第四話〜始動する計画〜
――――すっかり夜も更けた時刻。
ようやくカイスは、スリークの町に辿り着いていた。
「やれやれ……やっと着いたみたいだな。ここがスリークか……ふああっ……」
安堵した瞬間に欠伸が漏れる。目を擦りながら、彼は眠気を払う様に頭を振った。
「さてと……この時間じゃ、ホテルにチェックインは出来ないな。……何処かで、野宿するか」
カイスはそう呟き、何気なく町を見渡す。すると、不意に全身を稲妻が奔り抜けた様な感覚に襲われ、彼は慌てて周囲を見渡した。
「!?……な、何だ!?」
気のせい、と片付けるにはあまりにもハッキリした感覚。それに合わせて、ふつふつと鳥肌が立ってきて、カイスは確信した。
――――この町には何かがある。……決して良い物ではない、何かが……
その時だった。ヒュウンと、何かが風を裂く様な音が、彼の耳に届く。
「ん?」
何だ?と思ったのも束の間、その音は一瞬で遠ざかっていった。再び静寂に戻った中で、カイスは先程の音の行方を探る。
(一瞬だったから、よく分かんないけど……あっちの方に消えた様な……)
北西の方角に目をやりつつ、彼は口を開いた。
「気になるな……行ってみよう!」
言うなりカイスは、聞こえた音を追うため、勢い良く駆け出した。
暫くの間、走り続けていたカイスだったが、ある場所に着いた所で、ふと足を止めた。
「おっと!ここは……墓地、か」
柵の向こうに、等間隔で多くの墓が並んでいる。そして、目の前の柵に『立ち入り禁止』の看板が立てられていた。
「あちゃ〜……こっちの方だと思うんだけど、入っちゃいけないんじゃ、戻るしかないか。」
溜息と共に肩を下ろし、来た道を戻ろうと彼は踵を返そうとした時だった。
「……シ。……ケ」
「……ッ。……タ」
遠くから微かな話し声が聞こえてきて、カイスはピタッと足を止める。
「……人の声だ。だけど……何だろう?何か…………」
――――普通じゃない様な気がする……
怪訝に思った彼は、無意識にその声のする方へと歩を進めていた。
『立ち入り禁止』の看板を無視して横切り、不気味な雰囲気漂う墓地を黙々と歩く。
「……ヨダ。……ルナ」
「……デス。……ショウ」
声が段々と近くなってくるにつれ、カイスはハッキリと、ある事を理解した。
(この声……人間の物じゃない……!)
―――だとしたら、一体なんなのか?
そんな事を考える間も、彼は徐々に声へと近づいていく。そして、暫く進むと、目の前の木々の向こうから、会話の内容が明確に聞えた。
「ヨシ。ヨガアケルトドウジニケイカクヲジッコウニウツス。テハジメニ、コノスリークヲシュチュウニオサメル」
(……何!?)
彼は思わず立ち止まり、息を飲む。
「ワカリマシタ。ニンゲンドモハドウシマショウ?」
「……デキルカギリトラエヨ、トノメイレイダガ……テイコウスルモノハイタシカタナイ。シマツシテカマワン」
「ハッ!」
(……!!)
そこまで聞くと、カイスは反射的に駆け出していた。木々の合間を突っ切り、声の主達の前に躍り出る。
「何の話だよ!?それは!!」
「「!……ダレダ!?」」
声の主達は彼に視線を向け、驚いた様な声を発する。……だが、驚いたのはカイスとて同じだった。
(!な、何だよ、コイツら?……う、宇宙人か、何かか?)
非現実的な現実を目の当たりにし、言葉を失ったカイスを見て、声の主―――スターマン達は、忌々しげに口を開く。
「チッ!ドウシテ、ニンゲンノコドモトイウノハ、コウモカンガスルドイノダ?」
「ワカリマセン……デスガ、ミラレタカラニハ……」
「アア」
そこで一旦言葉を切り、二人のスターマンをじっとカイスを見据えた。
「「…キエロ!!」」
間髪入れず彼らがそう叫ぶと同時に、彼らの目からビームが発射された。
「なっ!?」
驚きの声を上げながら、咄嗟にカイスはそれをかわす。だが、彼に休む間を与えない勢いで、二人のスターマンはビームを放ってきた。
「うわっ!……っと!……っだ!」
凄まじい反射神経で、必死に逃げ回るカイスだったが、それにも限界がある。
不意に体勢が崩れた瞬間、一条のビームが彼の心臓目掛けて迫ってきた。
(……マズイ!!)
