第七話〜闇夜の襲来〜
「…………」
規則正しい時計の音だけが響く中、ポーラはベッドに横たわっていた。
明日は幼稚園の仕事もあるんだから、眠っておかなくては……そう思う心とは裏腹に、ますます目は冴えていく。
「……はあっ」
思わず溜息が洩れ、彼女はゆっくりと半身を起こした。それから、何気なく視線を時計へと移す。
「……11時55分、か……」
いつもなら12時までには眠っているはずなのだが、今日ばかりはそんな気になれなかった。
……原因は分かっている。夕刻に出会った、あの少年―――カイスの事が原因だとは。
(……やっぱり人違い?でも……ううん、そんな訳……だけど……)
様々な考えが頭の中を駆け巡り、ポーラを混乱させ、悩ませる。
「……神様……教えてください……あの人は……」
思わずそう呟いた彼女だったが、突如として身体を駆け抜けた感覚にハッとした。
「っ!?……何!?今のは……!?」
徐々に背中を流れる冷たい汗。次第に重苦しくなっていく胸。――――これは……まさか!?
「……スターマン!?」
ポーラが呟くのと殆ど同時に、時計の針が零時を告げる。それに合わせるかの様に、窓の外が閃光と爆音に包まれた。
「……っ!?これは……!!」
サターンバレーの外で、仮眠をとりながらも神経を研ぎ澄ませていたプーは、不意に感じた凄まじい気配に、思わず身体を強張らせた。
(……二つの場所から感じる……!この方角は、まさか……!?)
間違いであればいいと願いつつ、彼はもう一度気配を探る。しかし、その願いは無残にも打ち砕かれた。
気配を感じる二つの場所とは……間違いなく、オネットとツーソンだった。
「くっ!スターマン……こんな夜更けに!」
慌てて彼は、ジェフが居を構えている家のドアを乱暴に開ける。そして、暗闇の中、大声で叫んだ。
「ジェフ!起きろ!奴らだ!!」
「っ!?……何だって、スターマンが!?……本当に!?」
その声と共に室内の明かりが灯り、眼鏡をかけようとしている彼と目が合ったプーは、焦りの混じった表情で頷く。
「ああ!オネットとツーソンから、奴らの気配を感じる。……どうやら後手に回ってしまったらしい」
「そんな……だったら、すぐに行かないと!」
ジェフは急いでベッドから飛び出し、テーブルの上に置いていた大きなバッグを無造作に担いだ。
「それでプー、僕らはどっちに向かうんだ!?」
「……ツーソンにはポーラがいる。俺が気づいたんだ、彼女もとうの昔に気づいてるだろう。ある程度は大丈夫なはずだ。
しかし、オネットには、奴らと戦えそうな奴らはいない……オネットに向かうぞ!!」
「分かった!!」
ジェフが頷いたのを合図に、プーは彼の肩に手をかけてテレポートした。
――――地獄は一瞬でやってきた。
平穏で静寂な夜は粉々に打ち砕かれ、燃え盛る炎と逃げ惑う人々の悲鳴が飛び交う、惨劇の夜に姿を変える。
次々と飛来するUFO、そこから地上に降り立ち、ビームで建物を破壊していくスターマン達。
そんな予想だにしてなかった出来事に、人々はただ逃げ惑うしかなかった。
「ハハハハッ!……イイキミダ、ニンゲンドモメ!!」
「ソノチョウシデ、セイゼイニゲマドウガイイ!!」
高笑いをしながら破壊活動を繰り返していたスターマン達だったが、そんな彼らに突如として炎の渦が襲い掛かる。
「……ナッ!?」
「ウ、ウワアアアアアッ……!!」
不意をつかれた数匹のスターマンが炎に包まれ、瞬く間に灰と化した。
それを見た残りのスターマン達は、憎しみの視線で炎を放った人物―――ポーラを睨み付ける。
「……ヒサシブリダナ、ポーラヨ」
「……あなた達」
いつでもPKファイヤーを放てる様に構えたまま、ポーラは震える声で言う。
「何で……何でこんな、酷い事を!?」
「フ……イワナケレバ、ワカラナイカ?」
そう言ったスターマンは、こみ上げる感情を抑え切れない様に口を開いた。
「コレハギーグサマノイシ、ソシテオマエタチヘノフクシュウダ。オマエタチサエイナケレバ、ギーグサマノギンガセイフクハカナッテイタノダ!
