第十八章〜野望に堕ちた希望〜

 

 

 

……。

…………。

――――東暦1979年9月1日。

今日も今日とて好野は、昔より少し規模の大きくなった研究室の一室で研究を行っていた。

しかし一心不乱にキーを叩きつつ、眼前のモニターを食い入る様に見つめているその瞳に、いつもの希望に満ちた輝きは無い。

代わりに有るのは充血の赤みと、どこか狂気を感じさせる鋭い眼光。普段の彼女とはかけ離れたその姿に、他の研究者達は恐怖を感じて、最近はそれとなく距離を置いていた。

けれども好野は、そんな事は欠片も気にしていない。今の彼女にとって、現在取り掛かっている研究だけが全てであったのだ。

そう、研究――数日前に自分が偶然発見した一つの可能性。それをどうにかして実現出来る方法を探しているのである。

――――否、正確に言えば『倫理的に実現できる方法』を。

「っ!……ダメ、考えられる方法は全て当たったけど全滅。だからと言って、この方法だけは取る訳にはいかない。こんな……こんな非人道的な方法だけは、絶対に……!」

チラリと傍にあったレポートを手に取り、好野はその文面に眼を落とす。そこには彼女が調べた驚くべき研究成果が、事細やかに記されていた。

――――恐らく、まだ誰も知る者はいない新事実。是非とも知って欲しい……そして、知るべきではない新事実が。

「……っ!」

思わず好野は唇を噛み締め、同時に固く握った拳を机に叩きつける。

誰にも知って欲しくないと願う気持ちと、誰かに知って欲しいと願う気持ち。それら二つが彼女の中で渦巻いている表れだった。

(早く……早く見つけないと! 何とかして、これをもっと別の形で実現できる方法を……!)

唯その思いに突き動かされ、好野はレポートを傍に置いて再びキーボードを叩き始める。しかしその手は、ふと誰かに肩を叩かれた事で動きを止めた。

「きゃっ!?」

「随分と思いつめてるみたいだね。……そんな状態では何事も上手くいかないよ?」

「……先生」

振り返った好野の瞳に、尊敬する男性の心配気な顔が映る。

普段であったならば、少なからず胸が高鳴る表情。だが、今の彼女はそれすらも煩わしい物に感じてしまう。

好野は不愉快そうに顔を歪めるとモニターに向き直り、不機嫌そうな声を出した。

「何の用ですか?……入室禁止の札は、出してたと思いますけど?」

「武真君……それを無視して入ってきた事は謝ろう。だけど、話してくれないか? 君は一体……何を発見したんだ?」

「……」

背中越しに聞こえる彼の声が、好野の心に染み渡っていく。それと同時に彼女は再認識した。

――――自分が……自分だけが抱えている研究成果は、到底一人で抱えきれる物ではない程に重い事だと。

(先生なら……話しても大丈夫、よね)

