第六話〜交わさるは視線、せぬは心〜

 

 

 

――――夜も更けた時刻。

「う……ん……?」

意識が戻ったカイスは、未だボンヤリとして定まらない視界の中で、自分が置かれている状況を把握しようと記憶を探る。

(確か……ツーソンへのトンネルを通って……)

そう、トンネルを通り、ツーソンへと辿り着いた。……それは覚えてる。

その後、目立たない様に森の中を歩きながら、場所も分からない病院へと必死に進んでいた。……これも覚えている。

しかし、それ以後の記憶は無い。つまり……

(……気絶したのか……僕は……って事は……ここは病院……?)

そう考える間に彼の視界は覚醒し、辺り一面が真っ白な世界を映し出した。ほぼ間違いなく、ここは病院の様だ。

(やっぱり病院だな、ここは……でも、誰が……?)

自分が歩いていた場所は、そうそう人が通る場所ではなかったはず、とカイスは思う。

だが、こうして自分が病院にいるとなると、誰かが自分を見つけてくれたと考えるしか無い。

(誰だか知らないけど……感謝してもしきれないな)

まだ見ぬ恩人に心の中で礼を言いながら、彼は軽く笑った。と、その時、不意に白いカーテンが開き、医師が姿を現す。

カイスはそれを確認すると、ゆっくりと上半身を起こした。

「もう動けるのかね?」

医師がいささか驚いた様に尋ねると、彼は小さく頷いた。

「はい、大丈夫です。……あの、僕はどうして……」

「どうして病院にいるのか、かね?……女の子が知らせてくれたんだよ」

「……女の子?」

カイスが聞き返すと、医師は「そうだ」と言って続ける。

「数時間前にね、まだ4、5才ぐらいだったかな。『森の中で人が倒れている!』って、駆け込んで来たんだよ。

 あまりにも真剣な顔で言うものだから、念のため救護班を送ってみたら君がいたと言う訳だ」

「……」

――――僕は、そんな小さな女の子に助けられたのか……

そんな事を考えて、意外そうな表情をしているカイスの包帯を、医師はゆっくりと解き始めた。

「!?……信じられんな、もう殆ど傷が塞がってるではないか。よほど傷が癒えるのが早いんだね、君は」

「え、ええ……まあ……」

尋ねられても、今まで怪我をした記憶などないので、どう返答していいのか見当もつかない。

仕方なく曖昧に頷いた彼だったが、やがて思い出した様に声を上げた。

「あっ、そうだ!先生、あの……僕が持っていた、その……」

「?……ああ、あれかね?心配しなくてもいい、ちゃんと預かっているよ」

「……ありがとうございます」

軽く頭を下げたカイスに、医師は少々訝しげな視線を投げる。

「しかし……君はなんだって、あんな物騒な物を?」

「え?そ、それは……い、色々と……」

「……まあいい。それより君の事だが、今日一日はここに泊まっていきなさい。念の為にね」

「……そうさせてもらいます」

彼は目を擦りながら返事をした。事態を把握して安心したのか、急に眠気が襲ってきたのだ。

思わず欠伸をすると、医師は口元に手を当てて苦笑する。

「ふっ。その様子なら、明日には完治しているだろう。ではな、えっと……」

「カイスです」

「そうか。ではカイス君、お大事に」

そう言って医師が姿を消すと、カイスはすぐに横になり、瞬く間に眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――翌日。

