第五話~過ぎる不安と予知せぬ邂逅〜
――――サターンバレー。
「……そうか。やはり、間違いないみたいだな。……奴らが、再び動き出したと見て」
ジェフからの手紙を受け取り、この地に赴いていたプーは、彼の話を聞いて一人頷く。
「えっ?間違いないって……プー、ひょっとして気がついてたの?」
怪訝そうな表情でジェフが尋ねると、「ああ」と低い声で答え、プーは続けた。
「お前からの手紙が来る数日前の夜、ふと凶星を目にしたんだ」
「……凶星?」
「そうだ。まあ、奴らの事とまでは分からなかったが……お前の話を聞いた今となっては、あの凶星はこの事を示していたとしか思えん」
「……スターマンの、地球征服」
「あるいは……破壊、か」
重々しい空気が、二人の間に流れる。ややあって、ジェフが口を開いた。
「……プーは、どう思う?」
「?……何がだ?」
プーが聞き返すと、彼は暫く言い淀む様な仕種を見せていたが、やがて意を決したらしく、静かに言う。
「トニーの推測が当たってると仮定した場合……何で僕達四人の中で、ネスだけが奴らのターゲットになったのか?……どう思う?」
「…………」
その問いに、プーは目を閉じて多少考え込む。が、それも束の間、「断定は出来んが…」と前置きをしてゆっくりと続けた。
「俺が考えるに……理由は二つあると思う」
「……二つ?」
「ああ」
言いつつ彼は、ピッと右手の人差し指を立てる。
「一つ目は……お前の親友の言う通り、『ネスの力が奴らの計画に邪魔だったから始末した』という考えだ」
「でも……それだったら……」
「分かっている」
何かを言いかけるジェフを、プーは短く頷く事で遮った。
「確かに、この考えでいくならば、俺達が標的にならなかった事について疑問が浮かぶ。だがジェフ……こうは考えられないか?」
「えっ?」
戸惑いの表情を浮かべた彼に、立てた右手の人差し指と中指を見せながら、プーは続きを言う。
「二つ目の考えだ。……奴らの目的の中に、『俺達への復讐』があったとしたら、どうだ?」
「!僕達への……復讐?」
驚愕に目を見開きながら、ジェフは思わず鸚鵡返しをしてしまった。―――――それって……まさか!?
「そう。そのまさか、とは考えられないか?」
彼の表情から心中の思いを察したプーは、自分に問いかけるかの様な口調で話を続けた。
「奴らの頭……ギーグを倒したのは、紛れもない俺達だ。当然、奴らは俺達の事を憎んでいるだろう。復讐したいと思うのも、無理は無い」
「……そうだね。でも……それとネスだけがスターマン達の標的になった事に、どんな関係が……?」
「……危ない橋を渡りたくなかったのではないか、と、俺は考えている」
「危ない橋?」
「ああ」
自分で言うのも情けないがな、と呟きつつ、彼は自身の考えを述べる。
「神秘の力……いやPSI能力において、あいつの……ネスの力は、俺やポーラとは桁違いだ。
ハッキリ言って、俺の力など、奴の足元にも及ばん。……まあポーラは、『てれぱしー』とやらが使えるから、一概にそう言えんがな」
「!?……そ、そんな事ないと思う……けど……?」
「いや、こればっかりは、PSI能力の無いお前には理解出来ない物だ。……元々、天性の素質に恵まれていたのもあるだろうが、
『まじかんと』とかいう場所から、戻ってきてからのあいつの力は、更に強大なものになっていた。……歴然とした力の差を、
これでもかと言うくらい、見せつけられる程にな」
「………」
そこまで言って、微かに苦笑しだしたプーを、ジェフは複雑な表情で見つめた。
初めて聞かされた彼の本音に、思わず更に追及したくなるが、今はそんな事を話してる場合ではない。
コホンと咳払いをした後、ジェフは話を元に戻した。
