第十章〜急襲〜

 

 

 

 

 

――――東歴2002年10月18日午前十時。

イリシレから帰国し、刀廻町へと戻ってきた雄一、好野、水音の三人は、とりあえず刀廻町の神連へ赴くことにした。

その道中、好野が運転する車の中で、水音は助手席から窓の外を見つめながらはしゃいでいた。

「へえ、此処が刀廻町か。聞いてた通り、随分と都会ね。私が昔住んでた剣輪町とは大違い」

「え、水音さん、剣輪町の出身だったんですか?」

思いがけない事実に、雄一が素っ頓狂な声を上げた。そんな彼に振り返った水音は、苦笑しながら答える。

「違う違う。昔住んでたってのは、二十代の頃に働いてた時の話。私の地元はもっと遠くよ」

「あ、そうだったんですか。じゃあ、『聞いてた通り』ってのは?」

「ああ、私その頃喫茶店で働いてたんだけど、そこで仲良くなった女の子の二人組がいたの。で、その内の一人が刀廻町出身だったから、何回か話を聞いてたってわけ」

「剣輪町の喫茶店……もしかして『メヌナーデ』の事?」

運転していた好野が、不意に話に入ってきた。

「あら、好野さんご存じで? というか、あの店まだあるんですか?」

「ええ、今でも健在よ。私も常連というわけじゃないけど、何度か行った事があるわ。確か紅茶が美味しかったと記憶してるけど」

「そうそう! 店長オリジナルのブレンドなんですよ、あれ! ふふ、何だか懐かしいなあ。まかないでよくごちそうになってたし……時間があれば顔出ししたいかも」

心底懐かしむ顔で、水音は呟く。そんな彼女の後ろで雄一は朧気な記憶の糸を探っていた。

「『メヌナーデ』……はて、どっかで見たような聞いたような……」

初めて知る店名ではないと感じているのだが、それ以上の事がハッキリしない。何故、何処で、そして誰からの情報なのか、何もかもが思い出せなかった。

そんな雄一の様子を見て、好野が助け舟を出す。

「町を歩いている時に見かけたんじゃないの? 剣輪町に喫茶店なんて数えるくらいしかないんだし、記憶に残っても不思議じゃないわ」

「う〜ん、まあ、それはそうなんですけど……なんか、違う気が…………あ、着いちゃったか」

ふと前方を見やると、見慣れた神連がドンドン近づいてくる光景があった。と、その彼の視線を追った水音が、驚いた声を上げる。

「え!? もしかして、此処の神連ってあれ!? め、滅茶苦茶大きいじゃない! しかもすっごく目立つし……何の施設って事にしてるの?」

「ああ、カムフラージュはしてないんですよ、此処の神連。更に言うなら、この町じゃ“神士”の存在も公になってますから、隠す必要はないんです」

「ええっ、それ本当!? そんな場所初めてよ、私」

「まっ、珍しいのは確かでしょうね。願わくば、こういった場所がもっと増えてくれればいいんですけど」

雄一が感慨深く呟いた時、三人が乗った車が神連の駐車場で停まった。そして好野を先頭にして神連の入口へと向かい、馴染みのセキュリティチェックを受ける。

直後開かれた扉の向こう側には、双慈と件の少女の姿があった。

「お帰り雄兄、好野さん」

「おお、双慈君。出迎えありがとう。あの二人は?」

「繚姉も光姉も休憩室にいるよ。……二人共、ちょっとご機嫌斜めだけど」

「え? なんでだ?」

「…………雄兄、それ本気で言ってる?」

ジト眼でこちらを見つめてきた双慈に、雄一は怪訝そうに眼を瞬かせる。

「え? え? お、俺なんかしたか?」

「光姉からのメール」

「メール?……あっ、やべ!!」

水音の事で光美とメールの遣り取りをしていたのを思い出し、雄一の顔から血の気が引いていく。そんな彼に、双慈が無情にも追い打ちをかけた。

「詳しくはきいてないけど、話の途中で返信してないんでしょ? 繚姉から『ちゃんと連絡するように』って言われたのに」

「い、いや、それは、その……深〜い理由があってだね……」

「言い訳なら本人達に言ってよ。巻き添え食うの嫌だからね、僕は」

「へえ、割と普通の男の子っぽいじゃない。データだけじゃ性格までは分からないから、ちょっと意外だったな」

興味深そうに水音が呟くと、双慈は今初めて存在に気づいたかのように彼女を見る。

そして数度眼を瞬かせた後、雄一に視線を向けながら訪ねた。

「雄兄、この人は?」

「え? ああ、そう言えば連絡してなかったっけ。あっち……イリシレの神連に所属している神士、瑠輝水音さんだよ。暫く、こっちで一緒に行動する事になったんだ」

「ルキミズネ? なんかこっちの人の名前っぽいね」

「ぽいじゃなくて、私の生まれはこっち、パージルよ。よろしくね、双慈君」

「あ……はい、どうも」

笑顔で微笑んだ水音に、双慈は幾分か緊張した様子で挨拶を返す。

と、そんな彼の手を握っていた少女が不愉快そうに顔に歪めたかと思うと、突然双慈が悲鳴を上げた。

「痛っ! き、急に強く握らないでよ! 何?」

「……っ……」

少女は何も言わず、ただジッと双慈を睨み続けている。当然、彼は訳が分からずに困惑するばかりである。

しかし、少女が造られた“天上の庭”の詳細を知っている三人には、彼女の心情が推測できた。双慈に聞こえない様に声を潜めながら、雄一は好野に言った。

「これって要するに、『ご主人様、浮気は許しません』って奴ですか?」

「そこまでじゃないと思うけど……まあ、似たようなものかしら」

「あらあら、随分と厄介そうね。……ところでなんだけど」

会話を聞いていた水音が、ふと気づいたように口を開く。

「あの娘、名前はどうしてるの? ずっと名無しの権兵衛さんにしておくわけにもいかないでしょ」

「はは、久々に聞いたな、名無しの権兵衛さんって。……けど、確かにずっと名前が無いのは不便だよな」

「そうね、そろそろ考えておく必要があるかも。まあ、それは双慈君のお仕事になるでしょうけど」

「っ……やっぱ、そうなりますかね。俺達が付けた名前じゃ、即却下されそうだし」

「ええ、ほぼ確実にね」

苦笑交じりにそう言った好野は、悪戦苦闘しながら少女のご機嫌をとっている双慈に複雑な視線を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はあ……」

