〜エピソード7〜
「おお開いた、開いた! やっとこれで、この小屋が使えるよ」
「ありがとうよ、坊や。本当、助かった」
「いえいえ、気にしないでください」
市長のゲーハー・ピカールから『何があっても責任は取らない』という条件付きで託された鍵で小屋を開けたネスは、旅芸人達からの感謝の言葉に照れ笑いを返した。
「僕もこの小屋……というより、この小屋の向こうに用がありましたから」
「へえ、この小屋の向こうに?……ああ、ひょっとしてアレかい? ここから行ける裏山の頂上に、でっけえ足跡があるって噂を確かめに行くのかい?」
「っ!……ええ、そうです」
恐らく、『ジャアントステップ』の事とみて間違いないだろう。そう確信したネスは、大きく頷いてみせた。
「そうかい。坊やも物好きだねえ。けど気をつけなよ。頂上に登るには洞窟を通っていかなきゃならないんだけど、洞窟の中にはおっかない動物がウヨウヨいるらしいから」
「はい、知ってます。ちゃんと準備してきましたから、大丈夫です」
「準備って、もしかしてそのバットの事かい?」
リュックサックのベルトに差し込んで背負っているバットを指差して訊ねた旅芸人に、ネスは大きく頷いた。
今彼が持っているのは“フランキースタイン2号”によって壊されてしまったバットの代わりにと、店で購入したものである。使い古してガタが来ていた前の物より、数段質の良い物だった。
あの“フランキースタイン2号”の様なロボットはともかく、動物相手の護身用としては十分過ぎる代物である。
「これがあれば、動物を追い払う事くらいは平気です」
「ふ〜ん、そんなもんかね?……まあとにかく、気をつけていきなよ。あ、そうそう、鍵を開けてくれたお礼にこれを上げるよ」
言いつつ旅芸人は上着のポケットから何かを取り出すと、ネスの右手に握らせる。
渡されたネスが右手を開いてみると、そこには小さなお守りらしきものがあった。
「これは……?」
「俺達旅芸人御用達の“旅のお守り”さ。ま、縁起を担いだと思って付けるといいよ。きっと、ご利益があるから」
「あ、ありがとうございます。じゃあ僕、そろそろ行きますから」
「ああ。気をつけてな」
「はい!」
親切な旅芸人達に見送られながら、ネスはいよいよ『ジャイアントステップ』に向けて出発した。
洞窟に入った瞬間、ネスは奇妙な感覚に襲われて思わず身震いする。
――この感じ……上手く言えないけど、なんか嫌な感じだな。
不愉快な湿気が肌に纏わりつき、そこまで気温が低い筈でもないのに肌寒さを感じる。
そして何よりも、時折聞こえてくる動物の鳴き声の様な音が、ネスに緊張を与えていた。
「風の音かな?……まあ良いか、とりあえず奥に行ってみよう」
薄暗い中を慎重な足取りで進み始めたネスだが、不意に眼の前を何かが横切るのを見て、慌ててバットを構えた。
注視して横切ったものを眼で追ってみると、どうやらネズミらしい。小さな鳴き声を上げながら、洞窟内を忙しなく走り回っている。
だがネスには気付いていないのか、あるいは気にしていないのか、襲ってくる気配は見られない。暫くネズミを睨みつけていた彼だが、やがてバットを仕舞うと、大きく息を吐いた。
「なんだ、ただのネズミか。気にして損した」
いつのまにか浮かんでいた額の汗を拭うと、ネスは改めて歩き出す。
しかし、ものの数歩と進まないうちに、凄まじい殺気を感じて、思わず身を竦ませる。そして次の瞬間、彼が無意識にバットに手を掛けたのと、先程のネズミが飛びかかってきたのは殆ど同時だった。
「うわっ!?」
驚きながらバットを振るい、ネスは迫っていたネズミを追い払う。しかし、それに安堵する暇もなく、右足に激痛を感じて悲鳴を上げた。
「痛っ!!……わ、もう一匹いたのか!」
別のネズミが思い切り自分の右足を齧っているのを見て、ネスは怒りと恐怖を覚えつつ、またバットで追い払う。
だが、そうしている間に今度は先程のネズミが再び襲い掛かってきた。
――こ、このネズミ達……僕を油断させてから襲おうとしてたのか!? ネズミって、そんな賢い動物だったっけ?
