〜エピソード2〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

草木も眠る深夜。元々閑静な住宅街に位置するネスの家は、静寂に包まれていた。

風の音すらもしない夜中は、眠りに就くにはこれ以上ない環境である。ネスもまた、その環境の中で、静かに眠りについていた。

「……う……ん……ドラ……グーン……」

微かに身動ぎした彼の口から、そんな寝言が漏れる。

それは枕元に置いてある、彼が眠る前まで読んでいた愛読書が、彼に夢を見せている証だった。

しかし、ネスはそんな至福の夢の中から、強制的に現実へと引き戻される。突然、耳を劈く程の轟音が、窓の外から飛び込んできたのである。

「うわあっ!?」

驚いたネスは、叫び声を上げながら飛び起きる。

普段は少々寝坊助な面もある彼だが、流石にこれには眠気が完全に吹き飛び、反射的に窓を開けて外を見た。

すると、裏山の頂上付近が赤く染まっている光景が眼に飛び込んできた。次いでパトカーのサイレンが近づいてくるのを耳にする。

どうやらオネット警察名物の道路封鎖が始まったらしい。尤も、いつもの些細な事でも行う道路封鎖とは違い、今回はそれを行うだけの大騒動とみてもよさそうだった。

「か、火事かな? でも、だとしたらさっきの音は……」

そんな独り言をネスが呟いた途端、ドアがノックされる。すぐにそのノックの主を察した彼は、ドアに向けて訊ねた。

「トレーシーか?」

「うん。入って良い?」

「ああ」

いつもの溌剌とした口調ではなく、たどたどしい口調の妹の言葉に、ネスは即答する。

――これは、結構怖がってるな。

そんな彼の心推測は、ドアが開かれた瞬間に証明される。

現れたパジャマ姿のトレーシーは、完全に眠気が吹き飛んでいるらしく、開かれた両眼に恐怖の光が広がっていた。

「お兄ちゃんも、今の音で眼が覚めちゃったの?」

「まあな。凄い音だったよな。何かが落ちてくるというか、爆発したというか……」

「うん、私もビックリして……っ!? な、何あれ!?」

裏山の光景に気付いたトレーシーが、慌てて窓際にいたネスの隣に駆け寄り、窓から身を乗り出す。

「も、もしかして火事!?」

「う〜ん、僕もそう思ったんだけど……そうだとすると、さっきの音が分かんないんだよなあ」

「そっか、そうだよね。すごい音だったもん。何か大きな物がぶつかったというか、落っこちてきたというか……」

二人がそんな話をしていると、窓の外から警官の怒鳴り声が聞えてきた。ネスもトレーシーも自然と会話を止め、外へと眼を向ける。

すると、複数の警官が慌ただしく走り回り、早速駆けつけたのであろう野次馬達を相手にしつつ、大騒ぎをしていた。

「もっと人を呼べ! 隕石が落ちたんだぞ!!」

「今の所、被害は確認できていない! だが、まだ分からん! もしかしたら爆発するかもしれんのだ!」

「とにかく人員だ! 警察総出でも構わん! 大至急オネット郊外の裏山へ!!」

「ああ邪魔だ邪魔だ! 野次馬は大人しくしていろ!!」

その騒ぎは正に騒音という他なく、ネスは不快感に顔を顰める。

「あ〜あ、これじゃ当分眠れそうにないなあ……」

「本当。警察なんだから、住民の事を考えて欲しいよね」

両手で耳を抑えつつ、トレーシーがうんざりした様子で頷く。しかし、そうしつつも興味深そうに裏山の方を眺めながら言った。

「だけど隕石が落ちたとか言ってたよね。さっきの音はその音なのかなあ?」

「だろうな、他に考えられないし。それにしても、隕石かあ……」