「雄兄、溜息ばっかりつかないでよ。こっちまで気が滅入るじゃん」

休憩室へと歩きながら、双慈は嘆息を繰り返している雄一に愚痴を零す。

「いや、だってなあ……はあ〜〜……」

「もう、全く……そんなに落ち込まなくったって、光姉はそんなに怒んないって。繚姉は分かんないけど」

無慈悲な双慈の言葉に、雄一は低く呻きながら被りを振る。そんな彼の様子を後ろから見ていた水音が、楽しそうに笑った。

「クスクス、なんだか完全に尻に敷かれてるって感じね」

「……あえて反論はしません」

「そこはしなさいよ、雄一」

「う……」

実の母親にまでダメだしされ、孤立無援状態の雄一はもう何も喋らずに歩き続ける。そして程なく辿り着いた休憩室の扉を、やや乱暴に開けた。

すると中で寛いでいた光美と繚奈、そして輝宏の三人が一斉に彼の方へと振りむいた。

「あ、ゆういっちゃん。……お帰り」

「ゆうにい、お帰りー」

「あら、誰かと思えば彼女への連絡をすっぽかしてた唐変木じゃない」

ある意味、予想通りと言える三者三様の出迎えの言葉に、雄一は苦笑を隠せない。

しかし、そんな雄一が三人に返事をするよりも先に、彼の真後ろから水音の驚愕の声が周囲に響き渡った。

「光美ちゃん!? 繚奈ちゃん!?」

「……へ?」

意表を突かれた雄一は、間の抜けた声を出しながら水音へと振り返る。

その際の動きで彼女の姿が露わになった瞬間、繚奈と光美が弾かれたように立ち上がった。

「み、水音さん!?」

「本当に……水音さんだったんだ」

瞬間、ようやく雄一の脳裏に先日光美と遣り取りした記憶が蘇ってくる。

彼は直立不動になっている光美と繚奈を一瞥した後、ぎこちなく水音に向き直りながら言った。

「や、やっぱり知り合いだったんですか。あ、もしかしてさっき言ってた、昔に喫茶店で知り合った女の子の二人組って……」

「え、ええ、そうよ。……って、やっぱりってどういう意味?」

「ああ、それは……貴女の事を彼女メールしたら、知り合いじゃないかって。ほら、あの怪物に襲われる直前、俺が貴女に声を掛けたでしょ? あれはこの事を貴女に訊ねようとしてたんです」

