〜エピソード26〜

 

 

 

 

 

 

 

「……ス……ネス……ネス、起きろって!」

「……ん〜……」

肩を揺すられながら呼びかけられたネスは、眠ぼけ眼のまま上半身を起こす。眼を擦りながら顔を上げると、呆れ顔のジェフがこちらを眺めていた。

「ふあ……な〜に、ジェフ? まだ眠いんだけど……」

「眠いって君な、もう日は高いぜ。それに今日はデパートに行こうって決めてたじゃないか。そろそろ準備しないと、開店時刻に間に合わないぞ」

「デパート?……ああ、そういえばそうだったっけ……ふわあ」

ネスは未だ覚醒しきらぬ意識のまま、昨日の記憶を呼び起こす。

ビーナスからデパートの商品券を貰った後、彼はホテルにつくなり泥のように眠ってしまった。日中ショージ・モッチーの発掘作業を手伝ったのが、かなり堪えていたらしい。

ポーラとジェフには言わずじまいになってしまったが、発掘作業の手伝いとはいっても実際に発掘作業をしたわけではなく、彼がしたのは専らモンスター退治だった。

ショージ・モッチー曰く、発掘を続けていたら妙な空洞に出てしまい、そこにはモンスターがウヨウヨいて、とても作業が行える状況ではないとの事であった。

そこでネスが、モンスター退治を買って出たというわけである。

蛇や蜘蛛や、更には何故か三番に拘るモグラなどといった妙な敵ばかりだったが、強さ自体は彼一人で対処できる程度だった。

そしてモンスターを退治し終え、後を任せてフォーサイドへ戻ろうとした道中で、追いかけてきたチュージ・モッチーからダイヤモンドを受け取ったのだった。

その後はトポロ劇場のオーナーとの交渉、トンブラの解放、トンブラのラストライブと休む間もなく事が進み、疲労はたまっていく一方だった。

なのでネスは爆睡を経て、現在に至るというわけである。

「まあ、今は特に欲しい物がある訳じゃないけど……せっかく商品券貰ったんだしね、行かなきゃ勿体ないか。分かった、準備するよ」

「ああ、そうしてくれ。ポーラが待ってるからな」

「え? ポーラが待ってるって、どういう意味?」

「彼女はとっくに起きてて、もうロビーにいるのさ。きっと、デパートでの買い物が楽しみで仕方ないんだろうな。だからほら、早く着替えて顔洗ってきてくれ」

「り、了解。ふわあ……」

イマイチ分からないネスであったが、呆れた様子のジェフに促されるまま朝の支度を始めた。

 

 

 

 

 

 

暫くして支度を終えたネスを連れてジェフがロビーへと向かうと、そこには準備万端といった出で立ちのポーラが椅子に腰かけていた。

「あ、いたいた。おーい、ポーラ」

ジェフが声を掛けると、彼女は振り返りながら立ち上がる。そして、ジェフの後ろで未だ完全に眠気の取れていない様子のネスを見て苦笑した。

「あら、まだ起ききってない人がいるみたいね」

「う……」

「そうなんだよ。ちょっと前にやっとこそさ起きたんだけど、ま〜だ眠りたりないみたいだよ」

「クスクス……それじゃあ全員揃ったし、行きましょうか。今から向かえば、丁度開店時間を過ぎる頃よ」

言うなりポーラは二人の返事を待つ事もなく身を翻し、スタスタとホテルの玄関へと歩いていく。そんな彼女の後姿を見ながら、ジェフは無意識に安堵の溜息をついた。

昨日の一件を未だ引きずっているのではないかと危惧していたのだが、どうやらデパートでの買い物に興味がいっているようで、その心配は必要ないらしい。

不安材料が一つ消えた事を嬉しく思った彼は、残るもう一つの悩みの種であるネスに耳打ちした。

「ネス、デパートについたらポーラに何かプレゼントしてあげなよ」

「え?……ああ、うん。リボンとかアクセサリーとかが良いかなって、昨日から考えてたところだよ」

「へっ? そ、そうだったのか?」

予想だにしてなかったネスの言葉に、ジェフは眼を丸くする。するとネスは、恥ずかしそうに笑いながら言った。

「ほら、ポーラには……その……スリークでの事とかで、色々と大変な目に合わせちゃってるからね。その埋め合わせ……って言うのも変だけど、こういう機会だしさ」

「そっか。いや、それなら良いんだ。うん、本当に」

「?……どういう意味?」

「ああ、気にしないでくれ。さ、僕らも行こうぜ。ポーラを一人にしちゃマズいだろ?」

「え、あ、そうだね。よし、行こう。お〜〜いポーラ、待ってよ〜!!」

慌ててポーラの後を追いかけていったネスを見やりつつ、ジェフは再度安堵の溜息をつく。どうやら自分の心配は杞憂のようだったらしい。

見たところネスの方も、昨日の事を気にしている様子はなさそうであるし、この分なら特に問題は起きなさそうだ。

――ま、僕も余計な事を考えず、純粋に買い物を楽しもうかな。

ジェフはそんな事を思いながら、前方で会話しているネスとポーラの所に駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあ……これが……」