休日なのにも関わらず、ポーラスター幼稚園の庭には、子供達の元気な姿があった。

無論、幼稚園自体は休みであるが、だからといって敷地を封鎖している訳ではない。

なので、休日であっても、ポーラスター幼稚園は子供達の遊び場になっているのだ。

「だ〜か〜ら!おままごとって言ったら、お・ま・ま・ご・と!!」

「い〜〜〜や!誰が何と言おうと、絶対に野球だ!!」

「あ〜〜ほらほら二人とも!喧嘩しないで」

「そうだよ。ここは公平に、ジャンケンで決めたら?」

そんな子供達の会話を、ポーラを二階の自室からボンヤリと聞きつつ溜息をつく。

組んだ腕に顔を埋ませながら思うのは、昨日突然やって来たジェフとプーから聞かされた話であった。

……

…………

「……本当なの?」

「まだハッキリとした訳じゃないけど……ほぼ間違い無いと思う」

「ああ」

「……じ、じゃあ……私達はどうすれば?」

「……今の所はなんとも言えん。ただ奴らは、いつ動き始めるか分からんからな。気をつけておいた方がいいだろう」

「うん。後はポーラ、何か不吉な気配を感じたら知らせて欲しいんだ。君には予知能力があるからね」

「……分かったわ。何か感じたらすぐに連絡する」

「ああ、頼む。俺は俺で探ってみる」

「僕もどせいさん達と協力して、凄いメカを開発するよ」

……

…………

(スターマン達の復讐なんて……)

『アースマリン号』の事件も奴らの仕業だ、と、二人は言っていた。……邪魔者であるネスを始末するための。

(たとしたら……やっぱりネスは……でも……)

そこまで考えた彼女の頭の中に、昨日病院で見た少年の顔が浮かぶ。―――――あれは……誰なの?

(他人の空似……だったのかしら……?)

ショックを受けて、あの後すぐに飛び出してしまったから、本当はそうだったのかもしれない。

ただ自分がネスに会いたいを常に願っていたから……似た人を見て、その人がネスだと錯覚してしまったのだろう。

それに声にしたって、微かな声を聞いただけなのだ。今、冷静になって考えれば、そう判断するのが妥当の様な気がする。

(そう……よね……今はそんな事を考えている場合じゃないわ。……いつでも気配を感じられる様にしておかないと)

やや強引にそう結論づけ、ポーラが大きく深呼吸した時だった。

「「「「ポーラお姉ちゃ〜〜〜ん!!」」」」

窓の外から自分を呼ぶ子供達の声が聞こえ、彼女はヒョイっと窓から顔を出す。

「どうしたの?」

「あのね、暇だったら一緒に遊んで欲しいの!」

「ああ……分かったわ。すぐに行くから、ちょっと待っててね!」

笑顔で返事をした後、ポーラは自室のドアを開けてパタパタと階段を下りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

病院の玄関を出たカイスは、大きく伸びをすると、後ろに立っていた医師に振り返った。

「どうも、お世話になりました」

「いや……元気になって何よりだ。何故、あんな大怪我をしたのかは聞かんが……あまり無茶をするものではないよ?」

「はい。これからは気をつけます。それはそうと……いいんですか?こんなの貰っちゃって?」

言いながら彼は、細長い布の包みに視線を向ける。この中に何が入っているのかは、敢えて言う必要もないだろう。

「ああ……構わんよ。あんな物をそのまま持ち歩いていたら、目立って仕方がないだろう?」

苦笑交じりの医師の言葉に、カイスはバツが悪そうに頬を掻きながら頷いた。

「ええ、正直どうしようか困ってたんです。それじゃ、遠慮なく使わせてもらいます」

「そうしなさい。ではな、カイス君」

「はい!ありがとうございました、先生!」

深々と頭を下げると、彼はくるりと身を翻し、病院を後にする。

(さてと……これから、どうしようかな?)

今後の事を色々考えていたカイスの頭に、ふと、ある事が思い出された。

(そう言えば……モノトリーさんが、この町を訪れろって言ってた様な……でも、何でだろう?)

首を捻りながら、彼はアテもなくツーソンを歩き回る。と、そんな時、また例の感覚に襲われたカイスは、無意識に足を止めた。

「知ってる……気がするな……ここを……」

フォーサイドや砂漠と同じ感覚……いや、同じではない。

今までよりもハッキリと感じるが、それでいて肝心な所が分からないもどかしさも大きい物だった。

(くそ!もう少しで何か思い出しそうなのに……痛っ!)

