〜エピソード4〜
――――隕石から光が伸び、その中からカブトムシが飛び出してくる。
今までに経験した事の無い、異様な光景を目の当たりにしたネスは、瞬きもせずに呆然とその場に立ち尽くしていた。
ポーキーは情けない悲鳴を上げて尻餅をつき、ピッキーは咄嗟にネスの後ろへと隠れ、小刻みに震えている。
そんなピッキーの存在に気付いたネスは、彼を庇うように左手を広げつつ、隕石の上を飛び回っているカブトムシを睨みつけた。
条件反射的に、“ボロのバット”を握る右手に力がこもる。するとその途端、ネスは右手に違和感を覚えた。
ハッとして右手を見ると、先程の癒しの光とはまた違った七色の光が、拳を纏っていた。
「これは……?」
「うむ! やはり、わしの直感は正しかったか!」
「うわあっ!?」
突然、カブトムシがしゃがれた老人の様な声を発した事に、ネスは思わず悲鳴を上げる。
無論、他の二人も心底驚き、か細い悲鳴と共に身体を竦みあがらせた。
「カ、カブトムシが喋った……?」
「わしはカブトムシではない! ネス! わしはブンブーンという、今から十年後の未来からやってきた者、じゃ!」
「え? じ、十年後から? それにブンブーンて……あ、それより……どうして僕の名前を?」
疑問だらけで半ば混乱状態になりながら、ネスは次々とブンブーンに訊ねる。
するとブンブーンは「まあ、落ち着け」と言った後、ネスの眼前に飛び進みつつ、言葉を続けた。
「こんな姿の者を前にして混乱するのも無理はないが……今はとにかく、わしの話を聞くのじゃ。良いな?」
「う、うん……」
「うむ! よろしい! では、ネスよ。わしは未来からやってきた理由を話そう。ズバリ! わしは未来を変えるべくやってきたの、じゃ!」
「未来を……変える?」
漫画でしか聞いた事のないフレーズに、ネスは両眼を瞬かせる。
「そうじゃ! わしのいる未来はもう惨憺たる有様、じゃ! ギーグという銀河宇宙最大の破壊主が、何もかもを地獄の暗闇に叩き込んでしまったのじゃ!」
そのブンブーンの言葉を真っ正直に受け止める事は、今のネスには出来なかった。
――――銀河宇宙最大の破壊主ギーグ。
片田舎の町で平凡な暮らしをしていたネスにとっては、あまりにも場違いで、あまりにもスケールの大きい存在である。
そんな存在によって、十年後という然程遠くない未来が壊されている。辛うじてそこまで考える事は出来たが、とても信じられる事ではなかった。
「本当……なの?」
「本当じゃ! だからこそ、わしはここに来たの、じゃ! 言い伝えに従ってな!」
「言い伝え?」
「そうじゃ! 未来に残る言い伝え……『少年がそこに辿り着くならば、正しきものは光を見つける。時の流れは悪夢の大岩を砕き、光の道ができる』……つまり……」
「その言い伝えの少年が、僕って事?」
どこか他人事のようにネスが呟くと、ブンブーンは「正しく!」と威勢の良い声を上げる。
「その通りじゃ! 流石はわしが見込んだ少年! 物分かりが良くて感心、じゃ!!」
「ち、ちょっと待ってよ!? そ、そんな事を急に言われても……だって、僕は普通の……」
「もう普通ではないじゃろ? ネス、もう気づいている筈じゃ。自分の力についてな」
「力?……もしかして、これの事?」
言いながら、ネスは右手に力を込めてみた。
すると先程と同じく、拳を七色の光が纏う。そして、それを見たブンブーンが説明をしてくれた。
「そうじゃ。それは“PSI”と呼ばれるもの……分かりやすく言えば、超能力の事じゃ」
「ち、超能力!? じゃあ、やっぱりあれは……」
ネスの脳裏に、最近の野球での奇妙な感覚の事、チビの言葉が理解出来た事、そしてあの癒しの力の事が次々と浮かんでくる。
これら全ての事を『超能力』という言葉一つで片づけられる事に、ネスは戸惑いながらも大いに納得した。
