第十一章〜激変の足音〜

 

 

 

 

 

……。

…………。

――――東暦1997年6月14日午後4時。

「うわあ、綺麗な夕焼け」

玄関から外に出た光美が、そんな感嘆の声を漏らしたのに、繚奈も彼女に倣って頭上を見上げる。

するとそこには、実に見事な黄昏の空が広がっていた。

「本当……何だか幻想的ね」

真昼の青空が見る者の心を澄んだ物のしていくのに対し、夕暮れの紅い空は見る者の心を暖めてくれるのだと、誰かが言っていた事を繚奈は思い出す。

かつては迷信だと決め付けていたが、こうしてボンヤリ燃える空を見ていると、不思議と真実なのではないかと思えてくる。

それほどまでに、二人の頭上に広がる夕焼けは美しかった。

「うん。吸い込まれそうになる青い空も良いけど、こんな風に優しく染め上げてくれる赤い空も私は好きだな。……繚奈はどう?」

「え、わ、私?……う〜〜んと……」

急に光美から質問された繚奈は、少しばかり返答に詰まる。そして暫く考え込んだ後、困った様な笑みと共に口を開いた。

「赤い空かな?……なんとなくだけど」

「アハッ、そうじゃないかなって思った。繚奈って、赤が似合いそうだもの」

「……そう?」

「ええ。……まあ、私が勝手にそう思ってるだけなんだけどね。でも、本当に似合うと思うよ? ホラ、私があげたイヤリングもバッチリだし」

言いつつ光美は、繚奈の耳で微かに揺れている赤い雫を指差す。途端、繚奈はゆっくりと手をそのイヤリングに伸ばした。

(これが似合ってるか……確かにね……でも……)

――あまり喜べない……わね。

昔は素直に喜んでいた。親友から貰った、とても可愛らしいアクセサリー。かつてはただ純粋に、そう思っていた。

だが、最近になって……『幻妖剣士』という名が自分につく様になって、徐々にその気持ちに陰りが出来始めているのを、繚奈は感じている。

無論、嫌いになった訳ではない。光美から貰った物を、嫌悪する訳がなかった。

しかし、この赤い雫を見ると、彼女はどうしても『ある物』を連想せずにはいられない。

これまで幾度となく流し、幾度となく浴び……そして幾度となく『紅龍刃』に滴らせてきた、真っ赤な血を。

「……」

「?……どうしたの、繚奈?」

「っ、何でもない。それじゃあね、光美。また明日、学校で」

「あ、繚奈、明日からは学校来れるんだ?」

「当然でしょ? もう、風邪は治ったんだから。……それより、光美。貴方こそ、学校の方は大丈夫なの?

