第二章〜不穏の前兆〜
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――――東暦1990年7月23日午後7時。
今年も例年通りに、剣輪町の町内祭りは開かれていた。
様々な屋台が連なる道の中を、様々な人々の声が飛び交う。
その祭り独特の雰囲気の中、雄一と光美は去年と同じ様に二人で楽しんでいた。
「モグモグ……あ〜〜美味しかった! それじゃ次は、焼きそばでも食べようかな」
「もう、ゆういっちゃんたら食べてばっかし! せっかくのお祭りなのに、他にする事無いの?」
「う……だ、だって、ヨーヨーつりとか金魚掬いとかしたって、お金の無駄遣いじゃないか!」
「そっか、そうだよね。……去年、散々やったのに、一回も成功しなかったもんね」
「……ひかみちゃん。お願いだから、思い出させないで」
去年の苦い思い出が蘇り俯いた雄一に、光美は軽く手を合わせて謝る。
「ゴメンゴメン。……でも……エヘヘ」
「ん?……何、光美ちゃん? 急に笑顔になって?」
「ううん。それ、大切にしてくれてるんだなあって」
「ああ……これか」
言われて雄一は、胸元にぶら下がっている蒼い龍に触れる。
――――去年の祭りで、彼女から貰ったキーホルダー。
丈夫な紐で繋がれ、ジャラジャラと音を立てている龍を掴み、軽く笑いながら口を開いた。
「そりゃあ大切にするさ。すっごく気に入ってるんだもん、この龍。なんたって、格好良いからね」
勿論、それは嘘ではない。しかし、雄一がこれを気に入っているのは、それだけが理由ではなかった。
(それに光美ちゃんから貰った物だもん……って言うのは恥ずかしいよな、やっぱり)
小学校に入り、ふと気がつけば仲良しになっていた彼女。
そんな大切な友達である光美からのプレゼントは、雄一にとって特別だと思える物だったのだ。
「ふふふ、そんなに気に入って貰えたら、プレゼントした方として嬉しいわ。……でもさ、何でペンダントみたいにしてるの?」
小首を傾げながら尋ねてきた光美に、雄一は「ああ……」と言いつつ首から掛けていた紐を取る。
そして自由になった龍をブラブラと揺らしながら、訥々と話し始めた。
「僕さ、キーホルダーは滅多に使う事無いから。別に鍵っ子って訳でもないし、財布につけるのも、ちょっと大きいしね。
他に何か良い方法無いかなあって考えてたら、こんな風にペンダントにする方法が思いついたんだ」
「へえ〜〜そうだったんだ。うん、似合ってると思うよ、私」
屈託の無い笑顔の彼女にそう言われ、彼は少々くすぐったくなって照れ笑いをする。
「へへ、ありがとう。本当は学校にもつけて行きたいんだけどさ……うちの学校、目立つアクセサリーは禁止なんだよな」
「あ、そっか。だからゆういっちゃん、それ学校に持ってきてなかったんだ」
「そっかって……ひかみちゃん、自分の学校の規則、覚えてないの?」
「ハ、ハハハ……ほら私、そういうので引っ掛かった事無いから」
「あ……そっか……」
苦笑いを浮かべて手を振る光美を眺めつつ、雄一は思わず声を漏らす。
光美とはもう彼此結構な時間の付き合いだが、彼女がアクセサリーを身に付けていた記憶は全くと言っていい程無かった。
他のクラスメイトの女子が、やれイヤリングだのペンダントだのをつけてきては先生に注意される中、光美はいつも飾らずに素のままであった。
ふとその事を疑問に思った雄一だったが、別に大した理由も無いのだろうと結論付ける。
そしてふと前方に眼をやった彼は、「あっ!」と小さく声を上げた。
「?……どうしたの、ゆういっちゃん?」
「ひかみちゃん、見て! ほら、去年も見た屋台だよ!」
「え?……あーー本当だっ! あの人、私覚えてる!!」
二人は懐かしさを覚えながら、去年と同じアクセサリーの屋台に駆け寄る。
すると、どうやら向こうも覚えていたらしく、店主が声を掛けてきた。
「お、誰かと思ったら、去年のお客様の坊ちゃんと嬢ちゃんじゃないか。いらっしゃい」
「え?……おじさん、僕達の事、覚えてるの?」
「まあな。で、どうだい? 今年も何か買ってくかい?」
愛想良く店主にそう言われた雄一は、ザッと陳列された商品を見渡してみる。
しかし、去年の青い龍のキーホルダーの様に、彼が欲しいと思える商品は無かった。
(う〜〜ん……あんまり欲しいと思う物は無いな。今年はお金が有るし、何かあったら買えたんだけど……)
そう思った雄一が軽く溜息をついた時、隣で同じ様に商品を見ていた光美が小さな声を上げた。
「あ……」
「?……ひかみちゃん? 何か、欲しい物があったの?」
「……綺麗……」
しかし、光美は雄一の声が耳に入ってないらしく、ただジッとある一品を凝視している。
不思議に思った彼が彼女の視線の先に眼をやると、何やら見た事の無いアクセサリーがあった。
(……何だ、これ?)