このままではやられる!と思ったカイスは、両手を前に突き出しながら、叫び声を上げた。
「シールド!!」
「「!?……ナニ!?」」
突如、彼の身体は光の壁に包まれ、ビームはその壁にぶつかり音もなく消滅する。
それを見たスターマン達は、信じられないと言った表情をしながら、カイスを見やった。
「シールド、ダト……!?」
「マサカ……コイツ……」
「……何か、よく分かんないけど!お前達が悪者なのは、間違いない様だな!!」
彼が叫ぶと、スターマンは未だ動揺を隠せぬままに呟く。
「ナゼダ?……ナゼ、キサマハPSIヲ……?」
「?……PSI?」
聴き慣れぬ単語に、カイスは微かに眉を顰めた。
(……さっきのシールドの事、なのか…?)
そんな彼を見て、スターマン達は幾分か焦りを含めた口調で話し始める。
「タイチョウ。……ドウヤラ、コイツハオモッタヨリモ、キケンナソンザイノヨウデス」
「……ソノヨウダナ。マサカヤツライガイニモ、マダPSIヲツカエルニンゲンガノコッテイタトハ……」
(……?)
全く理解できない話を続ける彼らに、カイスは苛立った声を上げた。
「何なんだよ、さっきから!?訳の分らない事ばかり言って!!PSIって何だよ!?奴らって誰だよ!?」
その様子を見て、二人のスターマンは顔を見合わせる。そして、微かに嘲笑の表情を浮かべた。
「……フン。ソノヨウスダト、マダジブンノチカラヲ、リカイシテナイヨウダナ」
「コウツゴウデスネ。キケンナメハ、ハヤイウチニツマセテモライマショウ」
言うなりスターマンの一人が、何気なく片手を振りかざす。
すると一瞬のうちに、大勢のスターマンがカイスを囲む様な形で次々と現れた。
(な、何だよ?……テ、テレポートって奴か?)
彼は忙しなく周りに視線を飛ばしながら思う。と、その時、隊長と呼ばれていたスターマンが、低く呟いた。
「ワレワレニデアッタコトヲ、アノヨデコウカイスルガイイ……ヤレ!!」
「「「「「「ハッ!!」」」」」」
カイスを囲んでいたスターマンが、一斉にビームを発射する。まともに食らえば、間違いなく死に至る攻撃だろう。
そう判断した彼は、未だ悶々としている自分を封じ込め、戦う事を決意する。
(どうせ逃がしてくれそうもないしな……まずは、とりあえず!)
地上に逃げ場がないと思ったカイスは咄嗟に大きく跳躍し、上空へと舞い上がる。
それを見て取ったスターマン達は、声高らかに笑った。
「「「「「「ハハハハッ!!バカメ!!モウ、ニゲバハナイゾ!!」」」」」」
宙に浮き、身動きが出来ないカイスに容赦なくビームの雨が襲う。しかし、それが彼に命中する事は無かった。
「おっと!」
「「「「「「「!?」」」」」」」
彼は不意に身体を捻ったかと思うと、まるで重力を無視するかの様に身を回転させ、さらに空高く舞い上がる。
予想もしていなかった動きでビームを避けられ、一人のスターマンが呆然と呟く。
「ナ、ナンダ、イマノハ……?」
「やあっ!!」
そのスターマンに向けて、カイスは背負っていたゴルフバッグを全力で投げつけた。
ハッとしたスターマンは、反射的にそのゴルフバッグ目掛けてビームを放つ。
しかし、そのままゴルフバッグを貫き、カイスへと迫るはずだったビームは、何故かバッグに当たると同時に消滅する。
……いや、正確には、バッグの中に入っていた『ある物』に当たって、消滅したのだ。
「ナッ!?」
「今度はこっちの番だ!!」
カイスは上空から急降下しつつ、『ある物』―――身の丈程の長槍を掴み取り、そのままスターマンへと斬りかかる。
「ウ、ウワアアアアアッッ…!!!」
「はああっっ!!」
鋭い音と共に、スターマンは胴体を真っ二つに切断される。それに対して、着地したカイスは勢い良く両手を突き出した。
「ファイヤー!!」
彼の両手から、小さな炎の玉が放たれ、スターマンにぶつかると同時に、巨大な火柱へと変わる。
「グガアアアアアアッ……!!」