「流石……ってとこだな」

「本当。ツーソンのデパートの倍以上の大きさね」

高揚感を抱えながらフォーサイドデパートに入った三人は、その規模の大きさにただただ圧倒される。

広々としたフロアに所狭しと店が並び、街中以上に人々の喧騒が響く。さながら別世界に来たような感覚に襲われた三人は、暫し呆然と入り口付近で立ち尽くしていた。

「……さ、さてと! ど、どこから回る?」

暫くして我に返ったネスがぎこちなくポーラとジェフに訊ねる。すると、思い思いの答えが返ってきた。

「やっぱり洋服屋か、アクセサリーショップが良いわね。こんなに大きいデパートだもの。品揃えも期待できるわ」

「僕はさっき案内板で見たんだけど、ジャンクショップがあるらしいから、そこに行きたいな」

「ジャンクショップ?」

「初めて聞くお店ね……どういうお店なの?」

聞きなれない単語に眼を瞬かせたネスとポーラに、ジェフが説明する。

「簡単に言えば機械の部品とか売ってる店さ。まっ君らには退屈な所だろうし、僕一人で行ってくるよ。二人は一緒に洋服屋かアクセサリーショップに行ってきたら?」

「え? 一人で大丈夫かい?」

「……ネス、君ね、僕をなんだと思ってるんだい? おつかいでもないんだし、一人で買い物する事に何の問題もないっての。それに……」

ポーラに聞こえないように、ジェフはネスの耳に顔を近づけながら小声で囁く。

「彼女にプレゼントするんだろ? 丁度良いじゃないか。上手い事彼女の要望を聞き出して、しっかりやりなよ」

「あ……そ、そっか。そうだよね」

「何が、そうなの?」

「へっ!? い、いや、な、何でもないよ! じゃ、じゃあジェフ! ええと……一時間後に此処で待ち合わせってことで良いかな?」

「あ〜悪い。可能だったら二時間ぐらいくれないか? 次いつ来れるか分からないし、じっくり見たいんだよ」

「うん、分かった。それじゃあ二時間後に此処で。行こうよ、ポーラ」

「あらネス、別に無理して私の買い物に付き合わなくてもいいわよ。貴方の行きたいお店に行って来たら?」

「いや、その……そ、そう! 妹とかママにお土産を買いたいんだ。だから君についてくよ」

「成程、そういう事ね。分かったわ、一緒に行きましょう。……それじゃあ、ジェフ。また後でね」

「ああ、ゆっくり楽しんできな」

そうして三人は笑顔で手を振りながら二手に分かれ、それぞれの買い物に繰り出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしよし、流石は大都市だな。これ程の収穫、早々出来るもんじゃないぜ」

ジャンクショップエリアから出たジェフは、購入した品を眺めながら満足そうに微笑む。

前々から欲しいと思っていたパーツは勿論のこと、今まで見聞きしたことのなかった部品まで手に入り、実に良い買い物が出来た。

これならば新しい発明や、ペンシルロケットの改良にも期待が持てる。弾む心のままジェフが腕時計で時刻を確認すると、集合時間まではまだ時間があった。

しかし、もう買い物を続ける気のなかった彼は、とりあえず先に着いて待っていようと思い、集合場所へと歩き出す。

と、その時だった。いきなり背後から低い声が聞こえ、ジェフは思わず身を竦ませる。

「ちょっと待て」

「っ!?」

動揺しながら振り返ると、そこにはサングラスを掛けた体格の良い男が立っていた。

いかにも戦いに身を投じているといった雰囲気を漂わせるその男は、腕組みをしながらジェフを見下ろしている。

男の威圧感にたじろぎつつも、ジェフは恐る恐る口を開いた。

「……僕に何か用ですか?」

「ああ。お前、さっきそこで色々買ってただろう?」

言いながら男は、ジャンクショップを指差した。それを見たジェフが小さく頷く。

「そうですけど、それが?」

「お前が買った品々……あれは明らかに武器とかの類に使うもんだ。なぜ、そんな物を買った?」

「っ……必要だからですよ」

「ほう? 必要、ねえ」

鼻で笑った男は暫くニヤニヤしながらジェフを眺めていたが、やがて手招きをして彼を促す。

「面白い、気に入ったぜ。来な」

「え? き、来なって、何処へ?」

「こっちだ」

ぶっきらぼうにそう言った男が向かったのは、デパート従業員用の扉だった。

それに気づいたジェフは、慌てて男を呼び止める。

「ち、ちょっと、そこはデパートの人の……!」

「しっ! 大きな声を出すな。……もっと危ないブツ、欲しいだろ?」

「っ!……はい」

「素直でいいことだ。まっ、安くしといてやるよ」

慣れた様子で一般人立ち入り禁止の扉を開け、男は中に入っていく。

その後に続きながら、ジェフは前を歩く男に聞こえぬよう、心の中で呟いた。

――世の中には色んな人がいるもんだぜ。まっ、言い方は悪いけど……さっかくの機会だ。精々有効活用させてもらうとしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