――――それは、幾つもの青い石を鎖で繋げて輪にした物。
雄一が知っている物の中では数珠に近いが、流石にアクセサリー屋で数珠を売っている訳はないだろう。
――――………となると、これは一体、何なのだろうか?
その疑問を雄一が発するよりも早く、店主が少々驚いた表情で声を上げた。
「へえ〜〜嬢ちゃん目が高いねえ! ソイツはここで一番高いブレスレットだよ」
「……ブレスレット?」
心を奪われた様に件の物に見入っている光美に代わって、雄一が鸚鵡返しをすると、店主は「ああ」と頷く。
「そいつみたいに鎖なんかで繋げてる腕輪を、ブレスレットって言うのさ」
「ふ〜〜ん……」
店主の説明に相槌を打ちながら、雄一は隣の光美の顔を覗き込む。
自分達の会話なんかは全く耳に入ってない様で、相変わらずブレスレットに心を奪われている彼女を見て、彼はふと思い立った。
(……うん。去年のお返しには、丁度いいかな)
内心で軽く頷きつつ、雄一は光美に声を掛けた。
「ひかみちゃん。そのブレスレット、僕がプレゼントするよ」
「っ!? え、え……? ゆ、ゆういっちゃん?」
その言葉に我に返ったらしく、光美は驚きの表情で雄一に振り返る。
しかし、雄一はそんな彼女に構う事無く、店主にブレスレットの値段を聞いた。
「おじさん! これ、幾らですか?」
「そいつかい? そいつは一番高い奴だからねえ、千二百円だよ」
「ええっ!? そ、そんなに高いんですか!? ゆういっちゃん! い、いいよ、買わなくて!」
素っ頓狂な声を上げた光美だったが、雄一はそんな彼女に笑いながら手を振り、『構わない』の意を表す。
「大丈夫だよ。今年はまだ、お小遣い沢山残ってるし。丁度去年のお礼をしなきゃって思ってた所だしさ」
「で、でも……」
未だに戸惑いを示す光美を余所に、雄一は財布からお金を取り出して、店主に手渡す。
「はい、おじさん。千二百円」
「毎度あり。……しかし義理堅いねえ、坊ちゃん。去年のお返しとは」
「ハハ、まあね」
軽く照れながらそう言いった雄一は、徐に光美へと振り返り、小さな笑みを零しつつ口を開いた。
「ほら、ひかみちゃん。せっかくだしさ、そのブレスレットつけてみたら?」
「え? あ……う、うん」
言われて彼女は、ぎこちなくブレスレットを右腕に付けてみる。
そして、それを眺めながら、たどたどしく雄一に尋ねた。
「ど、どうかな?……似合って……る?」
「うん! とっても可愛いよ、ひかみちゃん」
「っ!……あ、ありがとう、ゆういっちゃん! 大切にするね!!」
(良かった。これで去年のお返しはバッチリだな)
満面の笑みで感謝され、満足げに微笑んだ雄一だったが、何気なく腕時計に眼をやった瞬間、焦った表情で叫んだ。
「!?……うわ、大変だ!」
「ど、どうしたの?」
「時間だよ時間! もうすぐ花火が始まっちゃうよ! のんびり屋台巡りし過ぎ!!」
「ああっ! 本当だ!!」
気がつけば時針は、既に花火が始める時刻五分前を指していた。
去年、開幕と同時に上がる特大花火を見損ねた二人は、今年は絶対に見ようと打ち合わせていたのだが、このままではそれが無意味になってしまう。
「い、急ごう、ひかみちゃん!!」
「う、うん! 頑張れば、まだ間に合うわ!!」
……。
…………。
――――東暦2000年6月17時午後六時。
「……さん……一さん……雄一さん」
「……ん?」
自分の名を呼ぶ声に意識を覚醒させた雄一は、ゆっくりと瞼を開ける。
すると神連職員の女性が立っていて、少々心配そうにソファーに腰掛けている彼の顔を見下ろしていた。
「あ、ああ……すいません。ちょっと寝てしまってました」
「いえ、それは構いません。急に此方が頼んだ仕事で、お疲れなのも無理ない事ですから。……本当にすいません」
「い、いや、そんな謝られる事でもないですよ。……で、俺を呼びに来たって事は、終わったんですか?」
「はい。義長さんが、雄一さんに話があると」