二匹のネズミと格闘しながら、ネスはそんな事を考える。
別にネズミについて詳しい訳ではないが、少なくとも“敵の油断を誘う”等といった頭脳プレイをするような動物ではない筈である。
話に聞いていた通り、やはり此処にいる動物は普通ではなさそうだ。
「あ〜もうっ!! すばしっこいなあっ!!」
懸命にバットを振るうネスだが、なにせネズミは素早い上に小さい。するとどうしても攻撃を命中させるのに苦労し、彼の苛立ちは募るばかりだ。
尤もネスが攻撃し続けている以上は、ネズミ達も回避行動ばかりになる為、彼がダメージを受ける心配はない。
けれども、このままでは悪戯に体力を消耗するだけだ。そう判断したネスは、とにかくネズミ達の動きを封じようと、一旦間合いを話して“催眠術”を試みた。
しかし、ネスが“催眠術”を放とうと精神集中していた時、突然首筋に鋭い痛みが奔る。
「うあっ!?……ア、アリ!? こ、こんな大きいアリいるの!?」
いつの間にかネスの肩にはネズミ程の大きさのアリが乗っていて、彼の首筋に噛みついていた。これ程に大きいアリを、ネスは見た事がない。
明らかに異様な動物を目の当たりにし、ネスはハッキリと恐怖を覚えた。その恐怖に動かされるまま、彼はアリを思い切りはたいて吹っ飛ばす。
だが、その矢先にふと頭に何かが次々と落ちてくるのを感じる。一体何なのかと手を持っていくと、冷たいネバネバとした感触がし、ネスは鳥肌を立てた。
「な、何だこれ?……っ!? うわあああっっ!!」
掌を見た瞬間、ネスは絶叫する。なぜなら、掌に数匹のナメクジが張り付いていたからだ。これもまた、通常のナメクジよりも遥かに大きく、明らかに尋常ではない
誰でも生理的嫌悪を覚える自分の掌の光景に、ネスは半ばパニック状態になり無茶苦茶に手を動かしてナメクジを振り払う。そして、何の躊躇もなくその場から逃げ出した。
今までの戦いでは有り得なかった事である。しかし、今のネスは戦う意思を完全に失ってしまっていた。
本来ならヘビやイヌやカラス、それに人間やロボットに比べれば、ネズミやアリ、ナメクジ等は取るに足らない敵の筈である。
しかし、如何せん数が多すぎる。その上、見た目も気持ち悪さも相まって、嫌が応にも生理的嫌悪感が高まり、反比例して戦意が無くなっていくのだ。
とにかく、一旦洞窟の外に出て気持ちを落ち着けた方が良い。そう判断したネスは出口へと急いだが、後数歩という所まできた時、絶句して足を止めてしまった。
「う……あ……」
ネスの口から、無意識にそんな呻き声が漏れる。洞窟の出口付近には、数えるのも嫌になるくらいのネズミ、アリ、ナメクジが群がっていたのだ。
思わず吐き気が込み上げてきて、ネスは手で口を押さえる。そのまま後ろを振り返ってみると、先頬のネズミ達がゆっくりとこちらに近づいてきている。
その動きは、まるで獲物に恐怖心を与えつつ追いつめているかのようで、益々野生の動物らしくない行動だ。
――こいつら、やっぱりギーグによって……い、いや、今はそれよりも、何とかして逃げなきゃ!
