第十九章〜造られし獣〜

 

 

 

 

……。

…………。

――――東歴1997年6月11日午後九時。

昨日に引き続き降り注ぐ、激しい雨。それによって生まれる湿った土の匂いが、薄暗い森の中を満たしていた。

〔ぐ……が……!〕

「……」

地面に崩れ落ち、悶え苦しんでいる赤い獣を眺めつつ、繚奈はその匂いを吸い込む。

別段、良い香りという訳でもなかったが、殺伐とした気持ちを静めてくる効果は十分にあった。

彼女は一つ深呼吸した後、『紅龍刃』を構えながら冷静な口調で言う。

「年貢の納め時、という言葉を知ってるか?」

〔ち、ちくしょう、こんな……! この『爆狼』様が、お前みたいな女神士に……!〕

苦々しく吐き捨てながら獣――『爆狼』と名乗った神は、繚奈を睨みつける。

しかし身体の至る所を破損し、ボロボロの状態になっていては、それも滑稽で見苦しいものでしかない。

繚奈はそんな『爆狼』に対して、侮蔑と僅かな憐みを秘めた視線を向けつつ、静かに『紅龍刃』に神力を注ぎ込んだ。

「己の力を、ただ破壊と殺戮のみに使う……その為だけに人間と神化し、その神士をも見捨て尚も非道を尽くしてきた……もう十分だろう?」

〔はっ……何を言うかと思えば。冗談じゃねえ、俺はもっと赤を見たいんだよ! 俺の爆発で自然が、動物が、人間が燃え上がる時の赤をな!

 お前だって昨日見ただろう? 美しいとは思わなかったか? 爆音と共に炎が生まれ、それが燃える時の赤をよ!!〕

「っ!!」

『爆狼』の言葉に、繚奈は静まった怒りが再び湧き上がるのを止められなかった。

(こいつ……こいつ!!)

〔繚奈?……繚奈、いけません!〕

そう懸命に制止する『邪龍』の声も、今の彼女には何の意味も成さない。

次の瞬間、繚奈はありったけの神力を込めた『紅龍刃』を、『爆狼』の脳天に振り下ろしていた。

元より死を迎える寸前だった『爆狼』にそれを防ぐ手段は無く、無残に頭部を割られると断末魔の叫びを上げる事もなく息絶える。

直後、残っていた身体が地面に落ちると、それはやがて無数の光となり音もなく消滅した。――――『神』の死の瞬間である。

どんな神であろうとも、この光の輝きと美しさは変わらない。不思議なものだと何の気なしに思った繚奈だが、不意に強烈な疲労感を覚えて片膝をついた。

「うっ……ヤバ、ちょっとやり過ぎたかな?」

〔当然です! あんな無駄に神力を使って! 『紅龍刃』がどんな神器か忘れたのですか!? 神も生物なのだと散々言ってきたでしょう!?〕

「……ごめんなさい」

珍しく感情的に叱責する『邪龍』に、繚奈は素直に謝罪をする。すると『邪龍』は一息つくと、普段の落ち着いた調子に戻りつつ言った、

〔まあ……貴女が怒るのも無理もない事ですがね〕

「ごめんなさい、心配かけて……本当に」

〔もう良いですよ。それより早く神連に行きましょう。そして報告を済ませて、今日はゆっくり休む事……良いですね?〕

「……うん……」

〔よろしい。では繚奈、戒清を〕

「あ……そ、そうね」

疲労のせいか、繚奈はうっかり大切な事を忘れていた。慌てて『紅龍刃』を納刀して水平に構え、柄と鞘を握りしめる。そして彼女は眼を閉じると、小さく「戒清」と呟いた。

途端、全身が光に包まれていくのを感じつつ、繚奈は思う。

(これで元凶は断った。けど光美の両親は、もう戻らない……)

自然と遣る瀬無さが募り、彼女は唇を噛み締める。それと同時に、脳裏に懐かしい二つの顔が浮かび上がってきた。

――――清沢陽太。清沢蛍子……大切な親友の父親と母親。

(陽太さん、蛍子さん……私の不注意の為に犠牲になってしまった事、深くお詫びします。どうか天国で、安らかに過ごしてください)

