〜エピソード31〜

 

 

 

 

 

 すっかり見慣れた七色の光が、眼前で銃を構えていたロボットに四方八方から降り注ぐ。

程なくして派手な爆発が起こり、それが収まった時にはバラバラになったロボットの残骸が床に散らばっていた。

ジェフはその光景を見届けた後、これを巻き起こした張本人であるネスへと視線を移す。すると彼はこちらに背中を見せたまま、盛大な溜息をついた。

「本当、面倒だよね。後、何体いるんだろう?」

「え、あ、ああ……そうだな、もう残り少ないんじゃないか? もうかれこれ、十体以上は倒してるだろ」

「そう思いたいね。エツコさんの部屋も含めて、随分と回ったんだし」

僅かに疲れを含んだ調子のネスの言葉に、ジェフは「そうだな」と相槌を打つ。そして、何気なく今自分達がいる場所をぐるりと見回した。

モノトリービルにおける、おそらくは最重要階である48階。本来なら決して入れないであろう場所を、彼らは探索している。

これらは全て、あのメイドのエツコのおかげだった。

約束、と言える程でもないのだが、一応言われていた通りに彼女に“グルメとうふマシン”を見せると、半ば強引に持っていかれてしまった。

それだけなら単なる強奪だが、その際にエツコは重要な事を話してくれたのである。

「私の部屋はモノトリー様と同じ、モノトリー・ビルの48階にあるの。お礼をするからきっと来てね。ちゃんと話はつけておくから」

その彼女の言葉通り、本来なら一般人は立ち入り禁止である48階へと通じるエレベーターにすんなり乗る事が出来たのである。

しかしそのエレベーターの中で二人は、案内してくれたエレベーターガールから物騒な話を聞かされた。

「48階は重要階だから、沢山の警備ロボットがウロウロしているわ。くれぐれも見つからないようにね。万が一見つかったら全力で逃げなさい。下手したら命に関わるわよ」

聞いた直後は緊張と恐怖で身を強張らせた台詞だったが、幸いな事にそれは杞憂に終わった。

確かに沢山の警備ロボットを眼にし、次から次へと襲われる羽目になったものの、それら全てをネス一人が簡単に撃破してしまってきていた。

見るからにハイテクな光線銃を構えつつ警告しくてるロボット達に、まるで臆する事もなくPSIで破壊してきたネス。

頼もしいと言えば間違いなくそうなのだが、ジェフはどういうわけか言いようのない不安を感じていた。

(やっぱり変だよな、ネス。テレポートの練習から戻ってきてから、ずっと……)

前を歩くネスの背中を眺めながら、ジェフは考える。

何処が変か、と聞かれれば言葉に窮する。強いて言うならば雰囲気だろうか。

思えばフォーサイドに着いてから時折物騒な発言があったが、今はそれに加えて行動すら過激になっている。

スリークで出会った頃とは、明らかに様子が違う。ジェフはそう思わずにはいられなかった。

(考えてみれば、デパートでも様子がおかしかった。……超能力の弊害か? だとしたら専門外で、お手上げだが……)

「ジェフ?」

「へ?」

「どうしたの? らしくもなくボンヤリして。気をつけないとダメだよ。何処に警備ロボットがいるか分からないんだから」

「あ……わ、悪い」

いつの間にかこちらへと振り返っていたネスに、ジェフは慌てて謝罪する。

「そ、それよりネス。その、大丈夫なのかい? さっきから結構景気良くPSIを使ってるけど」

「心配しないで。平気だよ。……よし、今度はあの部屋に入ってみよう」

淡々と答えたネスは、視界に入っていた一つのドアへと歩を進める。そんな彼の後を慌てて追いながら、ジェフは自身の中で浮かんだ疑問を一先ず封印する事にした。

(今はあれこれと考えても仕方ないな。とにかく、モノトリーと会う事が出来るように努めよう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

激しい物音が突然聞こえ、ポーラは驚きと共に眼を覚ます。

慌ててベッドから降り、外の様子を伺おうとドアへと近づいた彼女の耳に、聞き覚えのある二つの声が飛び込んできた。

「ったく、情けないったらありゃしねえ! こんなのがこの街の支配者だなんて、お笑いだぜ!」

「何とでも言いたまえ。もう……私は疲れた。私にはもう、何もない……何もないのだから」

「あ〜そうかいそうかい、好きにしな。まっ、こんだけ色々とやっておいて、今更許してもらえるとも思えないがな」

「……っ……そ、それは……」

完全にバカにした調子で吐き捨てている声は、例の少年のものだ。そしてもう一つは、例の壮年の男性の声である。

彼らの声が聞こえてくるという事は、前と同じく防音の仕掛けが解除されているのだろう。

だが、あの時と違って何らかのトラブルが原因ではなさそうだ。今回は二人揃ってそういった事を口にしないのだから。

「さてと、それじゃあ俺はオサラバさせもらうか! じゃあな、モノトリーのじいさん!」

(っ!?)