オマエタチサエイナケレバ……ワレワレノネガイハカナッテイタノダ!」
「ソウダ!オマエタチガワレワレノユメヲコワシタノダ!!」
「……願い?……夢?……ふざけないでよ!!銀河征服なんて……そんなの願いでも夢でもない!ただの野望よ!!」
激高して言い放ったポーラの言葉に、スターマン達は暫し沈黙する。だが、それも束の間、一斉に侮蔑を含んだ声で口々に言った。
「フン、ナントデモイウガイイ」
「セッカクコウシテサイカイシタノダ……タップリトレイヲシテヤル!」
「「「……シネ!!!」」」
叫びと共に、スターマン達は一斉にビームを放とうとする。しかし、それよりも早くポーラは動いていた。
右手の人差し指に極限まで高めていたPSIを、躊躇する事無く放つ。
「PKファイヤーΩ!!」
想像を絶する灼熱の炎が容赦なくスターマン達を飲み込んでいき、一瞬だけ周囲に熱い光を持たらす。
「……やった!?」
それを見届けながら、ポーラは半ば願望を込めた声で呟いた。……が、そんな彼女に、炎の中から一条のビームが襲い掛かる。
「!?……痛っ!!」
咄嗟に避けようとしたポーラだったが、目で確認してからでは、いささか手遅れであった。
右肩をビームが貫通し、激痛と共に出血する。その箇所を左手で押さえながら、彼女は呟いた。
「……サイコシールド……!!」
「……ソノトオリ」
「……マア、ハンシャシテモヨカッタノダガ……スグニオワッテハ、オモシロクナイノデナ」
やがて、消えていく炎の中から、火傷一つ負っていないスターマン達が顔を出す。そして彼らはポーラに向けて、嘲笑しながら尋ねた。
「ドウシタ、モウオワリカ?シバラクアワナイウチニ、ズイブントヨワクナッタノデハナイカ?」
「……そんな事!!」
ポーラは即座に、サイコシールドを切り裂くPSI―――PKサンダーを放とうと構える。
だが、次のスターマンの言葉を聞いて、思わず虚をつかれた様な顔になった。
「……イイノカ?ズジョウニチュウイシナクテモ?」
「えっ?」
何か策を講じていると思わしきその声に、彼女は面食らった表情をする。その次の瞬間、空から轟音が聞こえ、彼女はハッとして頭上を見上げた。
(っ!……スターストーム!?)
PKスターストーム―――PSIの中でも極めて強力な物の一つだ。
反応が遅れ、もう避ける暇は無いと判断したポーラは、咄嗟にPKサンダーの構えを解き、両手を翳して叫ぶ。
「……サイコシールドα!!」
叫び声に反応して現れた光の壁にポーラが包まれた瞬間、幾多の流星が彼女の周囲に降り注ぐ。
巨大な爆発と共に辺りに爆煙が舞い、振動が大地を揺るがした。
「……くっ!」
ややあって煙が晴れ、その中からポーラが現れる。
その姿は先程のスターマンと同様に無傷ではあったが、サイコシールドが十分ではなかったのが、僅かに疲労感が覗いていた。
「ホオ、アノイッシュンデフセイダカ。サスガハ、カツテギーグサマヲタオシタモノダ」
「……シカシ、ソレモイツマデモツカナ?」
「何ですって……っ!?」
攻撃に転じようとしてたポーラは、スターマン達の言葉に再び頭上に注意を向ける。
するとそこには、また自分に向けて降り注ぐ流星があった。
「連発!?……く、サイコシールドα!!」
またしても張り巡らされたサイコシールドに、スターストームが間髪要れずにぶつかっては消えていく。
それを眺めながら、スターマン達は高らかに笑いながら言った。
「ハハハハハッ!!ドウシタノダ!?」
「フセイデバカリデハ、ワレワレハタオセンゾ!!」
(……そんな事、言われなくても……ううっ!!)
消えそうになったサイコシールドに精神波を送りながら、ポーラは焦る。
確かにこのままでは防戦一方だ。しかし、数あるPSIの中でも最強の一角を担うスターストームを、生身で受けてはひとたまりもない。
こうやってサイコシールドで防ぐしか、術はないのだ。
(だけど……このままじゃ……!!)
―――私の精神力が……持たない!!
彼女が焦っている原因はそれだった。短時間にPSIを酷使してしまうと、PSIの力の源―――精神力が尽きてしまう。
そうなれば、サイコシールドが消えてしまい、スターマン達と戦う事も出来なくなってしまうのだ。
(……どうすれば……いいの…!?)