「了解。じゃ、今から向かいます」
雄一が軽く頷くと、女性はペコリと頭を下げ「では、私はこれで」と背を向けて遠ざかっていく。
それを見送りながら、彼は小さな欠伸と共にソファーから腰を上げた。
――――刀廻町の中心にある神士連合。
数時間前に捕まえた強盗団の連中の調査が、今やっと終わったらしい。
報告待ちの間、一眠りしていた雄一は軽く頭を振って眠気を払い、『神龍』に話しかけた。
「おい、神龍。やっと終わったらしいぞ」
〔……ふわあ?〕
気のない返事がし、雄一は思わず呆れた声を出す。
「お前なあ……何度も言うけど仮にも神なんだから、もうちょっと威厳を示せよ。何だよ、その寝起きみたいな声は?」
〔みたいな、じゃなくて寝起きだよ。つうか、お前だって寝てただろうが。それに俺がそんな風に出来ない事は、とうの昔に知ってるだろ?〕
「まあな。……っと、話が逸れちまった。奴らの調査が終わったみたいだぜ」
〔おお、そうか。しかし今回はいつもより長かったな。いつもだったら、一時間ぐらいなのによ〕
「人数が多かったからじゃねえの? それに、義長さんも年だしな。あんまり無茶出来ないんだろ」
義長とは、この刀廻町の神連で『神』や『神器』についての調査及び研究を行っている人物である。
昔から雄一は、度々今回の様に拘束した神士を彼に引渡し、新たに判明した『神』や『神器』について話す事があった。
慣れた足取りで神連の中を歩き、とある一室に前に来た雄一は、軽くドアをノックする。
「義長さん。雄一です、入りますよ?」
「おお、来たか。早く入りたまえ」
その言葉に雄一がドアを開ける。
すると膨大な量の資料が乱雑された部屋の椅子に腰掛け、痩身で分厚い眼鏡をした、いかにも研究者といった風貌の壮年の男性が彼を出迎えた。
「今回もまたお手柄だったな、雄一君。……とはいえ人数が多かったものの大した神士達ではなかったし、当然と言うべきかな?」
「まあ、そうですね。でも、俺を呼んだからって事は、何か結構でかい事が分かったんでしょ?」
「ふ……流石に物分りがいいな。その通りだ。これを見たまえ」
言いながら義長は、傍にあったケースから、一つのダガーを取り出す。
それを見た瞬間、雄一は鋭く息を呑んだ。
「っ!……それは……」
「ああ、奴らの首領が持っていた『神器』だ。……調べてみたら、少し厄介な事が分かってな」
「……と、言うと?」
「この『神器』の持ち主である神……『鵺』は、かなり危険な神でな。だとすると……よもや……いや、しかし……ううむ……」
「えっ?……ちょ、義長さん! 何の事なのか、俺にも話してくださいよ!」
すぐに自分の世界に浸って入ってしまうのが、この研究者の悪い癖だ。
自分の言葉に一人で頷いている義長に、雄一は戸惑った表情で尋ねた。
「ん?……あ、ああ、すまん。つい……で、何から話そうか?」
「そうですね。……んじゃ、まずその『鵺』って神の事から、お願いします」
雄一の言葉に、義長は「ああ」と返事をした後、吶々と話し始める。
「『鵺』とは邪悪な神として有名な神でな。……その化け物じみた容姿は、もし並みの人間が見たとしたら、それだけで
発狂してしまう程の異型だと言われている」
「へえ、化け物じみた容姿ねえ。……具体的に言うと?」
「猿の顔に狸の胴体、虎の手足に蛇の尾を持つ神らしい。……これだけで、どれだけ異型な姿か想像できるだろう?」
「う〜〜ん……確かに」
義長の言葉通りの姿をした神を頭に思い浮かべつつ、雄一は多少引き攣った表情で口を開く。
――成る程……確かにそれは異型な姿をした神だ。出来れば、一生涯お目にかかりたくないな……。
「で、その『鵺』は一体、どんな能力を?」
「能力自体は、さして特筆すべき物でもない。不快な『鳴き声』を発するというものだ」
「鳴き……声?」
刹那、雄一は数時間前の戦闘を思い出す。
あの時、頭に響いた不気味な鳴き声。――……あれが、『鵺』の能力だったのか?