「まあ、つまり……君の考えをまとめると、スターマン達は僕達に復讐したいと思ってたけど、ネスだけは勝ち目が無いと判断して、
あの『アースマリン号』爆発事件に巻き込んで始末した……こういう事?」
「そうだ。もっとも……根拠など何もない推測だがな」
「でも……まるで違う、とも言い切れない訳だろ?」
「……ああ」
それっきり二人は黙り込んで、それぞれ考えを巡らしていたが、やがてプーがふと思い出した様に口を開いた。
「……そういえば、ジェフ」
「何?」
「この事、ポーラに話したのか?」
「……いや、まだだ」
ジェフは沈痛な顔つきで、静かに首を振る。
「ポーラはまだ……ネスの事から完全に立ち直れていないから……話さない方がいいと思って」
「……確かにな。だが、もう話さない訳にもいくまい。恐らくもうすぐ……俺達の前に、必ず奴らが現れるはずだからな」
「……そうだね。じゃあ、プー。出来るだけ早い方が良い、今から行こう」
「分かった。瞬間移動で行くぞ」
その言葉を合図に、二人は立ち上がり、プーは静かに目を閉じる。そしてジェフの肩に、そっと手を置いた。
「………」
暫くすると彼らは眩い光に包まれ、跡形もなく消えていた。
―――――数時間前、ツーソン。
「それじゃあ皆、また明日ね」
「「「「ポーラお姉ちゃん!さよ〜〜〜なら〜〜〜!!」」」」
「さようなら、皆!気をつけて帰るのよ?」
「「「「ハ〜〜〜〜〜〜イ!!!」」」」
ポーラに見送られる中、子供達はブンブンと手を振りながら遠ざかっていく。
時刻は夕暮れ。ポーラスター幼稚園での一日を終えた園児達は、揃って帰路への道を歩いていた。
「今日も楽しかったね!」
「うん!」
「明日は何して遊ぶ?」
「決まってるだろ?野球だよ、野球!」
「え〜〜っ!?私は嫌よ!明日は絶対、おままごと!」
「冗談じゃない!俺が野球と言ったら、野球なんだ!!」
「何でよ!?」
「何でもだ!!」
「まあまあ二人共、落ち着いて」
「そうそう。両方やればいいじゃいない。ね?」
些細な事から言い争いになりかけた二人を、他の園児達が必死に宥める。
と、その甲斐あってか、未だ不服な顔をしながらも、少年と少女はとりあえず口論を止めた。
「ちぇ……まあ明日の事は、明日決めればいいか」
「それもそうね。……あっ、そうだ!私、ママからヌスット広場で、お塩とケチャップを買ってくるように言われてたんだ」
「えっ、そうなの?」
「じゃあ俺達、先に帰ってるぞ?」
「うん、そうして!じゃあ皆、バイバ〜〜イ!!」
友人達に手を振りながら、少女はヌスット広場へと足を踏み入れた。
――――数分後。
「さ〜〜〜て、お使い終了っと!!早くお家に帰ろう!」
無事に買い物を終えた少女は、少しばかり赤くなった空を見上げながら言う。
(ちょっと遅くなっちゃったわね。……小物屋さんで、寄り道したからかな?)
等と思いながら、ヌスット広場を出ようとした少女の足元で、鳴き声の様なものが聞こえた。
「……チュウ」
その鳴き声に、思わず少女は足を止める。そして、今しがた聞こえた鳴き声を、声に出しながら確認した。
「……ちゅう?」
そして、彼女は何気なく足元に視線を向ける。するとそこには、可愛らしい子ネズミがちょこんと立っていた。
「わあっ!子ネズミさんだ!!」
「……チュウ」
「あはっ!可愛い!」
笑いながら手を伸ばし、ネズミを抱き抱えようとした少女だったが、ふとネズミの様子がおかしいのに気づき、怪訝そうな声を出す。
「あれ?この赤いの……血?」
「……チュウ」
まるで自分の問いかけに答えるかの様に返事をしたネズミに、身を屈めて視線を合わせる。
「あなた……怪我してるの?」
「チュチュウ。チュウ……」
尋ねてみると、ネズミは「違う」と言った風に首を振った。
(このネズミ……私の言ってる事が分かるのかしら?)
