第八話〜追憶という名の光〜
「はあっ……はあっ……」
もはやシールドと呼べる代物ではない程の、薄く弱々しいサイコシールドの中で、ポーラは荒い息をついていた。
(これ以上は……もう……)
精神力を殆ど使い果たしたせいか、今にも倒れそうになるのを必死に堪えながら、彼女は霞んできた目でスターマン達を睨み付ける。
「フウ……マッタク、テコズラセテクレタナ」
「サスガハ、トイッタトコロカ。……ダガ、ワルアガキモココマデダナ」
かなりの間、立て続けにスターストームを放っていたにも関わらず、彼らの精神力はまだ十分にある様だ。
それを感じて、ポーラは無意識に歯噛みする。
(これまでなの……私……?)
自分はまだ奴らを倒すどころか、一矢を報いる事すら出来ていない。これでは、最初から何もしなかったのと同じだ。
ただ奴らの――スターマン達に対して、ほんの僅かな間、時間稼ぎをしただけ……それでは、何も意味が無い。
(……そうよ。まだ……終わるわけには……!)
ここで自分が倒れたら、この町は……この地球は、スターマン達の好きな様にされてしまう。
数年前、三人の仲間や数多くの人々と共に勝ち取ったこの平和。それを易々と、奴らに壊させる訳にはいかないのだ。
「……くっ!」
残っていた精神力をかき集め、ポーラは最後の一撃を放つべく、張っていたサイコシールドを解く。
「「「「……?」」」」
突然の事に、驚いた素振りを見せたスターマン達に、彼女は全身全霊のPSIを放った。
「……PKファイヤーΩ!!!」
地獄の業火と言っても過言ではない程の炎が、凄まじい勢いでスターマン達に襲い掛かっていく。
しかし、奴らはそれに対して避けようともせず、嘲る様な高笑いを上げた。
「ハハハッ!ナニヲスルカトオモエバ……」
「ソンナモノ、ワレワレニキクトデモオモッテイルノカ!!」
「「「……サイコシールドΩ!!!」」」
ポーラのそれよりも何倍も強力なサイコシールドが、奴らの周りに張り巡らされる。
(やっぱり使ったわね……反撃のサイコシールド……!)
最上級のサイコシールド―――敵のPSIをそっくりそのまま撥ね返してしまうシールドだ。
だが、それも絶対という訳ではない。PSIに込められた精神力が敵より勝っていれば…サイコシールドを突き破れるのだ。
(絶対に…………突き破ってみせる!!)
シールドに激突した炎に、ポーラは必死の思いで精神力を送る。
それが通じたのか、本来なら瞬く間に彼女に撥ね返ってくるはずだった炎は、スターマン達のサイコシールドを徐々に侵食していった。
「!?……バカナ!ワレワレノサイコシールドガ、キカナイトイウノカ!?」
「グッ!ソンナ……ソンナハズハ……!!」
明らかに狼狽しはじめた彼らを見て、ポーラは更に精神力を送り続けた。
「はあああああああっっ!!!!!」
炎は更に勢いを増し、スターマン達のサイコシールドが、徐々に弱々しい物になっていく。
「グ、グググググ……コ、コンナハズハ……!」
(……勝てる!!)
そんな様子を見て、ポーラは密かに勝利を確信した時だった。
「……ナカナカタノシマセテモラッタゾ、ポーラヨ」
「っ!?」
不意に頭上から声がしたかと思うと、流星が降り注ぐ音が辺りに木霊する。
(そんな……スターストーム!?)
咄嗟にサイコシールドを張ろうとするが、その一瞬の気の緩みが仇となった。
急激に勢いを失った炎が、スターマン達のサイコシールドに撥ね返され、彼女へと襲い掛かる。
それと同時に、頭上から迫るスターストームを目にして、ポーラは絶望と恐怖が入り混じった悲鳴を上げた。
「きゃああああああああっっ!!!」
死―――最早、彼女はそれを覚悟するしかなかった。
強く目を瞑り、やがて感じるであろう激痛に耐える。しかし次の瞬間、彼女の耳に聞き慣れていた声が響き渡った。
「……ポーラ!!!!」
何がどうなったのか、カイスは自分でも良く分からない。
ツーソンに急ごうと一心に思い続けながらホテルから飛び出した彼の身体は、突如として光に包まれたのだ。
そして、次に目にした光景は……炎と流星に襲われている、あの少女。その姿を捉えた瞬間、カイスは無意識に彼女の名前を呼んでいた。
(……死なせてたまるか!!)
