〜エピソード19〜

 

 

 

 

 

 

「あ〜あ、少しくらい信じてほしいよなあ」

「本当」

揃って落胆しながら歩くネスとポーラに、やや後ろを歩いていたジェフが苦笑交じりに言う。

「けどまあ、当然と言えば当然の反応だよ? 詳細も分からないマシンの話、ましてや子供が言う事なんか中々信じてもらえないものさ。せめて実物があれば、まだマシだったんだろうけど」

「それはそうだけどさあ。もうちょっと親身に聞いてくれても良いと思わない?」

「そうよ。あの人達だって、何か良い考えがあった訳でもなさそうだったし……大人とか子供とか関係なく、大勢で対策を考えるべきじゃないのかしら?」

「確かにな……そういうのが、大人のダメな点なんだろうよ」

二人の不満に同意したジェフは、大きな溜息をついて後ろを振り返り、今出てきたばかりのテントを見やった。

ホテルでの休息から一夜明け、三人は早朝から『ゾンビ対策本部』のテントを訪れた。

しかし、ある程度予想していた事ではあったが大人達は彼らの話を全く聞こうともせず、けんもほろろに追い返されてしまったのである。

確かにこちら側の話――“ゾンビホイホイ”の話は眉唾ものだろうが、それにしたってもう少し耳を傾けてくれても良いのでは、というのが三人の正直な感想だった。

「これじゃ、あの人達と交渉するより僕らでテントを張った方が早いかもな。まっ、それならそれで、今度はテントの材料と張る場所って問題が出て来るけど」

「テントの材料かあ……こんな町で手に入るのかなあ?」

「う〜ん、日常生活に必要な物資すら不足してるみたいだし、中々難儀よね。でも、探すだけ探してみましょうか」

「だな。じゃあ、とりあえず店にでも行って……うん?」

ふと遠くの方を見やりながら、ジェフは言葉を切る。そんな彼に、ネスが訊ねた。

「どうしたの、ジェフ?」

「いや、あれ…………テントだよな? あれ、使わせてもらないかなって」

「え?」

「テント?」

ネスとポーラは、ジェフが指を指している方向に顔を向ける。

そこは丁度、彼ら二人が初めてこのスリークにやってきて、トンブラと別れた場所辺りだった。そして、そこには確かにテントらしき物体が見えている。

距離がある此処からではハッキリと分からないが、少なくとも『ゾンビ対策本部』のテントと同じくらいの大きさはありそうだ。

「本当だ……テントだ」

「……テントね」

「おいおい、なんだよ二人して? あのテントが気に入らないのかい?」

「い、いや別に……」

「そういう訳じゃ……」

戸惑いを覚えたネスとポーラは、訝し気なジェフに対して曖昧な言葉を返す。

「なら、早く行ってみようぜ。誰かいるなら交渉しなきゃならないし、いないなら持ち主を探す必要があるからな」

そう言うなり、ジェフは二人を置いてさっさとテントの方へと走り出してしまった。そんな彼を、ネスを慌てて呼び止める。

「あっ、ジェフ! 走ったら危ないって!」

「大丈夫! 今はバケモノの姿も見えないから! 二人も早く来いよ!」

叫び返したジェフの言葉通り、確かに周辺にゾンビ達がいる様子は無い。

それを察したネスがポーラを見ると、彼女は心得たとばかりに頷く。そして彼らは、どちらともなく走り出し、ジェフの後を追った。

「ねえ、ポーラ?」

「……ええ」

その最中、消えぬ疑問に耐えかねてネスがポーラに訊ねると、彼女は彼の言葉を先取りして答える。

「私達が此処に来た時、あんな場所にテントなんて無かった。それは今でもハッキリ覚えているわ」

「そうだよね。まあ、あれから数日経ってるから、誰かが張ったって考えたら不思議では無いんだけど……」

「……こんな状況で、町の人達がテントを張るなんて不自然……でしょう?」

「うん」

そうなのだ。今のスリークの状況からして、あんな町はずれに誰かがテントを張るなんて、あまりにも不可解なのだ。

あの辺りは、バケモノ達の危険性が高い場所。それをネス達は身を持って知っている。何かの保管場所にせよ避難場所にせよ、とても適している場所とは思えないのである。

