〜エピソード24〜
行き交う人々の話し声に、走り抜ける車が鳴らすクラクション。
このフォーサイドに来てからというもの、すっかり慣れてしまった騒音に包まれながら、ポーラとジェフは比較的静かな公園のベンチに腰かけていた。
「上手くいってるかねえ、ネスの方?」
「う〜ん、どうかしら。そんな都合よく見つからないと思うけど……」
この場にいないリーダーを気遣いながら、二人は揃って溜息をつく
「まあ見つかるにせよ、そうでないにせよ、早く戻ってきてほしいよ。こっちは完全に八方塞がりなんだから」
「そうね。結局、これといった情報は掴めなかったし、また今後の事を相談しないと……」
何処か不安そうな表情で、ポーラは視線を彼方の空――ドコドコ砂漠の方へと向ける。
昨日、流石は大都市のホテルと言わんばかりのゴージャスな部屋に泊まった三人は、そこで今後の事を話し合った。
その中でネスはトンブラに関しての詳細を聞くと、前回よりも遥かに額の大きい借金に頭を抱えたのだが、暫くしてある妙案を思い付いた。
それは、埋蔵金――フォーサイドに辿り着く前にドコドコ砂漠でお世話になった、ショージ・モッチーが発掘しようとしている埋蔵金である。その事を思い出したネスは、こう言ったのだ。
――二人が眠っている間に、色々と話しててさ。よくわかんないけど、埋蔵金が出たら全部貰えるって話になったんだ。丁度良い……ってのも変だけど、当たってみるよ。
言うや否や部屋を飛び出そうとしたネスに、揃って手伝いを申し出たポーラとジェフだったが、彼はやんわりとその申し出を断った。
――君らに砂漠は辛いだろ? だからこの事は僕に任せて、ちょっと調べものをして欲しいんだ。この街に住んでる、モノモッチ・モノトリーって人の事をさ。多分だけど……きっと何かある。
憶測の様でいて、断言ともとれる様な物言い。加えてどこか自信あり気な表情で言い切ったネスに、二人は頷くしかなかった。
そして彼は一人で埋蔵金探しにドコドコ砂漠へと向かい、ポーラとジェフはフォーサイドでモノモッチ・モノトリーについて情報収集する事になったのだった。
だが、その結果はお世辞にも芳しいとは言えなかった。モノトリーについて誰に尋ねても、返ってくるのはボンヤリとした噂話ばかり。
昔は豆腐屋だったが最近頭角を現しただの、今の権力は悪魔に取引して手に入れただの、警察や弁護士も自由に操れるだの、どれも信憑性に欠けるものだ。
ただ、あまり突っ込んで質問しようとすると皆一様に口を閉ざす事からして、街の人々から畏怖されているのは間違いないだろう。
早朝からそろそろ夕方に差し掛かろうという時刻まで歩き回って、どうにか得られた信じられそうな情報はその一つのみだった。
「何か感じてないかい、ポーラ? 君のその、能力でさ」
然して期待していない素振りで訊ねてきたジェフに、ポーラは眼を閉じて首を左右に振る。
「ごめんなさい。これといってないわ。だから多分、そのモノトリーって人に、何か特別な力があるというわけではないと思うんだけど……」
「そっか」
特に落胆した様子もなく、ジェフはそう言いつつ嘆息した。と、その時空腹を告げる音が聞こえ、彼は苦笑しつつ立ち上がる。
「ちょっと小腹が空いてきたな。ベーカリーで何か買ってくるよ」
「あ、じゃあ私も……」
つられて立ち上がろうとしたポーラを、ジェフは両手で突き出して制止する。
「ポーラは休んでて。長い間歩き回って、クタクタだろ? 近くなんだし、僕が君の分も買ってくるよ」
「良いの?」
