第四章〜親友と古傷〜

 

 

 

 

 

……。

…………。

――――東暦1995年12月24日午後八時。

通い慣れた馴染みのある喫茶店のドアを、繚奈は小さな紙袋を抱えてくぐった。

店員の挨拶を横目にしながらキョロキョロと視線を動かす彼女に、店の奥から声が向けられる。

「あ、繚奈! こっちこっち!」

振り返ると、そこには長い黒髪を揺らしながら手招きをしている光美の姿があった。

遠くからでも相変わらずの左頬の傷が目立つが、他の客が気に留めている様子は無い。

何せ、今日はクリスマスイブだ。周りの客は皆自分達の世界に入り込んでいるカップルばかりで、誰も周囲の事など見ていない。

(本当、毎年この日ってこうよね。……ま、だからこそ光美と何の気兼ねもなく一緒にいられる訳だけど)

ホッと息をついた繚奈は店員に「あの娘の連れです」と告げると、いそいそと光美の元へと歩み寄る。

「光美、メリークリスマス。……ちょっと遅刻かしら?」

「ううん、ピッタリだよ繚奈。メリークリスマス」

――――出会ったその年から通例となった、繚奈と光美の二人だけのクリスマスイブ。

毎年集う場所は一緒。そして、やる事も話す事も一緒だった。

「それにしても、もう卒業よね私達……早いわねえ、月日の流れって」

「もう、繚奈ったら。何お婆ちゃんみたいな事言ってるのよ。……って、こんな会話、去年もしなかった?」

「……さあね、忘れちゃったわ」

軽く肩を竦めながら繚奈が溜息をつくと、光美は可笑しそうに肩を震わす。

「クスクス……ちゃんと覚えてるんじゃない。ええっと確か『もう三年生かあ……早いわね』だったっけ?」

「……光美こそ。そんなにしっかり覚えてるんだったら、態々言わなくてもいいでしょ?」

「フフフ……二人共、相変わらずね」

不意に横から聞こえた声に、二人は揃ってその方向に振り返る。すると、顔馴染みの店員が微笑みながら立っていた。

「あ、水音さん。こんばんわ。今年もお邪魔してます」

「いえいえ、ごゆっくり。……にしても毎年言ってるけど、年頃の娘が二人だけでイブって……色気が無いと言うか、何と言うか……」

水音と呼ばれた店員は、皮肉交じりにそう言いつつ悪戯っぽい眼で繚奈達を見渡す。

二十代前半といった風貌の彼女は光美と昔からの知り合いで、繚奈もここ二、三年この店に通う内に親しくなった。

光美の傷についても良く知ってるらしく、この店がその事について何も言わないのは彼女の根回しでもあった。

故にこの店は、光美の数少ない『気楽でいられる場所』でもあるらしい。

「あ〜水音さんったら酷〜い! ね、繚奈?」

「……まあ、事実ではあるから反論は出来ないわね。でも水音さんも毎年この日働いているんですから、私達の事は言えないんじゃないですか?」

「う……痛い所つくわね、繚奈ちゃん」

大袈裟にギクッとした仕草をした水音だったが、すぐに笑みを浮かべて口を開く。

「ま、その話はこのくらいにして、いつもの紅茶持ってきてあげるわね、繚奈ちゃん。光美ちゃんも、お代わり要る?」

「あ、お願いします」

「すいません。いつもいつも、本当に」

繚奈と光美がそれぞれお礼を言うと、水音は二人に背を向けて離れていく。

それを見送った後、繚奈は持ってきた紙袋をテーブルに置きながら言った。

「さて、それじゃ恒例のクリスマスプレゼントのお披露目といきますか。……はい、光美。メリークリスマス」

「あ、じゃあこっちも……メリークリスマス、繚奈」

光美もバッグの中から紙袋を取り出し、二人は互いのプレゼントを受け取る。

一頻りゴソゴソとプレゼントを取り出す音が響き、やがて繚奈が声を上げた。

「あ、イヤリングじゃない。……小さくて綺麗ね」