都合良く、というべきか洋服屋とアクセサリーショップは隣り合わせに存在していた。

到着するなりポーラは眼を輝かせながら、まずは洋服を物色しはじめる。規模が規模だけに、当分夢中になっている事だろう。

そう思ったネスは彼女の邪魔をしないようにと、アクセサリーを物色する事にした。

まずはと、彼は母親とトレーシーへの土産を選ぶ。先刻咄嗟の出任せでポーラに言ってしまった手前もあるが、それを抜きにしても家族への贈り物は悪くないと思ったからだ。

それにあの二人への贈り物は、特に悩む必要もない。長年一緒にいる家族故、好みを知り尽くしているからである。

今までに何度か贈った事のある品物――母親にはチョーカー、トレーシーにはブローチ――に的を絞り、後は予算を考えて購入する。

幸い手頃且つ好まれそうな品はすぐに見つかり、買い物に掛かった時間は十数分。サービスカウンターで配達を手続きしても、三十分と掛からなかった。

「さてと……後は……う〜ん……どんなのが良いのか……」

独り言を呟きながら、ネスは今日のメインとも言えるポーラへのプレゼントを選び始める。が、これが予想以上の難題だった。

まず彼女が好みそうな物を知らないし、逆に嫌いな物も分からない。本人に訊けば解決する事ではあるが、可能ならそれは避けたいところである。

何だか格好悪い気がするし、昨日から彼女は妙な感じがしていて少々近づき難い感じがしているからだ。要するに、なんとなく話しにくいのである。

だから自力でプレゼント選びに挑むネスだったが、一向に事が進展する気配はない。ふと店内の時計に眼をやると、いつの間にやら一時間が経過しており、彼は大いに焦り慌てた。

先刻の買い物も合わせると、ジェフとの合流時間まであまり時間は残されていない。

――ど、どうしよう? 流石にそろそろ決めないと……でもなあ……うん?

ふと視線を向けた先で、ネスは気になる一品を見つけた。

それは、銀色の小さな星が装飾された指輪。デザインこそ取り立てて目立つようなものではなかったが、彼が興味をひかれたのはその指輪の説明文である。

そこには、『北極星(ポーラスター)をモチーフにした指輪です』と記されており、ネスはその文を凝視したまま考える。

――これ、ポーラに合いそうだな。彼女と名前が似てるし、彼女の実家もポーラスター幼稚園って名前だし。だけど、指輪ってのがなあ……付けてて邪魔な気もするし……それと……。

説明文の下に記されている価格欄の0の数を確認しつつ、ネスは顔を顰めた。

――結構高いんだよなあ……口座から下ろせば払えるとはいえ、必需品でもないのにこれだけのお金使うのは……でも……う〜〜ん……。

「こちらをお求めですか?」

「うわっ!?」

いきなり隣から声を掛けられ、ネスは小さく飛び上がる。驚きながら声の方へと振り返る。するとそこには、年配の女性店員が微笑みながら立っていた。

考えてみれば、ずっと一つの商品を眺めていたら店員が気にかけて声を掛けてくるのは当然の事である。

しかし、そうと分かってはいても完全に不意を突かれたネスは激しく動揺してしまい、たどたどしく返事をした。

「え、えっと、その……い、良いかなと思ってましたけど……ちょっと高いなって迷ってて……」

「そうでしたか。失礼ながら、確かに貴方ぐらいの年齢の子には、少々お高い品かもしれませんね」

「で、ですよね。買おうと思えば買えるんですけど、やっぱり変ですよね、僕くらいの子が、こんな買い物は……」

「あら、ご予算の方は大丈夫でして? でしたら、そうですね……今お買い求めされるのならば、少々割引致しますよ。20パーセント引きでいかかがですか?」

「えっ、20パーセント? ち、ちょっと待ってください……っ………か、買います!」

慌てて財布を確認し、ギリギリ持ち合わせで購入出来ると分かったネスは、大袈裟に頷く。すると店員は、再度にこやかに微笑んだ。

「お買い上げありがとうございます。ラッピングはどうされますか?」

「ラ、ラッピング?」

「あら、失礼。ご自分用でしたか?」

「い、いいえ。と、友達に贈るんです」

「そうですか。それで、どうされます?」

「え、え〜と……」

ネスは遠目で洋服を選んでいるポーラを一瞥した後、たどたどしく店員に告げた。

「お、女の子用?……で、お願いします」

「はい、かしこまりました。それではすぐに……」

「あ、あの! で、できれば、その、何処か離れ……あ、いや、違う場所で……」

近くのカウンターでラッピングをしようとした店員に、ネスは慌てて告げる。

ポーラがすぐ近くにいる所で、本人への贈り物のラッピングをされるのは、どうにも落ち着かない。もし見られでもしたら、恥ずかしいことこの上なかった。

と、そんなネスの心情をしってか知らずか、店員は彼の頼みを快諾したように頷くと「では、あちらの方に」と、離れた場所へと歩き出す。

話の分かる人で良かったと心の中で安堵しつつ、ネスは店員の後へとついていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

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