「構わないよ。じゃ、すぐ戻るから」
「分かったわ。気をつけてね」
ポーラがそう言って微笑むと、ジェフは軽く手を振る事で返事とし、ベーカリーへと行ってしまった。
残された彼女は、彼の後姿が見えなくなると無意識に嘆息し、何気なく空を見上げた。
(……独り、か。思えば久しぶりね)
ツーソンを出てからというもの、こうして独りでいる事は無かった。
連れだって冒険をしているのだから当然と言えば当然なのだが、なんだか新鮮な気分になるのをポーラは感じる。
(たまには良いのかもしれないけど……やっぱり、ちょっと寂しいかな。それにいくら街中とはいえ、不安がないわけじゃ……)
「ねえねえ、君一人かい?」
「っ!」
物思いに耽っている所に、あまり良い感じのしない声が飛び込んできた。
ハッとしたポーラが声の方に振り向くと、“いかにも”といった柄の男子二人組がこちらに歩み寄ってきていた。
こういった経験は、ポーラは初めてではなかった。だからどういう風に応対するのが適切か、しっかりと答えは持っている。
「いえ、友達を待っているんです。もうすぐ来ると思います」
無表情で彼女は淡々とそう答える。とにかく、隙を見せてはいけない。それがこの場を切り抜ける最善の方法なのだ。
「その友達ってどんな子? 君みたいに可愛い子?」
二人組の片割れが、品の無い笑みを浮かべながら訪ねてくる。思わず顔を顰めそうになったポーラだが、我慢して返事をする。
「いえ、男の子です」
「へえ、君のボーイフレンド?」
「ですから友達です」
「ふうん。ま、いいや。ねえねえ、その友達が来るまで、俺たちと遊ぼうよ」
「そうそう。ちょっとだけ。きっと楽しいからさ」
言いつつ馴れ馴れしくベンチに腰掛けてきた彼らに、ポーラは内心で舌打ちした。経験からして、彼らのような口振りをするのは、かなり面倒なタイプだ。
ダラダラと応対していると、痺れを切らして何をしてくるか分からない。そう判断した彼女は、やにわに立ち上がると精一杯の作り笑いを浮かべながら口を開いた。
「ごめんなさい。遊び相手でしたら、他を当たってください。私、友達を迎えに行きますので」
早口でそう言い終えると、ポーラは足早にジェフがいるベーカリーへと向かおうとする。だが、その直後いきなり右手首を捕まれ、思わず悲鳴を上げてしまった。
「きゃっ!?」
「まあまあ。そんなつれないこと言わないで」
「そうだよ。ちょっとくらい良いじゃん」
「は、離してください!」
想定外の出来事に、ポーラは焦る。そして同時に悟る。この二人組は危険だ。ついていったら、それこそ何をされるか分からない。
だが、突然手首を捕まれた動揺が色濃く残り、上手い切り抜け方が思い浮かばない。単純な力で勝てないのは百も承知だが、だからといって無闇にPSIを使う訳にもいかない。
そんな事をすれば余りにも目立ち、この街での行動に支障が出てしまう。加えて言えばモノモッチ・モノトリーに自分達の事が知れてしまう可能性もある。そう考えると、とても使う気にはなれなかった。
(ど、どうしよう……早く何とかしないと……)
ポーラは必死に頭を回転させるが、見ず知らずの男子に触れられている事による嫌悪と恐怖で、何も知恵が浮かんでこない。
ただ我武者羅に腕を動かして拘束から逃れようとするが、手首を掴まれていてはどうしようもない。ただ男子の劣情を煽るだけでしかなかった。
「そんなに怯えなくてもいいじゃん。別に取って食おうとなんてしないって」
「ああ。俺達は紳士さ。乱暴なんかしないよ」
(どこがよ!)