――――光美からのプレゼント。それは、赤い雫の形をしたイヤリング。

それを手に取りながら素直な感想を述べた繚奈に、光美は少し得意そうな笑みを浮かべて言った。

「へへ、気に入ってくれた? 前から繚奈にアクセサリー贈ってみたかったんだけど、中々『これ!』ってのが見つからなくてさ。

 で、この間それを見つけたの。うん、きっと似合うと思うわよ」

「ありがとう、光美。けど、何でそんなに私にアクセサリーを?」

「だって繚奈ってば、全然お洒落しないじゃない? せっかく可愛いのに勿体無いって思ってたの。

でも、服とか贈るのもちょっと大袈裟だし……と言う訳で、ね」

「と言う訳って……そう言う光美だって、お洒落しないじゃ……あ、一応してるか。そのブレスレット」

「うん! これが私の唯一のお洒落! それから宝物なの!」

言いつつ愛しげに右腕のブレスレットに手をやった親友を見て、繚奈はふと思う。

(……きっと、昔に誰かから貰ったんでしょうね)

――――小さな青い石達を鎖で繋いだ、中々に見事なブレスレット。

もう光美の一部と言っていいくらいに、彼女はそれを欠かさず身に付けていた。

実際、繚奈は光美がこのブレスレットを付けてない姿を見た事が無い。

それ程までに大切にしている理由を聞いた事は無かったが、大体の予想はつくというものだ。

(本当……すごく大切な人がいたのが簡単に分かるわ。嬉しそうな顔しちゃって)

「……っと。話し込んでて繚奈のプレゼント、まだ見てなかった。どれどれ……あ」

袋から繚奈のプレゼントを取り出した光美は、一瞬言葉を失う。

それを見て、少しばかり気まずくなりながら、繚奈は恐る恐る光美に尋ねた。

「あ……どう?……気に入らなかった?」

「え?……う、ううん! 全然そんな事無いよ!! ただ、ちょっと……ビックリして……」

――――小さな赤い石達を、鎖で繋いだブレスレット。

石の色以外は光美のブレスレットと瓜二つといってもいいプレゼントに、光美は戸惑いを隠せずにいた。

「よ、よく、こんなのあったね……デザインも殆ど一緒だわ」

「ええ……この前、刀廻町の小物屋で見つけたの。光美が付けたら、青と赤で見栄えが良いと思って」

「へえ、そうだったの。……つ、付けていい?」

「どうぞ。あ、じゃあ私も付けていいかしら?」

「うん、勿論!」

頷くと光美は慣れた手つきで、繚奈はかなりたどたどしい手つきで、それぞれのアクセサリーを身に付ける。

そして二人は、それらを見せながら互いに尋ねた。

「ど、どう光美? イヤリングなんて初めて付けたんだけど……似合ってる?」

「うん、とっても可愛いよ。それより私のは、どう……かな?」

「クスッ、似合ってるに決まってるじゃない。今まで貴方がつけてたのと、殆ど同じデザインのなんだから」

「あ、そっか。そうだよね。……へへ」

「あら、それが今年のクリスマスプレゼント? 随分と可愛いらしいじゃない」

横から水音がしたのに繚奈と光美が振り返ると、いつの間にか彼女が立っていた。

その両手には紅茶とケーキを二つずつ乗せたお盆がある。それを見てた繚奈が、不思議そうに首を傾げた。

「?……あの、水音さん。私達、ケーキって頼みましたっけ?」

「ああ、これ? これはサービス。どうぞ召し上がって」

「え、いいんですか?」

目の前に置かれるケーキと水音の顔を見比べながら、光美が尋ねる。

「良いの良いの。ま、私からのクリスマスプレゼントって事で。遠慮なんかしなくていいわよ」

「あ、ありがとうございます。水音さん」

「それじゃ、遠慮なく……頂きま〜す!」

――――こうして今年も、繚奈と光美のクリスマスイブは過ぎていった……。

……。

…………。

 

 

 

 

 

 