今更ながらにその重みに押し潰されそうになった彼女は、キーボードに顔を突っ伏しながら口を開く。

「私が発見したのは、神力が人間に備わる過程……及び……その過程に手を加えて、より多量の神力を持った神士を生み出す方法なんです」

「何だって!?」

男性の驚いた声が、好野の耳を打つ。その声に喜びが含まれているのを感じ、彼女はこれを発見した時の自分を思い出しつつ唇を噛み締めた。

――――そう。きっとこれを聞いた誰もが、こんな反応をするだろう。神士について少しでも知識がある者ならば、誰でも……。

『神力』……それは人間ならば誰しもが持つ、神士に不可欠な力。そして、謎に満ちた力でもあった。

今現在で判明している事と言えば、神士は神力を用いる事で神の能力を行使できるという事。

そして、元々一人一人が生まれつき備わっていた以上の量には、どう頑張っても得らないという事ぐらいであった。

つまり……多くの神力を生まれ持った人間であればある程、より神士として高い適性を持っていると言えるのだ。

勿論、神との相性等も関与する以上それだけで優秀な神士に成る、或いは成れるとは限らない。

しかし例えそうであったとしても、『多くの神力を持った神士を生み出す方法』というのは、実に画期的で有意義だという事に疑いの余地は無かった。

「い、一体、どんな方法なんだね、それは!?」

「……」

興奮した口調で捲し立てる男性に、好野は無言で自身が纏めたレポートを掴んで背中越しに差し出す。

程なくそのレポートは彼女の手を離れ、次いでパラパラとページを捲る音――彼がレポートを読む音が響いた。

「成程……ふむ……そうか……」

男性の隠し切れない喜びが、呟きとなって好野へと伝わってくる。それを聞く内に、彼女は更に不快感を高めていった。

(同じだわ……これを発見した時の私と……全く……)