いつまでも悲しむのは良くないって周りは言うかも知れないけど……無理する事は無いのよ?」

「…………ありがとう。やっぱり繚奈は、優しいね」

小さな微笑と共にそう言われ、気恥ずかしさを感じた繚奈は仄かに頬を赤らめてたじろいだ仕草を見せる。

「べ、別に御礼を言われる程の事じゃ……」

「大丈夫!私、そんなに引き摺るタイプじゃないから。そりゃあ、こんなにも早くお父さん、お母さんと別れる事になったのは悲しいけど……

 ほら、良く言うじゃない? 『出会いが有れば必ず別れが有る』って。私の場合、ちょっと親との別れが早かっただけよ」

茶目っ気たっぷりに首を傾けながら、何でもない事の様に光美はそう言った。

彼女を良く知らない人が見れば、それは極々自然な態度に見えるだろう。しかし、付き合いの長い繚奈には、そう見えなかった。

此処を訪れた時に見せた様子よりは随分とマシではあるが、それでも相当無理をしている事は想像に難くない。

それが分かるからこそ、繚奈の口から自然と光美への労わりを含んだ声が漏れる。

「光美…………」

「ち、ちょっと止めてってば繚奈。そんな悲しそうな声を出すのは。心配してくれるのは嬉しいけれど、本当に私は大丈夫だから。

 お通夜の時やお葬式の時にみっともないくらいに……沢山泣いたし……もう、涙も出ないわ。……だから……本当に……」

徐々に語尾が小さくなっていき、微かな嗚咽が混じってくる。

その余りにもいたいけな光美に見ていられなくなった繚奈は、そっと手を伸ばして自分の胸に抱き寄せた。

「光美……もういいから。もういいから……無理して我慢しないで」

「が、我慢なんかしてな……わ、私は……もう……大丈…………う……うああああああっっっ!!!!」

押し殺していた物を全て曝け出す様に、堰を切って泣き出した光美の肩を抱きながら、繚奈は血が滲むくらい唇を強く噛み締める。

――……どうして……どうして光美を、こんな酷い目に遭わせる事になってしまったのだろう?

悔やんでも悔やみきれない自責の念。そして、それを吐露する事さえ叶わない現状の歯痒さ。

口の中に広がっていく血の味を噛み締めながら、繚奈は光美が泣き止むその時まで、ずっと彼女に胸を貸し続けた。

……。

…………。

 

 

 

 

 

 

 

――――東暦2000年7月3日午後4時。

〔……繚……!…………奈!……繚奈!〕

「っ!」

懸命に自分を呼び続ける『邪龍』の声に、自我を取り戻した繚奈は眼を開けて勢い良く身を起こす。

すると、心配そうな顔でこちらを見ている雄一と、女性職員の顔が視界に入った。

「大丈夫か? 随分、魘されてたぞ?」

「お前っ……そうか、私達は義長殿……いや、もう義長と呼ぶべきか。奴にやられたんだったな。ここは……治療室か」

「はい、そうです。本当にごめんなさい、繚奈さん。それに雄一さんも。私のせいで、こんな……」

「いえ、貴方のせいではありません。それに、こいつはともかくとして私はこれくらいで力尽きる様な柔ではないですから」

申し訳なさそうに頭を下げた女性職員に、繚奈は軽く手を前に差し出しながら言葉を返す。

と、その言葉尻を捉えた雄一が、意地悪げな笑みと溜息を漏らしつつ口を開いた。

「やれやれ……よく言うぜ。俺よりも長い時間、気絶してた身でよ」

「う、煩い! 大体お前も気絶してた事には変わりないだろう!! 時間が短いだの長いだの、関係ない!

気絶してしまった以上、私もお前も迂闊だったという事だ!! それなのにお前という奴は……」

〔繚奈! 今は彼と言い争いをしている場合ではありません!!〕

「っ……」

ピシャリと『邪龍』にそう言われた繚奈は、不本意ながらも口を閉ざし心の中で(……ゴメン)と謝罪する。

そして断片化している記憶を辿りつつ、雄一に声を掛けた。

「で……あれから、どれくらい経ってるんだ?」

「ああ、それは……」

そこまで言うと、彼はチラリと横にいた女性職員に視線を向ける。その顔を見て雄一の考えを読み取った彼女は、とつとつと話し出した。

「私が意識を取り戻し、お二人を介抱してから一時間程が経っています。ただ、私が目覚めるまでにお二人がどれくらい気を失っていたのかは……」

「成程。……それにしても、『あれ』は一体どういう事なんだ?……何か知っているか?」

女性職員から視線を逸らし、繚奈は雄一に尋ねる。『あれ』が指す内容とは無論、義長が『神器』を持っていた事だ。

単なる研究者である彼が、どうして『神器』を使う事が出来たのか?……それも、先月に雄一が捕らえた神士と神化していた『鵺』の『神器』を。

仮に義長が『神士』であったとしても、他の神士と神化している『鵺』の『神器』を使用する事は絶対に不可能の筈である。

今まで経験した事の無い出来事に、繚奈は些かの恐怖を抱きながら雄一に尋ねたのだが、彼の返事はつれないものだった。

「いや。生憎と、俺にはサッパリだ。『神龍』も訳が分からないって言ってるし……そっちはどうなんだ?」

「え? あ……」

雄一が『邪龍』はどう思っているかと聞いてきているのに気づいた繚奈は、そっと『邪龍』に尋ねる。

(『邪龍』……どう? 貴方は何か分かる?)