焦りと恐怖の中、ネスは必死にこの場を切り抜ける方法を考える。
この数が相手では、バットで応戦しても勝ち目は無い。“催眠術”でも、ここまで大量の敵を一度に掛けられるか微妙だ。
打つ手なしかと、苛立ち交じりにネスが両手を握りしめた時だった。不意に両手が熱くなってきたかと思うと、七色の光を纏い始める。
初めてブンブーンに会った時と、似た光景だ。違うのは、あの時は右の拳だけだったのに今回は両方だという事である。
「そう言えば、ブンブーンはこれを見て僕を……っ、なら!!」
考えている時間は無い。ネスは両手に力を込めて頭上に高く掲げながら、動物達を一点に集めるように移動する。
そして、込めた力を一気に放つように、掲げた両手を動物達の方向へと突き出した。
「いっけえええっっ!!」
そう叫んだ瞬間、ネスの両手に纏っていた七色の光が無数の光線へと姿を変える。さながら鮮やかな虹の様なその光線は、動物達の四方八方に降り注いだ。
光線が動物達に着弾すると、小規模の爆発が巻き起こる。地面が抉れ、砂埃が周囲に舞い散り、ネスは咄嗟に右腕を覆った。
「や、やったのか?」
暫くして砂埃が収まると、ネスは恐る恐る自分が攻撃した方向を見やる。するとそこには、倒れている動物達の姿があった。
正に一撃必殺だった。そう思い、勝利の余韻と安堵による息を吐いた彼だが、不意に恐怖を覚えて己の両手を凝視する。
「今のもPSIなのか?……うっ?」
不意に眩暈を覚えたネスは、ふらつく頭を支えるように額に手を当てる。
どうやら、このPSIはかなりパワーを消耗するようだ。あれだけの威力があるのだから、それなりのリスクが伴うのは仕方ないのかもしれない。
「連発は出来ないって事か。まあ、その方がいいかな。……敵を倒す技なんだし」
今までに使った“ライフアップ”や“催眠術”とは違い、明確な攻撃能力を持ったPSI。
それは心強い技であると共に、使い方を誤れば殺傷能力を持つ技でもあるのだと、ネスは無意識に理解していた。
「気をつけて使うようにしないとな。この……」
自戒の言葉を口にしたネスの脳裏に、先程の光景が蘇る。
――――鮮やかな虹の様な七色の光。その光が光線となり、四方八方から降り注ぎ、爆発を起こす。
その光景は、彼が愛読している漫画に出てくる必殺技“ドラグーンブラスト”に酷似していた。ならば、それに肖ろうと思い、彼は自分のPSIに名を付けた。
「……“ドラグーン”は」
年季の入ったロープで幾度となく崖を登りながら、ネスは『ジャイアントステップ』を目指して洞窟内を進んでいた。
先程の戦いで動物達も警戒心を強めたのか、時折姿を見せはするものの、あまり襲ってはこなくなり、ネスは戦闘の回数を軽減する事が出来た。
勿論、完全に回避できた訳ではなく、戦いの度に出来る全身の傷を“ライフアップ”で癒しつつ進んでいる。
やがて彼は一旦洞窟内を抜け、爽やかな外界の空気を味わった後、再び洞窟内へと入る。そのまま暫く進むと、縦に長い空洞へと出た。
「うわあ、高いなあ」
思わず素直な感想が漏れ、ネスは上を見上げる。と、その時、彼は遥か高い場所で、何かが光っているのを眼にした。
「ん? なんだろう、あれ……まあ、行ってみればわかるか」
掛けられていたロープの耐久度を確認すると、ネスは掛け声と共にロープを掴み、崖を登る。その最中、ふと胸騒ぎがするのを、彼は不思議に思った。