心の中でそう懺悔した繚奈の閉じた瞳から、一筋の小さな雫が生まれ、雨と共に彼女の頬を流れた。

……。

…………。

 

 

 

 

 

 

「はあっ……はあっ……! 何なのよ、これ……!?」

斬り刻んだ獣を見下ろしながら、繚奈は荒い息と共に悪態をつく。そんな彼女に、『邪龍』が鋭い声を上げた。

〔!……繚奈! 後ろです!〕

「えっ?……っ!」

言われるがままに後方を振り返った繚奈の眼前に、別の獣がみるみる迫ってきていた。その獣は倒したばかり奴と瓜二つ――『爆狼』の姿をしている。

(もう一匹!? しかも、そっくりな姿……『邪龍』は幻獣じゃないって言ってたけど……っ!)

思案しながらも彼女は獣の爪をギリギリで回避し、カウンターの斬撃を見舞う。まともに食らった獣は断末魔の叫びを上げつつ、身を崩らせて地に伏せた。

しかしそれも束の間、まるで何事もなかった様に起き上がると、再び繚奈に襲いかかる。確かに刻んだ筈の傷跡も、完全に塞がっていた。

戦い始めてから何度も見てきたその出来事に、彼女は苛立たしげに舌打ちする。

「ちっ、コイツも!?……何なのよ、これは!!」

〔繚奈!!〕

「えっ? まさか、また!?」

『邪龍』の叫びに先程の獣を見やると、バラバラにした筈の身体の破片が瞬く間に繋がっていくのが眼に入った。

一向に息絶える様子のない獣達。見知った姿をした獣の見知らぬ特性に、繚奈は戸惑いを覚える。

荒くなっていた息を整えた彼女は、僅かに恐怖を含んだ声で『邪龍』に尋ねた。

「『邪龍』、これはどういう事? さっき『爆狼』の複製物とか言ってたけど、どうして再生なんかするのよ?」

〔っ……申し訳ありせん、繚奈。私にも何が何だか……ともかく、今はこの獣達をどうにか処理しなければなりません〕

「それが分からないから、貴女に聞いてるんじゃない! 大体、再生する奴が相手じゃ、いくら斬ったって……っ、上!?」

らしからぬ『邪龍』の曖昧な言葉に思わず悪態をついた繚奈だったが、不意に上空に気配を感じ、ハッとして顔を上げる。

するとそこには、空中から襲いかかる新たな獣の姿があった。反射的に『紅龍刃』を振るおうとした繚奈だが、気づくのが遅かったのか間に合いそうもない。

傷を負うのを覚悟した彼女は、瞬く間に迫りくる獣の爪を睨みつける。しかし次の瞬間、その光景に一条の剣閃が割り込んだ。

(!?……何?)