「気を付けた方がいいね」

「ええ。……でもジェフってば、随分張り切ってるわね。どうしてかしら?」

少しずつ距離を詰めているとはいえ、未だかなり前を走っているジェフを見ながら、ポーラは独り言のように呟いた。そんな彼女に、ネスは言う。

「あれはきっと、早く“ゾンビホイホイ”って奴の性能を見てみたいんだと思うよ。なんだか興味ありそうだったし」

「ああ……そういう事ね」

納得した様子でポーラはそう呟くと、それ以降は何も喋らず、ただ前を向いて走り続ける。

ネスもそれに倣って無言で走り、やがてジェフに合流すると、三人でテントへと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ、結構しっかりしたテントじゃないか。これなら、申し分ないんじゃないか?」

「そうだね。じゃあ、誰かいるか確認してみよう。……すいませーん! 誰かいますかー!」

「いませんかー!」

テントの入り口前までやってきたジェフとネスが、揃って中に呼びかける。そんな二人の背中を見やりながら、ポーラは何の気なしに周囲を見渡した。

やはりというべきか、辺りには全く人の気配が無い。こんな所に立っているテントが、猶更不可解だと彼女は思った。

――ひょっとして、このテント……いえ、まさか、そんな…………っ!?

不意に浮かんだ不吉な考えを打ち消そうとしたポーラだったが、直後に全身を奔った感覚に息を詰まらせる。

幼い頃から、馴染みのある感覚だ。所謂“予知”と呼ばれる感覚。その中でも、これは危険を知らせるものであった。

「ネス! ジェフ! 離れて!!」

ポーラがそう叫ぶのと、怪訝そうにネスとジェフが振り返った事、そしてテントの入り口に突如として巨大な両眼と口が浮かび上がったのは、殆ど同時だった。

反射的にポーラは右手の指先に精神力を集中し、“PKファイアーβ”を試みた。テントのモンスターであるが故に、炎に弱いという判断の元である。

放たれた一条の炎は、咄嗟に左右に飛び退いたネスとジェフの合間を通り抜け、バケモノテントへと迫る。

だが、後僅かで直撃するといったところで、突然バケモノテントの口から何かの液体が発射された。そしてそれは、ポーラの“PKファイアーα”とぶつかり相殺する。

「な、何!? 今のは一体……!?」

「くっ……なら、これで!」

思わぬ事態に動揺したポーラが呟くと、ネスがフルスイングの打撃をバケモノテントへと放つ。

だが、テントであるが故か、ネスのバットが当たっても奴は堪えた様子はない。それどころか攻撃によって接近していた彼に、先程の液体を発射した。

「うわっ!? な、何だよ、これ!?」

「ネス!?」

「だ、大丈夫か!?」

「く、くっついて動けない……!! くそっ……!」

黄色の粘着性のある液体を全身に浴びたネスは、そのネバネバに身体の自由を奪われてもがく。

そんな彼に向けて、突然バケモノテントの一部が伸びた。身動きできないネスにそれを避ける術は無く、腹部に強烈な一撃が命中する。

「ぐあ……!」

「ネス!!」

思わずポーラは悲鳴を上げた。打たれ強いネスであるが、流石に応えたらしく蹲ったまま呻き続けている。

「くそっ!」

上着の内側から銃を取り出したジェフが、その銃口をバケモノテントへと向け、トリガーを引く。そして発射された弾丸は、正確に奴の眼を直撃した。

その後も彼は手を休めることなくトリガーを引き続け、銃を連射する。正確無比なその射撃は、全弾バケモノテントの口や眼に命中した。

けれども、バケモノテントは少しもダメージを受けた様子を見せない。どうも物理的な攻撃は効き目が薄いようだ。

「ええい! なんなんだよ、このバケモノは!!」

「ジェフ! 私がやってみるわ!」

苛立ち交じりに吐き捨てたジェフにそう言うと、ポーラは右手の掌を突き出しながら精神集中をする。すると、その掌の周囲に青白い冷気が生まれ、それを確認したポーラは叫んだ。