妹と同じく興味津々に裏山を見やったネスは、好奇心がざわつくのを感じる。

隕石など、滅多に見られる物ではない。そんな物が、こんなにもすぐ近くに落ちたのだ。見に行きたくなるのが人情というものだろう。

興奮で身体が疼き、居ても経ってもいられなくなったネスは、誰ともなしに笑みを浮かべた。

「……こりゃ、行ってみなきゃな、やっぱり」

「え? お、お兄ちゃん……あ、ちょっと! ママに怒られちゃうよ!」

やにわに部屋を飛び出したネスにトレーシーが声を掛けるが、それで止まるような彼ではない。

一段飛ばしで階段を駆け下り、ネスはリビングに着く。するとそこには外の様子を窺っているママに、眠っているチビの姿があった。

「あら、ネス。なんだったのかしらね、さっきの音?」

「隕石が落ちたんだって。僕、ちょっと見てくる!」

「あ、ちょっとネス。パジャマで外を出歩いちゃ……」

「すぐに戻るって! 見て来るだけ!」

ママの注意を聞き流したネスは、玄関のドアを開ける。すると外には何台ものパトカーが散見し、盛大にサイレン音を鳴り響かせていた。

そんな喧騒の中をネスはひた走り、行き慣れた裏山の頂上へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

ネスが裏山の中腹まで辿り着くと、小屋の前で一人の男が佇んでいた。トレジャーハンターのライヤー・ホーランドだ。

知らない間柄でもないので、一応挨拶をしておこうとネスが思っていると、向こうから声が掛かる。

「やあ、ネスちゃん。パジャマ姿で隕石見物かい? 君もまあ好奇心旺盛だねえ」

「ええ、まあ……ホーランドさんは見に行かないんですか?」

「俺は宝探しが仕事だからね。隕石なんか興味無いな。今はただ、どさくさに紛れて俺の仕事を横取りする奴がいないか見張ってるだけさ」

「はあ、そうですか」

自信満々なホーランドに、ネスは呆れ交じりに言葉を返す。

――――知り合って結構な月日が経つが、未だに一つも宝を見つけたという話を聞かないのに、この自信はどこからくるのだろうか?

そんな疑問がネスの頭を掠めたものの、流石にそれを直接口にする程、彼は分別の無い子供ではない。

これ以上特に話す事も無かったので、ネスは先に進もうとホーランドに軽く頭を下げる。

「じゃあ、ホーランドさん。僕はこれで」

「ああ、気をつけてな。……そうそう、そう言えばさっき、君の家の隣の……なんて言ったっけ?」

「え……まさか、ポーキーですか?」

嫌な予感がして、ネスは思わず顔を顰めつつ訊ねる。自分の思い違いであって欲しいと願いながら。

しかし、その願いも空しく、ホーランドは何度も頷きつつ言った。

「そうそう、ポーキーちゃん! あの子が通っていったよ。あの子も君に似て物好きだねえ」

「一緒にしないでください」

吐き捨てるようにそう言うと、ネスはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――うわあ、いるよ。

頂上まで後少しという所までやってきたネスは、道路封鎖をしている警官達に混じって忙しなく動いている太った少年の姿を捉え、溜息をつく。

――――彼こそがネスの隣人であり、オネットで一、二を争う要注意人物のポーキーである。

幼い頃から迷惑を被った事は数知れず。ネスにとっては、出来る限り関わりたくない人物であった。そんな願いに反比例して、オネットで一番ポーキーと関わっているのが自分と言うのも、皮肉な話だ。

