葉に、感心なさ気にネスを見ていたジェフの顔が変わる。そんな彼が身を乗り出したのと同時に、アップルキッドの返事があった。

「はい。役に立つかどうかは分かりませんが、中々面白い物が出来ましたよ。ネスさん、急になんですが、旅先の宿とかで虫とか鼠の死骸に悩まされたりしてませんか?」

「え?……ううん、特にそういう事はないですよ。泊まったホテルは、みんな綺麗だし」

「あっ、そうなんですか。ということは、野宿とかはしてないんですね」

「うん、今の所は」

「そうですか……いえね、僕が今回作ったのは、ある生物の死骸を媒体にして、周辺にいる同じ生物を一か所に集めさせるマシンなんですよ。これがあれば、野宿の時とかに便利な筈です」

「へ、へえ」

イマイチ有難みの無い物だと思ったネスは曖昧な返事をするが、アップルキッドはそんな彼に構わず話を続ける。

「使い方なんですけど、まず本体を封鎖された場所……っと言っても、そこまで拘る必要はありません。そうですね、使用しないテントとかで良いと思いますよ。そういう場所に本体を置いて、本体の中に集めたい生物の死骸の一部……まっ、毛とかでも大丈夫でしょう。そういうのを入れて、後は放置しておくだけです。一晩もたてば、周辺の仲間は全部纏めて駆除できると思います」

「ふ、ふ〜ん……なんか良く分かんないけど、凄そうなマシンですね」

「……そうか?」

半分くらいお世辞の入ったネスの返事に、聞き耳を立てていたジェフが呆れた声を出す。そんな彼に、ネスは慌てて「しっ!」と人差し指を口の前で立てた。

「あれ? 何か人の声が聞こえましたけど、他に誰かいるんですか?」

「あ、ああ、うん、友達が。そ、それよりアップルキッド、悪いんですけど今はちょっとした事情である場所から移動できないんです。だから、そのマシンを取りに行くってことは出来なくて……」

「心配しないでください。もう特急便で送りましたから」

「えっ!? お、送ったって、僕が今どこにいるか知ってるんですか?」

「大丈夫です。奮発して『エスカルゴ運送しっかり特急便』で送りましたから。送り主が例え外国にいてもしっかり配達してくれる、とっても便利なサービスなんですよ」

「そ、そんなのあるんだ……あ、ありがとうございます」

「いえいえ、お礼なんて結構です。また暫くしたら電話しますんで、その時にその……おっとまだマシンの名前を言ってませんでしたね。その“ゾンビホイホイ”の使用感を聞かせてください」

「え?……“ゾンビホイホイ”?」

“ゾンビ”という単語に反応したネスが思わず復唱すると、アップルキッドが「はい」と答える。

「死骸を使うわけですからね、こういうネーミングがベストかなあと。それにそのマシンの特性上、本物のゾンビとかがいれば、虫や鼠とかと同じ様に駆除出来ると思いますし」

「え、ええっ!? ほ、本当ですか!?」

思わず立ち上がりながら叫んだネスに、電話越しのアップルキッドは笑い声を上げた。

「ハハハ、もし本当にゾンビがいれば、ですよ。そんなの本当にいるわけないじゃないですか。まっ、とりあえず届いたら使ってみてください。それじゃ、また次の発明に取り掛かりますんで」

「あっ! ち、ちょっと待ってアップル……」

今の自分達の状況を聞いてほしいと、ネスはアップルキッドを呼び止めかけたが、無情にも電話は切れてしまった。

無機質な回線の音が鳴り始めた電話を暫し見つめた後、ネスは椅子に座り直したジェフを見やる。

「ジェフ、どう思う?」

「どう思うって……ハッキリ言って眉唾物だね。“ゾンビホイホイ”なんて……そんなの、本当に効くのかよ?」

「さ、さあ、僕には分からないよ。でも、アップルキッドは自信あったみたいだし……やっぱり……」

「へえ、アップルキッドってのは、そんなに優秀な科学者なのかい?」

どこか皮肉るような口調で訊いてきたジェフに、ネスは「うん」と頷いた。

「僕は科学者じゃないから具体的な事は分からないけど、凄い人だと思うよ。前にも彼の使ったマシンで、助かった事があるしね」

「ふ〜ん……なら、使ってみる価値はあるんじゃないか? 他に方法も無いんだしさ」

「そう……だね。でも、今のこのスリークに、特急便なんて届くのかなあ?」

「ああ、それは僕も思った。まっ、その『エスカルゴ運送しっかり特急便』って奴次第だろうな。いずれにせよ、こっちから何か出来る訳でもないし、僕らは僕らに出来る事をしようぜ」

