〜エピソード23〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあああ……」

「まあ………」

「こりゃまた……」

視界の先に広がる光景に、ネス達三人は驚きのあまり言葉を続けられなかった。

摩天楼、と言うのだろう。幾つもの高層ビルが立ち並び、空が狭く感じられる。絶え間なく道路を走り続ける車達に、何処か洗練された雰囲気を纏った行き交う人々。

田舎育ちのネスに寄宿舎暮らしのジェフは勿論、比較的発展都市であるツーソン出身のポーラも、初めて見る街の有様だった。

思わぬ足止めを食ったものの、ようやく辿り着いたイーグルランド最大都市あるフォーサイド。

これまで見てきた景色とは別世界に思える場所に立った三人は、暫し時が経つのも忘れて呆然としていた。

やがて、突如として強い風が吹き抜けたのを切っ掛けにし、ようやく我に返ったネスはポーラとジェフに振り返る、

「えっと、とりあえずザッと街を見て回ろうか。それからホテルにチェックインして、明日になったら本格的に調べるって事で」

「そうね、今のところ特に嫌な感じはしないけど、これだけの大都市だもの。何か起こってそうな気がするわ」

「へえ、そんな事まで分かるのかい?」

感心した様子で呟いたジェフに、ポーラは苦笑と共に首を横に振る。

「そんな気がするってだけ。予知ってわけじゃないわ。……願わくば、外れてくれていると嬉しいんだけど」

「う〜ん、ゲップーが言うには酷い事になってるって話だったけど……まっ、とにかく街を見てみよう。今のままじゃ、全然分からないしね」

ネスが再度そう言うと、残る二人は無言で頷き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

流石は大都市と言うべきか、軽く見物するだけでも随分と時間が掛かってしまっていた。

そろそろ日も暮れる頃だというのに、まだフォーサイド全体の三分の一ぐらいしか回っていない。

フォーサイドに到着したのが午後の遅い時間だったというのもあるが、それにしても予想外な時間の掛かりぐあいだ。

疲れや空腹が無視出来なくなってきたネスは、睨みつけていた地図から顔を上げると、脱力した様子で言った。

「あ〜〜この街広過ぎだよ。こんな広い必要あるの?」

「もう、ネスってば。街そのものに文句言っても仕方ないわよ。……とはいえ、全然回れてないのは確かなのよね」

「そうだよなあ。やっぱりこうも広いとなると、目的地を絞って動かないと非効率過ぎる。今日は一旦切り上げて、ホテルに戻った方が良いかもな」

ネスの持つ地図を覗き込みながらジェフがそう言った時だった。

不意に「あっ!」とポーラが悲鳴に近い声を上げる。途端、真剣な表情になったネスが彼女の方へと振り向いた。

「ポーラ、どうしたの!?」

「あ……ご、ごめんなさいネス。その……これを見て、つい……」

バツが悪そうな様子で、ポーラはすぐ近くにあった立札を指さす。そこにはこう書かれていた。

『トンズラブラザーズライブ トポロ劇場にて毎日公演中』

「ああ、そういえばフォーサイドに行くって言ってたなあ、あの人達」

立札を読み終えたネスが納得した様子で呟くと、ジェフが物珍しそうに立札に書かれたスケジュールを眺めながら尋ねる。

「トンズラブラザーズって、あのトンブラの事か?」

「そうそう……って、ジェフ。君知ってるの?」

「そりゃな。イーグルランドで今一番人気のあるバンドだろ? うちの寮生でも結構流行ってたぜ。確かトニーも好きだったな。よく部屋で流してたし」

「へ、へえ……嫌じゃなかったの?」

「いや、別に。勉強する時のBGMに丁度良いなって思ったよ。流石は人気バンドだなって」

「でしょでしょ! 判ってるじゃない、ジェフ!」

瞳を輝かせたポーラが、ジェフに迫る。驚いた彼は、引き攣った表情で後退りながら言った。

「ポ、ポーラ? えっと、君……トンブラのファンだったのかい?」

「ええ! あの人達がツーソンにいた時には、スペシャルライブを特等席で見る事が出来たのよ! とっても素敵だったんだから!」

「そ、そうか……それは何より……」

いつもの雰囲気とはガラリと変わったポーラに、ジェフは戸惑う。しかし彼女は、そんな彼に構うことなく、早口で捲し立てる。