自然と浮かんだ疑問の答えは、すぐさま眼に入った。真っ二つとなり獣が倒れると同時に、右手に青い刀、左手で女性――光美を抱えた男が繚奈の前に背を向けて現れる。

その男――雄一は顔だけ彼女の方を振り向けると、意外そうな口調で言った。

「あんたが油断するなんて珍しいな」

「お前……何故、降りてきた!? しかも光美を連れて……頼むと言っただろう!?」

怒鳴りながら、繚奈はチラリと光美の様子を窺う。

どうやら気絶してるみたいだが、目立った外傷は無い。内心安堵しつつ繚奈が雄一を睨み直すと、彼は不服そうに反論した。

「っ、それには深い事情が……っ! ったく、しつこいな!」

何かに気付いた雄一が、苛立った様子で中空へと視線を向ける。つられて彼女もそちらを見やると、また別の獣達が迫ってきている。

更には先程彼が斬った獣も再生し、こちらに猛攻をしかけていた。

「グオオオオッ!!」

「ガルアアアッ!!」

「「っ!!」」

咆哮と共に襲いかかる獣達を、雄一と繚奈は左右に飛び退いて回避する。

この一連の事態を見て、繚奈は雄一が言いかけていた『深い事情』というものが何であるかを悟った。となると当然、彼女の口から皮肉の言葉が発せられる。

「成程、上階にもこいつらがいた訳か……そして手におえなくて逃げてきた、と」

「し、仕方ないだろう! 上は狭い廊下で戦いにくいし、光美ちゃんもいるし、おまけに次々と増えられちゃ流石にきついっての!!」

「!?……次々と増えるだと!?」

「あの装置だ。あれから次々と出てくんだよ!……っ!?」

雄一が言い終えると殆ど同時に、二人の真後ろからガラスの割れる音は聞こえる。反射的に二人が揃って振り返ると、正に今、彼が言った通りの出来事が起こっていた。

設置されている小型の装置の一つが破壊され、その中からまたしても『爆狼』の姿をした獣が現れ、呻き声を発してこちらを威嚇する。

それを見た『邪龍』が、繚奈に向けて素早く言った。

〔繚奈!〕

「ええ」

頷いた後、彼女は雄一に視線を送り目配せをする。その意図をすぐさま悟った彼は、『龍蒼丸』を構えた。

――――未だ分らない事だらけだが、何にせよこの獣達を片づけなければならない。

その為にも、ここは協力しかないだろう。そう考え『紅龍刃』を構え直した繚奈に、雄一が尋ねてきた。

「一応聞くけど……あんた、こいつらの弱点とかは?」

「知ってたら、とっくに倒してる」

「……だよなあ」

ボヤく雄一だったが、次の瞬間には獣に接近すると、再度一刀両断していた。

それは人間一人を抱えているとは思えない機敏な動作で、繚奈は決して表に出さぬものの賞賛する。

(流石に男ね。光美を抱えたままで、ああも動けるなんて……)

――……やっぱり、因縁の決着は簡単にはつかないかしらね。

不意にそんな事を考えた彼女であったが、今は余所事を考えている場合ではないと思い直し、攻撃に移った。

先程の雄一以上の俊敏さで間合いを詰め、獣が反応する暇も与えずに高速の連撃を叩き込む。瞬く間に獣は斬り刻まれ、見るも無残な肉片の集まりとなる。

しかし予想していた事ではあったが、その繚奈の攻撃も雄一の攻撃も無意味であった。相変わらず獣は何事も無かったかの如く再生してしまったのである。

繚奈と雄一は揃って舌打ちすると、獣達を睨みつけながら各々苛立った様子で悪態をついた。

「面倒だな、全く。強さは大したものじゃないが、これじゃキリがない」

「ああ。何か策を講じないと、永遠に終わりそうにないぜ。とは言っても、あの時みたいに弱点が有りそうな気もしないしな……」

「……あの時?」

その言葉に引っ掛かりを覚えた繚奈だが、そんな彼女に『邪龍』が鋭く叫んだ。

〔繚奈! 今は……!〕

(分かってるわよ! けど、あいつの言うとおり闇雲に攻撃しても埒が明かないのは確か。となると……仕方ないか)

ある技を使う事を決心した繚奈は、『紅龍刃』を握る手に力を込め、神力を注ぎ込む。

正直、この技を使うのは色々な意味で気が進まない。神力の消耗が激しい上、倒したという実感が湧かないからだ。

だがこの状況を打破できる方法が他に以上、使わざるを得まい。そう考えて無理やり自身を納得させつつ、繚奈は雄一に短く告げた。

「お前は下がってろ」

「?……っ、何か手立てがあるのか?」

「そうだ。けども、この技は対象を選べない。お前は別に構わないが、光美を巻き込む訳にはいかないからな。だから下がってろ」

再度そう告げると、雄一は不愉快そうに顔を歪めながらも無言で頷き、『龍蒼丸』を納刀すると光美を両手で抱き直して繚奈の後ろに身を退く。

それを確認した繚奈は、すぐさま『紅龍刃』を構えて獣達に迫る。そして、これまで以上の速さと手数の斬撃を繰り出した。

しかし、その斬撃は獣達には届かなかった。否、最初から繚奈が外していたのである。彼女は何故か、獣達の合間を縫う様に斬撃を放ったのだ。

数秒間、繚奈が『紅龍刃』を振るう音のみが辺りに響き渡り、やがて彼女はまるで事を終えたという感じで獣達から間合いを離し、納刀する。

そんな繚奈の様子を見て、雄一が呆然としつつ口を開いた。

「な、何したんだ、あんた? 今のは攻撃か?」

「すぐに分かる」

彼女がそう答えた瞬間だった。突然、獣達のいる空間に何やら紋章の様な物が浮かび上がる。それはやがて巨大な円となると中の空間を歪ませていき、遂には漆黒の闇を作り出した。