「“PKフリーズβ”!!」

その叫びに呼応するかのように、彼女の掌を纏っていた冷気が風を纏い、強烈な氷の嵐となってバケモノテントへと襲い掛かる。

これが、ポーラの最も得意としているPSI、“PKフリーズ”である。“PKファイアー”程に広範囲を攻撃できないが、威力に関しては大きく上回る。

だが、やはりテントに氷は効き目が薄いのか、バケモノテントはまともに“PKフリーズβ”を受けても僅かにたじろぐ様子を見せただけだった。

“PKファイアー”のようにあの液体で防がれないだけマシだが、それでも有効打には程遠い。

――それなら……!

ポーラは素早く決断すると、右手の人差し指を上空へと掲げる。暫くの精神集中の後、彼女はその指をバケモノテントへと突き付けながら叫んだ。

「“PKサンダーβ”!!」

その叫びの直後、空に雷鳴が轟くと共に二筋の稲妻が奔り、バケモノテント目掛けて落ちてきた。

しかし、稲妻達は奴から僅かにズレてしまい、大地へと続け様に落ちて地面を抉るだけの結果に終わる。それを見たポーラは、珍しく舌打ちをして苛立ちを露わにした。失敗である。

“PKサンダー”は上空から攻撃できる性質上、彼女の使えるPSIの中でも不意打ちを狙いやすく破壊力も悪くはない。

だが、“PKファイアー”や“PKフリーズ”よりも制御が非常に難しく、現在のポーラでは狙いを正確に定める事が出来ないのだ。

攻撃対象が多ければ、まぐれ当たりも期待できるのだが、生憎と今は一体のみ。それでも図体が大きいので、もしや、とも思ったのだが、それは浅はかだったようだ。

「マズイわね。全部のPSIが効かないとなると…………きゃっ!?」

「ポーラ!!」

焦りと戦慄で動きを止めていたポーラに、バケモノテントが例の液体を発射する。慌てて回避しようとした彼女だったが反応が遅かったために、右足を取られてしまった。

「しまった……と、取れない……!」

ポーラ重くなってしまった右足を何とか自由にしようとするが、いくら力を込めてもまるでネバネバから抜け出せる気配が無い。

必死に右足を動かしながら、彼女は唯一行動できるジェフに頼んだ。

「ジ、ジェフ。わ、私のことはいいから、早くあのテントを……!」

「そ、そりゃ僕も倒せるのなら倒したいけど、銃が効かないとなると…………っ! よし、あれを試してみるか!」

何かを閃いたのか、ジェフは小型のロケットらしき物を取り出すと、それに何か丸い物体を括りつける。

「何なの、それ?」

「これは攻撃用道具“ペンシルロケット”さ。で、この括りつけたのは……説明するより見せた方が早いな。行けえっ!」

絶叫と共に、ジェフが“ペンシルロケット”をバケモノテントへと発射する。すると奴は、またあの液体を発射し、“ペンシルロケット”を撃ち落とそうとしてきた。

だが、液体が“ペンシルロケット”に届く直前、それに括りつけていた丸い物体が光ったかと思うと、大きな破裂音と共に爆発する。

それによってバケモノテントが発射していた液体を吹き飛ばされ、奴の口や眼に飛び散った。

「っ! 今なら……!」

「ポーラ!」

「ええ!!」

ジェフの言葉に頷くと、ポーラは再び“PKファイアーβ”を試みる。今度は防がれることなくバケモノテントへと届いた炎は、一瞬の内に奴全体を覆い、同時に不気味な音が周囲に響き渡った。