――――東暦2000年6月25日午後一時。

「こっちに来るのも久しぶりね……」

とある用事で剣輪町にやって来ていた繚奈は、人のいない田んぼ道を歩きながらポツリと呟いた。

(本当、散歩はこういう所に限るわ。すぐに刀廻町に戻らなくて正解ね)

四方八方を山々に囲まれ、自然が溢れているこの町の空気は、ゴミゴミとした刀廻町のとはまるで違い、心が安らぐ。

思わず両手を広げて伸びをした繚奈に、『邪龍』が苦笑交じりに言った。

〔繚奈。いくら人がいないとはいえ、道の真ん中でその様な事をするのは、あまり良いとは言えませんよ?〕

「堅苦しい事言わないでよ、『邪龍』。久々に心の底からリラックスしてるんだから」

〔……それも、そうですね〕

相変わらず出没を繰り返す正体不明の連中の事を思い出し、『邪龍』は納得した様に言う。

神連のデータベースにも情報が皆無の奴らの襲撃に、繚奈も些か参っている事を察したからである。

今という僅かな時間くらい、心を休めさせても罰は当らない……そう思っての事であった。

「……にしても、本当に長閑な町よね。やっぱり引越ししたいなあ」

〔また貴方は、思いつきでそんな事を。その台詞は何度も聞きましたけど、言うだけで毎回実行しないじゃないですか〕

「う……だって、引越しの手続きって色々面倒だし。神連への届けも……っ!?」

ふと繚奈はいつの間にか前方にあった人影に、ハッと息を呑んで立ち止まる。

――あの見慣れた長い黒髪は……まさか……?

「……光……美?」

思わずそう呟いた途端、向こうもこちらが誰か気づいたらしい。

片手を振り、大声を出しながら駆け寄ってきた。

「繚奈?……繚奈だよね!? 久々ーーーー!!」

――――瞬く間に目の前までやってきた彼女……右頬にある大きな傷……両腕につけた、青と赤のブレスレット。

それは紛れもなく、自分の親友である光美だった。

思いがけない遭遇に戸惑う繚奈の胸の内を知る由もなく、光美は朗らかな笑みを浮かべて彼女に尋ねる。

「どうしたのよ? こんな所一人で歩いてさ」

「あ、え、えっと……ちょっと、用事でこっちに来てて。それが終わったから、少し散歩してたの」

「へえ、用事で来てたんだ。でもせっかく来たんなら私の所に寄ってくれてもいいのに」

「そ、それは……連絡も無しに行ったら迷惑だと思って……」

「水臭い事言わないでよ。親友の来訪を邪険に帰したりしないわよ!」

(……光美)