――そう、何もかも同じ。それは恐らく……この後の反応も……。

「!?……これは……!?」

好野の予想通り、男性は動揺した様子でページを捲る手を止める。そして、努めて冷静を装った口調で言った。

「これは……確かなのかい?」

「……シミュレーション上でしか試してませんが、限りなく確実に近いと思います。

この方法を用いれば……きっと、多大な神力を持った人間が生まれる筈です。……ですが……ですが、こんな……!」

「ああ。こんな方法ではダメだ」

「っ!」

予想だにしてなかった……けれども密かに期待していた男性の言葉に、好野は弾かれた様に彼に振り返った。

そこにあったのは、辛そうに顔を歪めた男性の顔。それから彼が何を思っているのかを感じた彼女は、嬉しそうに口を開く。

「ですよね!? ですよね、先生! こんな方法なんか、絶対にダメですよね!?」

「勿論だとも、好野君。……しかし、些か残念だな」

「えっ?」

「どうして、もっと早くこの事を教えてくれなかったんだ? 一人で抱えていて、どうにかなる物でもないだろう。

……まさか君は、僕がこの方法を知って即座に実行するとでも思っていたのかい?」

「い、いえ、そんな! ちち、違います!! わ、私は……!!」

好野が両手を振り慌てふためくと、彼女の尊師は破顔する。

「冗談だよ。君がそんなつもりでなかった事ぐらいは分かる」

「あ……」

言葉と共に、好野は肩を軽く叩かれた。たったそれだけで、心に溜まっていた苦しい重みが抜け出ていくのを彼女は感じる。

この人はやはり偉大な自分の先生だと、好野は改めて実感する。同時に、もっと早く話しておけば良かったと、後悔を覚えた。

「それに、君が迂闊にこの事を誰かに喋らなかったのは正しいと思うよ。此処で研究している皆を疑いたくはないが

……新発見というものは、研究者に間違った判断をさせるにはこの上ない材料だからね」

「はい。目先の利益に囚われ、この方法を実行する……そんな事は、決して有ってはいけません」

「全くだ。けれども好野君、君が発見した事は何も『パンドラの箱』という訳ではない。それは理解しているね?」

「勿論です。この新事実を踏まえて、私はきっと良い方法を見つけ出します。そうすれば、この事実は必ず……」

「希望の種となる……か」

男性は眼を閉じると、感慨深そうに呟いた。そんな彼に、好野もまた呟く。

「そうです。きっと……絶対に……」

「ふふ……そうだね」

彼女の言葉に、男性は笑う。その顔には、愉快そうな表情があった。

「それを成すのが僕達、研究者の務めだ。まだ皆に話せないのは無念だが……少しでも早く、良い方法を見つけ出そう」

「はい、先生!!」

好野は眼を輝かせ、頬を紅潮させ、そして弾んだ声を上げながら頷いた。

――本当に、この人は先生だ。私だけじゃない。神士に関わる全ての研究者にとっての……。

心からそう思いつつ、好野は眼前に希望の未来が広がっていく様な心地を覚える。あの時も、この男性はそうであった。

――――神士に関わるデータを深く研究し、論理的に纏め上げて発表し、人々の賛同を得て、多数の新たなる研究者を生み出した時と。

現在において、神士が公に認められた存在になったとはまだ言えない。しかし、確実にその方向には向かっているのだ。

『一日でも早く『神士』を日影の存在ではなくする為に』……かつて言った己の言葉を、彼は小さくではあるが実現させたのだ。

それと同じ様に、この事もきっと良い方向へ導いてくれるだろう。それだけの力が、この男性には有る。

熱くなる胸に幸福を感じていた好野であったが、ふと彼の近況を思い出すと、ハッとして口を開いた。

「あっ、でも先生。無理はしないでくださいね……奥さんが悲しみますよ?」

彼女の言葉に、男性は僅かに息を呑む仕草を見せる。けれど、それも束の間、すぐに照れた笑みを浮かべながら言った。

「はは、それは重々承知してるさ。徹夜や泊りがけはしないで、ちゃんと家には帰るよ」

「うふふ、そうしてあげてください。何せ新婚さんなんですから!」

「おいおい好野君……そんな女子高生みたいな物言いは無いだろ?」

困った様な怒った様な顔でそう言う男性がおかしくて、好野は思わず噴出してしまう。

もう少しからかいたくなった彼女は、クスクス笑いつつ彼に尋ねた。

「だって今でも驚いてるんですもの、先生がご結婚なされた事。挙式後に突然報告されたものですから、式にも出られませんでしたし、ご祝儀も随分遅れてからになってしまいましたし。

 あ、そうそう。お子さんが産まれる時は、早めに言ってくださいね? 今度はちゃんとしたタイミングで……」

「よ、好野君!」

頬を紅潮させて抗議の声を上げた彼に、好野は満面の笑みを向けた。

……。

…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――東暦2000年7月4日午前11時15分。

「っ!?」

幸福な場面に浸っていた好野は、ふとそれが過去のものである事に気づくと、ハッと我に返った。

「ゆ、夢か……う……わ、私……?」

靄がかかった様な頭に悩まされつつ、彼女は床にうつ伏せで倒れた身体を起こした。

そして自分は何処にいるのかと周りを見渡してみるが、そこには真っ暗な闇があるだけで室内である事ぐらいしか分からない。

(一体、此処は?……というより、私は一体……!)

今度は自分の置かれている状況を把握しようと思い、記憶の糸を手繰った好野は反射的に息を呑む。

自分と共にいる筈の『彼女』の姿が見当たらなかったからだ。

「光美ちゃん?……光美ちゃん!! いたら返事して!!」

困惑と不安を覚えつつ、好野は暗闇の中で光美に呼びかける。しかし、その声が空しく反響するばかりで、彼女からの応答は無かった。

暫く叫び続けていた好野であったが、やがて脱力した様子で黙り込む。それと同時に、自身の異変に気づいた。

「!?……あ、あれ!?」

――端末が……無い?

慌てて懐をまさぐるが、常に携帯している筈の通信端末が見当たらない。

まさか落とした?……と、神連関係者としてあるまじき失態を考えた彼女だが、その時になってある事を思い出した。

――――気を失う瞬間に聞こえた、獣の鳴き声の様な音。

瞬間、好野は考えられる中で最も確率が高いであろう現実を知る。それは言い換えるならば……最悪の事態と言って差し支えないものだった。

「神士に……襲われた?」

疑問系で呟いた独り言だったが、彼女は既に確信めいたものを感じていた。十中八九、そうであると考えて間違い無いだろう。

神連は元々非合法組織であるが故、神連同士での小競り合いや勢力争いも決して珍しいものではない。

むしろケースとしては、剣輪町と刀廻町の様に交友関係を持っている方が少ないのだ。

そして剣輪町神士連合第二副官長――好野神連での肩書は、そう言った事に関しての人質にするには、十分過ぎる効力が有る。

勿論おいそれと漏れる情報ではないが、人智を超えた能力を有する神士が関与している以上、低い可能性ではない。

恐らく、あの音は神器によるものだ。だとすれば、あれを聞いた以降の記憶が途切れているのにも納得できる……そう、気絶させられたのだ。

(そして私は此処に拉致されて、光美ちゃんは…………っ!)

