第十四章〜ひたすらに頑なな心〜

 

 

 

 

……。

…………。

―――東暦1996年5月4時午後5時。

「う〜〜ん……やっぱり寛ぐのは此処に限るわね」

繚奈は一面緑の小丘に腰掛けつつ、ゆっくりと沈んでいく太陽を眺めていた。

どちらかと言えば閑散としている剣輪町でも、この辺りは特に静かな所だった。

彼女の視線の先――下界の田んぼ道から聞こえてくる、学生や子供達の喧騒以外は、何の音も聞こえない。

どことなく、自分だけが遠い世界に行ってしまった様な感覚。繚奈はその感覚が、とても好きだった。

「定期的に此処に来るのが、私にとって一番のリラックスね。……にしても……」

ふと今日の学校生活を思い出し、彼女はポツリと呟く。

「何だって皆、恋愛話ばっかりなんだろう?……分からないわ」

――……ねえ、ねえ! 貴方は誰が気になるの?

――私? 私はねえ…………。

――へえ、そうなんだ。……そうだ、あんたはどうなの? 告白するとか言ってたわよね?

――そ、それは……その……。

休み時間になれば、必ずと言い切って構わないくらいに聞こえてくる、そんなクラスメイトの会話。

よくもまあ毎日毎日、飽きもせずに続けられるものだと繚奈は思っているのだが、どうもそれは『普通』ではないらしい。

「うん、まあ、繚奈は確かに興味無い……と言うより持てないよね。でも、やっぱり好きな女子の方が多いと思うよ? 私だって好きだし」

複雑な表情でそう言った親友の顔を思い出し、繚奈は無意識に両膝を抱える。

そして、そこに顔を埋めながら、ポツリと呟いた。

「興味持てない、か。……流石は光美、よく分かってるわね、私の事」

――――未だ耳の奥、そして脳裏の片隅で木霊している、父親の怒声と罵声。すすり泣く母親。物が割れ、壊れる音。

もう自分がどんな子供だったか、両親の顔がどんなだったのかも忘れているのに、『音』だけは全く薄れずに残り続けている。

俗に、トラウマと言われる現象。繚奈は男性に対して、それを抱えていた。

(このままじゃ良くないって、頭では分かるんだけど……はあっ……ダメね、どうにも……っ!?)

刹那、繚奈は得体の知れぬ感覚に襲われ、反射的にその場に立ち上がる。

(な、何?……寒気がする……!……後ろ!?)