そんな彼の様子を見て、理解を得たと判断したのだろう。ブンブーンが言った。
「心当たりがあるようじゃな?」
「う、うん」
「ならば、もう躊躇わなくても良い筈、じゃ! ネス、自信を持つのじゃ! あんたにはギーグを倒せる力がある! いや正確には……力がつくのじゃ!」
「力が……つく……」
「そうじゃ! ギーグの悪の計画は、もう既にこの時代から地球に一部に及んでいる筈……じゃが、今すぐに戦いを始めれば間に合う筈、じゃ!」
「戦いを始めるって……何をどうすれば……?」
「話すと長くなるからな。詳しくは後で教える。なあに、心配しなくても良い! 大切なのは知恵と勇気、そして仲間達じゃ!」
「仲間達? 僕一人でやるってわけじゃないの?」
「そうじゃ! 言い伝えにはネス、あんたを含めた三人の少年と一人の少女がギーグを倒すとある。まずはその仲間達を……」
ブンブーンがそこまで言った時だった。
突然、後方で雷が落ちたような音が鳴り響き、ネスは反射的に身を竦める。すると、ブンブーンが焦った声を出した。
「これは……いかん! 追手か!」
「追手? 追手って……」
呟きながら音のした方へとネスが振り向くと、ブンブーンが現れた時と同じ一条の光が降り注いでいるのを目にする。
――――そして、その中から全身銀色の人型の物体が、ゆっくりと姿を現した。
「久シブリダナ、ブンブーン」
人型の物体は、機械的な声色でそう言った。
けれども、その声にはハッキリと殺気が込められていて、それを耳障りに感じたネスは思わず顔を顰める。
そんな彼の前を飛び回っていたブンブーンは、苛立ち交じりに口を開いた。
「スターマン……の息子じゃな? 随分と行動が早いのう。そんなにわしに会いたかったか?」
「フン、ツマラン冗談ヲ。……ホウ、ソイツガ例ノ子供ノ一人カ?」
「えっ?」
「耳を貸すな、ネス!」
返事をした途端、ブンブーンに窘められ、ネスは反射的に両眼を閉じて身を竦ませる。
すると、スターマンの息子とブンブーンが呼んだ物体から、何かを計測するかのような音が聞こえてきた。
その音と並行して、奴はブツブツと呟き続ける。
「……オフィンス、デフィンス、スピード、バイタリティ……ドレモタイシタモノデハ……ムッ!? 潜在能力、測定不能ダト!?……ソウカ、ヤハリ危険ダトイウコトカ」
「ちっ、早速サーチしよったか。じゃがスターマンの息子よ。このネスは近い将来必ずやギーグを倒す少年、じゃ! 今ここで、討たせはせんぞ!」
「フウ、オマエハ昔カラソウダッタナ、ブンブーン。ギーグ様ノ計画ヲ邪魔スルコトニ熱心ダッタ。……シカシ、ブンブーンヨ、モウアキラメロ。ソンナ虫ケラノ状態デ、何ガ出来ル?」
「っ……くっ!」
「虫けらの状態?」
引っ掛かる言葉に、ネスはブンブーンを凝視する。しかし、今はその事について訪ねられる状況ではなかった。
突然、スターマンの息子の眼が光ったかと思うと、奴は一際大きい声で叫ぶ。
「全員マトメテ、始末シテヤル!」
「はっ……いかん!」
ブンブーンが焦った声を出すのと、スターマンの息子の両手に炎が出現したのは、殆ど同時だった。
「燃エ尽キロ!!」
「な、なんだ!?」
「炎の……魔法?」
「ひ、ひええええっっ!!」
ネスは驚愕に眼を見開き、ピッキーは泣き出しそうな声で呟き、ポーキーは完全に怯えきった様子で悲鳴を上げる。
そんな三人に向けて、スターマンの息子は両手を突き出すと、そこに纏わせていた炎を放った。
襲ってくる炎はそれ程の速さではなかったが、如何せん三人とも現状に困惑していたままの状態である。
逃げる事はおろか、顔を覆う事も忘れ、三人はただ呆然と迫り来る紅蓮を見つめていた。
しかし、そんな時に鋭いブンブーンの声が飛び込んできた。
「“サイコシールド”じゃ!!」
「ナ、ナニッ!?」
――……えっ?