そんなまさか、と思いながらも、少女はもう一度、ネズミに尋ねてみる。
「じゃあ、ネズミさん。その血は……何なの?」
「チュウ……」
途端、ネズミは少女に背を向け、森の中へと駆け出した。
「あっ!待って、ネズミさん!!」
慌てて少女は、ネズミの後を追いかける。もはや、家に帰るといった事は、彼女の頭の中から消えていた。
ただ、この少し不思議なネズミを追いかける事に、少女は夢中になっていた。
「はあっ……はあっ…ま、待ってったら〜〜〜!!」
森の中をかなりの速さで駆け抜けていくネズミを見失わない様に、少女は息を切らしながら懸命に走り続ける。
「チュチュチュウ。チュウ、チュウ……」
ネズミは時たま振り返り、暫く鳴き続けた後、また走り出す。
(もしかして……私をどこかに案内してるのかな?)
彼女がそう思った直後だった。不意にネズミが立ち止まったのを確認し、少女もそれに合わせる様に足を止める。
「?……どうしたの、ネズミさん?」
「チュチュウ」
「……ん?」
しきりに鳴き続けているネズミの見ている方向に、彼女は何気なく目をやる。
すると次の瞬間、思わず口を手で押さえ、後ずさりをしながら上擦った声を出した。
「っ!?……ヤダっ!ひ、人!?」
そう。そこには人がいた……いや、倒れていたのだ。
うつ伏せなのでよく分からないが、少なくとも大人では無いだろう。その人の周りには真っ赤な液体―――血が、水溜りの様に存在している。
恐らく、ネズミに付いていたのは、この人の血なのだろう。――――と、言う事は……
「こ、この人……あなたの飼い主?」
戸惑いながら少女はネズミに尋ねる。すると、ネズミは「チュウチュウ」と首を振りながら忙しなく鳴き続けた。
(……違うのかな?……でも、きっとこのネズミさん……)
――――私に、この人を助けて欲しいんだわ!
そう判断した少女は、ネズミに向かって大きく頷く。
「分かったわ、ネズミさん!すぐに、お医者さんを呼んでくるね!!」
言うや否や、少女はすぐさま身を翻し、病院へ知らせようと走り出した。
――――すっかり夕陽が大地を照らす時刻。
ポーラはフルーツの入ったバスケットを手に、病院へと歩いていた。
「ふう〜〜……遅くなっちゃったわね。隣のお婆さんのお見舞い」
手首の腕時計を眺めつつ、彼女はそっと溜息をつく。
……幼い事から世話になっていた近所の老婦人が、とある病気で入院する事になったのは一週間前の事だ。
病気自体は大したものではないのだが、やはり高齢であるために回復は遅く、未だ退院には至っていない。
加えて、その人には既に身寄りの人が居らず、それ故ポーラの家族達が交代で見舞いに行っているのだ。
(あんまり遅いと、パパが心配するのよね……でも、行ってすぐに帰るのも……)
等と、あれこれ考えている内に、彼女はいつしか病院へと到着していた。
受付の人に軽く挨拶し、慣れた足取りで目的の病室を目指す。
「……っと。ここね」
病室の横の名札を確認すると、ポーラは遠慮がちにノックをした。
「すいません」
「……どなたかね?」
「ポーラです。お婆さん」
「おお、ポーラちゃんか。お入り」
「はい」
ゆっくりとドアを開けると、嬉しそうに顔を綻ばす老婦人と目が合った。
「いらっしゃい、ポーラちゃん」
「こんにちは、お婆さん。ごめんなさいね、いつもより遅くなっちゃって……これ、お見舞いです」
「ありがとう。いつもすまないね」
「リンゴでも食べますか?剥きますよ?」