――あれ? なんでだろう? 今更ロープで崖登りなんか怖くはないのに。
疑問を感じながらもネスはスルスルと崖を登っていき、ロープの先まで来ると別のロープを見つけ、また崖を登る。
そんな動作を数回繰り返した後、彼はようやく崖の頂上まで辿り着いた。
「ふう、やっと頂上……っ!? あれは……」
汗を拭いながら周囲を見渡していたネスの眼に、銀色に輝く光の塊の様な物が映る。
丁度洞窟の出口を塞ぐように宙に浮かんでいる“それ”を見て、彼は直観的にこの先にあるものが何かを悟った。
「これは……じゃあ、この先が……」
<よく来た>
「うわっ!?」
いきなり聞こえた声に、ネスは思わず悲鳴を上げて後退る。
状況からして眼前の光の塊が喋ったとしか考えられなかったが、それにしては耳からというよりも頭の中に直接響いている声だった。
<ここは一番目の『お前の場所』だ>
「っ! という事はやっぱり……」
<しかし、今は私の場所だ>
「……えっ?」
予想だにしていなかった言葉に、ネスは眼を瞬かせる。
「ど、どういう事だよ? だって『お前だけの場所』は僕の場所なんだろ?」
<奪い返せばよい>
一際低い声のその言葉に、ネスは全身に鳥肌が立つのを感じた。
<……できるものなら>
その直後、光の塊は更に輝きを増す。そして光が収まると、その中から一匹の巨大なアリが姿を現した。
全長二メートルを超える程の大きさにもかかわらず、二本足で直立の姿勢をしているそのアリを見て、ネスは驚愕し、同時に納得する。
――フランクが言っていたのは、このアリか! 成程、これは確かに……バケモノだ。
あの“フランキースタイン2号”をも上回る巨大な敵を前に、ネスの背中に冷たい汗が流れる。緊張感を高めつつ、彼はバットを構えた。
「やってやるさ! 僕の場所を、お前みたいな奴に占領されてたまるか!!」
叫ぶと同時に、ネスは勢いよく駆け出して巨大アリに迫る。そして先手必勝とばかりに、大きく跳躍してバットの一撃を巨大アリの脳天に浴びせる。
けれども巨大アリにバットがぶつかった瞬間、さながら金属を叩いたかのような感触が伝わり、彼は狼狽えた。
「わわっ!? か、硬……わあっ!?」
動きを止めてしまったネスの、巨大アリは容赦なく反撃する。
巨体に似合わぬ速さで体当たりを仕掛け、吹っ飛んだネスにのしかかると首筋に噛みついた。
「うわあああっっ!!……こ、こいつ!!」
激痛と間近に迫った巨大アリに恐怖を覚え、ネスは我武者羅にバットを振り回す。
しかし、如何せん体制が悪く、バットは巨大アリに当たりこそすれど、どれも決定打には至らない。
このままではマズイと思った彼は、素早く精神集中すると“催眠術”を巨大アリに放った。
妖しげな光が巨大アリを包むと、途端に奴の動きが鈍くなるが、眠る気配はない、やはり咄嗟に放ったが故、不完全な“催眠術”になってしまったようだ。
だが、それでも反撃のチャンスになった事は間違いない。ネスは力任せに巨大アリを押して、首筋に噛みついていた口を強引に離させる。
そして、そのままの勢いで巨大アリを突き飛ばし、仰向けに倒れた奴の腹にバットを振り下ろした。
すると、まるでクッションのような柔らかい感触がし、巨大アリが苦しそうにもがく。
――お腹が弱点か!!