さながら地獄へ続く門にも見えるそれから稲光がしたかと思うと、獣達が凄まじい勢いで門の中に吸い込まれていった。

魔界への空間を作り出し、対象をこの世界から消し去る技――『邪爪連殺流・邪空吸命門』である。

獣達を吸い込んだ門はゆっくりと閉じていき、元通りの空間へと戻っていく。それを見届けた繚奈は、一つ深呼吸すると『邪龍』に尋ねた。

(どう、『邪龍』?)

〔…………大丈夫です、気配は完全に消えました。もう、こちらには戻って来れないでしょう〕

(そう、良かった。あんまり使わないから結構不安だったのよね……あっ)

刹那、全身に疲労を感じた繚奈はガクリと片膝をつく。慌てて起き上がろうとした彼女の身体を、大きな手が支えた。

「大丈夫か?」

「……当然だ。離せ、一人で立てる」

「へいへい。しかし恐ろしい技だな。あんなの俺にはやらないでくれよ?」

冗談交じりにそう言った雄一に、繚奈は皮肉交じりにこう返した。

「安心しろ。お前は直接斬り伏せると決めている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、やはりまだ色々と問題は多いか。特に戦闘能力は最優先で改良せねばな」

モニター越しに繚奈達の戦闘を見ていた男は、まるで実験観察をする様にブツブツ独り言を呟く。

そんな彼の背中を睨みつけながら、好野は震えそうになる声を必死で平静に抑え、尋ねた。

「何故……ですか?」

「ん?」

男が振り向き、好野と視線を合わせる。その顔は研究者特有の知的好奇心と探究心に満ち、とても楽しそうだった。 

――――かつて憧れ、愛情までも抱きかけていた顔。

ふとそんな考えた好野は、眼前の男と記憶の中の恩師の顔が重なった様な錯覚に陥る。

小さく頭を振ってその幻想を振り払うと、彼女は再び男に尋ねた。

「何故ですか? 何故あれを……『天上の庭』を?……あれは……あれは、絶対に……!」

しかし話す内に自然と感情が込みあがっていき、上手く言葉が出てこなかった。

それでも向こうには、好野が言わんとしている事が伝わったらしい。意外そうに小首を傾げた後、男は口を開いた。

「随分と妙な事を聞くじゃないか、好野君? そんな事は分りきっているだろう? 君が造り上げたせっかくの傑作を、闇に葬るのは勿体無いと思ったからだよ」

「そんな! あれは神を……そして人をも冒涜する物だと仰ったのは、他でもない先生ではないですか!!」

「だが同時に、神をも凌駕する代物でもあった。そんな素晴らしい物を、簡単に諦められる訳がないだろう?」

「……っ……!」

好野は愕然として、言葉を失う。

――――この人だけは違うと思っていた。他の研究者と違い、私利私欲の為に研究を行わないと。功名心に囚われたりしないと。

(なのに、こんな……こんな……!)

後悔の念に押しつぶされそうになった彼女だが、更なる男の言葉にふと我に返る。

「好野君。本当に君は素晴らしい事を発見してくれたよ。君がいなければ、この『天上の庭』は勿論、私の研究は永遠に進歩しなかっただろう」

「っ……研究?」

「そうとも。その研究の中でも、特に優れた成功作が彼だ」

言いながら男は少年を指差した。それに対して少年は、辟易した様な溜息をつく。

「……光栄です」

「そうだろう、そうだろう! 何せお前には、今までの神士の誰一人も持ち合わせていなかった特殊能力があるのだからな!」

興奮気味に話す男に、好野は狂気めいたものを感じて反射的に後退る。

――――最早、彼はかつて自分が尊敬していた『先生』ではない。

嫌悪しつつもその事実を受け止めた彼女の腕を、突然男が強く掴んだ。

「痛っ!! な、何を!?」

「さあ、来たまえ好野君! 私の素晴らしい研究成果をご覧に入れよう!……そうだな……双慈、お前はあそこに行け! 『旧式』達にお前の性能を存分に見せつけてくるのだ!」