ブンブーンが叫んだ直後、ネスは自らの前に薄い紫色の壁が現れたのを眼にする。
そして、炎がその壁に当たったかと思うと、まるで吸い込まれるかのように、炎は瞬く間に消えてしまった。
「チイッ! 余計ナ真似ヲ……ムッ!?」
「油断大敵、じゃ!!」
苛立たしく悪態をついていたスターマンの息子に、ブンブーンが猛スピードで体当たりする。
油断していた奴は綺麗にその攻撃をくらい、胸に大きなヒビが入りながら吹っ飛ばされた。
「グワッ!……エエイ、ブンブーンメ!」
「あきらめるんじゃ! PSIによる攻撃しか出来ぬお前に、もう勝ち目はないのじゃ!!」
「フン、確カニソウカモナ……ナラバ!!」
スターマンの息子は両腕を天へと翳すと、不愉快極まりない奇声を発する。
その声に対して、ネスは咄嗟に両手で耳を塞ぎ、ブンブーンは苦しそうに呻く。
「うっ!」
「く……何をする気じゃ!?」
「ぎゃああああっっ!!」
「うわああああっっ!!」
ブンブーンの問いかけの答えは、ポーキーとピッキーの悲鳴によってもたらされた。
ハッとして二人の方へと振り向いたネスとブンブーンは、周囲の茂みから次々とヘビや犬が姿を現すのを見る。
いずれも、何やら言葉では表現し辛い不気味な雰囲気を感じさせていて、ネスには彼らが正気ではないと理解した。
どうやら先程のスターマンの息子の奇声は、動物を操り呼び寄せるものだったらしい。
「フッフッフ、ブンブーンヨ。果タシテ今ノオ前ニ、コイツラカラ全員ヲ守レルカナ?」
「ぬうう、卑怯な!」
「ブ、ブンブーン! 動物は、僕がなんとかするよ!」
「ネス!? いかん、今のお前ではまだ……」
「大丈夫! やれる!!」
ネスはそう叫ぶや否や、動物の群れへと突っ込んでいった。
――――未だに状況が把握しきれていないが、今戦えるのはブンブーンと自分だけなのだ。ブンブーンがスターマンの息子と戦っている以上、自分はこの動物達の相手をするべきだろう。
そう判断したネスは、バットを構えて一番近くにいた犬へと迫る。そして思いきり犬の脳天にバットの一撃をお見舞いし、即座に気絶させた。
「よし、まず一匹目! 次は……っ!? うわあっ!!」
すぐさま次の敵へと視線を向けたネスだったが、不意に上空から一羽のカラスが襲撃したのに気付かず、鋭い嘴で額を突かれる。
鋭い痛みを感じた彼は、反射的にカラスを攻撃したが、その間に今度はヘビに足を噛まれてしまった。
「痛っ!……か、数が多すぎる!!」
苦痛の呻きと共に、ネスはそう毒づく。と、その時ブンブーンが叫んだ。
「ネス! 倒していても埒が明かん! その動物達を眠らすのじゃ!!」
「ね、眠らすって……どうやって?」
「そう念じれば良い! ともかく、やってみるのじゃ!!」
「う、うん!」
有無を言わさぬ強さを秘めたブンブーンの言葉に、ネスは気圧されて頷いた。
そして一先ず動物達から距離を取ると、左手を突き出しながら眼を閉じて強く念じる。すると、彼は左手に何か力が込められるのを感じた。
ハッとして眼を開き左手を見て見ると、これまでに見た癒しの光や七色の光とはまた違った、妖しい雰囲気を漂わせる光が纏われていた。
――これは?……そうか、この光を! やあっ!