それがバケモノテントの断末魔だと判断した刹那、燃やしつくされていく奴の中身が見えてくる。それを見た途端、ポーラは思わず竦みあがった。

――……ゾンビ……。

テントの中では、数体のゾンビが奴と同じように炎に包まれていた。どうやら、このバケモノテントはゾンビ達が何かの力で動かしていたらしい。すると先程の断末魔も、ゾンビのものなのだろう。

「……安らかにな」

皮肉にも火葬と言うべきものとなった眼前の光景に、ジェフが独り言のようにそう呟いた。

そんな彼に相槌を打つかのように、ポーラは両手を胸の前で強く握りしめ、消えゆく亡者達の冥福を祈った。

 

 

 

 

 

 

 

バケモノテントが消えても、ネスとポーラの自由を奪っていた奴の液体は消えなかった。しかし戦闘がいなくなり、じっくりと考える時間が出来たおかげで、程無くそれの解決策も浮かんだ。

ポーラは自分の右足に向け、出来る限りの手加減をした“PKフリーズα”を放つ。すると、纏わりついていたネバネバがみるみるうちに固まっていった。

それを確認した彼女が、固まった液体をフライパンで何度か叩くと簡単に砕け散り、彼女は自由になる。

同じ要領でネスも開放すると、彼は一息ついた後、申し訳なさそうにポーラとジェフに言った。

「はあ……ゴメン、二人共。僕、今回なんにもできなかった」

「気にしないで。ネスだって無敵じゃないんだし、こんな事もあるわよ」

「そうそう。まっ、たまには僕らに出番を譲ってくれたって、バチは当たらないって事さ。お陰で、実験のデータも取れたしね」

「実験って、さっきロケットみたいなのに何かをくっつけて飛ばした奴の事?」

「ああ。あの“ペンシルロケット”はまだ威力に難があるから、それに小型爆弾……つまり“ボム”をくっつけてみたんだ」

「ボ、ボムって、ジェフ、貴方そんなものを作れるの?」

驚いて訪ねたポーラに、ジェフは軽く笑いながら頷く。

「それ程難しいものじゃないさ。そりゃあ大型になると話は別だけど、あれぐらいのだったら材料だってすぐに手に入るし、作るのも時間はかからないんだ。まず最初の準備は……」

