第六章〜異郷の神士は同郷人〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――東歴2002年10月15日午前七時。

イリシレの首都アドレーの街中を、好野が運転するレンタカーが駆けてゆく。その車内で、雄一はボンヤリと窓の外を眺めていた

情報としては知っていたが、初めて直接見るイリシレの雪景色に、思わず声が漏れる。

「は〜〜これが雪国か。見てる分には綺麗なんだけどなあ」

「そうね。でも、実際に住むとなると大変よ。一年中寒いんだし……あ、あそこね」

目的地を見つけた好野が、ハンドルを切る。そして車が向かった先には、市民ホールのような建物があった。

「あれが此処の神連か。なんか、剣輪町のと似ている気がするな。ひょっとしてカモフラージュを?」

「ええ、どうやら表向きは図書館として運営してるみたいよ。勿論、従業員はみんな神連の職員。確かに似てるわね、私達と」

そこまで好野が言い終えたところで、車が駐車場に到着する。二人が車から降りるのと殆ど同時に、神連の入り口が開き、初老の男性と眼鏡をかけた女性が姿を見せた。

「遠路遥々ご苦労だったね、えっと……君が『ハオウケンシ』のユウイチだね? データなら何度も見せてもらったよ。」

男性の方が、気さくそうな笑みと共に口を開く。そこから聞こえてきた言葉に、雄一は内心驚きながら返事をした。

「ええ、そうです。貴方が此処の責任者ですか?」

「ああ、表裏共に皆を纏めているトゼロだ。そして、こちらがフィーノ。私の右腕だよ」

「よろしくお願いします」

トゼレに紹介されたフィーノが深々と頭を下げる。雄一は返すように頭を下げた後、二人の顔を交互に眺めながら言った。

「しかし凄いですね。こっちの言葉、ペラペラじゃないですか。おかげで助かりますけど」

「此処の神連は小規模故に、他の神連との連携を重視する必要があるからね。多言語を話せないと不便なのさ。……どこか変なところはないだろうか?」

「それだけ話せれば十分ですよ。ねえ、好野さん」

「ええ、本当。なんの心配もいらないわ」

好野がそう答えると、フィーノが尊敬の眼差しを彼女に向けながら口を開く。

「貴女がヨシノですね。“新士”関連の研究の最前線にいらっしゃる方とお会いできて光栄です。どこまでお力になれるかは分かりませんが、こちらが把握している内容は全てお伝えします」

「ありがとう、フィーノさん。早速ですけど、そちらのデータを見せてもらいますか?」

「はい。問題ありませんよね、官長殿?」

「勿論だ。まだ彼女が戻ってきてないし、現場に赴いてもらうのは困るからね」

「彼女? 誰の事ですか?」

雄一が尋ねると、トゼロは「ああ」と思い出したように口を開く。

「すまない、説明がまだだったね。実はそちらのソウジ君が帰国した直後に、こちらの神連所属の神士から連絡が入ってね。この件に携わってしまう事にしたのだよ」

「そういう事ですか。まっ、結構な大事でしょうからね。人手はあればある程良いでしょう」

「ああ、彼女はとても優秀だ。『ハオウケンシ』である君の邪魔になる事はないだろう。おまけに中々の美人だし、悪い気はしないと思うよ」

「へえ……」

〔浮気すんなよ、雄一〕

「誰がするか!……あ、すいません、えっと……」

急に話しかけてきた“神龍”に、反射的に言い返してしまった雄一は、バツが悪そうにトゼロに謝る。しかし雄一の予想に反して、トゼロは平然とした様子で手を振ってみせた。

「心配しなくていいよ。パートナーの“神”が声を掛けてきたのだろう? 神連の者として、そのあたりの免疫はついているさ」

「ああ、それは良かった。いや、頼れる相棒なんですけど神とは思えないくらいに……っ!?」

刹那、雄一は後頭部の辺りに強烈な闘気を感じた。

殆ど無意識に“龍蒼丸”へと手を伸ばしつつ、背後の空へと振り返る。すると、煌めく刃が真っすぐに自分へと迫っている光景が眼に飛び込んできた。

咄嗟に雄一は抜刀し、その刃を弾く。その瞬間、彼は襲ってきた得物の異様さに気づいた。一見投擲用の刃物かと思った刃は、鞭のようにしなやか且つリーチの長いものだったのだ。