「あの時、か。……そっか。貴方の彼女って光美ちゃんだったんだ」

感慨深く水音は頷くと、呆然とした状態で見つめてきている光美に微笑む。

「久しぶりね、光美ちゃん」

「は、はい、お久しぶりです。髪を染めたんですね、水音さん」

「まあね。ちょっと気分転換というか、そんな感じ。そっちは相変わらず綺麗な黒ロングで羨ましいわ」

「そんな。水音さんの金髪、とても素敵ですよ」

「ふふ、ありがと。暫く会ってなかったけど、貴女の性格は変わってないみたいね。……そうそう、貴女も久しぶりね、繚奈ちゃん」

懐かしむ表情で水音が繚奈を見ると、ようやく硬直から解けた繚奈は不器用に笑みを浮かべた。

「い、いえ、こちらこそ。覚えていてもらえて、光栄です」

「あらあら、どうしたの? 随分と礼儀正しくなったじゃない」

「な、なんですか、それ? 私、そんな無礼だった覚えないですよ」

「ええ、そう? 結構嫌味言われた記憶があるんだけどなあ、私」

「あ、そ、それは……」

「お母さん、この人誰ー?」

繚奈に存在を忘れられていた輝宏が、不服そうに口を尖らせながら訊ねる。

しかし、それに対して彼女が反応するよりも早くに、水音が驚いた表情で眼を見開いた。

「え? お、お、お、お母さん?」

「あ、は、はい。まあ、そうなんです。ほら、輝宏、挨拶しなさい」

「だからお母さん、この人誰ー?」

「後で教えるから。とにかく、挨拶」

「……は〜い」

繚奈に促された輝宏は渋々水音の前までやってくると、大袈裟な動作で頭を下げて挨拶する。

「上永輝宏です。はじめまして」

「あ……え……う、うん、はじめまして……って、それよりも繚奈ちゃん、貴女結婚してたの!?」

「い、いえ、その結婚はしてなくて……あ、でも、この子は正真正銘私の子ですよ」

「え、それって……」

「あ〜すいません、水音さん。その辺りは話すとすっげえ長くなると思うんで、また後にしてくれません? それにその、大勢の中で話すことでもないでしょうし」

目で双慈と少女を見つつ、雄一は水音の言葉を遮る。

まだ幼い二人にこの手の話題は早いだろうし、加えて輝宏の事となると彼も無関係ではいられないからだ。

出会って間もない水音に、このデリケートな話題に触れてほしくはない。そんな雄一の心を知ってか知らずか、水音は暫しの沈黙の後に小さく頷いた。

「そう、ね。そっちの方がいいか。でも、神連にいるって事は、まさか貴女達二人も神士なの?」

「あ、いいえ、神士なのは私だけです。光美が此処にいるのは、まあ特別待遇といいますか……そいつの恋人って事で」

繚奈はそう言いつつ、意地悪な笑みと共に雄一を指差す。すると水音は、納得した様子でつられるように笑った。

「ああ、そういう事。良かったわね、光美ちゃん。見た目で判断しない、素敵な人と出会えて」

意味ありげな彼女の言葉に、光美は一瞬狼狽えた仕草を見せる。が、すぐに態度を落ち着かせると、たどたどしく返事をした。

「あ、はい、まあ……出会えたっていうか、出会ってたっていうか……」

「ん? それはどういう……」

「あ〜あ〜! だから、水音さん! そういう話はまた後でって事で!」

猶更触れてほしくない話題が出てきたので、雄一は情けないと思いつつも大声で水音たちの会話を遮る。

と、その時、周囲一帯にけたたましい警告音が響き渡った。神連のエマージェンシーコールである。

それを認識した雄一と繚奈が表情を険しくするのと同時に、室内のスピーカーから上ずった職員の声が飛び込んできた。

「り、繚奈さん! 雄一さん! すす、すぐに神連の外に! おお、お願いします!! は、早く!!」

完全にパニック状態なその声が、事態の深刻さを物語っている。

