第十一章〜交差する少女への思い〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――東歴2002年10月18日午前十一時。

「……ったく。先に解析したいって、どういうこったよ?」

「まあ良いじゃないの。解析できるってことは、詳しい事が分かるってことなんだから」

光美の用意したクッキーをパクつきながら愚痴った雄一を、同じくクッキーを口に運んでいる繚奈が宥めた。

そんな二人の周りには水音、光美、双慈、そして件の少女がいる。彼女達もまた、クッキーを食しながら会話に入ってきた。

「そうそう、こうやって待ってる方が楽で良いじゃない。私、難しい話は嫌いだし」

「あの、神士がそんなので良いんですか?」

「良いの良いの。他の人はともかく、私は戦闘専門だから」

呆れ交じりの双慈の質問にも、水音はまるで気にした様子を見せずに返事をする。

雄一はそんな水音を一瞥しながら、彼女に聞こえないように小声で光美と繚奈に訊ねた。

「あの人って、昔からあんな感じ?」

「え〜と、うん、まあ……そうかな?」

「そうね。サバサバしているというか、あっけらかんというか……それが水音さんらしさってヤツね」

「ふ〜ん……と……それにしても時間掛かってんな。これは大当たりか大外れの二択だな」

何の気なしに壁時計に眼をやった雄一は、口の中に残っていたクッキーをかみ砕きながら呟く。

先刻、神連の玄関先での戦闘を終えた後、雄一と繚奈、そして水音の三人はエマージェンシーコールをしてきた職員を話すべく通信室へと向かった。

するとそこには好野の姿があり、聞けば先程の戦闘中に職員があの鳥達のデータを収集していたらしく、その解析に呼ばれたとの事だった。

その解析に時間が掛かるという事で一先ず休憩室に戻り、こうして団欒の一時を過ごしているのである。

だが、あれからもう二時間くらいが経とうとしている。好野程の優秀な人物がここまで時間が掛かるという事は、極端な結果である可能性が高かった。

「でしょうね。まあ、少しでも事が進展するのを願うわ」

「同感。今はとにかく、情報が少なすぎる……」

「ね、ねえ? どうしたの? 大丈夫?」

雄一の言葉を遮るような形で、双慈の不安げな声が響く。

自然と皆の視線が双慈の方向にと集中すると、彼の隣で少女がクッキーを両手で大事そうに持ったまま俯いている姿があった。

「ち、ちょっと双慈? その娘、どうしたのよ?」

「いや、僕に訊かれても……さっきまで普通だったのに……ねえ、どこか痛いの?」

少女の背中を摩りながら双慈が再度訊ねるものの、彼女は微動だにしない。いや、良く見ると小刻みに震えているのが分かる。どう見ても、尋常ではなかった。

「お、おい、なんかヤバイんじゃないか?」

「わ、私ちょっと医療室に連れてってくる!」

青ざめた表情の光美はやにわに立ち上がると、慌てて少女の元へと駆け寄り彼女の身体を支えるように立ち上がらせた。

そのまま慎重に少女を歩かせながら、光美はそろそろと医療室へと彼女を連れて行く。そんな二人が出ていくのを見送った後、残った四人は誰からともなく顔を見合わせた。

「妙だな。双慈君の言う通り、さっきまでは至って普通でクッキー頬張ってたってのに」

「うん。急に具合が悪くなったみたいだった。……まさかとは思うけど、光姉のクッキーにアタッたってことじゃないよね?」

「ええっ!? わ、私結構バクバク食べちゃったんだけど……」

「い、いえ水音さん。光美のに限ってそんなこと……もう、双慈。変なこと言わないの」

「本気にしないでよ、繚奈姉。“まさか”って言ったじゃん。……でもまあ、心配だな。大したことなければいいけど」

「そうね。でも、本当に一体どうして……ひょっとして……」

心当たりがあるのか、考え込む仕草を見せた繚奈に、雄一が訊ねる。

「どうした、繚奈?」

「いえ、ちょっと……う〜ん、やっぱり関連付けるのは無理がある気が……」

「繚奈ちゃん、何か気づいたのなら話して。大事なことなんだから」

水音に促されると、繚奈は少しだけ苦い顔をした後に口を開く。

「可能性の一つなんですけど、さっき私達があの鳥達を倒した事と何らかの関連性があるんじゃないかと。好野さんの話では、あの娘は“雷鳥”と神化しているって話だったので」

