〜エピソード22〜

 

 

 

 

 

バスの扉が開くのが合図であったかのように、一斉に拍手が鳴り響く。

それに対して照れながらバスに乗り込んだネス達に、スリークの人々が口々に叫んだ。

「ちびっこヒーロー達、バンザイ!」

「本当にありがとう! 今度はゆっくり遊びに来てね!」

「気をつけていってらっしゃい。無事を祈ってるわ」

「な〜に、君らは『安心ホイホイ』さ! これからもきっと大丈夫だろ! 応援してるぜ!」

絶え間なく浴びせられる、賞賛と感謝の言葉。ネス達はくすぐったくなる気持ちを抑えきれず、お互いに曖昧な笑みを浮かべながら座席へと座る。

そして窓越しに人々へと手を振ると、更に大きな拍車や歓声が巻き起こった。

これ程までに盛大に感謝された経験は、三人とも一度足りとてない。上手く受け止められず、そして対処しきれずにいる三人に、バスの運転手が笑いながら声をかけた。

「ハッハッハ! なんだかよく分からんが、大人気じゃないか! どうする? 出発するのはもう少し後にするかい?」

「い、いえ! それはいいです! ちゃんと出発してください!」

居たたまれない気分になった少々不自然な答え方をすると、ポーラとジェフも頷きで同意を示す。そんな三人を見た運転手が、また豪快に笑ってみせた。

「ハッハッハ! 嬉しさよりも恥ずかしさが先にくるか。若い証拠だね。ま、それじゃご希望通り出発しますか!」

直後エンジンがかかり、車内が微かに揺れ始める。慌てて三人は座席に座りなおすと、もう一度、窓の外を見た。

そこにあったのは、変わらず拍手と歓声で盛り上がっているスリークの人々達の姿。彼らが心から感謝してくれている事が伝わってきて、ネス達の胸に熱いものが込み上げてきた。

やがてゆっくりと三人の乗ったバスが動き出し、人々の姿が遠ざかっていく。すると気恥ずかしさも薄らいでいき、ネスは後ろの窓から大きく手を振る。

それにつられて、ポーラとジェフも控えめに手を振った。完全に人々の姿が見えなくなるまで、ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当、良かったね。町が元通りになって」

スリークを抜け、バスがトンネルへと入ったところで、ネスがそう言うと、ポーラが相槌を打つ。

「ええ。ゾンビもすっかり片付いて、変な雲も無くなって明るくなって……あれが本来のスリークなのね」

「うん。苦労してゲップーを追い払ったかいがあったよ」

「そうだな。それに、思わぬ収穫もあったみたいだしな、君には」

次の目的地であるフォーサイドのガイドブックを読んでいたジェフにそう言われ、ネスは頷くと懐から“音の石”を取り出す。

――これで三つか。順調……ってことでいいのかな?

サターンバレーで疲れを癒し、いざフォーサイドへと向かおうとした時、彼は“どせいさん”から一つの情報を聞かされた。

温泉があった場所から続く洞窟の先に、彼らも一度たりとて足を踏みいれたことのない場所があるらしい。

その場所の名は『ミルキーウェル』と聞き、ネスは直感的にそこが『お前だけの場所』だと察し、急遽攻略を決意した。

既に『お前だけの場所』の事を知っていたポーラは勿論、初めてその事を知ったジェフもすんなりと受け入れてくれ、三人は『ミルキーウェル』へと向かった。

道中は当然ながらモンスターの巣窟だったが、あのゲップーという最悪の敵の事を思うと、それほど苦痛でもなかった。

流石に無傷とはいかなかったが、重傷を負うこともなく三人はどんどん先へと進み、程無くして最深部へと辿り着いた。

案の定、そこには銀色の光を放つ大きな塊があり、ネス達が近づくと、この先が三番目の『お前の場所』である事を伝え、正体を現して襲い掛かってきた。

――――木の芽に大きな眼があり、根付かせた土に口がある植物のバケモノ。

お供に足の生えた植物を連れ、まばゆい光の眼くらましを使ってきたりと面倒な相手だったが、植物なだけにポーラの“PKファイヤー”が効果的で思いのほか短期決戦で片付いた。

元の植物に戻り動かなくなったバケモノを横目に洞窟を抜けると、ミルク色をした泉がある場所へと出た。

ネスがその泉に近づくと、やはり眼前が白くなる感覚が彼を襲い、あの美しい音楽が彼の耳に流れてきた。

その音楽に混じって、ネスは母親の声が聞こえたように感じた。『おもいやりのある、強い子に』と言っていた気がした。

そして“音の石”が『ミルキーウェル』の音を記憶し、ネス達を今度こそサターンバレーを後にしてスリークへと戻ったのだった

 