直感的に理解したネスは、光を動物達の群れへと放つように左手に力を込めた。
すると、妖しい光が動物達を包み込んだかと思うと、動物達は次々と倒れていき、穏やかな寝息を立て始める。
その様子を見たスターマンの息子が、驚愕の声を上げる。
「ナニ!? “催眠術”ダト!?」
「今じゃ!!」
油断しきっていたスターマンの息子に、ブンブーンが再び迫る。
先程以上のスピードで体当たりしたブンブーンは、スターマンの息子の胸を突き破り、奴に致命傷を与えた。
「ガハッ!……ク……ブンブーンメ……イヤ、ソレヨリ……コノ少年……の……力……」
呟きながら前のめりに倒れたスターマンの息子は、一拍置いて爆発し、消滅する。
その際に生じた爆発音で、ネスが眠らせた動物達が目覚めてしまったが、どうやら正気に戻ったらしく、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
戦いが終わり、周囲に夜の静寂さが戻ると、ネスは不意に力が抜けていくのを感じて、その場にへたり込む。
そんな彼にブンブーンが心配そうに声を掛けた。
「大丈夫か、ネス?」
「う、うん……ちょっと、怖かったけど」
「まあ、無理もない。奴は未来からやってきた殺し屋……今のお前には、手に余る相手じゃったからな」
「……あんな奴らと、これから戦っていくことになるの?」
質問というよりかは確認の為といったネスの言葉に、ブンブーンは答える。
「そうじゃ。しかしネス、それだけではない。この地球の悪しき人間達も、お前の冒険の旅を邪魔するじゃろう。そして先程のように動物達も……全てはギーグの巨大にして邪悪な力が、彼らの悪の心を刺激しているからじゃ。そして悪の心を刺激された人間や動物は、簡単に連中の言いなりになってしまう……あのスターマンの息子がしたように、操られてしまうというわけじゃ」
「そっ……か」
ネスは沈痛な顔で呟き、俯き加減になる。と、そんな彼を励ますように、ブンブーンが明るい声で言う。
「なあに、そんなに不安にならなくても良い! ネス! お前は見事に凶暴化した動物達を退けたではないか! 初めてとは思えない、実に見事な“催眠術”じゃったぞ! それに、お前はまだまだ多くのPSIを使えるようになる才能を秘めているのじゃ! そうなれば、あんな奴らなんぞ楽勝じゃ! もっと自信を持つの、じゃ!!
「っ……うん! 僕、頑張ってギーグからこの地球を守るよ!」
気遣いを嬉しく思ったネスは、今の自分に出来る精一杯の笑顔でブンブーンにそう返事をした。
「うむ! 良い返事じゃ! さて、随分ドタバタしてしまったが、夜明けも近いことじゃし、そろそろ戻らねばな」
「そうだね。……あ、そういえば、ポーキーとピッキーは……」
二人の事を思い出したネスが彼らの方を振り向くと、兄弟仲良くしがみ付きあって眠っている姿が眼に映った。
――――きっと、恐怖のあまりに眼を瞑って震えている内に、眠ってしまったのだろう。
そう判断したネスが何気なくブンブーンを見ると、向こうも丁度こちらを見ていた。そして暫しの沈黙の後、彼らは互いに笑みを零す。
「こちらは戦っていたのというのに、暢気な奴らじゃのう」
「まあ、良いんじゃない? これはこれでさ。……普段からこんな風に仲良しだったら、こっちも苦労しないんだけど」
「なんじゃ? 仲悪いのか、この兄弟は?」
「憎み合ってるってわけじゃないけどね。……それはそうと、この二人どうしよう?」
ネスが訊ねると、ブンブーンは暫く唸った後に言う。
「この二人の家は遠いのか?」
「ううん。この山の麓だから、近い方だよ。ほら、あの家。ついでに言うと、その隣が僕の家」
指差しながらネスが説明すると、ブンブーンは「成程」と相槌を打った。
「それなら話が早い。わしがこの二人を家に運んでおいてやろう。ネス、お前は自分の家に帰っておくのじゃ。後でわしも行く」
「えっ? 運んでおくって、どうやって?」
「こうやってじゃ!」
そう叫んだブンブーン、そしてポーキーとピッキーを、なにやら青黒い渦のような物が包み込む。それに対してネスが声を上げるのと同時に、渦は三人の姿と共に消えてしまった。
一人その場に残されたネスは、両眼を瞬かせつつ、誰ともなしに呟く。
「い、今のって……テレポートってやつ……かな?」
空の向こうが少しずつ明るくなっている光景を眺めながら、ネスは自宅への道を走っていた。
思えば、こんな時間にこの道を通るのは初めての事だった。同じく初めて見る夜明けの空の光景も、中々見応えがある。