「鳥達? さっき繚姉達が戦ってたのって、鳥だったの?」

表情を険しくした双慈が、驚きの声を上げた。

「?……どうかしたのか、双慈君?」

「どうかしたって……あ、そっか、まだ話してなかったか。実は僕がイリシレであの娘が入っていた装置を見つけた時にも、電気を纏った鳥に襲われたんだ」

「え!? もしかして、それって……」

「さっきの奴らと同じ、の可能性はあるわね。となると、繚奈ちゃんの推測もあながち的外れではないわけか……」

水音が納得した様子で呟くと、神妙な顔つきのまま眼を閉じる。そのままの状態で暫く沈黙していたが、やがて苦笑の声を漏らしつつ首を横に振った。

「まっ、詳しい事は解析が終わったら分かるでしょ。私達があれこれ考えたって仕方ないわ。それよりさ、今の内にあの娘の名前を決めるってのはどう? ねえ、双慈君?」

「え? な、なんなの急に? それに何で僕に振るの?」

「いや、そりゃそうだろ。君が決めた名前じゃないと、あの娘は納得しないだろうし」

「そうね。まあ別にいますぐ絶対決めなきゃいけないってわけじゃないけど。何か案はある、双慈?」

「い、いきなり言われても……でも確かに、呼ぶ時に不便だとは思ってたんだよな。名前かあ、う〜ん……」

三人に促された双慈は、両手で頭を抱えて唸り声を上げつつ考え込む。と、そんな時に通信室からの連絡が入った。

「雄一さん、繚奈さん、それから瑠輝さん。解析が終わりましたので来ていただけますか?」

その職員からのアナウンスに、雄一達は揃って腰を上げる。

「やれやれ、やっとか」

「どんな事が分かったのかしらね。こっちから動けるようになるものだと嬉しいんだけど」

「同感よ、繚奈ちゃん。じゃあ双慈君、君は……って聞こえてないか、こりゃ」

テーブルに突っ伏して唸っている双慈を一瞥し、水音が呆れたような笑みをする。それを見た雄一と繚奈も、つられるように笑みを零した。

「まっ、の娘の名前決めに専念してもらおう。双慈君にしか出来ないことなんだからな」

「そうね、それが良いわ」

「うん、了解」

意見が一致した三人は、未だ難問に苦しんでいる双慈の邪魔にならないよう、静かに休憩室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結論から言うと、先程貴方達が戦った鳥は“雷鳥”と関連してると考えてほぼ間違いわね。これを見てもらえる?」

モニターに分析画面を表示させながら、好野が説明を始める。

雄一達は揃ってその分析画面に眼をやるが、例の如く理解不能の数式や文字列が並んでいた。

「……すいません、好野さん。俺には何が何だかサッパリ分かりません」

「同じく」

「以下同文」

「……やっぱり素人には難しいか。コホン、じゃあ簡単に説明するわ。あの鳥から神素の反応があったのよ。その神素が、前にあの娘から検出された神素と一致したわけ。ただ……」

「ただ……なんです?」

「それがこのデータになるんだけど……う〜ん、説明しにくいわね。なるべく分かりやすく言うと、神素の量が極めて少量なのよ。これまで感知してきた“新獣”と比べても、遥かにね」