突然、強い頭痛に襲われ、彼は慌てて額に手を当てる。

(……無理に思い出そうとしちゃ、いけないって事か)

カイスがそう思い、溜息をついた時だった。

不意に足元にボールが転がっているのに気づき、彼は何気なくそれを拾う。

(?……なんで、こんな所にボールが……?) 

怪訝にカイスが思った時だった。

「……ったく!おい、ボール見つかったか!?」

「ううん……後一個がどこにもないよ……」

「全く!だから野球なんて嫌だって言ったのよ!」

「ほらほら、そんな事言わないで……もっとしっかり探して見ましょう」

そんな会話が聞こえ、声のする方に振り向くと、どうやらそこは幼稚園らしい。

敷地内では数人の小さな園児達と、自分と同年代くらいの少女……恐らくは、先生だろう。その人達がボールを探していた。

(ひょっとして……これ、か?)

まず間違いないだろう。そう考えてカイスは、彼女達に声を掛けた。

「あのう……探してるボールって、これ?」

その声に、彼女達は一斉に彼の方へと振り向く。

同時に幼稚園の先生と思わしき少女が、突然驚いた様な顔で大きく目を見開いた。

「……っ!!」

(えっ……?)

そしてカイスも、彼女から目が離せなくなる。……例の感覚が、再び彼に襲い掛かってきた。

(この娘……なんだか……)

――――昔から……知ってる様な気が……

「あ〜〜〜それだ!!」

「よ、よかったあ!!」

思わず立ち尽くしていたカイスの元に、二人の少年が喜んで駆けてくる。

と、彼はハッと我に返り、少年達にボールを手渡した。

「あ、ああ……はい、これ。そこに転がってたよ」

「え?……そっか、どおりでいくら探しても見つからなかった訳だ」

「そうだね。ありがとうお兄ちゃん!」

「ありがとう!」

礼儀正しく頭を下げた二人に、カイスは無意識に笑みを零す。

「はは……別にお礼なんていいよ」

彼が返事を返すと、少年達の後ろから素っ頓狂な声がした。

「……あ〜〜〜〜思い出した!!お兄ちゃん、もしかして……」

「へっ?」

いきなりの大声に、少々面食らっているカイスの元に、少女が慌てて駆け寄ってくる。

「お兄ちゃん。昨日、森の中で怪我して倒れてなかった?」

「!……どうして、その事を?」

「やっぱり!よかったあ……治ったのね」

安堵の溜息をついた少女に、ある事を思った彼は遠慮がちに尋ねた。

「えっと……ひょっとして、君が僕を……?」

「うん!ネズミさんが教えてくれたのよ」

「え?……ネ、ネズミ?」

「そうよ!とっても可愛かったんだから!!」

「……??」

何の事やらよく分からないが、とにかくこの少女が自分を助けてくれたのは確かな様である。

それを理解したカイスが礼を言うと、少女は「てへへ」と照れ笑いを浮かべた。

「さてとっと!ボールも見つかったし、そろそろ帰ろうぜ!」

「そうだね。じゃ、帰ろっか!」

「うん!ポーラお姉ちゃん、またね〜〜〜!!」

「「バイバ〜〜イ!!」」

元気な声で言いながら、子供達はあっという間にその場から姿を消す。

(……ポーラ?)

それを見届けた後、彼は不意に先程自分を見て驚いていた少女に振り返った。

「……君の名前?ポーラって」

「えっ?……え、ええ、そう……です」

俯き加減で頷いた彼女に、カイスは何故か胸が痛む様な感覚を覚える。

(痛っ……なんだ?この感じは……?)