思わずそう叫びかけたポーラだったが、彼女が口を開けるよりも先に、突然横から一本の腕が伸びてきて男子の腕を強く掴んだ。
「!?」
「イ、イデデデデ!!」
「だだ、誰だお前!?」
腕を掴まれた男子は痛さで悲鳴を上げ、反射的にポーラの手首を離す。もう一人の男子は怒りと困惑の混ざった表情で、乱入者を睨みつけた。
すると、その乱入者――ネスは不気味な程の無表情を浮かべ、恐ろしく低い声で呟いた。
「僕の妹に何か?」
「……っ……」
瞬間、ポーラは胸がズキリと痛むのを感じた。しかし、彼女がその痛みについて考えている暇もなく、事態は目まぐるしく進行していく。
「い、妹!? ってことは兄貴さん!? い、いや、あの、俺達はその……」
「あ、あ、あの、おたくの妹さんが、あんまり可愛らしいもんで、つい……」
「何処かに連れて行こうとした、と?」
「イデデデデ!! め、滅相もありません! ちょ、ちょ、ちょっとお話したかっただけです! ええ本当に!!」
ネスに更に強く腕を掴まれた男子が、激痛のあまり絶叫しながら弁明する。そんな彼に合わせて、連れの方も必死で謝罪した。
「そうです、そうです! 本当、ちょっとだけお話したかっただけなんです! 信じてください! 許してください!」
「……」
暫しの沈黙の後、ネスはゆっくりと男子の腕を解放する。その途端、二人組は恐怖で引き攣った表情を浮かべながら一目散に逃げだした。
「「し、失礼しました〜〜!!」」
足を縺れさせ、何度も転びながら小さくなっていく彼らを、ネスは相変わらずの無表情で眺めている。
そして、彼らが完全に見えなくなったのを見計らって、盛大な溜息をつきながらポーラへと振り向いた。
「はあ…………少しは気をつけなよ、ポーラ」
「っ…………ごめんなさい」
「全くもう……ジェフはどうしたの?」
「あ、ジェフならベーカリーに買出しに……」
「おおネス! やっと戻ってきたのか……って……あれ……?」
ポーラが話そうとしたのを、丁度戻ってきたジェフの明るい声が遮る。しかし、その場の異様な雰囲気を感じ取った彼の顔に、瞬く間に困惑の色が広がっていった。
ベーカリーの袋を抱えて二人に近づいてきた彼は、交互にネスとポーラの顔を眺めながら口を開く。
「なんか、あったのかい?」
「あ、あの、ちょっと……」
「別に何も」
おずおずと説明しようとしたポーラの隣で、ネスが淡々とした口調でそう言った。
そんなネスに何かを言おうとしたポーラだったが、それよりも早くに彼が少しだけ怒気を含めた声を出す。
「それよりジェフ、君一人で何しに行ったわけ?」
「え? あ……わ、悪い。そこのベーカリーだから、すぐ戻ってくるつもりだったんだ。でもまあ……不用心だったな。悪い、僕が浅はかだった」
ネスが何について怒っているのか、瞬時に判断したのだろう。ジェフは冷や汗を浮かべながら謝罪すると、強引に話題を変えた。
「それで、ネス? 君が戻ってきたって事は、埋蔵金が見つかったのかい?」
「……いや、埋蔵金は結局見つからなかった。だけど、代わりにコレが出てきたんだ」
言いつつネスが背負っていたリュックを開けると、大きいを通り越して化け物じみたサイズのダイヤモンドが姿を現した。
宝石にさして興味の無いジェフですら見惚れる程に鮮やかな輝きを放つそれは、素人目で見ても大変な価値がありそうに思える。
驚きの余り一瞬絶句してしまったジェフだが、慌てて我に返るとネスに訊ねた。
「す、凄いじゃないか、このダイヤモンド! で、あれかい? 君がこうして持ってきたって事は、コレを譲ってもらったってことか?」
「まっ、そんなとこかな。で、どうだい、ジェフ? これがいくらくらいするか、分かったりする?」
「悪い、鑑定の知識はサッパリだ。けど、こんなにデカいんだし結構良い値するんじゃないか? 交渉してみる価値はあるだろ」
「そっか。じゃ、トポロ劇場に行ってみようか。ダメだったら、また別の方法を探そう」
「あ、ああ」
発掘作業から戻ってきたばかりだというのに、まるで疲労していない様子で、ネスはスタスタとトポロ劇場へと歩き出す。
そんな彼にジェフは慌ててついていき、彼ら二人の後をポーラがトボトボとした足取りで続いた。
「……っ……」
――僕の妹に何か?
先程のネスの言葉が、何度も何度もポーラの頭の中で繰り返される。そして、その度に彼女は、胸が締め付けられるような苦しみに襲われた。
(ネスは私を……そんな風に見ているのかしら……?)
――――だとしたら、どうだというのだろうか?