咄嗟に首を捻り、彼女は後方へと眼をやる。するとそこには、奇妙な物体があった。

――――生い茂る草々が広がる小岳。その中空に浮かぶ、赤黒い物体。

よくよく見ると『穴』にも見えるそれは、穏やかな辺り一面の景色の中では嫌でも眼に入り、そして注意を惹かれる。

繚奈は半ば信じがたい眼前の光景に、暫し我を忘れて見入っていた。

「これは……穴?……一体…………きゃあっ!?」

呆然と彼女が呟いた瞬間、突如その『穴』の中から轟音と共に何かが飛び出した。

ほんの一瞬の出来事であった為、繚奈は視認する事も出来ず、自分に襲い掛かってきた突風に顔を両腕で覆う。

やがて風が収まると、彼女は再び赤黒い物体に視線を向けた。

「……何なのよ、これ? 今、何か飛び出したみたいだけど…………?」

〔……驚きました。こんなに早く、私の存在を感じ取れる人間に出会うとは……〕

「えっ!?」

聞こえるというよりは、直接頭の中に入ってくる様な声。

そんな不思議な声に、繚奈はキョロキョロと辺りを見回して声の主を探す。

「だ、誰!? ど、何処にいるのよ!?」

〔貴方の上ですよ〕

「上?……っ!!」

言われるまま視線を上にあげた繚奈は、声にならぬ声を出す。

――――夕日の赤とはまた違う、『紅色』の龍。

おおよそゲームや漫画の世界でしか見ない筈の生物が、ジッとこちらを見つめていた。

その鋭い視線からは、神々しいとか表現できない威圧感が発せられている。

恐怖……いや、それすらも超越したものによって、繚奈は微動だに出来ずに『龍』を見上げていた。

「な……何なんですか、貴方? この穴から出てきたみたいですけど?」

畏怖の念からか敬語で話しかけてしまった彼女に、『龍』は厳かな口調で答える。

〔申し遅れました。私は『邪龍』と呼ばれる神……貴方が穴といった場所から通じる、この世界の裏側にある世界……魔界を統べる者でもあります〕

「神?……魔界?」

あまりにも現実離れした単語を次々と言われ、繚奈は眉を顰める。

しかし、ふと昔の記憶が思い出されると、合点がいった様に口を開いた。

「そういえば……刀廻町に居た頃、施設でそんな話を聞いた事があったわね。それにあの町じゃ、度々『神』についての話は耳にした事がある。

 …………御伽噺だとばかり思ってたけど」

〔成程。私達の存在について精通している訳ではないが、全くの無知という訳でもないみたいですね。

それに、魔界への入り口も見えているとなると、神力もそれなりにはある筈。……後は相性ですか〕

「神力?……相性?……何の話ですか?」

何やらブツブツと呟いている『邪龍』に、繚奈は怪訝そうに尋ねる。

すると『邪龍』は一瞬黙り込んだ後、何やら満足した様子で言葉を返してきた。

〔っ……随分と冷静ですね。見た所また少女の様ですが……大人でも私達を見て、そんな風には中々振舞えないのというのに。

 ……どうです? 迷惑でなければ、名前を教えてくれませんか?〕

「名前?……上永繚奈、です」

〔上永繚奈……良い名ですね。では繚奈、突然この様な事を言っても驚くでしょうが……私と『神化』してはもらえないでしょうか?〕

「……『神化』……それは、一体?」

初めて聞く言葉に、繚奈は眼を瞬かせて『邪龍』に問う。

すると『邪龍』は一拍置いた後、これまでに輪を掛けて圧倒的な威圧感を放ちながら、厳かな口調で言った。

「平たく言えば、人間と神との融合の事なんですが……全てを話すとなると、とても今ここでは無理なもの。

 多かれ少なかれ戸惑いはあるでしょうが、どうか私と『神化』し、『神士』として共に戦って欲しいのです」

「共に戦う? 一体、何と……!」

そこまで言いかけて、彼女はふとある事を思い出す。

幼い頃――刀廻町に住んでいた頃に聞いた、御伽噺の様な『神』に纏わる話。

その中に、自分が今こうして置かれている状況と酷似した物があったのだ。

――――『神』と『人間』の対話。それは、『あるもの』と戦って欲しいという内容。その『あるもの』とは…………。

「……悪しき『神』を裁く……私に、それを手伝えという事ですか?」

〔っ!……知っていたのですか?〕

些か驚いた様子で、『邪龍』が尋ね返す。