―――打開策は見つからないまま、ポーラはただひたすらに、サイコシールドを張り続るしかなかった……
「…………」
カイスはスリークのホテルの一室で、ベッドの上に寝転がり、ボンヤリと天井を見つめていた。
普段なら、もう眠くなってもおかしくない時間なのだが、今日は全く眠気がしない。
自分でも不思議なくらいに目が冴え、彼は一人、悶々と時を過していたのだ。
――――……やっぱり、人違いか。
頭の中に、ツーソンで出会った少女の声が浮かび、カイスはゴロリと寝返りをうつ。
(……あの娘は……一体……?)
ふと気がつけば、彼女の事ばかりを考えている自分に驚く。
――――どうして、こんなに気になるんだ?……どうして……
自問するが答えは見つからず、彼はガリガリと頭を掻きながら、上半身を起こした。
「あ〜〜〜〜〜っ!ったく!!」
考えても仕方の無い事を考えてしまう時ほど、不愉快なものはない。そこでカイスは、気持ちを落ち着かせるため、大きく深呼吸した。
「……ふう」
そうする事によって、幾分気持ちが落ち着いた彼だったが、やはり眠る気は全くしない。
仕方なくカイスは、深夜番組でも見ようと、部屋に備え付けられてるテレビをつけた。
どうやらバラエティ番組だったらしく、司会者と出演者達の軽妙なやりとりが、部屋の中を満たす。
格別に面白いと思える番組でもなかったが、暇つぶしには丁度いいと、彼は思った。
だが次の瞬間、臨時ニュースを伝える効果音と共に、画面は心なしか青ざめた表情のニュースキャスターを映す。
「……?」
怪訝に眉を顰めたカイスの耳に、上擦ったニュースキャスターの声が響く。
『り、臨時ニュースをお伝えします。き、今日午前零時ごろに、ツ、ツーソンに、謎のUFOの大群と
正体不明の宇宙人が、あ、現れました』
(っ!?……まさか、あの時の!?)
思わず身を乗り出した彼の目に、宇宙人の姿を映したVTRが飛び込んでくる。それは間違いなく……あの時の宇宙人だった。
『げ、現在、宇宙人達は町の破壊活動を行っているとの情報が、は、入っています。……あ!た、たった今、オネットにも
UFOと宇宙人が現れたとの情報が……』
ニュースはまだ途中だったが、彼は無意識にリモコンのスイッチを切っていた。
そして急いで服を着替え、部屋の隅に置いていた槍を掴み取り、外に飛び出……そうとして、ふと立ち尽くす。
―――――……自分は今から、どこに向かおうとしている?
自分の中の何かが言った問いに、カイスは落ち着かない様子で答えた。
(そんなのは決まってる!ツーソンだ!)
―――――……何故?
再び問いかけられたその言葉に、彼はハッとして黙り込む。
(っ……何故……僕は……ツーソンに向かおうとしている?)
無意識で行動しようとしていた自分に気づき、困惑するカイスの頭に、あの少女の姿が移った。
(!……どうして、あの娘の事が……頭に……)
全くもって不可解な事ばかりを考える自分に、彼は何がなんだか分からなくなる。
――――なぜ彼女の姿が頭から離れない?たった一度きり、満足に言葉も交わさなかった、彼女の姿が……?
一目惚れしたとでも言うのか?……いや、違う。そんな感情なんかでは決して無い。
ただ、あの少女の顔が浮かぶたびに、酷く後ろめたい気持ちになるのを感じるのだ。
まるで自分が彼女を裏切っている様な……そんな気持ちに。
そして今、自分は無我夢中で彼女の元へ向かうとしている。………何故?
よく知りもしない彼女の身に危険が迫っている。たったそれだけの事なのに、いてもたってもいられなくなるのは何故だ?
そう思うと同時に、ずっと胸に引っ掛かっている、あの少女の一言がふと蘇る。
―――――……やっぱり、人違いか。
あの言葉が、鋭い刃物の様に胸を突き刺すのは何故なのだ?
(………)
様々な考えが、カイスの頭の中を飛び交い、彼はふと中空を見上げた。
「もしかしたら……あの娘は……」
――――記憶の中にいるのかもしれない……僕の、無くした記憶の中に。
そう考えれば、この例え様の無い感じにも説明がつく。勿論、その事に確証はなかったが、今の彼を動かすのには十分だった。
(……行こう、ツーソンに!)
改めてそう決意したカイスは、自分自身を納得させる様に、ポツリと呟いた。
「……まっ、あの宇宙人達には借りがあるしね。さっさと返しとかないとな!」
――――建前の理由は……それで十分だろう。
そう思い、彼は口の端に微かな笑みを浮かべつつ、部屋を飛び出していった。