笑いながらポンと肩を叩く光美は、繚奈の記憶にある姿と何ら変わらずに元気だ。

想像できていたとは言え、そんな彼女を見ていると、ズキンと胸が痛むのを繚奈は感じる。

――……光美……本当に貴方は……。

「……っ……」

「?……繚奈? 何か顔色悪いよ?」

「えっ? あ……な、何でもない! 何でもない!」

「そう? なら良いんだけど。……あ、そうそう。輝宏君は元気?」

「あ、うん。……嬉しい事に元気に育ってるわ。また時間があったら、顔見せに来てね」

「本当!? それじゃ近いうちに…って、もうすぐ定期試験だしなあ。暫く先になっちゃうかな、残念だけど」

下唇に人差し指を当て、茶目っ気たっぷりに考え込む光美に、繚奈は思わず苦笑する。

「クス……まあ、来るときは連絡して。なるべく都合を合わせる様にするから」

「了解。でも無理しないで良いよ。変にお仕事休んだりしなくていいからね」

「……分かってるわ」

光美の言葉に、繚奈は一瞬後ろめたい気持ちになる。

まだ彼女は自分が神士であり神連に所属している事を、光美に話していなかった。

元より『神』の存在その他諸々を御伽話としか思っていない彼女に話しても、信じてもらえるかどうか危ういだろう。

それに、正直な所……繚奈は怖かった。――――自分を見る光美の眼が、変わってしまうのではないかという事を。

だから彼女は、出きればこれからも話さないでいられたらと願う。

――そうすれば……あの悲劇についても……私は何も話さないで済む……。

「……奈! 繚奈ってば!」

「っ!……ゴメン、光美。ちょっと、ボーッとしてたわ」

どうやらジワリと滲み出した心の古傷に痛みに、少し意識が飛んでいたらしい。

光美の声に我に返った繚奈は、謝罪の言葉を口にした。そんな彼女に、光美は心配そうに尋ねる。

「ねえ、繚奈? 本当に顔色悪いけど、大丈夫?」

「へ、平気平気!……それより、光美はどうして此処を歩いてたの? やっぱり、散歩?」

「あ、それはね……」

小さく舌を出して照れ笑いをしながら、光美はたどたどしく言った。

「何だか……急にお父さんとお母さんに会いたくなって……それでちょっと」

「……っ!」

その言葉を聞いた瞬間、繚奈は激しい胸に痛みと吐き気に襲われる。

思わず身を屈めた彼女を見て、光美が悲鳴交じりの声を上げた。

「繚奈!? ど、どうしたの!? しっかりして!!」

「っ……だ、大丈夫……ちょっと、気分悪くなっただけだから……」

フラフラと起き上がり、繚奈は取り繕った笑みを浮かべる。

そして、額に浮かんでいた嫌な汗を拭いながら、焦った口調で光美に言った。

「ゴメン、光美! これから予定があるのを思い出したの。それじゃ、またね!」

「あ……ちょ、繚奈!?」

戸惑った表情で呼び止めたようとした光美に目もくれず、繚奈は足早にその場を去った。

――――……まるで、彼女から逃げる様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――……どれくらい走っただろうか?

ふと気がつくと、繚奈はとある墓地の中に立っていた。

一年に一度、彼女が一人でコッソリと訪れる場所である墓地。どうやら足が無意識に、この場所へと向っていた様である。

「はあっ……はあっ……はあっ……」

ペースも何も考えずに走っていた為、息はあがり頭もクラクラしている。

しかし、それ以上に激しい胸の痛みを抱えながら、繚奈は両膝に手を置いて俯いた。

〔繚奈……〕

「……心配しないで、『邪龍』……もう大分、落ち着いたから」

心配そうに声を掛けてきた『邪龍』に言葉を返した彼女は、徐に姿勢を正すと静かに歩き出す。

そして墓地の奥――並んだ二つの墓石の前まで来ると、そっとその碑面に眼を落とした。

――――……清沢陽太……清沢蛍子……。

「……」

乾きかけているが水に濡れたそれらの碑面、そしてその下に置かれた小さな花束が、先刻の光美の言葉が確かである事を物語る。

膨れ上がっていく罪悪感に押し潰されそうになりつつ、繚奈は静かに二つの墓に手を合わせた。

 

 

 

 

 

