第三話〜記憶の迷宮を彷徨いし者〜

 

 

 

 

 

―――――フォーサイド。

イーグルランド随一の大都市であるこの町では、今日も大勢の人々が通りを歩いていた。

ビジネススーツを身に纏った男性、しっかりと化粧したOL、のんびりと散歩している老夫婦に年頃のカップル。

その様な人々が歩く通りの中を、一人の少年が歩いていた。

「……お腹空いたな」

年齢は、十代中頃といった所だろうか?やや華奢な体つき、短い黒髪は少しばかりボサボサとしている。

服装は薄手のシャツにパーカー、それに大きめのズボンと言ったラフな格好。そしてどういう訳か、身の丈程はあるゴルフバッグを背負っていた。

「そろそろ……ランチにするか」

かなりの空腹なのか、元気がない声でそう呟き、彼は周りにある建物にキョロキョロと視線をとばす。

(……ベーカリーしかないのかな?……ハンバーガーが食べたいんだけど……)

等と思いながら、アテも無く町の中を歩き回っていた彼だったが、やがて、ある建物の前で足を止めた。

「……デパート、か」

――――……これだけ大きいデパートなら、ファーストフード店ぐらいあるよな。

考えた末にそういう結論に達し、少年はゆっくりとデパートに足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

「モグモグ……」

予想した通りあったハンバーガーショップで、少年は満足そうにハンバーガーに齧り付いていた。

「ングング……ん、美味しい。ここのハンバーガー」

あっという間に一つ目を平らげ、二つ目に手を伸ばす。……見た目に反して、結構な大食漢の様だ。

(さてと……これから何処に行こう……?)

彼は食事を続けながら、ボンヤリと考える。

(ここから行ける町は、スリークとか言う町だったっけ?……そこに行ってみるか)

そこまで考えると、彼は三つ目のハンバーガーに手を伸ばす。と、その時、ふと怪訝に首を傾げた。

「?そう言えば……何かここ、見覚えがある様な気が……」

思わず呟いて周囲を見回すが、すぐに気のせいだと片付けて食事を再開する。

(……まさかな……こんなデパートに、と言うかフォーサイドに今まで来た記憶なんか無いし……)

――――……って、記憶なんて物、元から殆ど無いんだっけか。

不意に彼は苦笑し、何の気なしに食べかけのハンバーガーをテーブルに置く。と、その時だった。

「!君は……」

「えっ?」

突然、自分の近くで人の声が聞こえ、少年は驚いて顔を上げる。すると、見知らぬ老人が自分を見つめていた。

その老人は暫く微動だにしなかったが、やがて静かに首を振り、「いや、まさかな……」と呟いた。

「あの……お爺さん誰ですか?僕に何か?」

怪訝に思って少年が尋ねると、老人は笑いながら手を振って詫びる。

「えっ?あ、いや、すまない。人違いだった様だ」

しかし、そう言う彼の顔は未だ少年の顔を興味深く眺めている。

それに気づいた少年がもう一度尋ねようとした時、老人は「ここ、いいかね?」と向かい側にある椅子を指差した。

「え?あ、まあ、いいですけど」

「すまない。失礼するよ」

そう言いつつ老人はゆっくりと椅子に腰掛けた。そして持っていたハンバーガーを、ボソボソと食べ始める。

(……誰だ?この人?)

少年は思わず、不審そうに眉を顰めて老人を見やる。と、その視線に気づいたのか、老人は彼に振り向いて笑みを浮かべた。

「ああ、すまない。無礼をしておいて、何の挨拶もしていなかったね。私の名はモノトリー。このデパートの隣にある

 エンリッチ・フレーバービルで、エレベーターマンをしているんだ」

「はあ……そうなんですか」

「ああ。まあ昔は……いや、こんな話は別にいいだろ。それより先程はすまなかったね。君が私の知っている男の子によく似ていたものだったから」

「……知っている男の子?お爺さ、いや、モノトリーさんのお孫さんですか、その子は?」

――――この人の年齢からして、孫がいるなら自分ぐらいの年齢だろう。

そう思って言った言葉だったが、モノトリーは苦笑しながら否定した。

「いやいや、私には孫どころか子供もいないよ。知っている男の子と言うのは、私の恩人の事なんだ」

「恩人……ですか?」

「そうだ。……しかし、彼は不幸にも一年前に亡くなったがね」

モノトリーはそう言うと、悲しげに目を伏せる。それを見て、慌てて少年は何か気遣いの言葉をかけようと口を開きかけた。

が、先程の言葉に一瞬、疑問が頭を掠めて口を閉じる。

(一年前に……亡くなった、か……)

――――何故だろう?妙な違和感を感じる……

「……あ、すまない。見ず知らずの君にするべき話ではなかったね」

「えっ?……あ、いや、そんな事は……」

どう返答していいか分からず、困った様に手を振る少年を見て、モノトリーは少し寂しそうに笑った。

「フッ……そういう仕種をすると本当によく似ているよ。失礼でなければ、名前を教えてくれないかね?」

「名前、ですか?……えっと、カイスって言います。……一応」

「?……一応とは、どう言う事だね?」

モノトリーが眉を顰めながら尋ねると、少年―――もといカイスは、視線を外しながら答えた。

「僕……記憶が無いんです」

 