そう判断したネスは、もがきながらも立ち上がった巨大アリの腹目掛けて、大きくバットを振り渾身の一撃をお見舞いした。
無意識の内にPSIを纏っていたその一打は、奴をボールの様に吹っ飛ばすと洞窟の壁に激突させる。
その光景を見ては手応えを感じ、噛まれた首筋を手で押さえながら軽く嘆息した。
「ふう、どうやら終わったみたい……えっ!?」
彼が勝利を確信した時だった。突然巨大アリの全身を穏やかな光が包み込む。その光に、ネスは見覚えがあった。
――――まだ数度しか見た事はないが、見間違える筈もない。“ライフアップ”の光である。
「まさか、こいつもPSIを!?……っ! 違う! あいつらか!」
ふと視界の上から“ライフアップ”の光が見え、ネスは巨大アリが激突した壁の上方に視線を向ける。
するとそこには、天井に張り付いている二匹のアリがいた。全身に穏やかな光を放っているところからして、巨大アリに“ライフアップ”を掛けた張本人なのは間違いないだろう。
――くっ……これは厄介だな。
“ライフアップ”によって傷が癒え、威嚇をしながら徐々に近づいてくる巨大アリ。そして天井の二匹のアリを見返した後、ネスは唇を噛みしめる。正直、相当面倒な状況だった。
このままでは、いくら巨大アリにダメージを与えたとしても、“ライフアップ”によって回復されてしまうのがオチだ。
かといって、天井のアリ達を先に倒そうにも、当然ながらバットがそこまで届く筈もない。ならばPSIを使うしかないのだが、それはそれで問題がある。
“催眠術”では、どれだけ眠らせられるか分からない上、眠らせている間に巨大アリを仕留められるかどうかも分からない。
先程会得したばかりの“ドラグーン”なら倒せるとは思うが、問題はその後だ。もしかしたら再び起きるかもしれない眩暈の事を考えると、おいそれと使う気になれない。
倒し損ねてしまったら、それこそ絶望的な状況になるからだ。
「こうなったら、纏めて倒すしか……何か、何か方法は……あっ」
ふと爪先に小石が当たったのを感じて、ネスは視線を落としてその小石を見やる。
「これを使うか。よし、まずは傷を……うっ?」
首筋の傷を“ライフアップ”で癒そうとしたネスだったが、精神集中をしようとした瞬間に微かな眩暈を覚え、慌てて首を振る。
どうやら、もう自分のPSIを使う力は殆ど残っていないようだった。それならばと、ネスは足元の小石を拾いながら巨大アリを睨みつける。
「最後の切り札用に取っておかないとな」
拾った小石をズボンのポケットにしまうと、ネスはバットを振りかぶって巨大アリに突撃する。
すると向こうも、体を支えている二本の足を除いた四本の足を激しく動かしながら、ネスに迫った。
「やああああっっ!!」
気合いと共にネスはバットを振り下ろしたが、巨大アリはそれを四本の足でしっかりと絡め取りダメージを防ぐ。だがそれは、ネスの望んだ展開だった。
少しでも力を抜けば簡単に競り負けてしまう状態の中、ネスはガラ空きになっていた巨大アリの腹部に蹴りを放つ。
当然、あまり強くない蹴りではあったが、的確に弱点をついたそれは、巨大アリに大きな隙を作らせるには十分だった。
口から粘着性のある液体を吐きながら、巨大アリが後退する。その際に自由になったバットをネスは再び振り被り、フルスイングの打撃を繰り出した。
先程と同じように、いやそれ以上の強さで、巨大アリは壁に向かって吹っ飛ばされ、激突する。
しかし、ここで気を緩めてはならない。ネスは素早くポケットの中の小石に手を伸ばすと、天井にいる二匹のアリへと視線を飛ばした。
すると案の定、奴らは全身に穏やかな光を帯びていた。“ライフアップ”を使う前兆である。そしてそれは、攻撃を与えられる大きなチャンスであった。
「させるかっ!!」
ネスは叫びながら、手にした小石をアリ達に向けて投げつけた。勿論、一発で終わらせずに続け様にだ。
