〜エピソード20〜

 

 

 

 

 

三分間が、これ程までに長く感じたのは初めてだった。

加えて一言も話す事が出来ないのだから、余計に長く感じられる。

正直、これまで幾度となくあった数々の戦いよりも、遥かに苦痛を伴う事であった。

――後、どれくらいだよ?

心の中でそう悪態をついたネスは、チラリと横にいるポーラとジェフを見やる。すると、二人共それほど苦痛ではないのか、眼を閉じた状態で静かに佇んでいた。

――ポーラもジェフも凄いなあ…………ああ、しんどい。まだ三分経たないの?

溜息の一つや二つもつきたくなるが、今は耐えるしかない。改めてネスがそう思った時、待望の瞬間が訪れた。

「よーし、入れ!」

どこからともなく聞こえてきた声と共に、眼前にあった機械的で巨大なドアが開いていく。と、それを見た途端、ネスの緊張の糸が切れた。

「!……ぷはあっ!」

ようやく苦行から解放され、ネスは大仰に項垂れつつ息を吐き出す。そんな彼を見て、ポーラとジェフがクスクスと笑った。

「もう、ネスってば。まるで水の中で息を止めてたみたい」

「君はこういうのが苦手そうだからな。まっ、頑張ったんじゃないか?」

「……二人は平気だったの?」

なんとなくバカにされてるような気がして、ネスは少しばかりいじけた調子で訊ねる。

「ええ」

「これくらい軽いさ」

「っ……あっそ」

二人に即答されたネスは、今度は本心からの溜息をついた。と、そんな彼の被っていた帽子の中から、間の抜けた声が響く。

「ねすさん、にんたいたりない」

「……余計なお世話です。第一、なんだよ? ただ三分待つだけの合言葉って。そんなの合言葉って言う?」

そう言いながらネスは、帽子を少しだけ持ち上げる。するとその中には、何とも奇妙な一頭身の生物が入っていた。

「なかまをにんしきするのがあいことばです。だから、これもりっぱなあいことばです」

「あっそ。……で、“どせいさん”。君の仲間はこの中にいるんだよね?」

「そうです。きっと、おくのおくです」

「了解」

浮わついてた気持ちを引き締め、ネスは再び帽子を被る。次いでジェフとポーラに目配せをすると、二人も神妙な顔つきで頷き返してきた。

「行こう」

「ええ」

「ああ」

そんな短い応答の後、一行は今しがた開かれたばかりのドアを通りぬけていく。図らずも巻き込まれた、スリークの事件に終止符を打つために。

 

 

 

 

 

 

 

 

アップキッド特製の“ゾンビホイホイ”の効果は絶大だった。

『ゾンビ対策本部』テント内部が見るに堪えない光景になる程に、大量のゾンビ達を捕獲する事が出来たのである。

それに伴い、スリークをたむろしていた他のバケモノ達も姿を消した。どうやら、奴らはゾンビ達が操るなり連れてくるなりしていた連中だったようだ。

これによって一時的にだが町の治安は回復し、未だ交通機関はストップしているものの、これまで程の脅威はなくなった。

ならばと思ったネス達が、以前に目的地としていた墓場の奥へと向かうと、話に聞いていたとおり何処かに続いている通路を見つけた。

躊躇いなくその通路を進みバケモノ達(ここまでは“ゾンビホイホイ”の効果が無かったらしい)と戦い続けた三人は、道中で重要な出来事に遭遇した。

緑色のネバネバに顔があるだけの、全身から悪臭を放つバケモノ。その悪臭に悩まれながらも退治すると、バケモノはこと切れる前にこう言った。

「ああ……微かに香るこの甘美な香り……お前、『はえみつ』を持ってるな?……せめてその『はえみつ』をなめてから……負けたかったなあ。おれとかゲップー様は……『はえみつ』がだーい好きなんだ♪……グケッ……グケー!」

どうやら、あのバケモノテントを倒した際に、ジェフが指摘していた可能性が的中したらしい。

思いがけずこの一連の事件の元凶――ゲップーの弱点になり得るかもしれない物を入手していた事に、ネス達は気付かされたのだ。

事件解決の糸口を掴んだ事を喜びつつ進み続けた三人は、やがて通路を抜け外へと出る。

すると三人の前に広がっていたのは、地図にも載っていない未開の地。そしてあのバケモノ達とは違う、しかしながら同じくらいに厄介な凶暴化した動物達だった。勿論、素通りさせてはもらえない。

立て続けの戦闘に心身共に疲労しながらも、なんとか先に進み続けた三人は、ようやく休める場所へ辿り着く。

その場所の名は“サターンバレー”。人は住んでおらず、代わりに不思議な生物が生活している場所であった。

“どせいさん”と名乗るその生物達から、ネス達は重要な情報を得る。スリークの事件の犯人が、“サターンバレー”から近くにある滝の奥にある秘密基地に潜んでいるという情報である。

これまで定かではなかった目的地。それがハッキリと分かった三人は、一日の休息の後、敵の本拠地へと歩を進めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「……なんか、想像していた“敵のアジト”って奴と違うんだけど……」