彼がそんな事を考えていると、それが表情に出ていたのだろう。義長が、軽く頷きながら話を続けた。
「どうやら、『鵺』の『鳴き声』を聞いた様だな。どうだった? 酷く聞くに堪えない音だっただろう?」
「……ええ。奴がそのダガーを振るった途端、聞いたことも無い獣の鳴き声が響き、頭に激痛が奔りました」
そのお陰で一回とはいえ不覚を取ってしまったのだが、流石にそれを言う気にはなれず、雄一はその部分を省いて話す。
「そうか、この『神器』で『鳴き声』を聞かせたという訳か……だがしかし、『鵺』の恐ろしさは、その能力の事ではない」
「さっきも言ってましたね、その事。じゃあ……何が?」
雄一の疑問の声に、義長は徐に腕を組み、暫しの間を置いた後、ゆっくりと口を開いた。
「『鵺』という神は、その存在自体が災いの象徴なのだよ」
「……災いの象徴?」
「そうだ。『鵺』というのは本来、滅多にその存在を他に見せぬ神だと伝えられている。そして……見せる時は、大きな災いを招く時だともな」
「って事は……もうすぐ何かとんでもない事が起きる、と?」
若干の不安を顔に浮かべながら尋ねた雄一に、義長は力なく首を振る。
「断言は出来ん。何せ伝えられているだけで、真実は定かではないからな。間違いであれば、それに超した事はないんだが……」
「今の状況じゃ、何とも言えないって事ですか?」
「……ああ」
深く溜息をついた義長だったが、すぐに表情を明るくして言った。
「まあ、もう少し色々と調べてみるさ。幸い、あの神士は他の連中も含めて此処で拘束する処分になったし、どうにか話を聞きだしてみるとするよ」
事も無げにそう言った彼だが、それが如何に危ない事か理解した雄一は、労りと呆れの混じった声で言う。
「……あんまり無茶しないでくださいよ?」
「分かっておる。……おっと、話し込んでしまったかな。すまなかった、雄一君。もういいぞ」
「あ、本当だ。……それじゃ、失礼します」
腕時計を見て時間を知った雄一は、義長に軽く頭を下げ、彼の部屋を出て行った。
「……『神龍』、どう思う?」
来た廊下を戻りながら雄一が尋ねると、『神龍』は困惑気味の声を返した。
〔どうって言われてもなあ……あの『鵺』って神の事すら初耳だったし、何とも言えねえな〕
「そうか。……そういや、昔から疑問に思ってたんだけど……」
〔何だ?〕
「神って、人付き合い……じゃないか、神付き合いってすんのか?」
雄一の素朴な問いに、『神龍』は曖昧に答えた。
〔う〜〜ん……分からないな、俺はした事ないし。けどよ、関わりがある事はあるんじゃないか?『因縁』ってのも、あるんだし〕
『因縁』――その単語に、雄一は一瞬身を強張らせる。
(……ああ……あれも一応、付き合いって事になんのかな)
ある女性の神士と自分、そしてその女性と神化している神と『神龍』を思い浮かべながら、彼は内心で溜息をついた。
「……成程ね」
しかし、そんな事を億尾にも出さず、彼は済ました顔でそう言ってのける。と、その時だった。
廊下の曲がり角に来ていた彼に、見慣れた人影が姿を現す。途端、彼はギョッとしてその場に立ち尽くした。
「あっ……」
「っ……お前か」
鉢合わせたその人物――上永繚奈は、軽く息を呑んだ後、睨む様に雄一を見ながら短く呟いた。
幼さの残るその顔立ちは、女性というよりかは少女の印象が強い。
しかし、それとは裏腹な鋭い刃物を思わせる目つきで、繚奈は雄一を見据えていた。
彼女こそ、雄一と最も深い関わりのある神士――『因縁』の相手である。