「あっ、そ、それよりさ! あのゾンビって、“ゾンビホイホイ”に使えるんじゃないかな?」

難しく長い話になると感じたネスが、慌てて話題を変える。するとジェフはすぐにその話題に乗り、焼却されたゾンビ達を見た。

「ああ……そうだな、確かに使えるかもな。少し気が進まないけど、腕か足を一本貰っていくか……ん?」

「どうしたの、ジェフ?」

「いや……なんだ、あれ?」

そう言って指差したジェフの示す所に、ネスとポーラは視線を向ける。丁度バケモノテントの中心部だった所だろうか。そこには、小さなゴミ箱らしき物が転がっていた。

それを見た三人は誰ともなく顔を見合わせ、一様に怪訝な表情を浮かべる。暫しの沈黙の後、ネスが呟いた。

「あのゴミ箱……なんで燃えてないの?」

「そう。僕もそれが気になった」

「炎を浴びなかった……とは考えにくいわね。ゾンビ達はみんな浴びてるんだし」

――――ただのゴミ箱ではない。

同じ結論に辿り着いた三人は、揃ってゾンビの亡骸の間を通りながらゴミ箱へと近づいた。

近くで見ても、見た目はなんら変哲のないゴミ箱である。しかし、この状況ではそれが逆に違和感を覚えた。

「モンスター……でもないみたいだな」

バットで軽くつつきながら、ネスがそう言う。これまで何度かゴミ箱の中に隠れたモンスターと戦った事があるが、一切動かないところを見るに、そいつらとは違うらしい。

「けど、やっぱり焦げ跡一つないわ。どう考えても、ただのゴミ箱とは思えないわね」

「となると、中を見てみるしかないか。ポーラ、君は万が一の事があるから、少し離れててくれ。ネス」

「分かった」

頷いたネスと一緒に、ジェフはゴミ箱を立たせた後、静かに蓋を外す。そして二人して恐る恐る中を覗きこんだ。

「あっ! 何かあるぞ!」

「本当だ!……って、空きビン?……いや、中身は入ってるか」

底に転がっていた小さなビンを見つけ、ネスは手を伸ばしてそれを掴む。そしてゴミ箱の中から取り出して間近でビンを見た瞬間、反射的にビンから顔を背けた。

「うえっ!?」

「ど、どうした、ネス!?」

「っ……見れば分かるよ」

そう言いながら、ネスはまるで押し付けるようにビンをジェフへと手渡す。そんなネスを不思議に思ったジェフだったが、ビンの中身を見た瞬間に彼の気持ちが分かった。

「う……これは……きついな……」

「?……何なの、そのビン?」

「あ……ポ、ポーラは見ない方が良い」

「同感」

ビンの中身は、あのバケモノテントが噴き出してきた液体らしきものと、それと一緒に入っている大量のハエだった。正直見ているだけで気分が悪くなるもので、とても女の子には見せられない。

言葉に出さずとも、そう意見が一致したネスとジェフは、興味を示すポーラを制しつつ、このビンの処理を話し合う。

「どうしよう、これ? どう考えてもゴミだし、やっぱり捨てる?」

「ああ、僕もその意見に賛同したい気は山々なんだけど……ちょっと引っかかるんだよな」

「引っかかる? 何が?」

「いやさ、これが入ってたのは、このゴミ箱。で、このゴミ箱があったのは、あのバケモノテントの中だ。そして、あのバケモノテントの中にはゾンビ達がいた。つまり……」

「つまり?」

「これはもしかすると、ゾンビ達の秘密……一番考えられるのは好物かな。まあ要するに、あいつらの弱点とかに繋がるかもしれないって事さ」

「えっ!?……ゾンビって、こんなの食べるの!?」

「あくまで可能性だよ。でも、そこまで低い可能性でもないと思うよ」

「そう……かなあ……?」

思い切り顔を顰めたネスは、再びビンの中身に眼を向けた。

よくよく見てみると、液体の色は蜂蜜のような色をしていて、それだけを見れば食べられそうな感じがしなくもない。

だが、やはりその中に混じっているハエの存在が全てを台無しにしていた。ハッキリ言って、どんなに空腹だったとしても絶対に食べたくない。きっと大半の人なら、同じ感想を抱くだろう。

「う……まあ、ゾンビの食事なんて分かんないしね。でも、もし本当にジェフの言う通りだとしたら、あいつらに対してのエサになったりするかも」

「そう、まさに僕が言いたいのはそれさ。なので、やっぱりここは持っていくべきだと思うんだ。という事で……はい」

「えっ!? ぼ、僕が持つの!?」

半ば突き返される形でビンを渡されたネスは、ジェフに抗議の視線を向ける。するとジェフは、どこか空々しい笑顔と共にネスの肩を叩いた。

「やだなあ、僕らのリーダーは君じゃないか。貴重品はリーダーが持つのは筋ってもんだろ?」

「そ、そうかなあ? う〜ん……分かったよ」

かなり無茶苦茶な理論な気がするが、尤もらしいような気がしなくもない。そう思ったネスは、気乗りしないながらも了承した。

そしてビンの蓋を強く締めると、恐る恐るリュックの中に入れる。万が一にでも蓋が開いて中身が出たりしたら大惨事なので、出来る限り衝撃の少ない箇所に余裕を持って収めた。