「そうね。私も、少し変な気がするわ」

「確かにな。罠って感じでもなさそうだし」

機械的な基地内を歩きながら、ネス達は戸惑いの表情を浮かべていた。最初こそ手にしていた各々の武器も、今はしまってある。

本来なら、いつ戦いが起こっても大丈夫なように身構えておかなければならない状況の筈だ。けれども、この基地に入ってからというもの、一匹たりとも敵と遭遇していない。

いや、正確に言えば遭遇はしている。あのスリークからの通路にいたバケモノと、数匹出くわしてはいた。

だが、奴らはネス達が持っている『はえみつ』の臭いをかぎ取ると、仲間と勘違いしたらしく、すんなりと道を開けてくれたのだ。

「ちゃんとボスへ届けろよ」

「落として零すなよ」

「つまみ食いするなよ」

そんな注意と共に見送られつつ、三人は奥へと進んでいる。それはこれまでの冒険の中で、最も楽な道中といって差し支えなかった。

勿論、周囲にバケモノがいる以上、迂闊な言動は控えなければならない。しかし言い換えるならば、騒がず奥へと進んでおけば、何も問題がないという事だ。

既にこの基地内へ入ってから一時間。全く戦闘が起こらぬまま、ネス達は随分奥まで歩を進めていた。

「ねえ、“どせいさん”?」

「はい?」

とうとう耐え切れなくなったネスは、少しだけ帽子を浮かせ、中にいる“どせいさん”へと話しかける。

「本当に、ここが敵の基地なの? 全っ然、向こうは僕達を気にしてないんだけど?」

「それはきっと、みなさんをみかただとおもってるからです。『はえみつ』のおかげですね」

「にしたってなあ……流石に警備がザル過ぎないか?」

ネスの隣を歩いていたジェフも、“どせいさん”を覗き込むようにして口を開いた。

「らくができるんだから、これでいいんです。それより、ぼくらのともだちがどこかにいませんか? けっこう、おくまできましたし」

「え、あ……ううん、この辺にはいないみたいだな」

言われてネスは周囲を見渡すが、囚われているであろう“どせいさん”はいそうにない。此処までも注意はしていたが、それらしき姿はなかった筈である。

「そうですか。やっぱり、おくのおくにいるんですね」

「最深部って事か。まあ、囚われの身っていうのは、大抵そういうものだけど……」

「っ!? 二人とも、あれ!」

ジェフがボヤいた直後、不意にポーラが小さくも鋭い声を上げた。そして、奥のある一点を指で差しているのを目にし、二人は反射的にそちらへ振り向く。

そしてその直後、同時に息をのんだ。

「「っ!!」」

二人の眼に入ったのは、巨大且つ長いベルコンベアー。そのコンベアーの上を、ネスが持っている『はえみつ』らしき物が、一定間隔で流れている。

さらにそのコンベアーをチェックしているのか、数人の“どせいさん”の姿があったのだ。

三人は誰ともなく顔を見合わせた後、大急ぎでそのコンベアーに駆け寄る。すると“どせいさん”達も気づいたのか、揃って視線をこちらに向けた。

「あ、ともだちだ」

「たすけにきてくれたんですか?」

「よかったよかった」

「こっちもよかったです。げんきそうですね」

「え、えっと……みんなは大丈夫なんですか?」

緊張感のない“どせいさん”達の会話に戸惑いつつ、ネスは口を挟む。

「はい。ちょっとつかれてるけど、だいじょうぶです」

「たけどたいくつ。ずっとこうして、みてるだけ」

「ぶーぶー。はやくかえりたいー」

「……は、はあ……」

想像とはかけ離れていた『囚われのどせいさん』の姿に、ネスは身体から力が抜けていく気分に襲われる。

それはポーラとジェフも同じだったのだろう。苦笑交じりの溜息と共に、脱力した声で言った。

「なんだか……心配する必要なかったんじゃ……?」

「まあ……無事だったから良しとする……か?」

「は、ははは」

そんな二人につられて、ネスは乾いた笑いを浮かべる。だが、すぐにその笑みを引っ込めると、“どせいさん”達に尋ねた。

「あの、みんなは此処のボス……ゲップ―がどこにいるのか知ってますか?」

「げっぷー? あいつなら、ここのつぎのへや」

「ぼく、あいつきらい」

「ぼくもきらい。げろげろぷーんだもん」

「げ、げろげろぷーん?」

意味不明な言葉に、ネスは首を傾げる。そして、その言葉の意味を聞こうとしたのだが、そんな彼の肩をジェフが叩いた。

「?……どうしたの、ジェフ?」

「いや、なに……その『げろげろぷーん』の意味なら、わざわざ聞くまでもないって思ってさ」

「えっ? どういう事?」

ポーラが眼を瞬かせると、ジェフは鼻を手で覆いながら苦笑する。

「っ……どうやら、僕は君達より鼻が利くみたいだな。実は、いま気づいたんだけど……微かだけど、もの凄く不愉快な臭いがするんだ。多分、あっちからだ」

言いながら彼が指差したのは、奥の部屋に続いているであろう暗い通路。丁度今、“どせいさん”がゲップーのいる場所へと続く道に違いなかった。