初めて見る武器に驚く彼の眼に、勢いよく縮小していき通常の剣のものに戻っていく刃、そしてそれを握りこちらに向かってくる金髪の女性の姿が映る。

突然の奇襲に戸惑いながらも、雄一は“神龍”の力で飛び上がると、空中から襲い掛かってきていた女性の上をとった。

「っ!?」

虚を突かれた表情になった女性だが、すぐに身を反転させ、再び刃を伸ばしてきた。空中という行動し辛い状況で、更には軽やかに着地しつつである。

これだけで彼女が並大抵の実力ではないという事が、ハッキリと分かる。もう一度向こうの刃を弾きながら、雄一は相手の力量を判断し、素早く決断を下した。

――――武器破壊。

あの厄介な得物を封じてしまうのが、最も有効だろう。幸いにも彼女の戦い方は、その手を打つのに都合がいい。

女性が三度伸ばして来た刃を見据えながら、雄一は“龍蒼丸”に神力を注ぎ込む。直後、鮮やかな青い刀身を、細やかな輝きを放つ銀の粒子が包んでいく。

自然界を統べる“神龍”の力の一部――大地の力を用い、極度の硬度と鋭利さを得る“地龍金剛斬”である。

そして雄一は、相変わらず正確にこちらへと襲い掛かってくる刃に向けて“龍蒼丸”を振るおうとした。だが、まさに彼が斬撃を繰り出しそうとした刹那、トゼロの焦った様子の声が耳を打つ。

「やめてくれ、ユウイチ!!」

「なにしてるのミズネ!!」

「へ……?」

トゼロに加え、嘆くような叱るようなフィーノの声に、雄一は思わず動きを止める。そんな彼に呼応するかのように、迫っていた刃は勢いよく離れていった。

その先には、先程までの引き締まった表情が消え、気だるそうにしている女性の姿がある。既に闘気も消えているのを感じた雄一は、戸惑いつつも“龍蒼丸”を納刀して大地に降り立った。

「え、えっと……?」

状況を呑み込めず雄一が困惑していると、トゼロが慌てて彼の元へと駆け寄りながら謝罪した。

「いや、すまない。普段はこんな事をしたりはしないのだが……どういつもりだね、ミズネ!」

「そうよ! ちゃんと連絡はしていたはずでしょう!」

「実力チェックよ。データ通りかどうかの、ね」

咎めるトゼロとフィーノにそう答えつつ、ミズネと呼ばれた女性は再び雄一へと振り向く。その二つの瞳には、挑発的な感情が秘められていように見えた。

「一応、流石と言っておくわ、“覇王剣士”さん。全力じゃないとはいえ私の攻撃を的確に捌くなんて、やるじゃない。それに便利ね、貴方。自由に空を飛べるなんて羨ましいわ」

「っ……それが俺の神士としての……力ですから……えっと……?」

ついトゼロやフィーノと同じように話そうとし戸惑った雄一に、ミズネは苦笑交じりに金のポニーテールを揺らしてみせた。

「言い遅れたわね。私は貴方と同じ、パージル出身よ。この髪も染めてるだけ。だからちゃんと言葉は通じてるわ。フルネームは“瑠輝水音”。よろしくね」

「そ、そうなんですか。ル、ルキミズネ……さん……?」

「そう、瑠璃の瑠に輝くの輝に水の音で瑠輝水音」

「ご、ご丁寧にどうも。名前はともかくとして、珍しい苗字ですね」

「貴方も似たようなものでしょ。武真なんて、最初読めなかったわよ私。……と、雑談はこのくらいにしておいて、仕事に移ろっか。早速現場に行きましょ」

「えっ!? い、今からすぐに!?」

「そうよ。データなんか見るより実物見た方が早いでしょ。大体、ある程度は把握してるんじゃないの? ねえ……えっと、好野さんだったかしら?」

「え? あ、ああ……そうね。データは後でも見れる訳だし」

「でしょ。じゃ、案内するわ。フィーノ、車借りるわよ」

そう言うと水音は、スタスタと駐車所に予め置いてあった車の方へと向かっていく。雄一は唖然としてそんな彼女の後姿を見送りながら、トゼロに尋ねた。

「なんていうか、その……自由な人ですね」

「ああ……神士として行動している時は、実にキビキビしているのだがね。普段はどうも……」

おそらく、普段から手を焼いてるのだろう。苦い表情で言い淀むトゼロを見て、雄一はそう思う。

〔少し前の繚奈とまた違った意味で、苦労しそうだな〕

(……ああ)

似たような感想を抱いたらしい“神龍”の呟きに、彼は小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神連から北に向かうこと一時間。広大な森林地帯の入り口に来たところで、水音が車を止める。