「これで良し、と。さて、これからどうしようか? 結局テントは無くなっちゃったし、またテント探しかなあ」

ネスが誰ともなしにそう呟いた時だった。微かだが車のエンジン音が遠くから聞こえ、三人はそう方向――ツーソンに繋がるトンネルの方へと視線を向ける。

「え? 車?……ツーソンから誰か来るのか?」

「まさか。だってまだ、あのトンネル幽霊が出ててバスだって走ってないって話だよ?」

「でも……どう考えても車の音よね、これ」

ポーラのその呟きを肯定するかのように、トンネルの中から一台の車が飛び出してきた。

赤と白を基調とした、小型トラック。町でよく見る貨物車のようだとネスが思った時、不意に彼の脳裏に答えが浮かぶ。

「もしかして、あれが『エスカルゴ運送しっかり特急便』?」

「あっ……そうか、それっぽいな。どう見てもあれ、貨物車だし」

「本当に来たって事?……あ、こっちに来る!」

道なりに走っていたトラックが、不意に車道を外れると明らかに三人のいる場所へ向けて走ってくる。

それに対して一瞬身構えた三人だが、しっかりとトラックが徐々にスピードを落としてきているのが分かると、とりあえずその場に留まる事にした。

やがてトラックは三人の近くで制止し、運転席に座っていた青年が小包を抱えて降りてきた。

「お待たせしました! 『エスカルゴ運送しっかり特急便』でーっす! え〜と、ネスさんですよね?」

「えっ!? あ、は、はいっ! そうですけど…」

「いや〜トレーシーちゃんの言ってた通りの子だね。簡単に見つけられたよ」

「ト、トレーシー!?」

いきなり出てきた妹の名に、ネスは素っ頓狂な声を上げる。しかし、それも束の間、とある事に思い当たった彼は運送員に訊ねた。

「もしかして、そちらでトレ……あ、いや僕の妹がバイトを?」

「あれ? 知らなかったんですか? ちょっと前から働いてもらってるんだけど、まだ小さいのにしっかりしてるよ、トレーシーちゃんは。今回もお届け先が自分のお兄ちゃんだって知ると、特徴を教えてくれてね。こうして早く君を見つけられたってわけさ」」

「そ、そうなんですか……あ、あの妹がお世話になってます」

「いやいや、むしろこっちが大助かりだからね。良く出来た妹じゃないか。……っと、いけないいけない、仕事仕事。アップルキッドさんからお届け物です。こちらにサインを」

差し出された紙の記入欄にネスがサインをすると、運送員はそれを大事にしまう。

「ハイ、確かに。ありやとやんしたー!」

そう言って運送員は素早く運転席に戻ると、ガラス越しにネス達に頭を下げ、トラックを発進させる。そして来た時と同じように、平然とトンネルの中へと消えていってしまった。

あまりにも普通な遣り取りに、ここ暫く非現実的な日常を送っていた三人は戸惑い、暫し無言でその場に立ち尽くす。それからややあって、三人は誰からともなく顔を見合わせた。

「な、なんだろう? なんだか、上手く頭が回らないんだけど……」

「ああ、僕も同感だ。色々とツッコミたいところが多くて、何から言っていいのか分からない」

「で、でもまあ、とりあえず“ゾンビホイホイ”が届いたから、良かったんじゃないのかしら?」

苦笑交じりに言ったポーラのその言葉に、ネスとジェフも苦笑しながら「そうだね」と返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後八時。前回より一時間早い事も手伝ってか、ダイヤルを回す手は軽やかだ。