無我夢中で少女の身体を庇う様に抱きとめ、そのまま炎と降り注ぐ流星から避けるべく、前方に飛ぶ様に移動する。
地面に激突した流星によって石つぶての弾丸が巻き起こり、咄嗟にそれをシールドで防いだ彼は、突如として不思議な感覚に襲われた。
(?……なんだ、この感じは……?)
そう思った刹那、カイスの意識は追憶の世界へと飛び移る。
……
…………
「うっわ〜〜〜!!さっすがに凄いなあ、これは!!」
立派な客船の中の光景が目の前に広がり、どういう訳か自分の声が耳に響いた。
(……これは?)
「おっ!お前は、あの魔境を冒険したって言う坊主じゃないか」
南国の衣装に、一本の槍を手にして男が視界に移る。
(!……あの槍は……)
「あっ、えっと……槍の男さん、でしたっけ?あなたもこのツアーに?〕
「ははははっ!俺は槍の男か。まあ、別にそれでもいいか。それより、丁度お前に会いたいと思ってたんだ」
「……えっ?」
「唐突だけどよ、お前、この槍を貰ってくれないか?」
「その槍……ですか?」
「ああ。あれから作ったんだ。実はスカラビじゃ、魔境から生きて帰ってきた者には、槍を捧げる慣わしがあってな。
だからお前にこの槍を貰ってもらいたい。なんせ、その者に槍を捧げるってのは、俺達の中じゃこの上ない名誉な事だからな」
「で、でも僕……や、槍なんてもらっても……」
「な〜〜〜に、別に使えって言ってるわけじゃないさ。自分で言うのもなんだが、美術品としても結構良いものだろ?
部屋に飾っておくなり何なりしてくれたらいいからよ」
「う〜〜〜ん、まあ……そういう事でしたら……」
―――そう言いながら、おずおずと槍を受け取った自分。そして、次の瞬間に聞こえた爆音。途絶えた意識。
(……そうか。あの槍は、あのツアーの時に……)
続いて彼の意識は、更なる過去へと向かう。
――――小波の音が聞こえる浜辺。
そこに突如として現れた、自分より年上と思わしき辮髪の少年。
「おれの名はプー。君達と共に戦う者だ。おれはネスに従う。ネスのしもべなのだ。ネス!おれの命を預けたぞ!」
そう言ったのは選ばれし四人の最後の一人である、ランマ国の王子。豊富な経験と長年の鍛錬による強い心身を持った、かけがえのない仲間。
(……プー)
――――次いで見えてきた場所は、薄暗い小さな部屋。
突然空からふってきた、おかしな機械。その中から黒こげで出てきた、眼鏡をかけた少年。
「説明はいらないよ。ぼくはジェフ。きみたちに呼ばれて来たんだ。力は弱い。目は強度の近視。怖がりで無鉄砲。
こんなぼくだけど仲間に入れてくれるかな?……OK!じゃ、さっそく冒険の続きだ!行こうぜ!」
そう自己紹介する少年は、抜群のメカセンスと類まれなる頭脳に恵まれた、大切な友達。
(……ジェフ)
―――――次なる場所は、どこかの小さな小屋の中。牢屋の鉄格子越しに自分をみつめてくる、あの金髪の少女。
(……っ!)