確定した事実に、ポーラは思わず息を呑む。やはり今、ドア越しにはモノモッチ・モノトリーがいるのだ。

呆然して硬直してしまったポーラの耳には、徐々に小さくなっていく乱暴な足音が聞こえている。そして、その足音が完全に聞こえなくなったところで、彼女はハッと我に返る。

そして半ば無意識にドアノブに手を掛け、ゆっくりと回してみるとアッサリとドアは動いた。

ポーラは再び息を呑んだが、今更後に引くことは出来ない。意を決してドアを開けた彼女の眼に飛び込んできたのは、心なしか小刻みに震えて立ち尽くしている白髪の男性の姿だった。

「あ……」

「っ!……鍵をかけ忘れていたか。まあ今となっては、意味の無いことだな……」

こちらに気づいた男性―—モノトリーは、諦念を露わにしながら深い溜息をつく。その様は哀愁を漂わせた、単なる冴えない男性にしか見えなかった。

とてもではないが、一つの街を牛耳る権力者とは思えない。警戒心の緩んだポーラは、徐にモノトリーへ声を掛けた。

「貴方が、モノモッチ・モノトリーさん……」

「……そうだよ、ポーラちゃん。私がモノトリーだ」

そう言って力ない笑みを浮かべるモノトリーからは、敵意はまるで感じられない。

それでも念の為とポーラはPKファイアーの構えを取るが、それを見たモノトリーは眼を伏せて首を横に振った。

「やめてくれ。私は戦う気なんかない。……そもそも私には戦う力なんか欠片もないのだよ」

「……モノトリーさん……貴方は一体……」

訊ねたい事が多すぎて、ポーラは言葉に詰まる。そんな彼女の顔を見やったモノトリーが、か細い声で呟いた。

「全て話すつもりだ。だから、もう少しだけ待ってくれ。……ネス君が、此処に来るまでね」

「っ! ネスは今、何処に!?」

「心配しなくていい、もうじき会えるさ。そしたら私は裁きを受けるつもりだ。……こっちだ、ついてきてくれ」

こちらに背を向け、モノトリーがトボトボと歩き出す。その後ろ姿は頼りなく、そして覚束ない。これなら超能力を使わなくとも、ポーラ自身の腕力だけて簡単に倒せるだろう。

しかし彼女は攻撃する気になれなかった。自分を攫って監禁した事による怒りも感じない。彼女はただただ、前を行く男性に哀れみを感じるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

数分の間モノトリーについていき、辿り着いたのは室内全体が金色の部屋。此処がモノトリーの私室なのだろうか。

“悪趣味”という感想を真っ先に抱いたポーラは、落ち着かない様子で部屋をキョロキョロと見回す。そんな彼女を一瞥したモノトリーは、部屋にあった机の上にあるモニターの電源を入れた。

程なくモニターに映った光景を見て、ポーラは息を呑む。そこにはネスとジェフ、そしてどういうわけかトンズラブラザーズの面々が揃っていた。

何やら会話をしているようだが、音声がないため内容は分からない。ただトンブラ達が豪快に笑っている仕草をしているところからして、暗い内容ではないのだろう。

そう分析したポーラは、ふと画面内に一体のロボットが映っている事に気づく。見るからに頼りなさそうなデザインのそれを、トンブラのラッキーが笑いながら叩いていた。

「……あのロボットも機能停止させられたか。となると、残りの防犯メカも全滅だろう。これで私の身を守る手段は無くなったということだ」

そんな絶望的な言葉とは裏腹に、モノトリーの表情は然程暗くない。諦念。その感情だけが、ありありと浮かんでいた。

「モノトリーさん……あっ……」

思わず声を掛けたポーラだったが、ふとモニターの映像を見て言葉を詰まらせる。

顔を見合わせて会話していたネスとジェフが、互いに頷いた後に正反対の方向に動き出す。それを確認したモノトリーが、静かにモニターの電源を切った。

そして、ポーラがその行動の意味を問おうとした正にその瞬間、部屋の扉が大きな音を立てて開かれる。

弾かれるようにそちらへと振り向いた彼女の眼に映ったのは、待ち焦がれていたネスの姿だった。

「ネ……っ!?」

反射的に彼の名を言おうとしたポーラの全身に、凄まじい衝撃が駆け抜ける。威圧感、と呼べばよいのだろうか。とにかく恐ろしいまでに強い力が、今のネスから感じられたのだ。