……。

…………。

――――東暦1997年6月10日午後四時。

梅雨真っ盛りのこの季節の中、激しく降り注ぐ雨。その雨の中、繚奈は路地裏で一人の神士と対峙していた。

いや、対峙していたとは語弊があるかもしれない。

なぜなら彼女と向かい合っている神士は顔を青ざめ、既に戦意を失っているからである。

「……た……助けてくれ! た、頼む!!」

見苦しく命乞いをする男に『紅龍刃』の切っ先を突きつけながら、冷たく言い放った。

「残念だが貴様の犯した罪は、最早救える範囲を超えている。……黄泉で己の過ちを悔いる事だな」

「お、俺のせいじゃねえ! か、神が……神が俺に無理やり……」

「知っている。だが、どの様な事情であれ貴様の罪が消える事は無い。心配するな。その神も、きちんと私が始末してやる。だから……安心して逝け」

繚奈はそう言うと、躊躇い無く『紅龍刃』を薙ぎ払う。しかし、男の首を刎ねる筈だったその一閃は、不思議にも空を切った。

「っ!?……貴様!」

――――土壇場に追い込まれた際に発する底力……とでも言うべきか。

つい数分前に戦った時とはまるで違う素早さで彼女の攻撃を回避した男は、狂気じみた表情で叫ぶ。

「こ、殺されてたまるか! 殺されるくらいなら、殺してでも生き延びた方がマシだ!!」

「……っ……」

――……早いとこ、楽にしてあげるべきね。

これまでも時々眼にしてきた哀れな神士の有様に、繚奈は心の内でやりきれない気持ちを吐く。

強大な『神』の力――その力のみに心を奪われ狂人となる。神士であるなら、誰もが例外なく抱えている危険性だ。

そして狂人となった神士を救う方法は唯一つ。『死』という名の解放だけであると、彼女は考えていた。

「うあああああ……っ!!!」

「っ!」

雄叫びを上げて両手を前に突き出した男に、繚奈は少々焦りを覚えながら間合いを詰めた。

この神士と神化している神――『爆狼(ばくら)』は、自在に爆発を起こす能力があると、先程の戦いで学んでいる。

路地裏とはいえ、ここは剣輪町の中である事に変わりは無い。

暴走したこの神士がどれだけ周りに被害を与えるか分からない以上、下手に攻撃させるのはマズいと繚奈は思ったのだ。

『紅龍刃』に神力を注ぎ、彼女は疾風の如き速さで袈裟斬りを仕掛ける。

元より、繚奈と男では実力に決定的な差があった。その事実を裏切る事無く、男は反応する仕草をする暇も無く繚奈の斬撃を受ける。

「……安らかにな」

彼女がそう呟くと同時に、まるで獣の爪に引裂かれた様な三本の剣閃が男に刻まれ、一拍置いてそこから血が噴出した。

『邪爪連殺流・獣魔爪破斬』と名づけられた秘技である。

「ぐわっ!……う……ぐ……」

致命傷を負った男は、そのまま崩れる様に前のめりに倒れ込む。

それを見て戦いが終わった思った繚奈は、安堵の溜息をつきながら『紅龍刃』を鞘に収めた。

「ふう、終わったわね。さ、神連に連絡して……」

〔!……繚奈!〕

「えっ……?」

携帯を取り出そうとしていた彼女に、『邪龍』が焦った叫び声を上げた。

その声に疑問の呟きを発した瞬間、繚奈は冷たい物を感じてハッと倒れている神士に眼をやる。

すると彼女の瞳に、息も絶え絶えながら最期の一撃を放とうとしている男が映った。

「なっ!? まだ生きて……!?」

「死んで……たまる……か……!!」

「っ!!」

咄嗟に『紅龍刃』に手を掛けた繚奈だったが、遅かった。

男の掌が光ったかと思うと、次の瞬間に眩しい閃光に視界を遮られる。

「きゃあっ……!!」

〔繚奈!!〕

耳が潰れる様な大音響の中、彼女は瞳を閉じすぐに襲ってくるであろうと熱さと痛みに身構える。

だが、一向にそれらを感じる事は無く、やがて繚奈が恐る恐る眼を開けると、そこには今度こそ息絶えた男が横たわっているだけだった。

彼女は自分の体に何の異変もない事に、戸惑った様に呟く。

「な、何?……まさか、不発?」

〔いえ。確かに『爆狼』の能力は発動した筈。一体……っ!〕

「?……どうしたの、『邪龍』?」

不意に息を呑んだ『邪龍』に、繚奈は問いかける。

〔…………何でもありません、繚奈〕

「そう? なら、いいんだけど……」

言いながら、何となく彼女が後ろに振り返ろうとした時だった。

〔いけません、繚奈!!〕

鋭く『邪龍』が声を上げたが、それは間に合わずに終わる。

繚奈は自分の後ろに広がっていた光景に、凍りついた様にその場に立ち尽くした。

「っ!?……あ……あ……」

――――燃え盛る炎……その中にある一台の車……。

真っ白なその自動車を、繚奈は何度も眼にした事がある。――――それは、自分の親友の…………。

同時に彼女は悟る。目の前の光景は、先程の神士の最期の一撃が招いた事だと……自分の不注意が招いた事だと。

……。

…………。

 

 

 

 

 

――――その時、繚奈の心には永久に消えぬであろう傷が残された。それと同時に、彼女の親友である光美にも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

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