「貴方もトンブラの曲が好きなら、絶対楽しめるライブだったのよ! ああ、叶うなら神様にお願いしてもう一度あのライブを見せてほしいわ……!」

「は、はあ…………なあ、ネス?」

「何?」

「彼女ってこんな性格だったのか?」

胸の前で両手を組み、自分の世界に入ってしまったように中空を見つめているポーラを指差したジェフに、ネスは苦笑しながら答える。

「あはは……まあ、かなり熱狂的なファンみたいだよ。ツーソンでの時も大分はしゃいでたし……っ……そうだジェフ、せっかくだし一緒に観てきたら?」

ネスは、不意に頭に浮かんだ提案を口にする。

「え? 僕と彼女でか?」

「うん。どうせもうホテルに戻る予定だったんだしね。その前にちょっと寄り道しても大丈夫さ」

「それはそうだが……君は来ないのか?」

「ああ、その……」

ポーラに聞かれないよう、ネスはジェフに顔を近づけて声を潜めながら言った。

「僕にはどうにも、あの人達の曲の良さが分からなくて……聴いてて頭と耳が痛くなるんだ」

「ああ成程。確かに派手な演奏と歌ではあるよな、あれは」

「あ、分かってくれる? やっぱ、そうだよね。でもポーラは、本当に好きみたいなんだ。だから、せっかくの機会だし楽しんでくれればって」

「っ……了解。じゃあお言葉に甘えて僕らは劇場で気分転換させてもらうよ。でもその間。君はどうするんだ? 先にホテルに戻ってるのか?」

「う〜ん、チェックインは全員一緒の方がいいし、もうちょっとだけ街を回ってるよ。次の公演が終わる時間になったらトポロ劇場に行くからさ、そこで待ってて」

「分かった。だけど気をつけろよ。日も暮れてきたし、こういう大都会じゃ、これから色々と物騒になるもんだぜ」

「大丈夫。ちゃんと注意するし、あくまで街を見て回るだけだから。それじゃ、楽しんできてね!」

「お、おい、ネス!」

あまり此処に長居していると、自分までトンブラのライブに付き合う事態になりかねない。

そう思ってネスは戸惑うジェフと未だ陶酔しているポーラを置いて、足早にその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あ〜あ、何にも収穫がないなあ。やっぱりアテもなく、こんな大都市の散策は無茶だったか」

摩天楼の中で辛うじて姿を見せていた太陽が、いよいよ完全に見えなくなっていくのを眺めながら、ネスはフォーサイドを彷徨っていた。

最初に大型デパートに行ってみたものの、残念ながら休業中。次に向かった博物館は不運な事に、到着した時には既に閉館時間を過ぎてしまっていた。

飲食店で寛ごうにも、生憎今は手持ちが心許ない。他にアテも興味もなく、ネスは完全に八方塞がりだった。

「はあ……」

盛大な溜息をついた彼は、仕方なくトポロ劇場の方へと足を向ける。と、その時だった。

「なあ……キー様……ってた……ネス……か?」

「……ない……れが……ネス……ポー……るぞ」

「ん?」

何やら自分の名前が聞こえてきたのに対して、ネスは声の方へと振り返る。するとそこには、二人の警官がひそひそと小声で話し合っていた。

しかし、ネスが自分達を見ている事に気づくと会話を止め、慌てた様子で近くのビルの中へと走っていく。不審極まりない彼らの行動に、ネスは自然とそちらへと行き先を変更する。

そこはこの街の中でも一際立派な高層ビルだった。鮮やかにライトアップされた外観に『モノトリービル』と派手なロゴが付けられている。

それを見たネスはある事を思い出して地図を取り出す。思った通り、そこにはモノトリービルの簡単な説明が記されていた。

「えっと『最近フォーサイドのトップへと上り詰めたモノモッチ・モノトリー氏所有のオフィスビル』…………へえ、そんな偉い人のビルか」

地図から顔を上げたネスは、改めてモノトリービルを眺める。

確かに、大都市の頂点に君臨する人物のビルに相応しいものだ。だが、その割にはセキュリティがしっかりしていないような気がする。

ガードマンの姿も殆ど見えないし、入り口も至って普通だ。恐る恐る近づいてみると、入る為にキー等が必要といった訳でもなさそうである。

不思議に思ったネスは、物は試しにと自動ドアに手を近づけてみる。するとごく自然にドアが開き、彼は驚く。

――……え? 僕でも入れるの?