そんな自問が、ポーラの中で浮かぶ。
別に自分と彼は恋人でもなんでもない。彼が自分をどう思おうが、自分に彼を咎める権利は無いのだ。
頭ではそう理解できる。しかし、それでも心が痛むのは誤魔化せなかった。
(嘘でもいいから……ガールフレンドって、言ってほしかったな……)
心の中でそう呟きながら、ポーラは前を歩くネスの背中を眺める。
きっと彼の事だ。こんな事を言えば大いに困惑してしまうだろう。もしかしたら、バカな事と怒るかもしれない。
そうなったら、きっと自分は立ち直れない。だから絶対に言ってはいけないのだ。
戒めのように自らにそう言い聞かせつつ、ポーラは二人に遅れないように歩き続けた。
いつ来ても、辛気臭い場所だった。
曲がりなりにも大都市で開いているバーだというのに、稼ぎ時の夜でも数える程の客しかいない。本来なら、とうに潰れていても不思議ではない有様だった。
しかし、それでも決して潰れる事はないと、彼は分かっていた。少なくとも今は――モノモッチ・モノトリーがこの街を支配している今は、絶対にこのバーが無くなる事は無い。
「あ、こ、これはこれは……何かお出ししましょうか?」
こちらに気づいたマスターが、引き攣った愛想笑いを浮かべながら訪ねてくる。それに対して、彼は不愉快そうに首を横に振った。
「いや、いい。どうせ僕が美味しいと思う物なんかないから。それより……来てるんだろう?」
「え?……っ……は、はい、確かに」
「通るぞ」
彼がそう言うと、マスターはそそくさと道を開ける。それを見届けた後、彼はカウンターの中に入り、慣れた様子でバックバーに並べられた一本の瓶を手に取る。
すると小さな音と共にバックバーの一部分が動き、一つの扉が出現する。その扉を開けた彼は、ようやくお目当ての人物と会う事が出来た。
「よう、モノモッチ・モノトリーさん」
「っ!?……き、君か。驚かせないでくれよ、ポーキー君」
ビクビクした様子でやってきた人物――ポーキー・ミンチに振り向いたのは、白髪まみれのか細い老人。何も知らない人が見れば、とてもこのフォーサイドの頂点に立つ男だとは思わないだろう。
だが、彼は間違いなくこの街の支配者であるモノモッチ・モノトリーなのだ。そうであるが故に彼は、こうして人目を盗んで此処に通っているのである。
「そんなにビクつくなよな。あいつらがいくら嗅ぎまわったって、あんたの秘密はバレやしないさ」
「わ、分かってるとも! し、しかし万が一という事もあるだろう。それに……これも、彼らの事を用心しているみたいなのだよ」
言いつつモノトリーは、後ろへと振り向く。彼の視線の先には、禍々しい輝きを放つ、妖しくも美しい像があった。
「何度も言われたのだ……『お前の手で食い止めろ』と……だから、私は……私は……」
「あーあーもう! これだから中途半端に良心のある奴は……どれ」
焦れた様子でポーキーは、ズカズカと像へと歩み寄る。そして徐に手を伸ばすと、その像に触れた。
瞬間、像が放っていた輝きは一際強さを増す。するとポーキーは、自分の中に“何か”が勢いよく入ってくる感覚に襲われた。
そして彼の頭に、ある考えが浮かぶ。それをじっくりと己の中に取り組んだ彼は、ニヤリと邪悪な笑みを漏らした。
「な〜るほどな。こいつは面白そうだ」
「ポ、ポーキー君? 一体、なんだというのだね?」
「あんたに話す必要はないね。まっ、心配するなって。あいつらは、このポーキー様がなんとかしてやるよ。あんたはこれまで通り、この街の支配者をやってればいい。じゃあ僕は失礼するぜ」
鼻で笑いながらそう言ったポーキーは、用が済んだとばかりに踵を返す。そんな彼に、モノトリーが恐る恐る声を掛けた。
「ポーキー君……私が言うのもなんだが、あまりこいつの力を使っていては、いずれ……」
「フン、余計なお世話だ。利用できるものは使う。それだけだ」
振り向くこともせずにそんな捨て台詞を残すと、ポーキーは部屋を出る。そして、何事もなかったかのようにボルヘスの酒場を出た。
「正直、二番煎じな気もするけどな……でも、だからこそ面白いってもんだ。あいつがどんな顔するか楽しみだぜ」
先程の名案を思い返しながら、彼は楽しそうに笑う。
「早速準備に取り掛からないとな。待ってろよ、ネス」