「……了解」

小さくそう呟いた後、少年はスタスタと部屋を出ていく。そして彼が姿を消した後、好野も男に部屋を連れ出された。

――――その間、彼女は特に抵抗しなかった。根拠のない予感だが、男がいう『研究成果』とやらを見なければならない気がして。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、分からない事だらけだな。これは一体……」

相変わらず光美を抱えたままの雄一は、部屋中央の巨大装置を見やりながら呟く。その彼の横で、繚奈も「そうだな……」と相槌を打ちながら装置を見上げた。

――――再生する幻獣にその幻獣を生み出す小型装置。……そして、幾多のそれと繋がっている、この巨大装置。

危険な物である事は間違いないのだが、未だにこの装置がどんな物か分からない以上は放置しておくしないか現実に、雄一は遣る瀬無さを募らせる。

(破壊した方が良いとは思うんだけど……そうもいかねえよなあ、やっぱり)

衝撃に対しての爆破システムが設定されている可能性も十分考えられる。それに下手に破壊して、この装置の中に有るであろうデータを失くしてしまうのもマズい。

ともあれ、『幻獣を生み出す』という極めて重要な装置だ。ここは神連と連絡を取り、上層部の指示を仰ぐのが賢明だろう。

(だけど、それは後回しだな。この状況で引き返すのは得策じゃないし……光美ちゃんの事も考えれば、それも最良とは言えないが)