事情がよく分かっていない輝宏と少女すら沈黙してしまった中で、雄一と繚奈はどちらともなく顔を見合わせた後、競い合うように部屋から飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一体、何が起こったのか。それは神連の外に出た瞬間、すぐに判明した。

雄一と繚奈の眼に飛び込んできたのは、前方の地面一帯を蠢きまわる、鳥らしき形をした影達。そして、恐怖や不安の表情で空を指差しどよめいている周囲の人々だった。

彼らに釣られるように二人が空を見上げると、そこには淡い黄色の鳥達が群れをなして飛び回っている。

『鳥が群れをなして飛ぶ』という事は、さして珍しいものでもない。だが、それは精々十数羽によるものだ。間違っても、一定の空間を埋めつくさんばかりの数のものではない筈である。

「な……なんだ、ありゃ?」

「あれは……まさか……いえ、でも、だとしたら……」

呆然とする雄一とは対照的に、繚奈は数日前の事を思い出して一瞬考え込む。しかし、すぐに乱雑に被りを振ると、“紅龍刃”を抜刀した。

「とにかく、あれはどう見ても尋常じゃないわ。このまま放っておいたら、周囲に悪影響を及ぼす可能性が高い……さっさと追い払うわよ!」

「……了解。それじゃ、俺が空に行く。繚奈はこっちに襲い掛かってきた奴に対しての防衛に専念してくれ」

「一人で平気なの?」

「やってみないとなんとも言えない」

そんな軽口を叩きながら、雄一は“龍蒼丸”を抜刀しつつ空高くへと舞い上がった。すると彼の存在に気づいたのか、黄色の鳥達は一瞬ピタリと動きを止めたかと思うと、一斉に攻撃態勢に入る。

はためかせる両翼に激しい放電現象が起こったのを見て、繚奈は戦慄した。

「っ! “邪龍”やっぱりあれは……!」

〔はい。前に山中の湖で見たものと同じです。ですが今回は以前の様に戦意を失くすようなことはなさそうです。〕

「分かってるわ。…………雄一、そいつら雷を操るみたいなの! 感電するんじゃないわよ!」

「おうよ!!」

雄一は繚奈の忠告に叫び返すと、突撃してくる鳥の群れに『炎龍紅蓮斬』を放つ。

振るわれた斬撃から放たれた炎が、大きな波となって鳥達を包み込んだ。しかし、如何せん向こうの数が多すぎる。

炎を免れた鳥達が、雷を纏ったまま突撃を続けてくる。それに対して再度攻撃を試みた雄一だったが、ふと敵の行動の奇妙さに気づいた。

「!?……こいつら、俺が眼中に無い……?」

こちらが接近した際に攻撃態勢に入った為、明確に敵意を向けられているとばかり思っていた。

しかし、どうやら連中は雄一の事など気にも留めていないらしく、纏った雷で反撃してくる気配も無い。そう、ただ突進してくるのみなのだ。

「どういう事だ? こいつらの目的……っ!?」

ある種の不気味さを感じて動きを止めてしまった雄一の横を、鳥達が高速ですれ違っていく。

ハッと我に返った彼は、大声で地上にいる繚奈に叫んだ。

「悪い、繚奈! そいつら頼む!」

「任せて!……!?」

了承の返事をしながら“紅龍刃”を構えた彼女だったが、不意に鳥達の動き――その突進の行く先に気づいて眼を見開いた。

――――そう、奴らの狙いは自分達ではなく…………。

「神連を!?……っ! しまっ……」

思わず呟き動きを止めた繚奈の頭上を鳥の群れが駆け抜け、真っすぐに神連の入り口へと飛んでいく。

繚奈は慌てて追いかけようとしたが、やはり出遅れが痛い。このままでは間に合わないと判断した彼女は、多少の面倒は覚悟の上と“紅龍刃”に神力を注いだ。

(入口付近には誰にもいない筈だし、少しでも数を減らさないと!)