それを理解したネスは若干引きつった表情で口を開く。

「もしかしてゲップーって……とんでもなく臭いの?」

「だろう……な」

「う……」

反射的に想像してしまったのか、ポーラが口元を押えながら呻き声を上げる。

そんな彼女を労わろうとしたネスの頭から、不意に“どせいさん”が飛びのいた。

「あ、あれ、“どせいさん”?」

「ぼくはここでともだちとまってます。みなさんはがんばって、げっぷーをたおしてきてください」

「え? え? あ……う、うん」

「がんばれー」

「しっかり」

「おうえんしてます」

「「「…………」」」

そうやって、口々に見送りの言葉を並べる“どせいさん”達を見ていると、いやでも奥の部屋に行かなければならない気がしてくる。

そんな威圧感に押されるように、ネスは通路の先を進み、彼に並ぶようにしてジェフ、そして後ろにかなり嫌そうな顔をしたポーラが続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら、ジェフの言葉に間違いはなかったらしい。暗い通路に入った途端、強烈な臭気が三人の鼻を襲ったのだ。

それは奥へと進む度に強さを増し、遂には鼻を押さえなければ足を動かす事を躊躇う程のものとなる。今までの楽だった道中とは打って変わっての難関に、ネスは思わず呻いた。

「な、なんだよ、この臭い? 戦ってもないのに体力が無くなっていく気がするよ……」

「言うなよ、ネス。本当にそんな感じするじゃないか。……あ、ポーラ、大丈夫かい?」

ふと一番後ろを歩いていたポーラに、ジェフは振り返る。するとポーラは青ざめた表情で鼻と口を覆いながら、無言で頷いてみせた。

その様子からして、彼女の様態が優れていない事が容易に分かった。ネスとジェフは互いに困った表情を浮かべつつ、どちらともなく顔を見合わせ、小声で話し始める。

「どうする、ネス? ポーラ、どせいさん達の所で待っててもらった方がいいんじゃないか?」

「えっ? いや、それは……」

ジェフの提案に、ネスは逡巡した。

確かにポーラの様態は、見るからにとても戦える状態ではない。しかし、だからといって彼女を目の届かない場所で待機させるのも、ネスには憚られた。

なにせ、彼は既に一度ミスを犯している。スリークでポーラを置き去りにした挙句、敵の罠に嵌るというミスを。

その事を考えると、出来る限り彼女には目の届く範囲でいてもらいたい。だが、今のこの状況において、それが正しい判断なのか、ネスには分からなかった。

「っ……ポーラ、戻るかい?」

本人の意思を確認する為、ネスはポーラに尋ねる。すると彼女は、一瞬考えこむ仕草を見せたが、すぐに首を横に振る。

そして、酷く苦し気ながらも、強い意志が込められた声で言った。

「ここまで来たんですもの。私も行くわ。……一人だけ待ってるのなんて、嫌よ」

「そっか。……わかった。じゃあ、頑張ろうね」

「ええ…………っ!?」

ネスの激励に微笑みを浮かべたポーラだったが、直後何かを感じたように身を竦み上がらせる。

いや、“感じたように”、ではない。彼女は確かに“感じた”のだ。彼女特有の能力、“予知”によって。

既にその事を知っていたネスは、表情を険しくしてポーラに駆け寄る。

「ポーラ!? なにを感じたの?」

「っ……いる……」

「……え?」

「すぐ傍まで来ている……多分、これが……ゲップ―……」

「それって……」

「おっと……見てみなよ、二人共。ようやく明るい所で出られそうだぜ」

ジェフの言葉に、ネスとポーラは彼へと振り向く。すると彼の言う通り、長かった暗い通路の終わりを示す、小さな輝きが見えていた。

「出口だ……となると、やっぱりポーラの感じた通り、この先にゲップーが」

「きっと、間違いないわ……こんな気配、初めて……邪悪じゃなくて……醜悪な……うっ」

「っ……益々臭いがきつくなってきたな。これはゾンビとかより、余程大変かもしれないぜ?」

手で鼻を覆いつつ、ジェフが苦笑と共に皮肉を言う。そんな彼に、ネスは溜息をつきながら返事をした。

「それでも行かなきゃ。ここまで来たんだから」

「それはそうだな。まっ、早いとこ終わらせよう。でないと、本気でこの臭いに参ってしまいそうだ」

「……同感だわ」

先程よりも更に悪い顔色で、ポーラはジェフに相槌を打つ。その様子から、限界が近づいてきているのが見て取れた。

無論、それはネスにせよジェフにせよ、似たようなものだ。一刻も早くこの場を去らなければ、身体よりも先に精神がやられてしまう。

スリークの事やどせいさん達の事は勿論だが、それと同じくらいに自分達の身を案じつつ、三人は意を決して通路の出口へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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