 

 

 

 

 

 

「この調子だと、やっぱり四つ目はフォーサイドで見つかるのかしら?」

ネスの掌で微かに転がる“音の石”を眺めつつ、ポーラが呟く。そんな彼女に、ネスは首を傾げてみせた。

「う〜ん、どうだろう? フォーサイドって、大都市だろ? そんな場所にパワースポットがあるとは思えないなあ。今までの場所って、全部人里から離れた場所だったし」

「あ、そういえば……『リリパットステップ』もそうだったわね。となるとフォーサイドは単なる通過点なのかしら?……もしくは、此処とか?」

ポーラは独り言のようにそう言いながら、窓の外を見る。バスは既にトンネルを抜けていて、外には大砂漠が広がっていた。イーグルランド最大の砂漠『ドコドコ砂漠』である。

「ええ……それは嫌だなあ。この砂漠の中を探すなんてことはしたくないよ。砂漠ってすっごく暑いんでしょ?」

「ああ。しかも夜になると一転、極寒の地になるんだからな。過酷以外に言いようのない場所さ」

「えっ、そうなの!? 夜も暑いんじゃないの!?」

驚いたネスがジェフを見やると、彼は小さく頷いた後に説明を始めた。

「砂漠には太陽の光を遮る物が何一つ無いから、昼は地面が強く熱されて暑くなる。逆に夜は逃げていく熱気を遮る物がないから、すごく寒くなるのさ。後、熱しにくく冷めにくい性質を持つ水分が無いってのも理由だな。水分は太陽熱をコントロールして、温度差を和らげてくれるんだぜ」

「へえ、知らなかった。物知りだなあ、ジェフは」

「な〜に、単に本から得た知識を披露したまでだよ。僕も本物の砂漠に来たのは初めてさ。……だけど、確かにフォーサイドよりかは、こっちにありそうな気はするな。ネスの場所は」