「貴方が来てくれなかったら、わたし……泣きだしちゃうところだった……」
目に涙を浮かべながら呟く彼女は、芯の強さと優しさを併せ持った、自分の最愛の人。
(…………ポーラ)
皆との初めての出会い。それを思い出した瞬間、彼は無意識に呟いた。
「……僕は……」
♪♪〜〜〜〜♪♪♪〜〜〜
♪♪〜〜〜〜♪♪♪〜〜〜
どこからメロディが流れてくる。とても穏やかで、心が安らいでいくメロディが。
(……エイトメロディーズ)
それは、かつて自分が地球を巡って集め、彼女がそう名づけたメロディ。そのメロディは、やがて大きな光となり、彼の前方を照らし出す。
思わずその光に手を伸ばした彼の身体は、瞬く間に光に包まれ、全ての始まりである原点の場所へと還った。
――――どこか懐かしい、小さな子供部屋。
その部屋の中心にある揺籠の中で、生まれたばかりの赤ん坊が、嬉しそうに笑っている。
「ネス……うーーん、やっぱりネスってでいいか」
「ネス……この赤ちゃん、自分の名前を聞いて笑ったわよ。気に入っているのかしらね」
赤ん坊を眺めながら、そんな会話を交わす一組の夫婦。
(っ!……)
その夫婦が誰なのか分かった彼は、思わず呼びかけようと身を乗り出す。
しかし、彼が言葉を発するよりも早く、ふと目が合った赤ん坊が、ポツリと彼に言った。
「……もう思い出しただろ?君が……僕が……誰なのか……」
(……!!!)
その言葉を聞いた刹那、彼の意識は急速に現在のベクトルヘと加速する。
……
…………
(僕は……僕は……)
時間にすれば、一秒と経たない一瞬の出来事。現実なのか…あるいは夢か幻か、それすらも分からない世界での出来事。
だが、彼は確信していた。自分が忘れていた、今までの記憶を取り戻せた事を。
(もう僕は……何も忘れない……何も失ったりなんかしない!!)
果てしない迷宮から、ようやく抜けだす事が出来たかの様な満足感が、全身を満たした。
更に加速していく意識の中、彼は目を閉じ、心の中で力の限りに叫ぶ。……自分の名を。
―――――僕は…………ネスだ!!
(?……カイ……ス……?)
恐る恐る閉じていた瞳を開いたポーラは、自分を助けてくれた人物へと目を向ける。
(どう……して……?)
――――何故、彼は自分を助けてくれたのか?そもそも、どうして彼がここにいるのか?
様々な疑問が頭の中を駆け巡り、ポーラは何を言っていいか分からずに沈黙する。
そんな彼女に、彼は気遣う様な優しげな声で尋ねた。
「大丈夫?……ポーラ」
「え?あ……は、はい!……その……」
昼間に会った時とは全く違う態度で接しられ、困惑するポーラに、彼は酷く申し訳なさそうに口を開く。
「……一年間も……心配かけてゴメン」
「……えっ?」
彼女は思わず目を見開く。―――――……まさか!?
「うん……全部、思い出したから……」
その様子を見て、ポーラの心情を察したネスは力強く頷いた。
途端、彼女の瞳から大粒の涙が溢れ出す。ポーラは、それを拭おうともせず、震える声で呟いた。
「ネ……ス……!!」
もう二度と、会えないと思っていた。もう二度と、声を聞けないと思っていた。
――――――もう一度、ネスに会わせてください……どうか……
幾度と無く祈ってきた、たった一つの祈り。それが今、神の元へと届いたのだと、ポーラは思う。
「……ネス!!」
「……ポーラ」
そんな彼女を愛しげに眺めていたネスだったが、やがて未だに呆然としているスターマン達に振り返り、彼らを睨み付けた。
「……スターマン。まさか、また会う事になるなんてね……」
「バ、バカナ!?……ネ、ネスナノカ!?」
「ナ、ナゼ!?……オ、オマエハイチネンマエニ、アノ……」
「……そうか、『アースマリン号』の事件……あれは、お前達が仕組んだ事だったのか!!」
手にしていた槍を構え、ネスは叫んだ。同時に彼の周りに凄まじいPSIの波動が巻き起こる。
それは、彼の怒りの激しさを表していた。
「クッ!マサカ、イキテイタトハ……ケイサンガイモイイトコロダ」
「カクナルウエハ……アラタメテ、コノバデシマツシテクレルワ!!」
そう叫ぶとスターマン達は、一斉にスターストームを放つ。
幾百……幾千とも言える流星の大群に、ポーラはネスに向けて鋭く叫んだ。
「ネス!!」
「分かってるさ!……サイマグネット!!」
(……えっ?)