「おや、いいのかい?……それじゃ、お願いしようかね」
「はい」
持ってきていた果物ナイフを取り出し、ポーラは手際よくリンゴの皮を剥いていく。
そんな彼女を優しげな眼差しで見つめながら、老婦人は口を開いた。
「パパさんやママさんも、お変わりないかい?」
「ええ、二人は勿論、幼稚園の皆もとっても元気ですよ。……ハイ、どうぞ」
綺麗に切り終えたリンゴを備え付けの皿に盛り、ポーラはそれを老婦人へと差し出す。
「ありがとう。では、頂くとしようかの」
手を合わせた後、ゆっくりとリンゴを食べ始めた老婦人を、暫し眺めていた彼女だったが、
ふと何気なく病室を見渡すと、以前に来た時とは違っている事に気がついた。
「あれ?」
「ん?……どうかしたかね、ポーラちゃん?」
「いや、その……お婆さん、あそこ……」
そう言いながら、ポーラは対角線上にあるベッドを指差した。
周りをカーテンで囲われているそのベッドは、明らかに誰かが使用しているという事が見て取れる。
しかし、彼女が依然この病室を訪れた時、ここには老婦人以外に誰も入院していなかったはずだ。
それに病室前には、老婦人以外の名札も見なかったはずである。
(……何か、変じゃないかしら?)
そう感じて、ポーラは思わず首を傾げたのだ。
「ああ、あそこかね。実は一時間ほど前に、大怪我をした男の子が運ばれてきたんだよ」
「えっ?大怪我をした男の子……ですか?」
「そうとも。何でも、町外れの森の中で血塗れで倒れていたそうだよ。……まあ、何とか一命を取り留めたみたいじゃったがな。
意識も近いうちに戻るそうじゃから、それまで空いていたココのベッドに移されているんじゃよ」
老婦人の言葉に、おもわずポーラはカーテンに囲われているベッドを見やる。
(急患って事ね……それで名札がなかったのか……それにしても……)
「血塗れで倒れていたのに……よく助かりましたね」
思わず声に出てしまった彼女の呟きに、老婦人は「本当にね」と頷いた。
「お医者さんも驚いていたよ。きっとすごい生命力の持ち主なんだろうって、言っとったな」
……と、その時だった。
「……う……うん……」
(……えっ!?)
不意にベッドから聞こえた声に、ポーラは反射的に息を呑む。――――まさか……今の声は……?
(まさか……まさかね……聞き間違いよ)
必死にそう自分に言い聞かせるが、それとは裏腹に彼女の本能は、ある事を告げていた。
――――……絶対に聞き間違うはずがない。……そう、あの声だけは……
「ん?……ポーラちゃん、どうしたんだい?」
「…………」
急に立ち上がったポーラに老婦人は尋ねるが、彼女はそれには何も答えず、静かに声が聞こえたベッドへと歩み寄る。
そして、緊張のあまり震えている手で、ゆっくりとカーテンを開けた。すると、そこには……
「……っ!!!」
瞬間、ポーラは時が止まったかの様な感覚を覚える。
(……嘘……でしょ?)
ベッドに横たわっていた少年を見つめながら、彼女は心の中で呟いた。
「ううん……」
再び微かな声を漏らしたその少年は、彼女の記憶にある『彼』と、何ら違っていない。
――――まだ幼さの残る顔。包帯の巻かれた頭から所々飛び出ている、少々ボサついた黒髪。
ポーラはその少年の閉じられている瞳の色を、そしてその少年の笑顔を、ありありと思い浮かべる事が出来た。
―――……ネ……ス……?
そう。一年前、突如として自分の前から消えてしまった少年が……そこにいた。