それがポーラの声を奪い、身を竦ませる。そして、そんな彼女の事などまるで見えていないといった様子で、ネスはただ一点―—モノトリーを見据えていた。

「モノトリーさん」

(……っ……)

無表情で呟いたネスの声に、ポーラは心臓を掴まれたような感覚を覚え、硬直してしまった。

「ようやく、お話しできますね。……色々と」

「……そうだね」

ネスの言葉に、モノトリーは淡々と答える。そのまま暫しの沈黙が流れた後、徐にネスがモノトリーの元へと歩み寄る。

刹那、言いようの無い恐怖に駆られたポーラは、無我夢中で彼の前に立ちふさがり両手を広げた。

「ネス! 落ち着いて!!」

「っ!……ポーラ……?」

まるで今しがた気がついたように、ネスが呟く。そんな彼に、ポーラは首を激しく横に振りながら叫んだ。

「お願い! 私なら大丈夫だから! 何もされてないから! だから……だからモノトリーさんを殺さないで!!」

――……えっ?

叫び終えた直後、ポーラは自分の言葉に驚く。

――――何故、こんなことを叫んだのか。何故、彼がそんな事をすると思ったのか。

自分でも訳が分からずに硬直してしまったポーラだが、彼女の眼前にいるネスもまた、同じように驚愕の表情を浮かべていた。

すると途端、ネスの雰囲気が変わったとポーラは感じる。先程まで放っていた強い力が消え失せ、いつもの穏やかな彼に戻ったように感じられた。

「……本当にポーラに、何もしていないんですか?」

ネスは戸惑い気味の声で言いながら、モノトリーを見る。するとモノトリーは、力なく頷いた。

「ああ、誓うよ。何もしていない。いや、誘拐はしたのだが、それも私が望んでしたことではない。……なんの弁解にもなりはしないだろうが、それは確かだ」

そうボソボソと話すモノトリーに、ネスは毒気が抜けたらしい。何処か困った様子で小さく嘆息した後、彼は声を発した。

「分かりました。とにかく話を聞かせてください。貴方が何故、こんな事をしたのか。そしてあの、“マニマニの悪魔”は一体なんなのかを」

「……分かっている。しかし、長い話になる。そこに座ってゆっくり話そうではないか」

豪華なソファーに眼を向けながら、モノトリーが促してくる。それに従ってネスがソファーに座り、ポーラも彼の隣に腰掛ける。

すぐ近くに彼の存在を感じる事に、彼女は自分が安堵している事に気づいた。然程長い間離れていたわけではないのだが、この感じがたまらなく懐かしく、そして愛おしい。

と同時に、先程の彼の様子が余計に気になるポーラだったが、今はモノトリーの話に集中する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全ての始まりは彼が……ポーキー君があの像―—“マニマニの悪魔”を持ってきたことから始まった」

モノトリーの口から出た隣人の名を、ネスは思いの外冷静に受け止めていた。思わず「やっぱり」と呟いてしまいそうになったのを寸での所で堪え、彼は訊ねる。

「あれがどういう物なのか、訊いたんですか?」

「いや、何も聞いていない。彼はいきなり何処からともなくやってきて、私にこう言ったんだ。『この像に触れてみろ。面白い事が起きるぜ』と。その時の私は厭世気味でね。彼が何者なのか、どうして私にそんな事をいうのかも特に考えなかった。ただ『面白い事が起きる』という言葉に興味が沸き、像に触れてみた。するとどうだ。私は自分の中に様々なものが流れ込んでくるのを感じた」

「様々なもの……?」

ネスが眼を瞬かせると、モノトリーは小さく頷く。

「そうだ。力、自信、そして言葉……全ては幻覚からくるものだったのだと今なら分かるが、当時の私は素晴らしい高揚感に満ち満ちていた。今の私なら何でもできる。どんなものでも怖くはない。そう思わせ、気づけば悪の道を歩いていた。幻覚で人や街、とにかくあらゆるものを惑わし、富も名誉も地位も手に入れた。だが次第に自分の意志ではなく、あの像から与えられる言葉に従って行動するようになっていた。バー『ボルヘス』の倉庫に像を隠し、拝みに行くという形で精神エネルギーを与えるようになったのもその頃だ。そうそう、ポーキー君も同じ事をしていたな。私と違って、精神に異常をきたしているようには見えなかったが」