繚奈はそれに対して、徐に頷く事で返事とし、言葉を続けた。

「知っていた、という程の物でも無いですけど。それより『邪龍』……でしたね? その『神化』とやらをするには、どうしたらいいんですか?」

〔……それは、私の頼みを承諾したと取っていいですね?〕

「ええ。貴方の頼みをわざわざ引き受ける理由は無いですが、同時にどうしても断らなければならない理由も無いですし。それに…………」

彼女はそこで一旦言葉を切ると、軽く皮肉めいた笑みを口端に浮かべる。

そのまま真っ直ぐに『邪龍』を見返すと、小さく鼻で笑いつつ言った。

「嫌だと言った所で……すんなり引き下がってくれる気は無いんじゃないですか?」

「…………」

暫しの間、繚奈と『邪龍』の間に緊迫した沈黙が流れる。

ややあってそれを破ったのは、『邪龍』の予想だにしない声だった。

〔……クス……〕

「?」

〔クスクス……気に入りましたよ、繚奈。貴方となら、上手くやっていけそうな気がします〕

「……それは、私が言った事が正しいという訳?」

〔どうぞ、貴方のお好きな様に解釈を。それより繚奈、早速ですが私と『神化』するには、『誓約』を交わしてもらう必要があります〕

「『誓約』……? 様するに、決まり事?」

〔はい。この『誓約』を遵守する事こそ、『神士』にとって唯一絶対の掟。それを破りし者は……〕

不意に『邪龍』が、続きを言うのが辛い様に言葉を切る。

繚奈はそれから何となく『邪龍』が何を言おうとしているのかを察し、少々おどけた様子で口を開いた。

「命を持って償わなければならない……とか?」

〔……その通りです〕

「っ!……そう」

――…………ビンゴ、か。

心の中でそう呟いた彼女は、自分がやけに冷静でいる事に我ながら戸惑う。

(あれ?……何で私、こんなに落ち着いているんだろう? 死の危険性を示されてるのに…………)

自分で自身に問いかけてみる繚奈だったが、返ってくる答えは無い。

そんな気持ちを持て余しながらも、彼女はそれを『邪龍』に悟られまいと努めて淡々と言った。

「で? その『誓約』ってのは、何だって良いの?」

〔そうですね。特にこれと決まってはいませんが……『特定の何かを禁じる』というのが最も無難でしょうか〕

「何かを禁じる、か。……それなら……」

至極簡単に、その答えは見つかった。

――――今も昔も、そしてこれからも、自分にとっては縁の無い事。禁忌にした所で、別段支障の出ない事。

『誓約』とするならば、これ以上相応しい物は無いと判断した繚奈は、毅然とした口調で言った。

「決めたわ、『邪龍』……私は……私はこれから先、絶対に…………」

……。

…………。

 

 

 

 

 

 

――――東暦2000年7月3日午後7時。

〔……奈……繚奈……!〕

「ん?……っ!」

微かに聞こえた『邪龍』の声に、繚奈の意識は覚醒する。 

その瞬間、自分が眠りについていた事を悟った彼女は、ハッとして机に伏せていた顔を上げた。

「く……あいつの事を笑えないわね。よくもまあ、こんな時に……」

〔そんなに気にする事ではありません。特にやらなければならない事があった訳ではないのですから。

 ……ですが、これ以上寝ていると熟睡してしまいそうでしたからね。それで貴方を起こした訳です〕

〔……そう。ありがとう、『邪龍』〕

――……随分と懐かしい気がしたわね、さっきの夢。

繚奈は心の中で独りごちながら、不意に意識を過去へと飛ばす。

自分の未来が劇的に変わる瞬間であった、あの時。あれからまだ数年しか経っていないのに、もうずっと昔の事の様に彼女は感じていた。

(あれからは暫くは大変だったな。昼間は高校生で、夜は『神士』だものね。神連に初めて行った時とかも緊張したっけ。

 ……それにしても……純潔を貫く、か。よくまあ、あんな場面で思いついたわね、私)

あの時に交わした『誓約』……女性としては、ある意味一つの幸せを永久放棄する事でもあったものだ。

だが繚奈は、そんな『誓約』を交わした事に対して苦悩した事や後悔した事は無い。

むしろ、自分にとってはこれ以上無く最良の『誓約』だったと、今でも思っていた。

(どうせ……男と付き合う気なんかないしね)