戸惑いつつもネスは、せっかくだからと開いたドアをくぐり、中へと入る。時間が時間だからか、エントランスに人はまばらだ。

いかにもエリートといった感じのビジネスパーソン達が、書類を読んだりパソコンを操作したりと忙しない。子供のネスにとっては、異様な雰囲気が漂う場であった。

慣れぬ空気に呑まれた彼は、先程までの好奇心を忘れて帰りたい気分になってしまう。幸い、まだ誰もこちらに気づいていないようだ。静かに踵を返そうとしたネスだったが、その瞬間に声がかかった。

「ハロー、ベビーファイス。モノトリービルに何のご用?」

ギョッとして振り返ると、一人の女性が笑顔でこちらに歩いてきていた。おそらく、来客の応対をする係の人だろう。

こうなっては無言で帰るわけにもいかない。ネスはぎこちない笑みをしながら、仕方なく彼女に返事をした。

「いや、えっと……その……」

しかし、上手い受け答えが咄嗟に出来るわけもなく、ネスはしどろもどろになりながら必死に適切な言葉を探す。

そんな彼に、女性は笑顔を崩さぬまま忍耐強く待ち続けている。それが余計に焦りを生み、打開策を見つけるのを妨げる。

ネスがそういった悪循環に陥っている時だった。ふとエレベーターのチャイムが鳴り、女性が途端に顔色を変えて姿勢を正し、エレベーターへと振り返る。

それに倣うように、周囲の人々も一斉に畏まった態度でエレベーターの方向へ向く。

一体何事かとネスもエレベーターの方へと視線を向けた直後、左右に開かれたドアから出てきたのは、思ってもみなかった顔見知りの顔だった。

「なっ……!?」

「ポ、ポーキー様! この時間にお出かけとは、どうかなさったんですか?」

「いや、出かけたりはしないさ。……ちょっと招かざる客が来たって聞いてな」

屈強な男二人を連れ、高級感漂うスーツ一式を身に待とうその姿は、ネスの記憶にある奴はかけ離れたものである。

しかし、見間違える筈もない。ふてぶしい笑みと共にこちらに歩いてきたのは、紛れもなくポーキーだった。

「これはこれは昔の貧しい友人の……え〜と……そうそう、ネス君。君みたいな田舎者が、どうしてこんな大都市にいるのかな?」

「……その台詞、そのまま君に返すよ。迷惑なお隣さん」

怒りを抑えた震え声でネスがそう言うと、ボディガード達がやにわにピストルを取り出し、彼へ銃口を向けた。

「貴様!」

「ポーキー坊ちゃまに、何て口を!」

「よせ。こんな奴でも一応、僕の知り合いだ」

尊大な口調でポーキーが命じると、男二人は渋々ピストルをしまう。それを見届けた奴は、再びネスに向き直ると下品な笑みを浮かべた。

「まあ、こういう事だよネス君。今の僕は、とってもとってもエラ〜イ立場の人間なのさ。本来なら君みたいな下々の者と、会話する機会なんかないくらいにね」

「どういうことだよ?」

「なに、簡単なことさ。僕はモノモッチ・モノトリーのビジネスパートナーなんだよ。つまり、この街の頂点にいる人間と言っても過言じゃないってことさ」

「……ああそう。つまり、ハッピーハッピー村の時と同じ………そういえば君、カーペインターさんが持ってたあの像はどうし……」

「おっと」

ネスの言葉を遮り、ポーキーが指を鳴らす。するとボディーガード達が、一度しまったピストルを再び取り出した。

「っ……」

「あまり妙なことを口走られては困るな。さあ! さっさと僕の視界から消えろ!」

「……そうさせてもらうよ」

奴の言いなりになるのは癪だが、銃口を向けられていては流石に分が悪すぎる。ここは大人しく、引き下がるのがベストだろう。

――手がかりになりそうな事も聞けたし……一応。

そう思いつつ、ネスは応対してくれた女性に軽く礼を述べてからモノトリービルを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トポロ劇場から出たジェフとポーラは、すっかり夜になっていた事にようやく気付く。トンブラのライブに夢中になっている間に、かなりの時間が経っていたようだ。

吹き抜ける夜風が、ライブの余韻で火照っていた身体を冷ましていくのを感じながら、ジェフはポーラへと振り向いた。

「ねえ、ポーラ?」

「何かしら?」

「あの人達は、いっつも“ああ”なわけなのかい?」

「……少なくとも、二回目ではあるわね」

やるせない表情で嘆息した彼女を見つつ、ジェフは先程までの出来事を思い返す。

トンブラのライブを満喫し、劇場を出ようとした二人は係の人に呼び止められた。いや、正確には呼び止められたのはポーラ一人だった。

なんでもトンブラが会いたがっているとの事で、彼らの控室へと二人は案内された。ポーラはトンブラとの再会に喜び、初対面のジェフもライブの感想を述べるとすぐに彼らと打ち解けた。