ネスの叫びと共に、彼とポーラの身体は青い光の壁に包まれる。
神秘的で、何処か優しい光……それに触れたスターストームは、音も無く消滅した。
「……ナッ!?」
「ド、ドウイウコトダ!?」
予期せぬ出来事に、スターマン達は揃って驚きの声を上げる。しかし、それはポーラと同じだった。
(サイマグネット?……これが?)
本来、サイマグネットとは相手の精神力を吸収し、自分の糧とするPSIである。
だが、今ネスが使った物は、彼女が知っているそれとは全く違う……まるで、サイコシールドの様な物だった。
「ネ、ネス……あ、あなた一体いつの間に、こんな……?」
「……さあね。まっ、いいじゃないか、そんな事。……それよりポーラ、力が戻っただろ?」
「……えっ?」
彼にそう言われて、ポーラはようやく気がついた。
(!?……精神力が……戻ってる!?)
先程のPKファイヤーで、ほぼ全て使い果たしたはずだった精神力が、体中に満ち溢れている。
まるで、一晩ぐっすり休んだ後かの様に……ベストの状態に、彼女の精神力は戻っていた。
「……どうして?」
「どうしてって……サイマグネットは、相手の精神力を奪うPSIじゃないか」
呆れた様に微笑んだネスは、ポーラから視線を外し、驚愕と僅かな恐怖を態度に示しているスターマン達に向き直る。
「さてと……どうする、スターマン?このまま何もせず宇宙に帰るなら、別に戦わなくてもいいんだけど?」
「ナ、ナニヲエラソウニ……!!」
「ソ、ソウダ!ワレワレハ、コノホシヲイタダクタメニキタノダ!!イマサラカエルキナドナイ!!」
「……そうか……だったら、容赦しない!!」
笑みを消した顔でそう言うと、突然ネスは目を閉じ、精神を集中し始めた。途端、彼の右手に、鮮やかな緑色の光球が現れる。
(え?……な、何?こ、こんなPSI……ネス、いつの間に……?)
「ポーラ!眩しいかもしれないから、ちょっと目を瞑ってて!!」
「!?……う、うん!」
言われるがままに、ポーラは強く目を瞑る。それを確認したネスは、勢いよく光球をスターマン達に投げつけた。
「PKフラーーーッッシュ!!」
耳を劈(つんざ)く程の轟音が響き渡り、目を瞑っていたポーラにも分かるほどの輝きが、束の間の間、真夜中の闇を照らし出す。
そして、その輝きが消えた時、その場にいたはずのスターマン達の影は、一つとして残っていなかった。
「?……ネ……ネス?ス、スターマンは……?」
暫くして目を開けたポーラは、スターマン達の姿が見えない事に気づき、呟く様にネスに尋ねた。
「大丈夫だよ、ポーラ。みんな倒したから」
そう言うと、彼は暫し遠くを見る様な目をしていたが、やがてゆっくりと彼女に振り返った。
「……ねえ、ポーラ?」
「……何?ネス?」
すると、ネスは痛ましそうにポーラを見つめながら、小さく口を開く。
「……随分、痩せたんじゃない?」
「え、そ、そう?……そ、そんな事ないと……きゃっ!?」
言い終わらないうちに抱き寄せられ、彼女は驚きの声を上げる。
そんなポーラを、彼は強く抱きしめながら、静かに謝罪の言葉を述べた。
「……心配掛けて……本当にゴメン……ポーラ」
「……ネス」
彼女はそう呟くと、静かに……しかし、力強く抱きしめ返してくる。
すっかり忘れていた、この感触。それを十分に実感した後、ネスは徐に身体を離し、ポーラに尋ねた。
「それで、ポーラ……ジェフとプーは?」
「……恐らく、オネットだと思うわ。そこから、スターマン達の力を感じるから……」
「!?……オネット!?……っ!そういえば、ニュースでそんな事を言ってた様な……」
「あの二人なら、大丈夫だと思うけど……心配だわ!私達もすぐに向かいましょう!!」
「……うん!!」
ネスは力強く頷くと、テレポートをするために、彼女の手を握る。
(無事でいてくれよ……皆!)
仲間や家族の事を思いながら、彼が静かに目を閉じると、二人の姿は光の中に消えた。