「僕らに出来る事?」

「そう。あんまりハッキリとは聞こえなかったけど、その“ゾンビホイホイ”ってのは、テントとかで使うのが良いんだろ? 確か、このホテルの前に大きなテントがあったじゃないか。あれを使わせてもらえるかどうか、町の人に交渉してみるべきだと思うんだ」

「あのテント? う〜ん、それは難しいと思うなあ」

「何で?」

「いや、あのテントさ。『ゾンビ対策本部』って人達の集まりなんだよね。前に聞き込みに言った事あるんだけど、大人の人達が喋ってばっかりで、僕の話なんか全然聞いてくれなかったんだよ」

「……はあ、典型的な無意味な集会だな。そんな連中に、この事を話しても信じてもらえそうもないか。となると別のテント探し……あるいは僕らで材料を集めてどこか適当な場所にテントを張るって方法もあるな。そこまで難しい事でもないだろうし」

「あっ、それ良いね。丁度、町の南に広い場所があったし、その辺りにでも……」

ネスがそこまで言った時、バスルームの中からドライヤーを使う音が聞こえてきた。入浴を終えたポーラが、髪を乾かしているらしい。

と、その途端ジェフがいきなり立ち上がると、自分のバックを持って部屋の出口へと向かう。

「あれ? ジェフ、どうしたの?」

「ああ、ちょっと用事を思い出したんだ。十分ぐらいで戻るよ」

「……え?」

「じゃあな」

戸惑うネスに手を振りながら、ジェフは部屋を出て行った。後に残されたネスは、ジェフの言葉の意味を考えて首を捻る。

「用事を思い出したって……何の用事だろう? このスリークで、ジェフの用事がありそうな場所なんて……」

彼がそんな風にブツブツと独り言を呟いていると、バスルームの鍵が開く音が聞こえた。

「おまたせ、ネス。ごめんなさい。久しぶりだったから、つい長くなっちゃったわ」

「ううん、、別に構わな……っ!?」

そう言いながらバスルームから出てきたポーラに、ネスは自然と視線を向ける。が、次の瞬間、慌てて眼を逸らしてしまった。

「?……ネス?」

「あ……あ、いや……その……」

――――風呂上りの火照った顔に、暑さの為か若干着崩したパジャマ姿のポーラ。

何故か判らないが、そんな彼女をネスは直視する事が出来ず、明後日の方向を見たままの姿勢を維持しなければならなかった。

「どうしたの、ネス? 壁の方なんか見て?」

「いや、別に……何も……」

――な、なんなんだ……? 似たような格好のトレーシーなら、何回も見てるってのに……なんで、こんな……。

妙に顔が熱く、心臓がずっと早鐘を打っている。息苦しさも感じるが、不思議と不快ではない。彼が、今までに経験した事のない感情だった。

と、ネスがそんな未知の感情を持て余していると、徐にポーラが彼の隣に腰を下ろした。

ベッドのスプリングが軋み、その音で思わずネスは彼女へと振り返る。当然といえば当然だが、そこには彼女の顔が間近にあった。

「っ!?」

「どこか具合悪いの? なんだか変よ?」

「あっ……え……ぼ、僕お風呂!!」

耐えがたい居た堪れなさを感じ、ネスはそう叫ぶとリュックを掴んでバスルームへと飛び込んだ。大急ぎで鍵を掛け、荒い息をつきながら鏡台を見る。

そこに映っていったハッキリと赤くなっている自分の顔に、彼は左胸を手で押さえながら問いかけた。

「本当に……なんなんだよ?……一体……これは……?」

 

 

 

 

――――そう問いかけながらも、ネスは薄々その感情の正体に気付きかけていた。けれども彼は無意識の内に、その真実から眼を背け、耳を塞いでいた。

――――その結果、そう遠くない未来に悲劇が起こる事を、彼はまだ知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

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