断末魔の悲鳴を上げながら、スターマンは炎の中へと消えていった。それを見た他のスターマンは、驚愕と恐怖が入り混じった声で口々に呟く。
「バ、バカナ……」
「イ、イマノハ……PSIナノカ?」
「……チガウ!アンナPSIハ、ミタコトモキイタコトモ……」
思わず攻撃の手を止めるスターマン達。カイスはその隙を見逃さず、瞬時に右手の中に、緑色に輝く光球を作り出した。
「悪いけど、一気に決めさせてもらうよ!!」
「「「「「!?」」」」」
ハッと我に返ったスターマン達は、慌ててビームを発射しようとするが、既に遅かった。
「フラーーーーーッシュ!!!」
彼は叫びながら、光球を凄まじい速さで投げつける。そして、それはスターマンの群れの中に飛び込むと同時に爆発した。
眩しくも美しい緑の光が一瞬夜の闇を照らし、それが収まると地面に大きな穴があいた景色が広がる。
そこに先程までいたスターマン達は、跡形も無く消し飛んだ様だ。
敵の大半を片付けたカイスは、最初にいたスターマン達の方に振り返す。
「さてと、残ったのはお前達だけ……って、あれ?」
途端に彼は気の抜けた声を出す。なぜなら、先程まで確かにそこにいたはずの二人のスターマンは、跡形もなく消えていたからだ。
怪訝に思いながら、カイスは周囲を見渡してみる。
(さっきのに巻き込まれた訳ないし……逃げた、のか?)
暫くキョロキョロとしていた彼だったが、やがて肩を竦めながら、一つ溜息をついた。
(まっ、気にしても仕方ないか……それにしても……)
ふとカイスは腕を組んで目を閉じる。
(アイツら、やっぱり宇宙人って考えるしかないよな。何だか良からぬ事を企んでるみたいだった。……地球征服でも、する気なのか?)
奴らの会話の内容を思い返しながら、彼はそっと目を開けた。
(それにしても……アイツらが言っていた、PSIって……何の事だろう?)
自分の手を眺めつつ、カイスは思う。
―――――……この、不思議な力の事を、言うんだろうか?
彼が自分に特殊な能力があると気づいたのは、退院してから数日後の事だった。
気づいたキッカケが何だったのかは、ハッキリと思い出せない。ただ、以前からずっと使い慣れてきた様な感覚が、彼の中にあった。
(PSI……聞いた事無いな。だけど、何か……どこかで……それに、アイツらも……)
またしても、言い表せない感覚が彼を襲い、もどかしさが心を支配していく。
「っ……くそっ!」
やがて、痺れを切らしたカイスは、頭を乱暴に掻き毟り、思考を中断した。
「……とにかく、早いとこ離れた方が良さそうだな。さっきの戦闘の音を聞こえてたら、必ず誰かが来るだろうし……」
そう呟き、来た道を戻ろうとした彼だったが、ある事に気づいてハッとした。
「……やっばいな。この槍、どうしよう?このまま持ってると、やっぱ目立つよな〜……」
僅かに地面に残っている、入れ物にしていたゴルフバッグの燃えカスを眺めながら、カイスは困った様に頬を掻く。
咄嗟だったとはいえ、バッグを盾代わりにしたのは、いささかマズかった様だ。
いっその事、処分してしまおうか?と一瞬考えた彼だったが、直ぐに苦笑しながらその考えを打ち消す。
「……流石にそれは出来ないよな。この槍は、僕の大事なもの……なのかもしれないんだし」
そう呟いたカイスの意識は、半年前に遡る。
―――――確か意識を取り戻して、数日経った時だったよな……
……
………
「……それじゃあ、何も思い出せないんだね?」
「……はい」
悲しげに俯いた少年に、医師は励ます様な笑みを浮かべた。
「ははっ。そんなに落ち込む事はないよ。記憶なんて物は、案外簡単に戻る物だ。まあ、身体の方は心配ないみたいだから、安心しなさい」
「……ありがとうございます」
少年がベッドの上で頭を下げた時、ノックの音と共に、何やら細長い包みを抱えた看護師が、部屋に入ってきた。
「先生、どうでした?」
「うむ。記憶喪失、と見て間違い無いだろう」