「……ちょっと良いか?」

「ん?……何だ?」

ふと繚奈に声を掛けられ、雄一は一旦思考を中断して彼女に向き直る。

「お前、さっき『あの時と違って』とか言ってただろう?」

「は、『あの時』?……! ああ、言ったな。で、それが?」

「一体どういう意味だ? 前にもあんな再生する奴と戦った事があるのか?」

「ああ、つい昨日にな」

「き、昨日だと!?」

酷く驚いた表情を見せた繚奈に、雄一は話した。

刀廻町の神連で、今と同じく再生する幻獣と戦った事。『神龍』が水で出来た幻獣である事を突き止め、『炎龍紅蓮斬』で消滅させた事を。

「……んで、あいつらも同タイプかと思って試したんだが、全然効かなくてな。だから、ああ言ったって訳だ」

そんな言葉で雄一が話を締めると、聞き終えた繚奈は訝しそうに眼を瞬かせた後、戸惑った口調で言った。

「本当なのか? 本当に水で出来た幻獣だったのか?」

「信じられないだろうけど、まず間違いない。大体、あんただって見ただろ? あそこに水溜まりがいくつも……」

「違う。私が疑問に思ってるのはそこじゃない」

「ん? じゃあ、何だよ?」

「そいつらが『本当に幻獣』だったかどうか……私はそれが気になってるんだ」

「何だそれ? 意味が分からな……」

〔どういう事だ? もう少し簡単に言ってくれ!〕

突然頭の中で響いた『神龍』の叫びに、雄一は思わずその場で何かに躓いた様によろめく。

「な、何だよ『神龍』!? いきなり大声出すなっての!」

〔あ、悪い雄一。『邪龍』が訳分かんない事を言うから……複製物?〕

謝罪の弁を口にしている最中で、『神龍』は他の誰かと会話している様な素振りを見せる。

いや、している様な、ではなく実際に会話しているのだ。何となくそれが分った雄一は、相棒に尋ねた。

「……『邪龍』か?」

〔あ、ああ。……何?……んだよ、肝心な事が分かんねえのか。……でもまあ、確かに……にわかに信じ難い話だが……〕

「おいおい『神龍』。何の話か、俺にも……」

「私が説明する」

突然『神龍』との会話に割って入った繚奈に、雄一は怪訝な表情を向ける。

「えっ? な、何であんたが?」

「話の内容が分かったからだ。よく聞け、実は……」

そう言って語り出した繚奈の話は、雄一にとっては眉唾物だった。

――――かつて彼女が倒した神、『爆狼』。それと全く同じ姿をした、先程の幻獣。『邪龍』が言うには、幻獣の複製物とも呼ぶべき存在。

つまる所、あの獣達は幻獣でも神でもない。それが繚奈の……いや、『邪龍』の話の総論だ。

それは雄一にも分かったが、合点がいった訳ではない。彼は率直に疑問を口にした。

「要するにコピー……いや、神も生物だからクローンという事か? そんなもん、作れんのか?」

「っ、私に聞かれても……」

〔問題はそこじゃねえよ、雄一〕

繚奈が曖昧に返事すると同時に、『邪龍』と話し終えたらしい『神龍』が答える。

「?……そこじゃないって?」

〔作る方法も大事と言えば大事だが、それよりも誰が作ったのか……それが一番の問題だ〕

「誰が作ったか?……っ!」

刹那、雄一の脳裏に一人の人物が浮かびあがる。思わず繚奈の顔を見ると、彼女も神妙な顔で小さく頷いた。

どうやら、彼女も『邪龍』から『神龍』と同じ事を聞いたらしい。となれば、恐らく頭に思い描いた人物も同じだろう。

そう判断した雄一は、硬い声で繚奈に尋ねた。

「やはり……そうなのか?」

「確証は無いが、十中八九そうだろう。あの職員の女性も、奴とあった直後に幻獣に襲われたと言っていたし。お前が倒したそいつらが、さっきの奴と同じならば……っ! あれは……?」

ふと何かを見つけた様に、繚奈は声を上げる。

雄一は不思議に思いつつ、彼女の視線の先へと顔を向ける。すると、自分の真後ろにある壁の一点が眼に入った。

―――不規則に刻まれた黒い線以外、何の模様もない無機質な白色の壁。

一見すると取り立てて変わった感じのしない壁だったが、雄一はそこを見た瞬間、ある種の違和感を覚えていた。

チラリと繚奈の顔を見やると、彼女も食い入る様に壁――人間一人分ぐらいの部分のみ、周りと微妙に変色している壁を睨みつけている。

どうやら自分の勘違いでもないと分かった雄一は、そっと光美を抱え直し、彼女を繚奈へと差し出した。

「悪い、ちょっと預かっててくれ」

「……いつから光美は、お前の所有物になったんだ?」

「変に突っかかんなよ……ったく」

――どうも光美ちゃんの事になると、過敏になるなあ……。

内心そうボヤきつつ、雄一は壁に手を当てて丹念に調べ始める。しかし、すぐに当てが外れた様に小さく舌打ちをした。

(チッ、階段の時みたく何かスイッチでもあると思ったんだが……)

「……私達の思い違いか?」

「いや、多分それはない。きっと何かカラクリがあるんだ。けど、虱潰しにそれを探すのも面倒だ。ここは少し、手荒に開けるか」

雄一はそう言うと『龍蒼丸』を抜刀して両手で握りしめ、ゆっくりと上段の構えを取る。その時、『神龍』が助言をしてきた。

〔雄一、この壁はちょっとばかし硬そうだ。普通に斬るのは無理そうだぞ〕

(……了解)

『神龍』の言わんとしている事を汲み取り、彼は『龍蒼丸』に神力を注ぎ込む。

するとそれに応じて、刀身に無数の銀色の細かな粒子が付着していき、やがてそれが銀の輝きへと変化したのを見計らい、彼は刀を振り下ろした。

『神牙一閃流・地龍金剛斬』――『神龍』の力を用い、『龍蒼丸』の刀身をあらゆる鉱物の粒子でコーティングし、極限の鋭さを刀に宿らせる技である。

この技の前には、眼前の頑強な壁も成す術は無く、縦一文字の剣閃が刻まれると、一拍置いて左右二つに割れ崩れる。

そしてその奥に通路が出現したのを確認し、雄一は嘆息と同時に笑みを浮かべると繚奈に振り返った。

「ほらな。さて、とりあえず入ってみようぜ」

「ああ。けれども中々の技だったな、さっきのは。尤も、あんな単純その物な斬撃では、精々壁くらいにしか当たらないだろうが」

皮肉交じりにそう言った繚奈に、雄一は冗談交じりにこう返した。

「安心しなって。あんな殺傷力の高過ぎるの、あんたに使う気はないからよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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