「っ……まあ、ゲップーよりはマシか」

ネスは心底嫌そうに大げさな溜息をつき、“音の石”をしまう。するとジェフは苦笑しながら、彼の肩を軽くたたいて激励した。

「まあまあ、そんな落ち込むなって。まだそうって決まったわけじゃないんだからさ。…………あっ!!」

「うわっ!?」

「きゃっ!?……ど、どうしたのジェフ?」

突然大声で叫んだジェフに、ネスは勿論、外の景色を眺めていたポーラまでもが驚いて彼へと振り返る。

そんな二人に少々バツの悪い顔をしながら、ジェフは「悪い悪い」と謝った。

「いや、なに、今急に思い出したんだよ。……まったく、なんであの『ミルキーウェル』に行った時に思い出さなかったんだかな、僕は」

「思い出したって、何を?」

「ああ、それは……」

その時だった。不意に耳を劈くような急ブレーキの音が聞こえたかと思うと、三人の身体は大きく前方へと倒れこむ。

ジェフは派手に額を前の座席にぶつけ、無意識にポーラは庇って変な体勢になったネスは後頭部を強打してしまった。

二人して苦痛による呻き声を漏らすなか、暫くして唯一無事だったポーラが恐る恐る二人に声をかけた。

「だ、大丈夫、ネス? ジェフ?」

「な……なんとか……」

「いってえ……何だ、今の急ブレーキ?」

「すまんすまん! 怪我はないかい?」

申し訳なさそうな運転手の声が聞こえ、三人は運転席の方へと視線を向ける。

「何かあったんですか?」

「いやあ、急に前の車達が止まっちまったもんでね。あんまり突然だったもんだから…………あっちゃあ、こりゃひょっとして噂のアレか?」

前方を見た運転手は大仰に天を仰いだかと思うと、両手で顔を覆う。一体何事かと思ったネス達は、席を立って運転席へと歩み寄った。

そこから前を見ると、道路の遥か先まで沢山の車が止まっている。その光景を見て嫌な予感がしたネスは、思わずその予感を口にした。

「もしかして、これ……道路封鎖とかしてるの?」

「ああ、違う違う。そんなんじゃないって。多分、バッファローの群れが道路を横断してるんだろう」

「バッファロー?」

ポーラが首を傾げると、運転手が「そうさ」と頷く。

「この『ドコドコ砂漠』で最大と言われている動物だよ。荒い気性で力も強くて、並みの車なんざ弾き飛ばしちまうって話だよ。そんな奴の群れだからな、見守るしかないのさ」

「あ、そうなんですか。どれくらい、かかるんでしょう?」

「う〜ん、俺も初めてだからなあ……最低でも一日、下手したら数日かかる場合もあるって聞いたけど」

「ええっ!? それはちょっと困るなあ……」

思いがけないアクシデントに、ネスは頭を抱える。そんな彼の横で、ジェフが長蛇の列となっている車達を眺めながら言った。

「此処からじゃ見えないくらい、現場は前か。確かに、数時間程度で解決しそうもないな」

「まあ、そういうことだな。どうする? 君達がご希望なら、スリークまで戻るが?」

運転手が三人に訊ねると、ジェフとポーラはまるで示し合わせたかのようにネスを見る。二人とも何も言わないが、リーダーである彼の意見に従うという意思が容易に判別出来た。

必然的に決断を迫られたネスは、帽子を脱いで髪を乱雑に弄りつつ、やがて嘆息と共に口を開いた。

「はあ……しょうがないな。此処からは、歩いて行ってみようよ」

「え、ええっ?」

「おいおい、本気か?」

ポーラが驚き、ジェフが呆れた様子で言う。そんな二人に、ネスは頷いてみせた。

「今更スリークに戻っても意味無いだろ? 道がないならともかく、歩けば進めそうなんだし、少しでも先に進んだ方が良いと思うんだ」

「っ……そうね、此処で立ち往生してもいられないし。でも、此処からフォーサイドまで、歩いて行ける距離なのかしら?」

「かなり厳しいんじゃないか? 此処はこの国で一番広い砂漠だろ?」

ジェフが顔を顰めて窓の外へ視線を移すと、運転手が首を横に振りながら口を開いた。

「いや、フォーサイドに行くんだったら、そこまで遠いわけでもない。此処はドコドコ砂漠でも端っこの方だからな。この道路から少し逸れた所を歩けば、一日もかからないだろう」

「あ、そうなんですか。だったら……」

「但し」

ネスが安堵の息をついた途端、運転手が険しい表情で彼に振り返る。

「過酷な砂漠であることに変わりはない。準備も無しに進んだんじゃ、文字通り干乾びちまうぞ。あそこのドラッグストアで、しっかり準備してから行くことだな」

運転手はそう言って、丁度窓の外のすぐ近くにあった小屋を指差した。

「あ、ありがとうございます。じゃあポーラ、ジェフ。ちょっと辛いと思うけど、そういう事で良い?」

「ええ、私は貴方についていくって決めてるから」

「僕も異議なし。リーダーの決定に文句言ってちゃ、始まらないからな」

「……ありがとう」

揃って笑顔で承諾してくた二人の仲間に、ネスは心からのお礼を言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何処までいっても見えるのは砂漠と、右方向の道路で渋滞している車達のみ。