「……そうですか。あっ、そうそう。これ……一応、渡しておいた方がいいと思いまして……」
「ああ、そうだな。君」
「えっ?」
いきなり妙な物を渡され、少年は目を丸くする。それを見て、医師はゆっくりと口を開いた。
「君が浜辺に流れ着いた時、しっかりと握っていた物だよ」
「……握っていた?」
少年は訳が分からぬまま、とりあえず渡された包みを開けてみる。すると、予想だにしない物が姿を現した。
「!……これって、槍?」
「そうよ。まあ物騒な物を持っていたものね、君も」
「全くだ」
「……すいません」
「あっ、いや別に説教している訳ではないよ。……とにかく、君の大切な物なんだろう。持っておきなさい」
「ええ、その方がいいわ。記憶を取り戻す、キッカケになるかもしれないから」
「……はい」
……
…………
「……早く記憶を取り戻したいよな。そうすれば、この槍が何なのかも分かるだろうし……」
ポツリと呟きながら、カイスは少しだけ白くなってきた夜空を見上げる。……その時だった。
「コノハドウ……ナルホド、スコシハPSIノココロエガアルヨウダナ」
「!?」
どこからか聞いた事の無い声が聞こえ、彼は反射的に周りに忙しなく視線を飛ばす。
「だ、誰だ!?さっきの奴の仲間か!?」
「……ソノトオリ」
再び声が聞こえた瞬間だった。不意にカイスの頭上から、無数の流星が降り注ぐ。
完全に隙をつかれた彼は、避ける事も防ぐ事も出来ず、轟音と共に降り注ぐ流星に飲み込まれた。
「なっ!?……うわああああああっっ!!!!」
激しい痛みが全身を襲い、気づいた時には、カイスは血まみれになって吹っ飛ばされていた。
「……ぐっ!!」
無様に地面に激突した彼は、槍を支えにして何とか立ち上がろうとする。
しかし痛みと出血によって意識が朦朧とし、片膝をつくのが精一杯だった。
(何……だ?……今のは……?)
「スターストームイッパツデ、ソノザマトハ……オモッタホドノモノデモナカッタカ」
「!!」
霞んできた目を見開くと、目の前に先程の宇宙人と思わしき影があった。
「誰……だよ?お前……は……?」
「シニユクモノニ、ワザワザナノルナナドナイ」
目の前の影がそう言った時、また別の声がカイスに耳に響く。
「サスガハソウトウサマ。ミゴトナオテナミデス」
(!……この声は……さっきの……)
「フン、タアイナイモノダ。……ソレヨリ、ケイカクノコトダガ……」
(……計……画?)
「……モウシワケアリマセン、ソウトウサマ。コイツニヨッテ、ジッコウブタイノホトンドガ……」
「ソウカ。シカタガナイ、コノマチハアトマワシダ。トリアエズ……ン……」
(!?……くそっ!耳が遠くなって……)
薄れゆく意識を懸命に戻そうと、彼は必死に自分を奮い立たせる。
そのかいあってか、何とか気絶せずにはすんだが、依然として耳は遠いままだった。
「ハッ。……デ、………ニ?」
「ソウ……。……ダ」
(っ……何だ!?何を話して……)
突然、何かが消える音がし、カイスは思わず声を上げる。
「!……ま、待て!!」
だが、その叫びに答えるものはなく、シンとした静寂だけが、周りに残っていた。
「くっ……!」
彼は気力を振り絞って何とか立ち上がると、激痛を堪えながら、これからの事を考える。
(病院に行きたいけど……この町の病院は駄目だな。さっきの音は、流石に誰かに聞こえてるだろうし。
……色々聞かれると面倒だ。仕方ない、隣町のツーソンって町に行くか!)
そう決断すると、カイスは出血箇所を抑えつつ、ツーソンへと駆け出した。……人目につかぬよう、森の中を回り道して。
(……時間との勝負だな。……何とか持ってくれよ、僕の身体!)
――――轟音を耳にした、スリークの人々が集まってきたのは、それから数分後の事である。
そこには所々に空いた地面の穴と、何かが燃えた様な後、そして多量の血痕がある以外、何も無かった。
それ故、人々は異口同音にこう口走った―――『怪奇現象』と。