何とも言い難い恐怖が、好野の胸を締め付ける。

まだ何故、誰が、どうして自分を拉致したのかは分からないが、それ以上に姿の見えない光美の安否が気になる。

神連関係者である自分とは違い、彼女は普通の人間だ。利用価値が無いと判断され、殺されていないとも限らない。

――――いや、殺されていなくとも、抵抗できなくした上で……。

「くっ!」

好野は唇を噛み締めた後、漆黒の闇の中をソロソロと歩き、壁を見つけた。何としても、此処から脱出しなければならない。

眼が見えない以上、手探りでスイッチか何かを発見するしかなく、彼女は両手の指で壁をなぞりつつ、入念に調べていった。

しかし、何処にも脱出の手立てとなる様な物は見当たらない。焦せる気持ちだけが時間と共に募る中、好野は遂に苛立たしく壁を叩いた。

「っ!……せめて此処が何処なのかでも分かれば……!?」

その時だった。不意に何かの装置が作動する音が聞こえ、彼女はハッとして壁から離れる。

次の瞬間、自動ドアらしき物が開く音と共に、強烈な閃光が好野を襲った。

「眼が覚めたんですね、武真好野さん」

「!」

眩しさから眼を守るべく片腕で顔を覆った好野の耳に、子供の様な幼い声が入る。

彼女はまだ微かな痛みを感じる両眼を強引に開けると、眼前にあった壁は無く、真っ白な背景を背に一人の少年が立っていた。

――――手荒く洗っているだけなのが良く分かる、無造作な髪型の黒髪。そして少し赤黒い肌。

何処にでもいそうな、至極普通の男の子……そこまで考えた時、好野は彼がハッキリと自分の名前を呼んだ事を思い出した。

それと同時に、ある可能性に気づき反射的に少年から距離を取り、口を開いた。

「……貴方なの? 私を此処に運んだのは?」

「そうです、と言ったら?」

間髪いれず、少年はそう答える。その顔には皮肉な笑みが浮かんでおり、丁寧な物言いと相まって年齢不相応な印象を好野は受ける。

しかし、今は彼の事について構ってはいられない。好野は少年を睨みつけると、低い声で尋ねた。

「此処は何処? 一体、何が目的で私を? それと、私と一緒にいた女の子は何処?」

「そんな怖い顔しなくたって教えますよ。はい」

笑顔のままそう言うと、少年は未だ薄暗い部屋へと足を踏み入れ、近くの壁に手を置く。

途端、室内に照明がつき、好野は自分がいた場所がどういった場所なのか知る事が出来た。

どうやら此処は警備室の様なものらしく、壁一面には大小様々なモニターが備えられている。

その周りには無数のボタンやスイッチがあり、少年がその内の一つのボタンを押した。

すると、一際大きいモニターが瞬き、ある映像を映し出す。それを見た好野は、大きく眼を開かせた。

「っ!? これは……!」

モニターに映し出されたのは、ガラス張りの廊下が幾重にも連なっているリング状の塔らしき建物内の光景。

しかし、彼女はそれを見て驚いたのではない。その中の至る所に設置されている、小型の装置を眼に止めたからだ。

(大きさは全く違うけど、あの形状は……まさか……?)

「どうです? 随分と小型になったでしょう?……貴女が昔に造った物に比べて」

「なっ!?」

揶揄する少年の言葉に、好野は雷に打たれたかの如く身体を竦ませる。同時に、先刻の夢の内容が嫌でも頭を過ぎった

(嘘!? だって、あれの資料は全部処分した筈……っ!)