「お、おい! 繚奈!?」

彼女の意図に気づいた雄一が戸惑った声を上げるが、返事をしている余裕は無い。

そして繚奈が“瘴魔波刃撃”を神連目掛けて放とうとした瞬間、突然入り口が開いた。次いで中から異様な長さを誇る刃が飛び出してくる。

勢いよく伸びてきたその刃は数匹の鳥を貫き、更に鞭のように激しく動き回り他の鳥達を巻き込んでいった。

それは時間にすればほんの数秒。唖然としていた繚奈と雄一が我に返ったのは、幾多の鳥の死骸と大量の鮮血が地面に広がり、その原因である刃が主の所に戻るところだった。

「み、水音さん……?」

神連の入り口に立っている水音を、繚奈は戸惑った表情を向ける。そんな彼女の隣に降り立った雄一が、感嘆の声を上げた。

「は〜……実力者なのは分かってたつもりですけど、これ程とはね。大したもんですよ」

「ふふ、ありがと。そう褒められると、心配になって追ってきた甲斐があるわ」

得物に付着した血を拭いながら、水音が微笑む。が、それも束の間、真剣な表情になると雄一と繚奈に訊ねた。

「にしても、こいつらって一体なんなわけ? 見ての通り血が流れてるわけだから幻獣じゃないみたいだし……」

「いや、俺にもサッパリ……あ、そういや、何か知ってるみたいじゃなかったか、繚奈?」

「ええ。貴方がイリシレに行ってる時に、この鳥達と同じのを見たのよ」

「え? 本当なの、繚奈ちゃん?」

「はい。ただその時は急に敵意を失くしたかと思うと、何処かに飛んで行ってしまって……今回とは全然……なんというか雰囲気が違ったというか……」

「成程な。……ん、まてよ。電撃を使ってきたってことは、ひょっとして“雷鳥”と関係があるのか?」

「それはまだ未確定よ。神連には報告してあるんだけど、何も分かってないみたい」

「そっか。けど、さっきの動き、神連を襲うというよりかは、神連の中に入ろうとしてたって感じだったな。もしかして……」

そこで言葉を濁した雄一は、意味ありげな視線を繚奈に向ける。それが何を示すのかを悟った彼女は、徐に頷いた。

「……あの娘と関係がある可能性は、低くないわね」

「だよな。とりあえず報告も兼ねて戻ろうぜ。さっきの職員さんも、今じゃ流石に少しは落ち着いてるだろうし」

「そうね。……あ、いけない」

大事な事を忘れていた事に気づいた繚奈は、水音に向きなおると丁寧に頭を下げる。

「水音さん、助けていただいてありがとうございました。感謝します」

「ち、ちょっとやめてよ繚奈ちゃん。そんなに畏まられると逆に苦痛だわ。……それよりも」

驚きと戸惑いの混じった表情で、水音が周囲を見渡した。

「結構なドンパチがあったってのに、あんまり騒ぎになってないわね。なんていうか、慣れてるというか……」

「その通りですよ。この町の人達は、こういう事に関して免疫があるんです。身の危険に晒されなければ、慌てふためくこともありません」

「ああ、此処に着く前に言ってたわね。『この町じゃ“神士”の存在も公になってる』って。そっか、それで……」

水音は納得した様子で、もう一度周囲へと視線を向ける。既に事が済んだと理解したのか、人々はこちらへの興味を失くし散っていっていた。

それは、つい先程まで戦闘が行われていたとは考えられない、平穏な光景。刀廻町の特異性を肌で感じ、水音は心底感心したようにポツリと呟いた。

「本当は、こうあるべきなのかもね。私達“神士”の存在ってのは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

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