再び耳にした隣人が気になったネスだが、あえて彼の事を無視してモノトリーを促す

「その“アニマニの悪魔”から与えられた言葉ってどんなものなのか、教えてください」

「沢山あったが、その中にネス君、君達に関するものもあったよ。『奴らをフォーサイドから追い出せ』とか『奴らをそのままにしていたらお前は破滅する』といった脅しに近いものが多かったが、意味不明なものもあった。『サマーズに行かせるな』とか『ピラミッドを見せるな』といったものだ」

「サマーズ?」

初めて聞く言葉に首を傾げたネスに、隣にいたポーラが説明した。

「フォギーランドにある有名リゾート地よ。常夏のバケーションが楽しめるから、年中観光客で大賑わいって聞いた事があるわ」

「観光地って……そんなとこに何があるっていうんだ?」

「私には良く分からないが、あの“マニマニの悪魔”……を作った者はネス君、君をサマーズに行かせたくないらしい。となれば逆に、君はサマーズになんとしても向かうべきだろう」

「っ……分かってます。でも、そのサマーズってフォギーランドなんでしょう? 一体、どうやって行けば……」

次なる目的地の遠さに、ネスは思わず弱音を吐いてしまう。

フォギーランドと言えば、此処イーグルランドから随分と離れている北の大陸である。当然、徒歩で行けるような場所ではないし、公共機関を使うにしても時間も金もかかり過ぎる。

しかし、そんなネスの心配をよそに、モノトリーが微かに笑みを浮かべて言った。

「大丈夫、私のヘリコプターを使えばいい。あれを使えば、そう時間を掛けずにサマーズまで行ける筈だ」

「え、い、良いんですか? そんな物、僕達が使っても」

「構わない。それで私の罪が消えるとは到底思えないが……せめてもの罪滅ぼしだ。よし、今ヘリポートを……」

その時だった。不意に外から何らかの駆動音が聞こえ、三人は反射的に立ち上がって壁一面の窓ガラスへと振り向く。

するとそこには、随分と荒々しい移動をしている黄色いヘリコプターの姿があった。

「なっ……ど、どうして私のヘリが……!」

「えっ!? あれが、モノトリーさんの!? だ、誰が乗って……」

ネスがそこまで言いかけた刹那、ヘリの窓から見慣れた顔が出現し、彼は絶句する。

「っ!!」

「トンマ野郎のネス! 残念だったな、このヘリは俺が頂いたよ! ジタバタしても遅いぜ! もうモノトリーじいさんに用はないし、サマーズでバカンスと洒落こむか! バイ〜バイ!」

下品且つ盛大な笑い声で、ポーキーはそう言い放た。そして窓を閉めると、ヘリを浮上させて飛び去ろうとした。

瞬間、ネスは全身が熱くなるのを感じる。それに促されるまま両手に精神力を集中させ、今にも逃げようとしているポーキーに“PKドラグーン”を放とうとした。

「ダメ!! ネス!! やめて!!」

だが、直後聞こえたポーラの悲鳴に、彼は我に返る。そして今しがた自分がしようとした事の重大さに気づき、思わず両手を凝視した。

(い、今……僕……ポーキーを殺そうとしたのか……?)

そんな事などまるで考えていなかった。ただ、ポーキーに対しての怒りに身を任せ、無意識に行動していたに過ぎない。

己の所業に戦慄する彼だったが、更に此処で先刻の行動を思い出す。

――――この部屋でモノトリーと対峙した、あの時。もしポーラが眼前に割って入ってこなければ、自分はどうしていただろうか?

「あ……あ……」

ネスはどうしようもなく自分が怖くなり、見つめる両手が小刻みに震えだす。と、そんな彼の手を、小さく綺麗な手がそっと包み込んだ。

「っ……ポーラ……」

「大丈夫、大丈夫よネス。落ち着いて、気をしっかり持って……あっ……」

「ポーラ!?」

元気づけるような笑みを浮かべていたポーラが、突如苦しそうな眼を閉じながらよろめく。慌てて彼女を抱きとめたネスは、焦りながら声を発した。

「ど、どうしたの!? 具合悪いの!?」

「……ちょっと眩暈がしただけ。それよりネス……サマーズに行くには……スリークに戻る必要があるわ。今、それを強く感じたの」

「スリークに?」

「ええ、だから一先ず戻りましょう。戻ればきっと、道は開けるわ」

励ましの笑みと共に、ポーラはそう言った。そんな彼女を見て、ネスは一人誓った。今度こそ、という願いを含めた誓いを。

――――もう二度と、彼女を危険な眼にあわせたくない。必ず、守り通す。

 

 

 

 

 

 

 


 

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