〜エピソード25〜

 

 

 

 

 

 

 

沸き上がる歓声と鳴り響く拍手が、高まっていた劇場のボルテージを更に上昇させていく。

それに応えるかのように、ステージの上に立つバンド――トンズラブラザーズの面々は、より激しい演奏を披露しはじめた。

すると最高潮に達していたと思っていた劇場は益々ヒートアップしていく。まさに熱狂という言葉が相応しいライブを、ネス達三人は特等席で体感していた。

――――場違いに感じて気まずそうなネス。すっかり夢中になっているポーラ。冷静に場の雰囲気を楽しんでいるジェフ。

三者三様な彼らだったが、ライブが終盤に差し掛かった時に、不意にステージ上に姿を見せた一人の女性に対しては、同じ反応を示した。

「あれ? あの人は誰?」

「トンブラのメンバー……じゃなさそうだな……はて……」

「トポロ劇場の方かしら?……あっ! あの人、ビーナスさんだわ」

「知り合いなのかい?」

先程までの派手な演奏とは打って変わり、静かなバラードと女性の綺麗な歌声が響く中でジェフが尋ねると、ポーラは苦笑してみせる。

「知り合いって程じゃないわ。昔、ツーソンで見かけた事があるの。確かスターになるのが夢だって言って、都会に出たって聞いたわ。そっか、フォーサイドの事だったのね」

「ははあ、すると夢を叶えたって事か。しっかし、トンブラとのコラボか。凄いよな、ネス。……ネス?」

何故かステージから眼を逸らして明後日の方向を見ているネスに、ジェフは怪訝そうに訊ねた。

「どうしたんだ?」

「な、なんでもない」

「?」

訳が分からずに眼を瞬かせた彼は、何気なくステージへと眼を向ける。すると、答えがそこにあった。

先程まで中空を見つめながら美声を張り上げていた女性――ビーナスが、いつの間にかこちらを見つめながら歌っていたのだ。

――――より正確に言うのであれば、ネスの方を見つめながら、である。

最初は気のせいかと思ったジェフだが、軽やかな足取りでステージ上を歩きつつ熱唱する彼女の視線は、ネスに固定されたまま。

更には眩いばかりの微笑まで浮かべており、眼の合っていないジェフですら直視するのを躊躇われるものであった。

一体どういう事なのかと、疑問に思った彼だが、その答えはすぐに出てきた。

ビーナスの曲が終わり、劇場内に静寂が訪れる。するとラッキーとナイスが、アピールするように各々の楽器を鳴らしながら声を張り上げた。

「さ〜〜て、お次でトンズララストライブ、イントポロも、いよいよフィナーレ!」

「此処の新人スター、ビーナスと一緒に! そこの赤い帽子のチビスケのために!!」

「「ノリノリのステージを!!」」

瞬間、観客たちの視線が一斉にネスへと集中する。それから逃れるように帽子を目深に被った彼を見ながら、ジェフは納得した。

――ああ、そういう事か。このライブ自体が、僕ら……もといネスへの恩返しみたいなものってことか。

ネスが発掘現場から持ち帰ってきたダイヤモンド。それを交渉材料にトポロ劇場のオーナーにトンブラ達の事で掛け合うと、アッサリと交渉は成立した。

オーナーはネス達の前でトンブラの契約書及び借用書を破り捨て、すぐに本人達を呼びつけて直々に解放を告げる。

すると当然ながら彼らは大喜びし、その気持ち収まらぬ内に、といった感じでラストライブをすると宣言した。

その時にトンブラ達は「ファンの為」と口々に言っていたが、それだけではなかったのだ。一度ならず二度までも世話になったネスへの、せめてものプレゼントだったのだろう。

そしてビーナス。どういう風に彼女と話をつけたのかは定かではないが、大方ネスにアピールしてくれるようにトンブラ達が頼んだ、というのが正解だろう。その為のあの熱い視線だ。

――しかしなあ……彼らは純粋な善意が故の事なんだろうけど……あんまり良くないんじゃないかな、これは。

ジェフは始まった最後の曲を聴きながら、横目でネスを見やる。

ただでさえ居心地の悪そうだった彼は、今や完全に帽子で世界を遮断してこの場をやりすごしている。

超能力を使えないジェフでも、ネスが一刻も早くこの場を去りたいと思っているのが手に取るように分かった。

――まあ、ラストって言ってるし、もう少しだけ我慢してもらうしかないな……ん?