 

 

 

 

 

「記憶喪失……」

「ええ。記憶にあるのは、ここ最近の事だけなんです」

「……そうか」

詳しく話を聞いたモノトリーは、沈痛な顔つきで呟く。それを見て、カイスは苦笑しながら、再びハンバーガーを食べ始めた。

彼の―――カイスの話はこうだった。

おおよそ半年前に、自分はどこかの浜辺で倒れていた。

そして近くの病院に運ばれ、三日後に目を覚ましたが、自分の名前・年齢・素性等を一切覚えていなかった。

それで仕方なく記憶探しの為という事で、こうして流浪の旅をし続けている―――との事である。

無言で彼の話しを聞いていたモノトリーは、ふと気になってカイスに尋ねた。

「すると、君のその『カイス』という名前は、一体なんなのだね?」

「え?……ああ、それはちょっと前に読んだ漫画からとったんです。旅をするにしても、名前ってのは無いと不便ですからね」

「成程、確かに」

モノトリーは大きく頷きながら、もう一度まじまじと彼を見た。

(……よく聞けば、声もどことなく似ている。じゃが、あんな事に巻き込まれて生きているとは……)

「?モノトリーさん、僕の顔に何かついてます?」

「!……あ、ああ、すまない。何でもないんだ、気にしないでくれ」

怪訝そうに首を傾げたカイスに慌てつつ、モノトリーは手を振る。

「それで、と。君はこれから何処に行くつもりなんだね?」

「う〜〜ん、とりあえずスリークって町に行ってみようと思ってます。……この町からは、一番その町が近いんですよね?」

「うむ、そうじゃ。……まあ、近いとは言ってもバスで数時間掛かるがな」

モノトリーがそう言うと、カイスは「そうですか……」と、少々ガッカリした表情を浮かべたが、すぐに首を振って小さく笑う。

「まっ、急ぎの旅って訳でもないですし、別に問題はないかな。……さて、そうと決まれば、そろそろ行こうか」

言いながら立ち上がる彼に、モノトリーは目をパチクリさせながら尋ねた。

「もう行くのかね?」

「ええ。お腹も一杯になりましたし、あんまりその……じっとしてるのは好きじゃないんですよ」

食べ終えたハンバーガーの包みをゴミ箱に放り込み、カイスは傍らに置いていたゴルフバッグを担ぐ。

その様子を見て、モノトリーは改めて尋ねてみた。

「もう一つ聞いていいかね?」

「?……何ですか、モノトリーさん?」

「そのゴルフバッグは何なのだね?」

ゴルフの趣味でもあるのかい?と言ったモノトリーに、彼は慌てて手を振った。

「ああ……違います違います。これはリュック代わりなんですよ。ゴミ捨て場に捨ててあったのを拾っただけです」

心なしか焦った様にそう言った彼は、残っていたオレンジジュースを一気飲みし、容器をゴミ箱に捨てる。

その言葉が何処かとってつけた様に感じたモノトリーだったが、カイスはそんな彼に構わず「それじゃ……」と手で挨拶しつつ背を向ける。

途端、モノトリーはある事を思いつき、彼を呼び止めた。

「あ……ちょっと待ちたまえ、カイス君」

「?」

怪訝そうに振り返ったカイスに、モノトリーは静かに言う。

「……スリークの後に行くアテがないなら、その隣町のツーソンを訪れなさい」

「?……ツーソン、ですか?」

聞き返した彼に、モノトリーは徐に頷きながら続けた。

「そうだ。勧める理由は、まあ色々あるが……とにかく騙されたと思って行ってみなさい。決して無駄足にはならないと思うよ」

「……分かりました。言われた通り、言ってみます」

「ああ、そうしたまえ。ではな、カイス君。縁があれば、また……」

「ええ、モノトリーさんも、お元気で」

互いに手で挨拶をし、カイスは再びモノトリーに背を向けて、デパートのエスカレーターを降りていく。

次第に視界から消えていくその姿を見ながら、彼は誰ともなしに呟いた。

「恐らくは人違いだろう。じゃが、万が一という事もある……」

――――ならば、是が非でも会わせるべきじゃろう……あの少女に。

溜息を一つつくと、モノトリーはゆっくりと自分の食事を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カイスがフォーサイドを後にしたのは、デパートを出てから数時間後だった。

本当はもっと早く出発したかったのだが、運悪くバスがトラブルにあったらしく、結構な時間待ちぼうけをさせられる羽目になったのだ。

(あ〜〜あ、ついてないよ……)

バスの中でボンヤリと外の景色を眺めながら、カイスは心の中で呟く。

丁度ブリッジに差し掛かっていたバスの外には、一日の勤めを終えた太陽が静かに海に沈んでいく情景が広がっていた。

(へえ〜〜〜、こりゃ綺麗だな)

思わず笑みを零しながら、彼はじっと夕陽を見つめる。そうしながら、ふと数時間前の出来事を思い返した。

(あのモノトリーって人、何か初めてって気がしなかったな……向こうも僕を、っていうか僕に似た男の子を知ってるみたいだったし……)

――――もう少し、会話しておいた方がよかったかな?