「ここからは、歩きになるの」

言いつつ車から降りた彼女に続き、雄一と好野も外へと出た。街とは違い自然しかない周辺は、見事なまでに白銀の世界である。

森だというのに獣や鳥の声が微塵も聞こえぬ事と相まって、酷く寂しい場所だと雄一は感じた。そして、それが独り言となって漏れる。

「……相応しい場所と言えば、相応しい場所か」

「そうね。多分だけど、意図的に動物とか追い払ってたんじゃないかしら。この辺りじゃ、一回も見かけたことないし」

こちらの言外の意図を把握した相槌に、雄一は驚いて水音へと振り向く。更に引っ掛かりを感じる彼女の言葉に、思わず訊き返した。

「瑠輝さん、前に来たことがあるんですか?」

「え?……もしかしてトゼロかフィーノから聞いてないの? 私が昔、例の研究所の調査に携わってたの」

「ええっ!? 初耳ですよ、それ! 好野さん、知ってました?」

「い、いいえ。でも……そうか、だからあの人達は、貴女をこの件に携わってもらうことにしたのね」

好野が納得したように呟きながら水音を見やると、彼女は微笑みながら頷いた。

「そういうこと。まっ、ここ暫くは諸事情で彼方此方回ってて、この件が新展開を迎えてるって知ったのは、ほんの数日前だけど。神連に連絡いれたら、手が空くようなら手伝ってくれって言われたのよ」

「成程」

「でもまあ、私が知ってるのは三年前の事だからね。例の装置についても、詳しい事はサッパリ。むしろこっちが、貴方達に教えてほしいくらい」

「それは……全ては実物を見てからね。可能な限り、解析してみせるわ」

「ありがとう、好野さん。じゃあ、結構遠いけど頑張って歩いてくださいね。えっと君は大丈夫よね、雄一……君でいいかしら?」

呼び方に困っている様子の水音に、雄一は気づかれないくらいの小さな嘆息の後に言う。

「呼び捨てでいいですよ。多分、俺、貴女より年下でしょうし」

「ちょっと、それ遠回しに私が老けてるって言ってる?」

「!……い、いえ、決してそういう意味では……」

一瞬にして鋭い眼つきになりドスの効いた声になった水音の迫力に、雄一がたじろぎながら弁明すると、彼女は軽く眼を伏せつつ息を吐いた。

「まっ、実際そうだとは思うけどね。貴方、歳は?」

「え、ああ……今年で二十二です」

「…………良いわね、若くて」

先程とは違い、大きな大きな溜息と共に、水音は羨望の声を漏らす。それを聞いて、雄一は察した。この話題を続けるのは得策ではない、と。

だから彼は、少々強引にでも話題を変えなければと思う。だが彼が動くよりも先に、好野が動いてくれた。

「貴女だって十分若いじゃない。老けてるって言うのは、私みたいなのを指すのよ」

「え? あ……参ったわね、フィーノの尊敬する人にそんな事言われたら、返しに困るわ」

「あら、フィーノさんは、そんなに私の事を?」

「ええ、そりゃもう。研究者として三日三晩語り合いとか言ってましたよ。どこまで本気かは分からないけど……って、こんな所で長話してても仕方ないわね。行きましょ」

少々バツが悪そうに会話を切った水音は、踵を返してスタスタと森の中へと入っていく。

その後を少し離れて歩き始めた雄一と好野は、先を行く水音に聞こえないように小声で話し始めた。

「ありがとう、好野さん。助かりました」

「いいのよ。けど、もう少し女性への接し方を学びなさいよ。もう独り身じゃないんだから。年齢に関しての話題は基本NG。分かった?」

「っ……心に刻み込んでおきます」

母親からありがたい教えをうけた雄一は、ふとある事を思い出す。イリシレに来てから、まだ光美に連絡を入れてなかったのだ。

(今の内に入れておくか。後回しにすると忘れそうだし)

通信端末を取り出した雄一は、光美に向けてのメッセージを作る。

『光美ちゃん、元気か? 俺の方は大丈夫。でも今から厄介な所に行くから、次の連絡は遅くなると思う』

(……こんなもんか? いや、もうちょい長くしないと繚奈に知られたら『そっけない』とか言われるな。う〜ん……)

しばらく悩んだ末、彼は次のように文字を打った。

『そうそう、こっちで俺らと同じ国の人と出会ったよ。ルキミズネって女の人。もし会うことになったら、話が合うかもよ』

(……なんか脈絡がない気がするが、いっか。にしても、本当に珍しい名前だよな。変換しにくいったら、ありゃしない。カタカナにした方が早いぜ)

雄一は心の中でそうボヤきつつ、作ったメッセージを光美へと送る。それが無事完了した事を確認した後、彼は端末をしまう。

すると突然、前を歩いていた水音が振り向きもせずにこう言った。

「彼女へのメッセージ?」

「!?……い、いや、えっと、その……」

「うろたえないの、別に責めてるわけじゃないから。………本当にいいわね、青春してて……」

またしても大きな溜息と共に、水音は天を仰ぐような仕草を見せる。そんな彼女を後ろから眺めつつ、雄一はふと“神龍”に愚痴をこぼした。

(マジでお前の言ってた通り、この人に苦労させられそうだよ、“神龍”)

〔だな。まあ、精々上手くやれよ。見てる分には面白いから〕

(……気楽に言ってくれるぜ)

からかい半分の相棒の言葉に、雄一は思わず苦笑を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


   

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