そしてこの夜明けが、自分にとっても大きな意味合いを持っているのだと、漠然としながらも彼は感じていた。
――ギーグとの戦いの始まりか。
心の中で呟くと、自然に不安と恐怖、そして不思議な興奮が込み上げてくる。
――早くブンブーンの話を聞きたいな。
そんな事を考えていると、いつの間にかネスは裏山を下りていた。
すると、微かにだが人の怒声が聞こえてくる。それが誰のものかは、暫く走り自宅と隣家が目前に迫ってくると分かった。
ポーキーとピッキーの家から聞こえてくる事から考えて、彼らの父親のアンブラミと母親のラードナだとみて、間違いないだろう。
「……夜中に子供をほったらかしにして出掛ける親も、どうかと思うけどな」
大目玉を食らっているであろうピッキーに深く、そしてポーキーにも少しだけ同情しつつ、ネスは呟く。
そのまま取りあえず自宅へ入ろうとした彼だったが、次の瞬間耳に飛び込んできた怒声に、驚きのあまり足を止めた。
「キイイー! こうるさいハエだよ! 死んで地獄へ行け!!」
「!?」
反射的にネスが振り向いたのと、乱暴にポーキーの家の窓が開かれて“何か”が投げ飛ばされるのは殆ど同時だった。
その投げ飛ばされた“何か”は、偶然にも彼の足もとへと飛んできた。そしてネスは、その“何か”の正体に気付く。
「ブ、ブンブーン!?」
「う、うう……ネ、ネスよ……わしともあろう者が……ハ、ハエに間違えられて……こ、この様じゃ……お、思ったよりも……わしは……弱かったようじゃ……」
羽がもがれ、手足が破損した状態で痙攣しているブンブーンは、弱々しい声で呟く。それは文字通りの虫の息で、相当危険な状態である事を物語っていた。
ネスは咄嗟に癒しのPSIを使おうと手に力を込めたが、他でもないブンブーンがそれを制する。
「よせ、ネス……今のお前の“ライフアップ”では……無理……じゃ……」
「ライフアップ? それがこのPSIの名前……って、そんな事言ってる場合じゃないよ! 無理でもなんでもしなきゃ、ブンブーンは……!」
「良いのじゃ……わしの役目は……お前に使命を伝える事……そして……こ、これを……」
「えっ?」
不意にブンブーンの身体が光ったかと思うと、彼の中からビー玉程度の大きさの青い石が現れる。
「受け取るのじゃ、ネス……」
「これは?」
両手で掬うように青い石を受け取ると、ネスはブンブーンに訊ねる。
「“音の石”という物じゃ……良いかネス……ギーグを倒すには、地球とお前の力を一つにする事が必要じゃ……この地球には……うう、苦しい……死にそうじゃ……」
「ブンブーン!」
「聞くのじゃ、ネス……お前のパワーを揺り起こし、強めてくれる……『お前だけの場所』が八か所ある……そこを全て訪れるのじゃ……この“音の石”は……その『お前だけの場所』の音を記憶する物……八か所全ての場所の音を記憶した時……お前は真の自分の力を得られるのじゃ……」
「……その『お前だけの場所』は、何処に?」
ネスが訊ねると、ブンブーンは一層苦しそうに呼吸を繰り返しつつも答える。
「わしも全てを知っている訳ではない……じゃが、この町……そう、オネットにある『ジャイアントステップ』と呼ばれる場所が……『お前だけの場所』の一つなのじゃ……」
「……分かったよ。まず僕は、そこに向かえば良いんだね?」
「そうじゃ……物分かりの良い子じゃ……やはり、言い伝えは正しかった……ネス、お前ならきっと……ギーグを倒せる……これでもう、思い残すことはない……」
辞世の句のようなブンブーンの言葉に、ネスは自分の眼が涙で滲んでくるのを感じる。
それでも彼は泣きたくなるのを懸命に堪えながら、ブンブーンに向けて、そして自分自身へ向けて決意の言葉を言った。
「絶対……絶対に全部の『お前だけの場所』を訪れるよ。そして、三人の仲間を見つけて……僕はギーグを倒す!」
「そう、か……ネス……頑張るのじゃぞ……うう……さて……こんな虫の死体を遺すわけにもいかん……では……さらばじゃ……ネス……」
次の瞬間、ブンブーンの身体が爆発した。小さいながらも激しかったその爆発が収まった時、もう彼の姿は何処にも無かった。
「……ブンブーン……」
腕で乱雑に涙を拭うと、ネスは徐に立ち上がる。そして、姿を見せ始めた朝日の方に振り返ると、両の拳を強く握りしめた。
「頑張るよ、僕」
――――こうしてネスは、“普通の少年”としての日々に一時の別れを告げ、“ギーグから地球を救う少年”としての日々を始める事となったのである。