ただ、要件の事を考えると、少しばかり照れを感じずにはいられない。無意識に自身の頬を指先で掻きつつ、ネスは受話器を耳に当てた。

すると前回と同じく、まるで待っていたかのように、相手側が電話に出る。

「もしもし?」

「あ、ママ? 僕だよ」

「まあ、ネスちゃん! どう、冒険の旅は?」

「あ、うん……ちょっと大変な事があったけど、今は落ち着いたところ」

「へえ、大変な事って?」

「えっと……」

流石に捕まって監禁された事を話す気にはなれず、ネスは有り触れた苦労話のように真実をぼかして母親に近況を伝える。

すると母親は、何度も相槌を打ちながら、熱心にネスの話に聴き入った。

「へえ……まあ……そう……それは大変だったわね」

「まあね。でも、とりあえず終わったからさ、今はちょっとだけのんびりしてるところ」

「フフ、それは良かったわ。……で、それを伝える為に電話したの?」

「あ、いや、まあ、それもあるんだけどさ。その……トレーシーと代われる?」

「え、トレーシー?……ああ、ちょっと今お風呂で…………あら、トレーシー! お兄ちゃんから電話よ」

どうやら、丁度良いタイミングだったらしい。トタトタと落ち着きのない足音が電話越しに聞こえたかと思うと、久しぶりに聞く妹の声がネスの耳を打った。

「お兄ちゃん!」

「おお、トレーシー、元気か?」

「うん!」

弾んだ声で返事をした妹に、ネスは知れず笑みを零す。

「悪いな、風呂上りに。でもまあ、ちゃんとお前にお礼を言っておきたくてさ」

「お礼?……あっ! もしかして、“ゾンビホイホイ”とかいうのが届いたの?」

「そうそう、それそれ。前にママに聞いてたけど、アルバイト始めたんだってな。運送員さんが、お前の事を褒めてたよ。評判良いみたいじゃないか」

「えっ、本当? エヘヘ、嬉しいなあ。……でも、お兄ちゃん、ママから聞いてたんなら、もうちょっと早く連絡くれても良かったんじゃないの?」

「ははは、それを言うなって。こっちも結構忙しくてさ。けどまあ、助かったよ。あの“エスカルゴ運送”って、結構便利そうじゃないか」

「うん! 電話一本で、何処にでも配達の依頼を受けつけてるんだ。あっ、そうだ! お兄ちゃんに、番号教えとくね。そうしたら、これからいつでも利用できるから」

「お、そいつは助かるな。ちょっと待ってくれ、えっとメモメモ……良いぞ」

「良い? 番号はね……」

トレーシーが言った番号を、ネスはしっかりとメモする。その後、数回確認を終えると、改めて彼は妹に礼を言った。

「サンキュー、トレーシー。これから大いに利用させてもらうよ」

「エヘヘ、任せて♪……って言っても、私がするのは受付のみだけどね。でも、お兄ちゃんの冒険の役に立てるなら嬉しいの。だから、お兄ちゃんも頑張ってね」

「ああ。明日にはきっと新しい場所にいけるだろうし、頑張るさ」

数時間前、“ゾンビホイホイ”を『ゾンビ対策本部』に持っていき、ジェフの交渉の甲斐あって作戦実行に至った経緯を思い出しつつ、ネスはトレーシーからの激励に応える。

「さてと、そろそろ切るな。お前、もうすぐ寝る時間だろ?」

「ううん、最近はもうちょっと起きてる。アルバイトしてる分、自分の時間が減ってるから。これから宿題するの」

「そっか。まっ、あんまり無理するなよ」

「お兄ちゃんもね。じゃあ…………あ、お兄ちゃん」

「?……なんだ?」

少し間があった為、受話器を置こうとしたネスは、不意に声の調子が変わった妹に訊ねる。

「また……電話してね」

「っ…………了解、可愛い妹が待ってるんだからな」

「後、大好きなママがね」

「!……トレーシー、お前な……」

「バイバ〜イ♪」

思わず文句を言おうとしたが、トレーシーは殊更明るく別れの挨拶を言うと、さっさと電話を切ってしまった。

コロコロと態度を変えた妹に対して、ネスは腹が立つやら呆れるやらだったが、やがて大きく息を吐きつつ苦笑した。

「……また一息ついたら、お土産でも買って送ってやるか」

言い終えた彼は、清々しい気持ちで受話器を戻す。

――――やはり、家族への電話は気持ちが安らぐ。

改めてそう感じつつ、ネスは宛がわれたホテルの一室へと戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

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