不意に後ろから視線を感じたジェフは、ネスから視線を外して振り返る。するとそこには、悲しそうであり不愉快そうでもある、複雑な表情をしたポーラがこちらを見ていた。

「ポーラ?」

「あ……ごめんなさい、なんでもない」

思わずジェフが声を掛けると、彼女は誤魔化すように彼から眼を逸らしてライブに集中する。

そんな彼女を怪訝に思わずにはいられないジェフだったが、この場で追及する気にはならず、彼女と同じようにライブに集中することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「元気でな〜〜チビスケ達〜〜!!」

「何処にいても、何があっても、わしらは味方やからな〜〜!!」

最後の最後まで賑やかさ全開のトンブラ達が、トラベリング・バスに乗って去っていく。そんな彼らを見送る為に手を振っていたネスは、バスが見えなくなると不意に寂しそうな笑みを浮かべた。

「また会いたいと思うけど……その時は、普通に会いたいな」

「そう、ね。もう騙されないでほしいわ」

「まあ流石に三度目はない……と思いたいぜ」

一抹の不安を感じずにはいられない三人だったが、いつまでもトンブラ達の事ばかり考えてはいられない。そろそろ、本来の目的に戻る頃合いだ。

「さて、と。また情報収集に戻ろうか。結局、モノトリーさんの事は殆ど分かってないんだし」

「ああ。しかし、どうするんだ、ネス? 言っちゃ悪いけど、今までのやり方じゃ進展する期待はもてそうにないぜ?」

「それは……う〜ん……」

ジェフの意見に、ネスは難しそうな顔つきになって考え込む。

「最悪……モノトリービルに殴り込むってのも考えてるんだけど……」

「お、おいおい。過激なこと言うなよ」

「分かってるって。あくまで最後の手段さ。でも、実際これくらいしか僕には思いつかないんだよね。……そうだ! ポーラ、君なら何か……」

「それなら君がドコドコ砂漠から帰ってくる前に、僕が聞いたよ。残念だけど、何も感じないってさ」

ネスがポーラに訊ねようとした言葉を遮り、ジェフが苦笑と共に口を開く。するとネスは、バツが悪そうに帽子を回しながらボヤいた。

「弱ったな。あんまり言いたくないけど、まるでアテがないよ。やっぱり殴りこみしか……」

「ま、待てって、ネス! 派手な動きはまずいって!」

再び物騒な事を口にしたネスを制しながら、ジェフは彼に対して違和感を覚えた。まだ出会ってから然程経っていないとはいえ、ネスの人柄はある程度把握しているつもりである。