「あの……貴方のお名前は?」

突然尋ねられ、彼は一瞬面食らった様な顔をしたが、すぐに返事をした。

「え、名前?ああ……カイスだけど?」

「カイス……いい名前ね」

ポツリと彼女はそう呟く。そして、どこか寂しげな笑みを浮かべながら「……やっぱり、人違いか」とか細い声で言った。

「……人違い?」

「っ……あ、な、何でもないです!気にしないでください!」

慌てて手を振る少女を見て、カイスはフォーサイドでの出来事を思い出す。

(そういや、モノトリーさんも似た様な事言ってたな……ひょっとして……)

ボンヤリとそう考えていた彼だったが、やがて諦めた様に頭を振った。

(……やめとこ。変に深く考えると、また頭が痛くなりそうだ)

「?……どうかしましたか?」

「へ?……ああ、何でもないさ」

思わずそう返事したカイスだが、先程から妙な気持ちになっているのに気づく。

――――何かこう……酷く懐かしい様な切ない様な、そんな気持ちに。

(?……何だろう?この気持ちは……)

「本当に怪我はもう大丈夫なんですか?凄い大怪我って聞きましたけど」

思いに浸っていた時に話しかけられた彼は、ハッとして返事をした。

「う、うん、もう平気だよ。……って、あれ?何で君、知ってるの?」

「……昨日病院で、まだ意識が戻ってないあなたを見たんです。それで」

「ああ……そっか」

納得した様な表情を浮かべたカイスを見て、少女は何故か悲しそうな顔になる。

疑問に感じた彼が声を掛けるが、返事はそっけないものだった。

「何か難しい顔してるけど、どうかした?」

「……いえ、なんでも」

どう見ても、なんでもない風には見えないが、これ以上追求する気もおこらず、彼は大きな溜息をついた。

(よく分かんない娘だな。……まあいいや、そろそろ行こう)

そう思い、ゆっくりと踵を返した彼に気づき、彼女は静かに尋ねる。

「あっ……行くんですか?」

「うん……悪いね、急に話し込んだりして」

「いえ……そんな事は……」

そう少女が呟いた時、またしてもカイスは胸に痛みを感じた。無意識に胸元のシャツを掴み、顔を歪ませる。

(くっ……何なんだ?この痛みは……?)

得体の知れない痛みに苛立ちを感じながら、彼は黙って歩き出した。……が、数歩と歩かないうちに、後ろから声を掛けられる。

「……あのっ!」

「……何?」

少々不機嫌な顔で振り返ると、何かを思い詰めている様な表情で少女が言った。

「いえ、その……ボールを見つけてくれて、ありがとうございました」

「……どういたしまして」

そんな事を言いたくて声を掛けた訳ではないくらい、カイスにもすぐ分かったが、敢えてそう返事をする。

(……すっごく気分悪い……どっかでハンバーガーでも食べよう)

再び溜息をつきながら、彼は今度こそ歩き出した。……後ろからの、物言いたげな少女の視線を感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――ツーソンの森の奥。

「……デハ、ミョウバン0ジヲアイズニコウドウカイシダ。ヌカルナヨ」

「「「「ハッ!」」」」

総統のスターマンが皆に声を掛けると、大勢のスターマンが一斉に敬礼する。

それを確認した後、総統は作戦の内容をもう一度皆に伝えた。

「クリカエスガ……ブタイノハンブンハワタシトトモニオネットヘ、ノコリノハンブンハココ、ツーソンダ。イイナ?」

そう言ってツーソンに残る部隊に目をやると、次々とスターマンが返事をする。

「ハイ、モチロンデス!」

「ニンゲンタチニ、メニモノヲミセテヤリマショウ!」

「コノマチニハ、アノイマイマシイコドモノヒトリ、ポーラモイマスシネ。ワレラノウラミ、タップリトカエシテヤリマス!」

「……キタイシテイルゾ」

少し間を置き、総統はオネットヘと向かう部隊に声を掛けた。

「オネットニハ、ワレワレノキョウイトナルニンゲンハイナイダロウガ……センジツノコトモアル、イチオウチュウイシテオケ」

「リョウカイ!」

「ソウトウサマ!イワレナクトモショウチデス!」

「……ソウカ。ナラ、モウイウベキコトハナイ。……イクゾ!」

「「「「「ハッ!」」」」」

―――――戦いへのタイムリミットは……ついに秒読みへと入った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

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