〔……いえ、残念ながら。私も、この世に生を受けてそれほど長い訳ではありませんし、あの様な行為を成せる事は知りませんでした。

 …………正直言ってとても不安ですし、嫌な予感がしてなりません。何か、とてつもなく恐ろしい事が起こる予感が……」

(っ……)

緊迫した『邪龍』の声を聞き、繚奈の背中に冷たい汗が流れる。

嫌な予感。それは自分も……そして恐らく、雄一と『神龍』も同じであろう。

今まで自分達『神士』の根底にあった物の一つである『神器』の概念。それが脆くも崩れ去っていく感覚に全員が襲われていた。

「あの……」

「?……どうかしましたか?」

緊迫した空気を戸惑いつつ声を掛けてきた職員に、繚奈は視線を向ける。

すると職員は、懸命に記憶と辿るかの如くこめかみに指を当てながら口を開いた。

「えっと、先程雄一さんから少し聞いただけなので良く分からないんですが……やっぱり、その……今回の事件、そしてあの幻獣も義長さんの

仕業なんですか?」

「あ、それは……事件を起こした張本人は奴でしょうけれど、貴方を襲った幻獣も彼の仕業かどうかは……」

「でも、雄一さんの話だと、義長さんは私が幻獣に襲われた事を知ってたんですよね?」

「ええ、まあ……所で、貴方は一体どんな感じで幻獣に襲われたんですか?……少々お話し辛いでしょうが、話して下さると助かります」

「あ、そう言えば、まだ話してませんでしたね。……分かりました、今からお話します」

そう前置きをして、職員はゆっくりと雄一と繚奈に話し出した。

彼女が雄一に緊急通信を送る約一時間前――正午前後の時刻に、彼女は資料室にある書物の整理をしていたらしい。

『神』や『神士』、そして『神器』に纏わる膨大な資料。そして、世界中から集めた不可解な事件のスクラップ集。

更には様々な神々を題材にした伝記や物語等の書物が保管されている資料室は、雄一も繚奈も時折利用している。

そして当然、研究者である義長は頻繁に利用していた。――――殆ど毎日と言ってもいいくらいの時間を。

「「……」」

不意に繚奈と雄一は、互いに顔を見合わせる。――となれば……これは……。

「資料室で、一体何を見つけたんですか?」

繚奈が促すと、職員は暫しの間を置いた後、たどたどしい口調で言った。

「そんなに大した物ではないんですが……『神幻獣図鑑』って言う本を知ってますか? 世界中の空想上の動物を載せている物なんですけど」

「あの本か、それなら見た事ある。……?……けれども、確かあれって…………」

記憶を探る様に首を傾げて呟いた繚奈は、意味深げな視線を雄一に向ける。すると彼は、すぐにその視線の意味を察し、コクリと頷いた。

「ああ。あれは元々、幼少でありながら神士となってしまった人を教育する為に用いる、一種の教科書みたいな物だ。

俺も昔に剣輪町の神連で読んだ事があるけど、『この本に載っている様な動物とこれから会ったり戦ったりするかも知れない』って感じの……

……まあ言ってみれば心構えみたいなもんだな。そんな事を教える為だけに使う本で、特別な書物って訳でもない筈だ。その本がどうしたんですか?」

雄一が尋ねると、職員の女性は曖昧な相槌と共に言う。

「いえ、どうしたって訳でもないんですが……整理していた時に誤ってその本を落としてしまったんです。

その際に開かれたページ……『鵺』という動物の所に、小さな走り書きがあったんですよ」

「「っ!」」

繚奈と雄一は同時に息を呑む。『鵺』……今回の出来事に深く関わっている『神』だ。

――――その『鵺』のページに、どんな走り書きがされていたのか?