穏やかな彼らしからぬ過激な発言の連発。明らかに不自然なそれに、ジェフは無意識に考えを巡らせてしまう。

――これは一人で情報集していた時に、何かあったんだろうな、きっと。

思えば、あの合流した時に一瞬魅せたネスの鬼気迫る表情。あれは見間違いではなかったんだと、今のジェフは判断した。

「と、とにかく! こういう時は地道に行くのが一番だって! ポーラもそう思うだろ?」

「え? あ……ええ……そうね。目立つわけにもいかないし……」

「あ、いたいた。えっと、ネス君? ちょっと良いかしら?」

突然の危機慣れぬ声に、三人は揃って声の方へと振り向く。すると、いつの間にかビーナスがすぐ近くで立っていた。

ステージ上での煌びやかな衣装ではなくシンプルな服ではあるものの、それでも持ち前の美しさは十分引き立っている。

だからだろうか。呼びかけられたネスは、傍目でも分かるくらいにガチガチに緊張した様子で返事をしていた。

「は、は、はい! なな、なんですか?」

「あら、緊張しちゃって。別に悪い事で呼びかけたわけじゃないから、安心して。トンブラの方々から、預かってる物があるのよ」

「あ、預かってる物、ですか?」

「そうそう。せめてものお返しですって。なんだか面と向かって渡すのは恥ずかしいからって、私が頼まれたの。はい、これ」

そう言いつつビーナスが取り出したのは、一枚の商品券だった。それを受け取ったネスが眼を落とすと、どうやら此処フォーサイドのデパート専用の物らしい。

「あ、ありがとうございます。……あれ? 確か此処のデパートって休業中だったんじゃ……?」

「ああ、それなら明日にでも再開するって聞いたわ。せっかくだし、行ってみたらどう? ほら、そっちのガールフレンドちゃんにプレゼントとか」

「えっ?」

「べ、別にそんなんじゃありません!」

急に話題に出た事に戸惑ったポーラの隣で、ネスが真っ赤な顔で否定の声を荒げた。

瞬間、ジェフは周囲の空間に亀裂が入ったような感じを覚える。その原因をすぐに察した彼は咄嗟にフォローを入れようとするが、それよりも早くにビーナスが苦笑しつつ口を開く。

「ふふ、そんなに照れなくてもいいじゃない。……まあ、いいわ。とにかく、明日はデパートに寄ってごらんなさい。曲がりなりにも大都市のデパート。きっと楽しいわよ」

「は、はあ……分かりました」

「ええ。それじゃあ、私はそろそろ戻るから。あ、また暇が出来たら劇場に来てね。これからは私がトポロ劇場を盛り上げていくから」

そう言い終えると、ビーナスはウインクを残して優雅な足取りで劇場へと入っていく。その後姿を見送りながら、ジェフは理不尽だとは思いつつも彼女に恨めしさを感じずにはいられなかった。

――面倒な爆弾残していってくれたよな……本当……。

頭を抱えてその場に蹲りたくなるのを懸命に堪えながら、ジェフは恐る恐る隣へと視線を向ける。

案の定、ネスは戸惑いと恥ずかしさで頬を紅潮させたまま立ちつくしており、そんな彼をポーラが怖いくらいの無表情で見つめていた。

このままだと、ビーナスが残していった面倒な爆弾が大爆発する。本能でそう感じたジェフは、自分でも呆れる程に無理やりな明るい声を張り上げた。

「よ、よかったじゃん、ネス! せっかくだし、明日デパートに行ってみようぜ! 僕らの目的は、その後にしよう!」

「え? で、でも……いいのかなあ? 買い物なんかしてる場合じゃない気が……」

「いいっていいって! どうせ今は進展する気配ないんだし、デパートなんて人の集まる所なら、何か新しい情報が入るかもしれないだろ?」

「ああ、まあ……それは、そうかも……」

「そうそう! だからとりあず今日はホテルで休んで、明日は開店と同時にデパートに突入って事で! ポーラも構わないだろ?」

「…………そうね。たまにはショッピングに没頭したいし。それじゃあ、今日はもうホテルに戻りましょう」

抑揚のない声でそう答えたポーラは、男二人を尻目にスタスタとホテルへと歩き始める。慌ててそんな彼女を追いかけながら、ネスが遠慮がちにジェフに訊ねる。

「ね、ねえ、ジェフ。ポーラ、なんか変じゃない?」

「お、女の子には色々あるんだよ。きっと……」

当の本人に聞こえないよう小声で返事をしつつ、ジェフは心の中で溜息をついた。

――はあ…………どうにかしないとな、これは。

今になって、ライブ中のポーラの気持ちがよく分かる。

嫉妬、と言うよりはヤキモチと呼ぶべき可愛いもの。だが、それも拗らせれば厄介極まりないものになる恐れが、あるように思えてならない。

スリークで初めて会った日の夜、密かに危惧していた事が現実味を帯びてきている。とにかく少しでも彼女をストレス発散ないし気分転換させないと、とんでもない事になりそうだ。

――本当はネスが頑張るべきなんだけど……この様子じゃ、言ったところで逆効果だろうな、やっぱり。

ポーラの態度に心底困惑している様子のネスを横目で一瞥しつつ、ジェフはもう一度心の中で溜息をつく。

ここはもう、明日のデパートに期待する他ない。彼は荷物持ちでもなんでも引き受けようと密かに決心しつつ、重い足取りでホテルへと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

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