〔繚奈……繚奈、何をボンヤリしているのですか?〕

「え?……あ、ゴメンなさい」

『邪龍』に窘められ、繚奈は我に返る。

同時に過去の追憶を止めると、今起こっている状況を再確認した。

「でも分からないわね。何だってあいつの養母さんが行方不明になったのか……そして、その件が私達に何の関係があるのか」

〔……そうですね。しかし、いくら緊急事態だとはいえ、こちらの神連の対応は杜撰ですね。呼んでおいて待機とは〕

呆れ気味に呟いた『邪龍』に対して、繚奈は「そうね」と短く返す。

――――雄一の養母であり、この剣輪町の神士連合の重要人物である、武真好野の失踪。

繚奈と雄一がこちらにやってきて神連から知らされた事が、それであった。

尤も、繚奈が聞かされたのはそんな端的な内容だけで、それ以上の事は『こちらの神連の機密事項』という事で何も教えてもらえなかった。

そんな訳で詳しい話は雄一のみが聞く事になり、彼女は休憩室で暇を持て余していた所である。

神連内に緊迫した空気が張り詰め、義長の件――自分が調べた走り書きについて話し出せる事も出来ず、

これでは一体何の為に呼び出されたのかと不満を露にしている内に、いつのまにか眠ってしまっていた様だ。

繚奈はふと部屋の壁時計に視線を移す。午後七時を数分過ぎているのを確認すると、彼女はポツリと呟いた。

「結構経ってるわね。輝宏……大丈夫かしら?」

「心配すんな。そっちの方は俺が手を回した」

「っ!?」

予想だにしてなかった返答に、繚奈はハッとしてその場に立ち上がる。

そして声のした方に振り向くと、声の主――雄一を睨みつけながら口を開いた。

「……何時からいた?」

「そんな怖い顔すんなよ。別に盗み聞きした訳じゃねえ。部屋に入る時に聞こえたから答えただけだ。……ほれ、待たしたお詫び」

少々げんなりした表情で雄一はそう言うと、持っていたペットボトルの一つを繚奈に投げる。

彼女はそれを反射的に受け取ると、再び椅子に腰掛けながら彼に尋ねた。

「っと。それで、事情は分かったのか?」

「……ああ。今日の昼過ぎに息抜きで出かけて、それきり戻ってきて無いらしい。当然、通信しても全く応答が無いそうだ」

そこまで言うと、雄一は壁にも寄り掛かりながら持っていたペットボトルの蓋を開け、中身を飲み始める。

一見すると平静である様に感じられるが、いつになく硬い声から、内心はかなり動揺している事が窺えた。

「そうか。……で、これからどうするんだ?」

「ああ、何かしら手かがりが無いと動くに動けないし、例の件の方も行動する材料ゼロだ。散々待たした挙句で悪いが、今日はもう帰っていいぜ」

「い、良いのか? そんな悠長な事を言っていて?」

「闇雲に行動した所で、何の意味も無いしな。それに……」

不意に雄一は言葉を切ると、繚奈の顔をじっと見つめる。それに対して繚奈が尋ねようとした矢先、彼は徐に言った。

「あんたも今から動きたくは無いだろ?……あんな小さい子供が家で待っているのに」

「っ……成程、さっきの『手を回した』とは、そういう事か」

「ご名答。しかし、まあ、あれだな」

「何だ?」

「いや、失礼を承知で言うとだな……意外だと思ってよ。あんたが結婚してたなんて」

「……していない」

「は?」

間の抜けた返事をした雄一に、繚奈はぶっきらぼうに答える。

「私は結婚なんかしていない。ただ……息子がいるだけだ」

「それって……っ……詮索するのは悪いか」

一体どういう結論に至ったのかは分からないが、彼は納得した様子でそれ以上聞こうとはしてこなかった。

既にこちらから意識を外し、ドリンクを飲んでいる雄一を、繚奈は暫く眺めていたが、やがて自身もペットボトルを口元へ運ぶ。

中身の緑茶を一気に喉へと流し込んだ後、空の容器を部屋の隅にあるゴミ箱へと投げ入れると、『紅龍刃』を手に立ち上がった。

「では、そちらの言った通り今日は帰らせてもらうが……明日は行動に移るんだろ?」

「そうだな。明日になればどっちかの情報が入ってる可能性は有るし。……と、忘れてた。例の走り書きについても聞きたいしな」

「あれか。だったら、今から報告してきてやろうか? そんなに長くは……」

「良いって良いって。今日報告するのが明日になった所で支障はねえよ。それより早く帰ってやんな。

 あの子、まだ一歳かそこらだろ? 食事だってまだだろうし、泣いてんじゃねえのか? 昼過ぎから全然帰って無いだろ、あんた」