緊張で一筋の汗を流しながら、繚奈は職員を促した。

「走り書きとは、一体……?」

「えっと……本当に薄くて小さい字だったんで、もしかしたら間違ってるかもしれませんけど……『フェンリル』って書かれてました」

「『フェンリル』? なんだそりゃ?……『鵺』の西洋語読み、じゃないよな?」

「当たり前だ。そもそも『鵺』というのはこの国か、精々東洋諸国でしか知られていない『神』の筈だし、西洋の言葉で当てはまる単語がある筈ない。

 ……しかし、どうも気になるな。その単語について、何か……?」

「いえ、私には全く。ただ、実際にはもっと沢山細々と書かれていたみたいでした……殆ど消されてて読めなかったんですけど。

 だから、書きかけというのも考えられますね。で、私はそれを見て誰かの悪戯かと思って消そうとしたんです。

すると、不意に後ろから視線を感じて……振り返ると……」

途端に苦い表情になった彼女は、微かに語尾を震わせると俯き加減になる。

そんな彼女の心情を察し、暫くの間雄一も繚奈も無言で時の経過を待つ。ややあって、職員がポツポツと話し出した。

「義長さんが……いました。だけど……義長さんはいつもの優しそうな眼じゃなく、何かとてつもなく冷たい眼をしていた様に見えたんです。

私は一瞬恐怖を覚えましたが、すぐに気のせいだと判断して挨拶をしたんです。でも、義長さんは何も言わずに背を向けて資料室を出て行って

……何だか言い様のない変な気持ちになった私は、その走り書きを消す事も忘れ、急いで資料室を出ました。それで休憩室に向かおうと

廊下を歩いていたら……ふと、後ろから何かの気配を感じて……振り返ると…………」

そこまで話すと、ついに職員は黙り込んでしまう。

これ以上彼女から話を聞きだすのは難しいと判断した雄一が、職員に確認する様に口を開いた。

「あの幻獣がいた……そうなんですね?」

「…………はい。私は、それを見た途端パニックになってしまって……無我夢中でその幻獣から逃げ出しました。その途中、外部への通信機器が視界に

 入って、それで雄一さんに助けを求めたんですが……混乱状態で上手く喋れず、そうしている間に幻獣に追いつかれて……その後……っ……」

「分かりました。どうも、ありがとうございます。辛い事を話して頂いて」

雄一は労わる様にそう言うと、小刻みに震えて嗚咽を漏らしだした職員の肩を抱いて立ち上がる。そして、繚奈の方に振り返りながら言った。

「ちょっと、この人を休憩室に連れてってくる。あそこの方が、此処よりも落ち着けるだろうし……あんたはどうする?」

「……とりあえず、彼女が話した『神幻獣図鑑』の走り書きを確認してくる。彼女の話だと、まだ消していないようだしな」

「そっか。んじゃ、まあ何か分かったら休憩室に来てくれよ。この事件、早い内に片付けないと面倒な事になりそうな気がするんだ」

「不本意だが、同感だな。剣輪町の神連にも連絡しておいた方が良いだろう。それは頼めるな?」

「ああ。それは任せといてくれ。じゃあ、また後でな」

「……ああ」

 

 

 

 

 

――――雄一と繚奈が会話している同時刻。

『神龍』と『邪龍』もまた、互いに言葉を交わしていた。

〔しっかし、とんだ大事になってきたな。『鵺』とかいう訳の分からない神の話を聞いた時から薄々嫌な予感はしてたんだが、ここまでとは〕

〔……よくそんな暢気な事を言ってられますね、貴殿は〕

〔おいおい、暢気な事とは何だよ? 俺はこれでも、かなり深刻に考えてるんだぜ?〕

〔それが深刻だというなら、貴殿の暢気な時というのは、さぞ凄まじいのでしょうね〕

〔っ……あのなあ! 今ぐらいその言い方、何とかなんねえのかよ!? 話しづらいんだよ!!〕

言葉一つ一つが刺々しい『邪龍』に、『神龍』は一苛立った声を上げる。

しかし、『邪龍』はそれに全く動じずに、淡々と言葉を返した。

〔それは失礼。『敵』と穏やかな口調で会話できる程、私は器用ではありませんから〕

〔なっ!……あ〜もう、とにかく!! お前は一体、どう思ってるんだ?〕

〔何がですか? この事件の真相? 義長氏が『神器』を使えた理由? いなくなった人達の事? 