「少……量?」

「そう。そして、それこそが今回のキーポイントなの。……多分、これなら映像で多少なりとも理解できると思うから、これを見てもらえる?」

言いながら好野はキーボードを叩き、モニターに新たな画面を表示させる。

残る三人が食い入るようにそこを見つめると鳥らしきCGモデルが現れ、次いでその中の一点が赤く光った。

「もしかして、これが神素?」

たどたどしく繚奈が訊ねる。

「そういう事。貴方達にはもう周知の事実でしょうけど、“神”はその存在の全てが神素だし“神士”や“新士”、そして“新獣”にしたって一定以上の神素があるのが通常。だけど、この鳥達は本当にごく僅かの神素しか持っていない。にもかかわらず、あれだけの力を持っていた。となれば、こういう仮説が立てられるわ」

そこまで話した好野が、再びキーボードを叩く。するとモニター上に存在していた赤い点が次々と増えていき、瞬く間にCGモデルの大半を埋め尽くした。

「あの鳥達は、何らかの方法で少量の神素を増幅させる事によって造られた存在……変な言い回しになるけど、私達が知る“新獣”とはまた違った新しい“新獣”というわけね」

「はあ……“新士”に続いて“新獣”もかよ。本当、何処の誰なんだかな。こんな厄介なもん造ったのは」

髪を乱雑に掻き毟りながら、雄一が愚痴を零す。そんな彼に、繚奈も同意を示した。

「全くね。まあなんにせよ、早めに手を打っておきたいところだけど……好野さん、何か良い知恵はありますか?」

「そうね、残念ながら決定打というものは現段階では皆無かしら。でも、今の私達は大きな手掛かりがあるわ。そう、“雷鳥”の力を持ち、私達の知る“新士”とは全く違う“新士”であるあの娘がね」

「やっぱ、それしかないか。あ、そういえば好野さん、聞きたいんですけど……」

此処に来て先程の少女の異変を思い出した雄一が、好野に事情を説明する。すると好野は、神妙な顔つきで考え込む仕草をみせた。

「成程ね。話を聞く限りだと、益々あの娘の事をよく調べる必要性を感じるわ。私個人としては、繚奈ちゃんの仮設が正しいと思うし。一息入れたら、医療室に行ってみましょう」