驚愕と恐怖で自失に陥りそうになった彼女だが、どうにか我に返ると少年に事情を聞くべく、彼の方に振り向いて口を開きかける。

しかしそれよりも早く、少年が別のモニターを指差しながら言った。

「まあまあ。僕に質問するのは、一通り見てからにして下さいよ。……貴女の研究成果をね」

「……えっ?」

少年の言葉の意味が分からず、再び好野がそのモニターに眼をやると、それが合図であったかの様に映像が映し出される。

恐らく、少年が操作したのだろう。ボンヤリとそんな事を考えた彼女だったが、眼に飛び込んできたモニター内の光景に、思わず悲鳴を上げた。

「っ、雄一!! 光美ちゃん!!」

「叫んでも無駄ですよ。声なんか届きませんから」

呆れた少年の声が聞こえたが、好野はそれに対して反論する事もなく、ただモニターを食い入る様に見つめていた。

モニター内には、先程と同様と思われる建物内の光景が、別のアングルで映し出されている。

そこには、『龍蒼丸』を片手にガラス張りの廊下を駆けている雄一と、彼に抱えられている光美の姿が映っていた。

どうやら先刻の映像とは違い、対象を追跡する型のカメラで映されているものらしい。

音声が無い為、内容は分からないが雄一がしきりに光美に話しかけているのが見て取れ、また時折焦りの表情で後ろに振り向いている事から、緊迫した状態である事が映像越しに伝わってきた。

――――では、その緊迫した状態とは何か?

好野が無意識に浮かべた問いの答えは、すぐにモニター内に映し出された。

走り続けていた雄一が、突然驚いた表情と共に足を止める。そして、一瞬苦々しい表情を浮かべた後、光美を抱えたまま『龍蒼丸』を抜刀した。

そんな彼の行動に好野が疑問を感じるよりも先に、驚くべきものがモニターに映った。

「っ、あれは……!」

モニター内に現れた全身が炎の様な赤い毛に覆われている獣。その獣は、雄一に向けて鋭い爪を振り下ろしながら猛攻する。

その動作は非常に機敏で、光美を抱えたままの雄一は防戦一方といった感じで、獣の爪を回避しつつジリジリと後退していく。

――――その姿、動き……深く考えずとも、考えられるのは一つしかない。そう、あれは……。

「幻獣!?」

「違いますよ、好野さん。言ったでしょう? 貴女の研究成果を見せると」

「? 違うってどういう……」

少々苛立ちを込めて少年に振り返った好野だが、彼は皮肉な笑みと共にモニターを指差した。

「そんな事より、ほら……驚くのはここからですよ」

「え?」

好野は訝しそうに眉を顰めながら、再びモニターへと視線を戻す。そして次の瞬間、思わず悲鳴交じりの声を上げた。

「!!……どういう事!?」

モニター内では、相変わらず赤い獣が雄一を襲っている。それを必死で凌いでいる彼の周囲には、先刻モニターで眼にした装置が無数に配置されていた。

だが、彼女が驚いたのはその光景を見たからではない。その装置の一つが不意に気泡を立て、続け様に破裂すると共に、中から『全く同じ』赤い獣が現れたからだ。

(嘘……いえ、まさか……まさか……!)

「へえ……実際に見るのは初めてだけど、本当にこんな事が出来たんだ。凄いですね、『天上の庭』って」

「!!」

懸命にかき消そうとしていた単語が、少年の口から発せられ、好野は愕然とする。そして同時に、様々なものを理解した。

――――あの赤い獣の正体。此処に連れてこられた理由。そして……恐らくは少年の背後にいるであろう人物の存在を。

(けど……けど、どうして!?……何で、今頃……!?)

困惑し、項垂れる好野の眼前にあるモニター内には、二匹に増えた赤い獣に苦戦する雄一が映っているが、彼女はそれを見て彼の身を案じる余裕もなかった。

唯々その場に立ちつくし、全てが夢であって欲しいと願う。しかし、次の瞬間に聞こえた声に、その儚い願いは完膚無きまでに砕かれた。

「ご覧頂けたかね、好野君? 君の『天上の庭』で育った、私の『神の種』を」

「っ!?」

やや老化してはいるが、好野はこの声をよく知っている。

――――長い間、慕い、敬いっていた声。そして今では……聞きたくもない声となった声。

「……やはり、貴方でしたか……」

絞り出様にそう言いながら、彼女はゆっくりと振り返った。そして、声を発した人物の姿を視界に捉え、口を開いた。

「お久しぶりです…………先生」

 

 

 

 

 

――――その好野の言葉に、分厚い眼鏡をした痩身の男は微かに口角を上げた。

 

 

 

 

 

 

 


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