ジリジリと肌を焦がす熱気が、絶え間なく全身へと降り注ぐ。正に“過酷”と表現するしかないこのドコドコ砂漠を、ネス達は黙々と歩いていた。

バスの運転手が教えてくれたドラッグストアで物資を買い込み、固い決意と覚悟で砂漠へと踏み込んだのも、今は遠い遠い過去のように思える。

過剰と思える程に買ったドリンク類も殆ど飲み干し、気分を盛り上げる為にしていた会話もとっくに途切れ、三人の周りには砂を踏む足音だけが鳴り響いていた。

「……二人共、平気?」

先頭を歩いていたネスは、流れ続ける汗を拭いながら後ろへと振り返る。すると揃って俯きながら歩いていたポーラとジェフのうち、ジェフだけが反応した。

片手を頭の前でなげやり気味に振る彼からは、疲労困憊の文字が大きく浮かび上がっているように見える。雪国育ちの彼にとって、やはりこの暑さは相当堪えているようだ。

そしてポーラに至っては、今にも倒れそうな覚束ない足取りで歩いているだけである。女の子の体力ではいくら気力で補ったところで、力尽きるのも時間の問題だろう。

――これはマズイな。僕もそうだけど、そろそろ休まなきゃ……。

ネスは焦りを覚えながら、何処か身体を休ませるのに適した場所がないか周囲を見渡す。

二人を気遣えるだけの余力が残っているとはいえ、彼も彼で激しく体力を消耗している。このままでは全員この砂漠で倒れる未来しか予想できなかった。

しかしながら、休憩を取ろうにも此処は砂漠の真っ只中。日陰など何処にも無く、立ち止まって腰を下ろそうにも灼熱の砂がそれを阻む。

やはり歩いて砂漠を超えるのは間違いだったのかとネスは悔やむが、今更悲観しても仕方がない。

とにかく、どんな形でも休まなければとネスが思案していると、ふと微かに穴を掘るような音が聞こえてきた。

不思議に思った彼が音の方に眼を向けると、少し遠くで誰かが穴を掘っているようだった。

その人の傍らにはショベルカーがあり、やや離れた所には小屋がある。それを確認したネスは、思わず声を上げた。

「やった! あそこで休憩させてもらえるかも!」

「……休憩?」

「……本当か?」

ネスの歓喜の叫びに希望を見出したのか、ポーラとジェフがか細い声と共に顔を上げる。そんな二人を励ますように、ネスは殊更明るい声で言った。

「うん! 僕、ちょっと頼んでくるね! すみませーーん!!」

大声で叫びつつ手を振りながら、ネスは穴を掘っている人物へと駆けていく。するとその人が顔を上げ、彼を見るなり驚いた様子で眼を見開く。

「おいおいおい! なんだってこんな所に子供がいるんだ!?」

無骨そうながらも気の良さそうな雰囲気をした男性は、怒りとも呆れともとれる口調でそう言う。

そんな男性の元へと駆け寄ったネスは、荒い呼吸と共に頭を下げた。

「あ、あの! 僕達、その……ちょっとした事情で砂漠を歩いてて……少し休ませてくれませんか? お願いします!」

「ははあ〜ちょっとした事情ねえ……まあいいや、とにかく早くそこで休みな。中に俺の弟がいるから、後はそいつに任せればいい」

そう言って男性は、例の小屋を指差した。傍ら『ドコドコ砂漠埋蔵金発掘本部』と書かれた看板が立っているその小屋は、近くで見ると中々しっかりした造りをしていた。

これならきっと、十分な休息をとる事が出来るだろう。そう思ったネスはもう一度男性に頭を下げた後、振り返って仲間達に呼びかけた。

「お〜〜い、ポーラ、ジェフ〜〜!! 休憩できるよ〜〜!!」

――――ネスのその声を聞いて、限界寸前だったポーラとジェフの顔に、ささやかながらも確かな希望の色が浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黄金色に輝く“ヒーリング”の光が、ネスの左手からゆっくりと広がっていき、ポーラとジェフを包む。