「分かりました。光美から連絡もこない事からして、多分体調もあれ以上悪化していないと思いますから……」

「あの、ちょっといい?」

これまで殆ど言葉を発しなかった水音が、不意に片手を上げて会話に加わってきた。

当然、残る三人は少々の驚きと共に水音へと視線を向ける。するとそこには、先程までとは打って変わって険しい彼女の表情があった。

「どうかしたの、水音さん?」

「ええっと、少し言いにくいんだけど……あの娘をそのままにしておいて大丈夫なの?」

「?……それは、どういう意味かしら?」

好野が訊ねると、水音は「だから」と少々苛々した様子で金髪を揺らす。

「難しい話、私は苦手なんだけど、聞いてる限りじゃあの娘ってさっきの鳥達と似たようもんなんでしょ? 何かの拍子で私達を襲ったりしてこないの?」

その言葉に、彼女以外の全員が息を呑んだ。発言内容からして、水音はイマイチ話を理解していないようだが、さりとて全くの的外れな意見というわけでもない。

――――未だ不明瞭な点が多々ある、“神”の力を人工的に持たされて造られた少女。

そんな存在の危険性を指摘するのは、至極当然の事ではある。だが水音の口振りから察せられる、彼女の望んでいる処置は到底受け入れらるものではなかった。

「っ……それは……可能性としてはゼロとは言い切れないわね。まだまだ分からないことだらけなわけだし」

「だと思ったわ。だったら、やっぱり……」

「水音さん、私は反対です」

本題を言いかけた水音を、強い口調の繚奈が遮る。そんな彼女に水音は驚いた様子で振り返った。対して雄一と好野は、予想通りといった様子で繚奈を見やる。

「あの娘が危険な存在だという水音さんの意見は理解できます。ですが、だからといってあんな幼い子を処理するなんてこと、私は絶対に賛同できません」

「り、繚奈ちゃん……っ……でもね、私もその、神士やってそこそこ経つんだけど、こういうのは何かが起こってからじゃ遅……」

「それでもです。私は絶対に反対です」

さながら敵と対峙した時のような威圧感を放ちながら、繚奈が断言する。そんな彼女に圧倒されたのか、水音は先程までの険しい表情を崩して狼狽えた。

「いや、だから……なんで、そんなまでして、あの娘を……」

「そりゃそうでしょ。小さい子のいる母親なんですよ、彼女は」

苦笑交じりに雄一が告げ、こちらに振り返った水音に更に続ける。

「小さい子を粗末に扱うなんて真似、繚奈の前じゃ絶対に出来ませんよ。この手の話題じゃ彼女、梃子でも意見曲げませんしね」

「あ……そういうこと……」

納得したのか、水音は深い溜息をつき、次いで再び繚奈へと振り返る。

「分かったわ、繚奈ちゃん。今はとりあえず、私の意見は引っ込める。……だけど忘れないでよ? あの娘は決して楽観視しても構わない子じゃないんだから」

「はい、重々承知しています。ご理解頂き、ありがとうございます」」

「……なんだかなあ……すっかりお母さんの顔してるわね。私の中じゃ、まだ高校生なんだけどなあ、貴女」

そう言って水音は、何処か寂しそうに笑った。すると繚奈も表情を崩し、恥ずかしそうに頬を染める。

「あ、そ、それは、まあ……輝宏も、もう三つですし」

「そっか……本当にもう、お母さんなのね。……ちょっと羨ましいかな」

「?……水音さん?」

「あ、ごめん。気にしないで。ささ、そうと決まったら医療室に行ってみましょ。あ、その前に双慈君の所に行った方が良いかも。そろそろ名前も決まっただろうし」

早口でそう言い終えると、水音は足早に退出していく。

その様子は何かを誤魔化すかのような、あるいは何かから逃げ出すかのような印象を受け、残った三人は誰からともなく顔を見合わす。

が、特に言葉を交わすことはせず、やがて水音の後を追って部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すみません、どうやら失敗のようです」

「謝罪は必要ありません。こうなる事は想定内です」

コンピューターの前で落胆した様子を見せるフモルに対し、オクベは特に気にした様子もなくコーヒーを飲んだ。

「“本体”との連動が上手くいっていない以上、十分な力が出せないのは分かっていた事。“本体”の居場所を正確に把握できただけでも上々です」

「そう……でしょうか? しかし、このままではいずれ向こうに色々と知られてしまう可能性が……」

「でしょうね。確かこの神連には、優秀な研究者がいたと聞きます。最悪、“本体”の詳細まで解析される事も考えておいた方がいいかもしれません。となると……」

そこで一旦言葉を切ったオクベは、飲み終えたコーヒーを傍らに置くと苦々しく呟く。

「悠長に構えてはいられませんね。こちらから打って出る他ありません」

「ええっ!? じ、じゃあまさか“あれ”を!? まだ未完成でしょう!?」

驚愕の表情でこちらを振り返ったフモルに、オクベは嘆息と共に頷いた。

「仕方ないでしょう。一か八かの賭けなど、私の趣味ではないのですが……もう他に術がないのですから」

「オクベ博士……」

か細い声を出したフモルの顔に、不安と恐怖を帯びた瞳がある。そんな彼の気持ちが、オクベには痛い程に良く理解できた。

――――失敗すれば、全てが終わる。富や名声は勿論の事、命まで失いかねない。

自分達が今からしようとするのは、そういう事である。だからこそ、今まで慎重に慎重を重ねてきたのだ。しかし、状況は一変したのだ。腹を括るしかない。

「フモル君」

心の奥底にある動揺を悟られぬよう平静を装いながら、オクベはフモルの名を呼んだ。

「協力……して頂けますね?」

「っ………………はい」

引き攣った表情をしながらも、フモルは固い決意を込めた声で頷いてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

 

 

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