……それともあの『フェンリル』という単語の事ですか?〕

〔っ、ま、まあ全部と言えば全部なんだが…………そうだな、率直に聞こう。この事件について、何か心当たりはないのか?〕

〔……また随分と単刀直入な質問ですね。心当たりですか……っ!……まさか、あれがそうだと…………?〕

〔?……何だよ、その『あれ』って?〕

尋ねられた『邪龍』は、ここ最近我が身、もとい繚奈の周りで起こっていた事を話すか否か迷う。

――――正体不明の神士達による襲撃。目的は『幻妖剣士』繚奈の命、そして…………恐らくは『覇王剣士』雄一の命も。

そして、最初の男が残した例の言葉。『邪龍』は今になってもう一度、あの言葉を思い返してみた。

――――……『覇王剣士』諸共……『あの方』に……。

(まさか、奴が言っていた『あの方』というのは義長の事……? だとしたら、この件と関係があるという事になるが……)

〔おい『邪龍』! いきなり黙り込むなっての! こっちの質問に答えてくれよ!!〕

〔っ!……失礼しました。そうですね、心当りと言えるほど確かな物ではありませんが、一応貴殿にも話しておくべきでしょうね〕

少々不本意ではあったが、『邪龍』は『神龍』に例の連中の事を話し始めた。

それは、『邪龍』が薄々感づいていたからである。今回の一件、例え自分達が相容れぬ存在であろうとも、協力しなければならない事に。

――――……そうせざるを得ない程に、事態は重く深刻であるという事に。

 

 

 

 

 

 

 

――……まるで、何かに憑かれてるみたいだな。

目の前で一心不乱にコンピューターを操作している老人を眺めながら、少年は内心でそう呟く。

彼とはこの部屋でしか会う機会が無い。それ故少年は此処での老人しか知らず、だからこその感想だった。

ブツブツと独り言を呟きながらキーを叩く、或いは時折狂った様な笑い声を上げる。それが、此処での老人の全てだった。

常人には程遠いその言動は、正しく何かに憑かれているという表現がピッタリと当てはまる物だ。と、そこまで考えた少年は我知れず苦笑する。

(常人には程遠い?……それは僕もじゃないか)

そう思いクシャリと前髪を掻き揚げた途端、老人がクルリとこちらに振り返った。

「やった……やったぞ双慈! 成功だ!! これで……これでお前は、今までどんな神士でも得られなかった力を手に入れられるぞ!!」

「……それは、光栄です」

さして嬉しくもなさそうにそう呟くと、彼――双慈は腰掛けていた椅子から飛び降りる。

「で? また『訓練』をするんですか?」

「そうだな……まず問題は無いと思うのだが、やはり実践してみた方が安心するか。よし双慈、今から剣輪町へ向かえ」

「剣輪町に?……また神連ですか?」

「ああ、そうだ。但し内容は違う。今回は、この女性を連れて来るのだ」

言いつつ老人は、懐から一枚の写真を取り出す。そして、その写真を双慈に手渡した。

「多少の傷は致し方ないが……間違っても殺してはならん。それが今回の『訓練』でもあるのだからな」

「……了解しました、義長さん」

軽く頷きながら、彼は手元の写真をジッと眺めだす。

歳は大凡、四十歳くらいだろう。至って特徴のない顔立ちだが、どこか母性的な物を感じさせる、そんな女性だ。

そう考えた双慈は、またしても苦笑する。自分に『母性的』等というが概念、分かる筈もないというのに。

(やれやれ……今日は何だか、変な感じだな)

肩を竦めつつ、彼は写真を裏返し、そこに書かれてある女性の情報に眼を通す。

――――剣輪町神士連合第二副官長・武真好野。『覇王剣士』武真雄一の養母。

「……これは、また……」

喜びとも呆れとも取れる表情を作りながら、双慈は嘆息した。

「…………結構な大物さんだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

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