やがてその光が消えると、彼は大きく息を吐きながら二人に訊ねた。

「どう、具合は? やっぱり熱中症には効果無い?」

「いいえ、とても楽になったわ。さっきまでの辛さが嘘みたい」

「同意見だね。まさに地獄から天国って気分だよ」

揃ってシーツに包まった状態で笑顔を向けた仲間達から、もう先程の疲れは見られない。そして、そんな彼らを見て微笑むネスからもまた、疲労の色は消え失せていた。

空調の整った部屋に冷たい飲み物、そして清潔なシーツ。外の灼熱砂漠では考えられない空間に居られる事に、三人は心から感謝していた。

「どうだい? お友達の具合は?」

その感謝を述べるべき相手が、ドアを開けて入ってきた。この小屋の持ち主であり、先程ネスが会話した男性――ショージ・モッチーである。

「あ、はい。もう大丈夫みたいです」

「すみません。急に押しかけた挙句、こんなに色々用意していただいて……」

「あ〜〜いい、いい。気にしなくていいから寝てなって。それより、まあ……」

身を起こそうとしたポーラを制しながら、ショージは苦笑と共にネスを見る。

「バッファローの大群の横断に遭遇とは、またツキがないね。ありゃまだ当分終わりそうもないぞ。相変わらず車は止まっちまってるし」

「ま、まだ続いてるんですか?」

「そうです。おまけに何だか殺気立ってましたよ。あの調子じゃ、迂闊に近寄らない方がいいですね。ましてや生身では」

突然割り込んできた声にネスが振り向くと、ショージの弟のチュージ・モッチーが部屋に入ってきていた。

「……そうですか。弱ったなあ、なるべく早くフォーサイドに行きたいのに……」

「はは、それは諦めた方がいいですね。まっ、今日は泊っていってください。流石に明日になれば、バッファローも移動し終えてますよ」

「えっ? でも……そこまでお世話になる訳には……」

「構いませんって。ね、ショージ兄貴?」

「ああ、困った時はお互いさまって奴だ」

「あ、ありがとうございます!!」

重ね重ねの好意に、ネスは二人の兄弟に深々と頭を下げる。

「いいって、いいって。ただ、その代わりと言っちゃなんだけど……」

ショージがそこまで言った刹那、盛大な腹の音が周囲に鳴り響く。その音で全てを察したネスは苦笑を懸命に抑えつつ、バツが悪そうにしている恩人達に訊ねた。

「食べ物ですか?」

「ああ……悪い。飲み物はたんまり用意してんだけど、食い物は中々ねえ……」

「こう暑いと、買い出しも億劫になっちゃって。もし持ってるんでしたら、何か分けてくれません?」

「はい、勿論。ええっと、確かまだ殆ど残ってた筈……」

リュックを開けたネスは、ブツブツと独り言を呟きつつ中を覗き込む。すると思った通り、そこにはパンやサンドイッチが大量に入っていた。

砂漠で体力を消耗した時の為に、と思って買ったのだが、結局これらを食べる体力すら消耗しきってしまったのだから、皮肉な話である。

尤も、今こうして恩返しの役に立つのだから、無駄ではなかったのだが。

そんな事を考えつつ、ネスはリュックを引っ繰り返して振ってみせる。直後、ドサドサと落ちてきた食べ物を、彼は全部モッチー兄弟に譲った。

「いやあ、あんがと! けど良いのかい、そっちだって腹減ってるんじゃ?」

「気にしないでください。正直、今は食欲あんまりないですから。ね、二人もそうだろ?……あ……」

同意を求めて振り返ったネスの眼に映ったのは、安らかな顔で眠るポーラとジェフの姿だった。

「っ……疲れてたんだな。ま、無理もないか」

「あんちゃんは、まだ余力あるって顔だな?」

余程空腹だったのか、ハムスターの様に頬を膨らませたショージが、ネスに訊ねる。

「いえ、そんな事ないですよ。ただ、まあ一応……リーダーですから」

「は〜〜何だか大変そうですね」

同じく無我夢中で食べていたチュージが呟くと、ショージが「そだな」と頷き、次いで何かを思いついた様子で口を開いた。

「よし、決めた。埋蔵金が見つかったら、全部あんちゃんにやるよ」

「……えっ?」

突拍子もない発言に、ネスは硬直して間の抜けた声を出す。

しかしそんな彼に構わず、ショージは一人納得した様子でウンウンと何度か頷くと、すっくと立ちあがった。

「さて、そんじゃ腹も膨れたし、もうひと頑張りしてくっか! んじゃ、あんちゃん! ゆっくり休めよ!」

「え、あ、あの……!」

反射的に引き留めようとしたネスだったが、何て言えばいいのか分からずに口籠っている内に、ショージはさっさと出て行ってしまった。

なので仕方なく、彼はチュージの方に視線を向ける。するとチュージは察したのか、「ああ」と口の中の物を片付けてから言う。

「兄貴の言った事なら、気にしないでください。実は、元々この現場個人的な依頼で請け負ったんですけど、全然成果が出ないんで、とっくの昔に契約破棄になってるんですよ。でも兄貴ってば、意地になっちゃって……『埋蔵金が出るまで、他の仕事はやらねえ!』って感じなんですよ。だからまあ、埋蔵金そのものには興味ないんです」

「そ、そうなんですか……でも、だからって僕が貰う訳には……」

「良いんですよ。どうせ断ったって、兄貴の性格上、無理やりでも渡すでしょうし、その時は素直に受け取ってあげてください」

「は、はい。……トンチキさんみたいな人だな」

「ん? トンチキ?」

「あ、いえ! こっちの話です」

思わず脳裏を過ぎった人物の名を口にしてしまい、ネスは慌てて誤魔化す。

そんな彼を少し訝し気に見ていたチュージだったが、すぐに笑顔に戻ると徐に立ち上がった。

「それじゃ、俺も兄貴の手伝いしてきます。エアコンつけっぱなしで構いませんから、ゆっくり休んでください」

「あ、ありがとうございます!」

ネスはもう何度目から分からない感謝の言葉を述べたが、チュージは既に気にしていないのか無反応で外へ行ってしまう。

その後姿を見送っていると、不意にネスは眠気を感じて欠伸をした。やはりというか仲間同様に、自分も疲れているようだ。

――ここは……素直にご厚意に甘えようかな……。

そう思いながら横になると、一気に疲れと眠気が押し寄せてきた。それに抗う理由もなく、ネスはそっと眼を閉じる。すると急速に意識が希薄になっていった。

――そういえば……トンチキさん、どうしてるかな? 何かを盗みに行くとか言ってた気がするけど……確か……。

記憶の糸を辿るよりも、意識の糸が切れる方が先だった。濃密な眠りがネスに訪れ、彼はそれに委ねる。程無く彼はポーラやジェフ同様に安らかな寝息を立て始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 


  

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