「っ……それは……」

繚奈は雄一の言葉に口篭る。

確かに普段なら既に輝宏に食事を与え、一緒にゆっくりと時間を過ごしている頃合だ。

しかし今日は立て続けに事件が起こり、彼の言う通り、もう五時間以上も輝宏も家に放りっぱなしであった。

寝かしつけてきたとはいえ、流石にそろそろ眼を覚ましていても不思議ではない時間。それを思うと、彼女は急に不安になってきた。

そんな不安が顔に出ていたのか、雄一は繚奈に向けて軽く嘆息した後、ヒラヒラと手を振りながら言う。

「ほらな。だから早く帰りなって。それから明日来る時は、あの子も連れてきな。此処の職員の人に、世話を頼む様にしとくから」

「な……何故、そこまで?」

「何故って……そんな子供を心配する母親の顔されてりゃ、そうせずにはいられないっての」

「っ!」

言われて繚奈は、無意識に片手で顔を覆う。

一番見られたくない顔を、一番見られたくない相手に見られた羞恥心に襲われ、彼女は心の中で舌打ちした。

(チッ……迂闊ね、そんな露骨に顔に出てたなんて。もっと気を引き締めないと)

しかし、そうは思うものの、それは決して自分には出来ない事だと、繚奈は重々承知していた。

――――たった一人の家族であり、自分にとってなによりの心の拠り所である輝宏。

彼の事になると、自分はどうしても感情を表に出してしまいがちになってしまう。

どんなに意識した所で、輝宏の事をおざなりに出来る筈も無いし、彼の事について気遣いをされれば嬉しく感じてしまうのは否定できなかった。

現に今、繚奈は心ならずも雄一に感謝の念を抱いてしまっている。宿敵であり、いつかはその命を奪わねばならぬ相手に。

そんな自分に苛立ち、そして戸惑いつつ、彼女は雄一から視線を外し、部屋を出て行きながら口を開いた。

「…………一応、礼は言っておく」

「へいへい」

顔こそ見えないが、呆れた笑みと共に発せられたのが容易に察せられる声。

その声を背に受けながら、繚奈は休憩室を後にした。

 

 

 

 

 

 

〔………優しい方ですね、彼は〕

神連の出口に向け、誰もいない廊下を歩いている最中、ふと『邪龍』はそう呟く。

それに対して、繚奈が淡々とした口調で言った。

「……『神士』としては、単なるマイナス要素だと思うけど」

〔繚奈……〕

『邪龍』が咎める様な声を出すと、繚奈は珍しく突っかかる様に返してくる。

「何よ? 貴方がいきなり変な事を言うからでしょう?」

〔変なって……私はただ、正直な感想を……〕

「いつか殺す相手を褒めるなんて、変以外に何て言うのよ?」

〔……っ……〕

彼女が情緒不安定ぎみなのを感じ取り、『邪龍』はそれ以上何も言わなかった。

(まあ、仕方ないですか。輝宏君の事と彼の事とが合わされば……しかし……)

ふと『邪龍』は、ある考えに陥る。ここ最近、自分の中で少しずつだが膨れ上がり始めた考えに。

(……因縁……今まで、ずっと絶対的で疑う必要もないと思っていましたが……)

――――そう、因縁。……自分と『神龍』、そして彼と繚奈を結ぶつける物。

今まで『邪龍』はずっとそう思い、それに従って彼らと敵対していた。

同時に自分と神化している繚奈もまた、その因縁に従って然るべきだ、と。

しかし、最近になって、その思いが僅かではあるが崩れかけている様に、『邪龍』は感じている。

過剰なまでにそれを意識し、まるで自分自身の因縁であるかの様に彼――雄一を討とうしている繚奈を見てきて……。

(本当に……巻き込まなければならないのでしょうか? 繚奈と彼を……)

――――本来なら、繚奈と雄一は、決して互いに刃を交えなければならない存在同士ではない。

そんな当然の事を最近になって意識し出す様になり、『邪龍』は苦悩していた。つい先程の二人のやり取りもまた、それを加速させるものだった。

(っ……ともあれ、暫くは彼らと協力しなければならないのだし……良しとしましょうか)

――結論を出すのは……事が終わってからでも良いでしょう。

そう心の中で呟いた『邪龍』は、知れず感じ始めていた疲労を取るべく、ゆっくりと眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 


  

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