ただネスが不在だった事で、ポーラが『罪な女』や『魔性の女』などと変な勘違いをされかける場面があり、その時ジェフは少々複雑な気持ちだった。

――――必死に自分とジェフは仲間であるとトンブラに説明し、ならばとばかりにネスとの進展を彼らに尋ねられて動揺していたポーラ。

そんな彼女を見て胸がざわついたのは、果たして何故だったのかとジェフは戸惑う。が、それよりも遥かに大変な事が、直後に判明した為、すぐにその感情は消えたのだった。

――何とかしてあげたいけど……流石にあの額はなあ……。

漆黒の闇夜を見上げながら、ジェフは息を吐く。

どうやらトンブラはトポロ劇場のオーナーに騙されて、莫大な借金を作ってしまったらしい。その額は、しめて百万ドル。

あまりに途方もない金額で、返済にどれだけの期間がかかるのか見当もつかない。にもかかわらず、当の本人達は明るいもので、特に気にしていない様子だった。

尤も、それが虚勢だという事は明らかで、全員の渇いた笑いが響き渡る空間はとても重苦しく、長居出来るものではなかった。

どちらともなく逃げるように、二人は控室から退出した。そして今、こうしてトンブラ達の事を憂いていたのである。

「ちなみに聞くけど、一回目の時の借金はいくらだったんだい?」

「えっと確か、一万ドル……だった気がするわ」

自信なさ気に答えたポーラに、ジェフは額を手で押さえながら唸る。

「今回はその百倍か、とんでもないな…………ところで、その借金はどうやって返したんだい? 彼らの話じゃ、君とネスが立て替えたんだろ?」

「ああ、それはネスが……っ!?」

「ん、どうし……!?」

突然絶句したポーラに疑問を感じ、ジェフは彼女の見ている方向へと振り向く。そして直後、驚きのあまり息を呑んだ。

二人の視線の先には、街灯に照らされつつこちらに歩いきているネスの姿がある。それ自体は予測出来ていた事だから、不思議ではない。彼らが驚いたのは、ネスの表情だった。

彼は、明らかに怒りの感情を露わにした顔をしていた。その表情は鬼気迫るものであり、思わず寒気がする程の凄まじさであった。

しかし、やがてネスは二人に気づいた仕草を見せた途端、いつもの穏やかな表情に戻る。そして、固まっている二人に怪訝そうな声を投げ掛けた。

「あれ? どうしたのポーラ? ジェフ?」

「え……あ……う、ううん、なんでもないわ」

「あ、ああ……そうだな」

普段通りのネスに、ポーラもジェフも戸惑いながら曖昧な返事をする。

「そう? ならいいけど……で、どうだった? 楽しかった? トンブラのライブ?」

「え、ええ、それは勿論!……ただ……」

「え、何?……まさか、また借金してたとかじゃないよね?」

「……そのまさかなのよ……」

苦々しくポーラがそう言うと、ネスは大袈裟な溜息と共に天を仰いだ。

「は〜〜……本当にもう……まっ、詳しい事はホテルに着いてからにしよう。こっちも話したい事があるし……とりあえず、チェックインしに行こうよ」

「そう……だな」

ジェフが同意すると、ネスは「決まりだね。ああ、お腹空いた〜」と呑気な事を言いながらホテルへ向かって歩き出す。その後ろを慌てた様子でポーラがついていき、ジェフもその後に続く。

――さっきのは、見間違いか?

数歩先でポーラと他愛ない会話をしているネスを眺めながら、ジェフは考える。

街灯があったとはいえ、暗くて昼間のようにハッキリと見えたわけではなかった。だから見間違いという可能性も、決して低くはない。

――だが、だとしたら……あの威圧感は何だ?

ジェフは額に浮かんでいた冷や汗を、手の甲で拭った。その行為で、彼は改めて思う。少なくとも、あの時自分が感じた恐怖は間違いではないという事を。

良からぬ考えが次から次へと浮かんでは消え、ジェフはそれらを振り払うべく乱雑に頭を振る。今は考えても仕方がないと、懸命に自分に言い聞かせる。

――とにかく冷静に判断しなきゃな。それが、僕の役割だろうし。

強引にそう結論づけた彼は、無理やり笑みを作りながらネスとポーラの会話に加わっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

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