結果、最初の一投目こそ外れたものの、二投目と三投目がアリ達に命中し、奴らは張り付いていた天井から落下する。
そのまま都合良く巨大アリの上にアリ達が落下したのを眼にすると、ネスは切り札を使う時だと判断した。
両眼を閉じ、両手を強く握りしめながら精神を集中する。その際、またしても眩暈を感じたが、構わずに続ける。
やがてネスの中の何かが、準備が完了した事を告げる。ネスは眼を見開くと、握りしめた両手を振り上げながら絶叫した。
「これで終わりだ! “ドラグーン”!!」
ネスの両手から放たれた七色の光が、瞬く間に光線となり、アリ達に襲い掛かる。やがて降り注いだ光線が一点に集い、爆発が起こった。
その爆発がアリ達を完全に包み込むと、一瞬の内に消えてしまう。そして同時に、アリ達の姿も完全に消えてしまっていた。
「あ……け、消しちゃったのか?……ん?」
自分のした事に思わず恐怖を覚えたネスだったが、ふと遠くの地面に小さく動く三つの黒い物体を眼にする。
よく眼を凝らしてみてみると、それは三匹のアリだった。普通のサイズであるそのアリ達を見て、全てを理解したネスは今度こそ終わったのだと実感し、安堵の溜息をついた。
「ふう……元のアリに戻ったって事か」
――やっぱり、此処はパワースポットだったんだな。
そう再認識したネスはようやく目的地へと辿り着けると、戦いで傷つき疲労した身体に悩まされつつ、『ジャイアントステップ』へと歩き出した。
「うわあ、これが……正に『ジャイアントステップ』だな」
巨大アリが塞いでいた出口を抜けて洞窟の外へと出たネスの前には,とてつもなく大きな足跡があった。これが『ジャイアントステップ』である事に、疑いの余地は無いだろう。
そう思ったネスは、生唾を飲み込むと静かに足跡へと近づいていく。そしてすぐ足元まで近づいた時、不意に彼の眼前が白くなった。
「う?……これは?」
不快ではない。むしろ心地よい感覚だった。しかし同時に、とても不思議な気持ちになる感覚。
そんな感覚の中で、ネスの耳に聞いた事にない音楽が聞こえてきた。曲というには余りにも短い、けれども美しい旋律。
思わず聴き惚れてしまった彼がボンヤリしていると、ふと白い世界の中で小さなムクイヌの姿が見えた。
「チビ?」
何処か愛犬の面影があるそのムクイヌに、ネスはそう呟く。しかし、その声にムクイヌは何も答えず、瞬く間に消えてしまった。
そして白一色だった世界が元に戻っていき、彼は我に返る。
「はっ……今のは一体?……そうだ、“音の石”を……」
大切な事を思い出したネスは、慌ててリュックの中から“音の石”を取り出す。
確かブンブーンの話では、“音の石”に『お前だけの場所』の音を記憶させるという事だった。
――――果たして今の音をどうやって記憶させるのか?
そんな疑問を抱きつつ彼が“音の石”を取り出すと、何故か“音の石”は淡い光を放っていた。
「え、これ……もしかして、記憶したのかな?」
戸惑ったネスは、“音の石”を額に当ててみた。何故そうしようと思ったのかは彼自身にも分からない。とにかく、そうすれば良いのではと思ったのだ。
そして、その直観は当たっていた。額に当てた“音の石”から、先程聞こえてきた旋律が頭の中に直接伝わるように流れてきた。
「こういう事か。こういう事を……後、七か所」
八か所ある内の、まだ一か所。そう考えると気が遠くなるが、それでも最初の一歩は無事に踏み出せた。
「残りは何処にあるのか、全然わからないけど……とりあえず、オネットを出た方が良いだろうな。きっと、もっと遠くにあるんだろうし」
――――ある意味、ここからが本当の冒険の始まりなのかもしれない。
そう思ったネスは、嫌が応にも緊張感を高まらせるが、同じくらい好奇心も高まっていく。
“音の石”をリュックに戻し、ズレていた帽子を被り直すと、彼は己を奮い立たせるように元気な声を出した。
「OK! この調子で、ドンドン先へ進むぞ!!」