「……奇遇……って訳でもないか。ここはあんたが所属している神連だもんな」
雄一が硬い表情でそう言うと、繚奈は「ああ」と頷き、ふと気づいた様に口を開いた。
「お前がここにいるという事は、例の強盗団の件を任せられた神士は、お前だったのか」
「……まあな。都合が良いのか悪いのか、あっちの神連に丁度俺しかいなかったんでね」
軽口で繚奈と会話しながらも、彼は無意識に彼女と距離を離す。
――――繚奈が右手に持つ、彼女と神化している『邪龍』の『神器』である『紅龍刃』
これまで、幾度と無く自身が持つ『龍蒼丸』と刃をぶつけ合い、そして己に傷をつけてきた刀を眼にしたからである。
一筋の冷や汗を流しつつ、条件反射で『龍蒼丸』に手を掛けた雄一だったが、それを見た繚奈が呆れた様に溜息をついた。
「ふうっ……安心しろ。今、お前と刀を交える気はない。……こっちも、今は疲れてるんでな」
「……っ……」
その言葉に、雄一は『龍蒼丸』から手を離し、構えを解く。
彼女から殺気を感じられない所を見るに、どうやら本当に戦う気はない様だ。
「疲れてるって……あんたも仕事だったのか?」
「ああ。それほど重大な物でもなかったがな」
それだけ言うと、繚奈は用がすんだとばかりに彼の横を通り、神連の奥へと歩き出す。
そのすれ違い際、女性特有の甘い香りに混じって微かな血腥さがしたのに、雄一は思わず彼女に声を掛けた。
「……なあ?」
「……何だ?」
ピタリと動きを止め、繚奈が声を返す。
振り返る事もせず、した返事もぶっきらぼうだったが、立ち止まったのを見るに話を聞いてはくれるらしい。
そう判断した雄一は、遠慮がちに口を開いた。
「俺が口出す事じゃ、無いってのは分かってるんだけどさ。悪戯に神士の命を奪うのは、止めた方が良いと思うぜ?」
「っ……つまらん事を」
舌打ちと共にそう言い捨てると、繚奈は再び歩き出していった。
――――癖のある茶髪に隠れ気味の両耳に付けられた、赤いイヤリングを揺らしつつ。
「……」
それを無言で見送った後、雄一は『神龍』に話しかける。
「『神龍』……今日のあいつ、何か妙じゃなかったか?」
〔確かに……彼女もそうだが、俺は妙だと思ったのは『邪龍』の方だ。何故だか分からないが、今日の奴は何も言ってこなかった〕
「っ!……そうだったのか?」
彼は驚いた様に声を上げた。
神同士による会話は、いかに神士と言えど無条件で聞ける物ではない。彼らが人間に聞かせようと意識する事によって、初めて聞ける物なのだ。
だから雄一は、『神龍』と『邪龍』がどんな会話をしているか、今まで一度も聞いた事が無い。
それでも自分と繚奈が顔を合わせた際には、彼らが自分達と同じ様に会話をしているのは、他でも無い『神龍』から聞いていた。
だから自然と今回もそうだと思っていたのだが、どうも違うらしい。
〔ああ。毎度毎度、堅っ苦しい口調でベラベラ喋ってくるのに、今回はだんまりだった。思わず俺から話しかけようかと思っちまったぜ〕
「そっか。まっ、『邪龍』も疲れてたんじゃないか? 一仕事終わった後だったみたいだし」
〔……かもな〕
苦笑交じりにそう言った『神龍』に、雄一もつられた様に苦笑を漏らす。
「ああ、きっとそうだよ。……出来れば、ずっと疲れっぱなしでいてもらいたいもんだが」
〔……だな〕
――――『因縁』
『神龍』と『邪龍』、そして雄一と繚奈を繋ぐ、たった二文字の言葉。
――――その二文字の言葉の呪縛から、果たして自分達は解放される事が出来るのだろうか?
疑問であり、望みでもある念を共に抱きながら、雄一と『神龍』は帰路についた。