少々の後悔の念が押し寄せ、カイスは苦笑する。丁度その時、バスがトンネルに入り、窓の外はつまらない黒の景色に変わった。

(まっ、いいか。とりあえずスリークの町を見物して、それからモノトリーさんが言ってたツーソンって町に……)

彼がそこまで考えた時だった。突然バスが急ブレーキを掛け、カイスは思わず前の座席に頭をぶつける。

「うわあっ!?……ってて!な、何だ?」

頭を摩りながら何気なく窓の外を見ると、どうやらバスはトンネルを抜けていたらしい。

見渡す限り、サボテンや小型の岩山ぐらいしか見当たらない砂漠が広がっていた。

(砂漠、だよな?こんな所を通るのか。……って、それより、さっきの急ブレーキは何だ?)

次第に周りの乗客がざわつき始め、しきりに前を見ている。彼もそれに倣)って身を乗り出そうとした時だった。

『……本日は、当バスをご利用頂き、誠にありがとうございます』 

不意に車内放送の音が流れ、カイスはハッとして耳を済ませる。

『お客様にお伝えします。只今、道路をバッファローに大群が横断しております。いつこの横断が終わるか全く予測できないため、

本バスはこれよりフォーサイドに戻る他ありません。もし、ここで下車される方がいらっしゃいましたら、遠慮なく申しつけ下さい』

車内放送が終わると、乗客達は「おい、どうするよ?」「嫌だわあ、今日中にスリークに行きたかったのに!」「全く、運が悪いぜ」

等と口々に喋り始めた。が、誰一人として降りる気配は無い。みんな諦めてフォーサイドに戻るつもりらしい。

(…どうしよう?)

その様子を眺めながら、カイスは腕組みをして考える。

――――このまま自分もフォーサイドに戻るか?それとも、ここで降りて徒歩でスリークの町に向かうか?

暫く迷っていた彼だが、やがて決心した。

(戻ったって仕方ないし、今の時間帯なら砂漠も暑くないだろうしな。……降りるか)

『お降りになる方はいらっしゃいませんか?いなければ、これより本バスはフォーサイドに……』

「あっ、降ります降ります!」

慌ててカイスは運転手の言葉を遮る様に大声を出した。と、その時また、彼は妙な気持ちに襲われる。

(?……バッファローの大群……何か聞き覚えがある様な……)

首を傾げながら、カイスはバスを降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

バスを降りてから一時間ほど経つと、すっかり空は漆黒に染まっていた。

静かな砂漠の空気は身震いしてしまう程冷たい物で、容赦なくカイスの肌を突き刺していく。

「……忘れてた。砂漠は夜になると冷え込むんだった……」

両手で暖をとりつつ、肝心な事を忘れいた自分を悔やみながら、彼はふと足を止めた。

「……何か、この砂漠も初めてじゃない気がする……」

妙だな、とカイスは思う。

――――フォーサイドについた時からだ。ずっとそんな言い表せない感覚が、浮かんでは消えていく。

これまではこんな事、全くなかったのに……ひょっとすると……

「……記憶……近いうちに戻るかもな」

呟きながら空を見上げると、星々が燦燦と輝いている。それをボンヤリと眺めながら、彼は思った。

(……僕は一体……何処の誰なんだろう……?)

彼はいつも、心の真ん中に大きな穴が空いた様な虚無感を感じている。そして、それは記憶が無い為だと、彼は確信していた。

そんな虚無感があるせいで、彼はどうにもスッキリしない日々を過していた。

「……はあっ」

無意識に溜息が零れ、カイスは額に手を当てる。

「何時になったら……僕は、こんな嫌な気持ちから解放されるんだろう……?」

―――――例えるなら、迷宮を当てもなく歩いている気持ちだろうか?

希望・夢・活力。そういった思いが、何もかも闇に飲み込まれていきそうな、絶望と虚無感だけが心を支配している様な気持ち。

彼の中に今あるのは、そんな感じだった。そして、だからこそカイスは、記憶を取り戻したいと強く願っていた。

「……行こう」

頭を振って嫌な気持ちを振り払い、カイスは極寒の砂漠を猛然と駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――そんな彼の頭上遥か高く。一機のUFOが音もなく飛行していた。

そのUFOの中で、スターマン達が会話をしていた。

「スリークマデ、アトドレクライダ?」

「マモナクデス。チャクリクバショハ、ボチデイイデスネ?」

「アア。アソコナラ、ニンゲンタチモアマリチカヅカナイカラナ。……トハイエ、サスガニヨガアケタラキヅカレルダロウ。イソゲ」

「ハッ!」

操縦をしていたスターマンが答えると、UFOは瞬間的に速度を上げ、漆黒の空を裂くように飛び続ける。

―――――戦いの足音はいよいよ……人々のすぐ傍まで忍び寄ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

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