「ネス! こんな時間にパジャマで出歩いて良いと思ってるのか!?」

ネスに気付いた警官の一人が、彼に近寄りながら説教をし始める。けれども、それで臆するようなネスではなく、警官を見上げながら言い返す。

「ちょっと隕石を見に来ただけですよ。一目見たらすぐに帰ります」

「ダメだダメだ! 一般人は立ち入り禁止! 早く帰らないと家や学校にチク……じゃない連絡するぞ!」

追い払うように手を振りながらそう言われ、ネスは再び溜息をつく。

どうやら取り合ってくれるような状況ではないらしい。これではどれだけ粘ってみても無駄だろう。

仕方なくネスは踵を返し、家へ帰ろうとしたが、直後に警官に両肩を掴まれた。

「わっ!? な、なんですか!?」

「一人で帰るんじゃない! ポーキーも連れて帰ってくれ!」

「はあっ!? なんで!?」

とんでもない事を言われ、ネスは思わずタメ口になってしまう。

しかし警官はそれについて咎める事はせず、心底迷惑そうにポーキーを一瞥した後、ネスに顔を近づけて小声で囁いた。

「親友なんだろ? ポーキーがそう言ってたぞ? 俺達が言っても全然効かないんだよ、あいつ」

「そんなものになった覚えはありません。家が隣同士ってだけです」

キッパリと否定したネスだったが、警官は取り合わない。

「とにかく、何とかしてくれ。鬱陶しくて敵わないんだ。ほら! 連れて帰ってくれたら、お前の事は大目に見てやるから!」

そう言うと警官は、ネスの背中を押してポーキーの元へと促す。

抵抗しても無駄だと判断したネスは、仕方なくポーキーに声を掛けた。

「ポーキー」

「ん? なんだネスじゃないか。パジャマのままで野次馬に来るなんて、非常識な奴だな」

「これだけの警官に注意されてるのに、全然聞かない君には負けるよ」

ネスが皮肉を返すと、ポーキーは不愉快そうに顔を顰めて言った。

「チッ! 相変わらず親友に対しての礼儀がなってない奴だぜ」

「いつ、そんなものになったの?」

「ええい、とにかく早く家に帰れよネス! 隕石の事なら、このポーキー様が明日詳しく教えてやるから!」

「それはどうも。じゃあ、言われたとおり帰るとするよ。……だけど、僕だけじゃない。君も帰るんだ」

言うなりネスはポーキーの腕を掴み、来た道を引き返す。すると当然ながら、ポーキーは激しく抵抗し始めた。

「痛っ! お、おいネス! 放せよ! なにするんだ!!」

「僕だってこんな事したくないさ。けど君を帰らせないと、僕が警官に怒られるんだよ」

「なんでだよ! 俺が警察の皆様方の邪魔でもしてるってのか!?」

「良く分かってるじゃん。ほら、行くよ。どうせ君の事だから、親に無断で出てきたんだろ?」

「人聞きの悪い事を言うな! 父ちゃんも母ちゃんも出掛けてるから、ピッキーに留守番任せて出てきたんだよ!」

「ああ、そう。だったら尚更早く連れて帰らせないとね。ピッキーがかわいそうだよ、全く」

「お前! ピッキーなんかより俺の事を優先……イテテテ! 力強いな、お前! 放せよ、おい!」

「放して欲しかったら大人しくついてきなよ。……じゃあ、連れて帰りますね。さようなら」

「おお! 二人とも、早く寝ろよ!」

――――厄介者が消えた事に喜んでいる警官達に見送られ、ネスはポーキーを連れて帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」

「……ふえ……?」

あの後、騒ぐポーキーを半ば強引に家へと送り届け、再び眠りに就いたネスだったが、トレーシーの声とノックに起こされる。

今夜はどうにも安らかに眠れない。自然と苛立ちを覚えた彼は、心底不機嫌そうにドア越しの妹に訊ねた。

「なんだよ、トレーシー?」

「お兄ちゃん、聞こえないの!? 誰かが家のドアをノックしてるのよ!」

「へ?」

言われて耳を澄ませてみると、確かに下からノックの音が響いている。

乱暴且つ下品なそのノックに、ネスは聞き覚えがあった。数時間前に顔を見合わせた隣人の姿が脳裏を掠め、彼は思わず額を手で押さえつつ溜息をつく。

――またポーキーかよ……。

できれば関わりたくないところだが、そうした場合、このノックの音は永遠に鳴り止まないだろう。

渋々ネスはベッドから身を起こすと部屋を出る。すると不安そうな顔のトレーシーと眼が合った。そんな妹の頭に手を置きながら、ネスは言った。

「僕が出るよ。どうせママも怖がって出られなくて、僕を呼んで来いって言われたんだろ?」

「うん……でもお兄ちゃん、怖くないの?」

「怖くはないけど、面倒だな」

そう言うとネスは階段を下りる。すると予想通り、微かに震えている母親がいた。

「ネス、こんな時間に誰かがノックしてるのよ。出てくれない?」

「はいはい」

生返事をしつつ、ネスはドアへと向かう。そして鍵を開けながら、気怠げに言った。

「どちら様で……」

「ネス! たたたた、大変大変! 大変なんだよ!!」

言い終わらない内にドアが開かれ、案の定ポーキーが顔を見せた。

しかし、どうも相当慌ててやってきたらしく、全身から汗を流し呼吸も荒い。その尋常ならざる隣人の様子に、ネスも流石に驚いてポーキーに訊ねた。

「ポ、ポーキー? 大変って何があったんだよ?」

「何がって、何がじゃないよ! ピッキーがどうしても隕石を見たいって言うから、警官が引き上げた後に裏山に行ったんだ。そしたらよ、ヘビやらカラスやら犬やらがウヨウヨ出てきて……」

「あ〜分かった分かった。要するに……」

腐っても長年の付き合いが故、ネスはポーキーが言わんとしている事を悟り、彼の言葉を遮る。そして、ポーキーが絶対に真実を言わない事も察し、彼の代わりに言ってみせた。

「どうしても隕石が見たくて、でも一人じゃ怖いから嫌がるピッキーを無理やり連れて行ったら、動物に襲われたもんだから、ピッキーを置いて逃げてきて行方が分かんなくなった……そんなところでしょ?」

「う……とと、とにかくよ! このままじゃ俺、父ちゃんと母ちゃんに怒られちまうよ! 一緒にピッキーを探してくれ! 親友だろ!?」

「だから、いつそんなものになったの?」

「いつだって良いだろ!? とにかく一緒に探してくれ! な? な?」

「……ったく、もう」

大袈裟に泣きながら縋ってきたポーキーに、ネスはうんざりした様子で嘆息しつつ、頭を掻く。正直、ポーキーが親に怒られようと構わないのだが、ピッキーの方は放っておく訳にはいかないだろう。

兄とは違い、優しくて大人しい彼は、ネスの事をとても慕っていて、妹のトレーシーの遊び相手でもある。無下に扱える存在ではなかった。

――行くしかないか、やっぱり。

そう思ったネスは、未だ縋っているポーキーを引き離しながら言った。

「分かったよ。ピッキーが心配だから、行ってあげる」

「おお、そうか! 流石は俺の心の友! よし! それじゃ急いでいくぞ! 俺は外で待ってるから、早く準備して来いよ! 良いな!?」

途端に泣きやんだポーキーは、偉そうに命令しながら玄関を飛び出していく。相変わらずの自己中心な振る舞いに、ネスは何度目か分からない溜息をついた。

「はあ……あいつに振り回されるピッキーに同情するよ」

「まあまあネスちゃん。お隣さんなんだから、あんまり悪く言っちゃダメよ」

悪態をつくネスを、母親が軽く頭を叩きながら窘める。

「それにしても、ピッキー君が心配ね。ネス、早く行ってあげなさい。但し、今度はちゃんと着替えてね。絶対に汚しそうだから」

「うん、分かってるよ。じゃあママ、着替えてくるね。ポーキーにすぐ行くから騒ぐなって言っといて」

そう言うや否や、ネスはパジャマから着替えるべく、二階の自室へと向けて階段を駆け上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

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